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「まあ、この感じ」
ジュリアンは、シャーロットとセオドアの肖像画だけを残し、他の肖像画は全て消す。
「こんがらがってる系譜とお二方に飲んでいただいた魔法薬との関係を先に言ったほうが、脳内情報スッキリしますかね」
軽く言って、白の背景に名前だけの、簡素な家系図らしき物を二つ、構築した。
それぞれに『公式なほう』と『実際のヤツ』という、注意書きらしき文字が浮かび上がる。
ほぼ同時に、グレイフォアガウス王国を中心に置いた簡略地図も構築された。
アメリアは冷めきった紅茶を淹れ直しつつ、その場で作れる簡単な菓子を魔法で作っている。
「セオドア様とシャーロット殿下のお二方は」
ジュリアンは軽く言いながら、二人の肖像画を隣り合う形で近づける。
「今は両思いだって、ちゃんと確認取れましたけど」
二人はすれ違っていた。
ジュリアンの言葉と同時に、隣り合ったばかりの肖像画が離れていく。
良好な関係を築けていたのに。シャーロットとセオドアがすれ違い、互いを嫌う──
「それかもう、関心を向けなくなるとかしちゃうと」
セオドアとシャーロット、二人の間に、誰も描かれていない肖像画らしき物が二つ現れた。
王位継承権第二位の男子と、直系の血を持つ王女の隣が空席となる。
垂涎モノの席へ自分が収まろうと、諍い、争い、
「いわゆる国の内部ってのが、目に見えて混乱してきます」
ジュリアンが言った瞬間、簡略地図にあるグレイフォアガウス王国の中心部分が黒く染まる。
そして、誰も描かれていなかった肖像画に、子どもの落書きのような筆使いで黒い骸骨が描かれた。
「まあ、俺が言ってるの、ソフィア殿下の受け売りみたいなもんですが」
内部の混乱を、不安定な状況を、さらに外側、国民全体、国内全てに広げられたら。
ジュリアンが言葉を続けるたび、王国の中心部分にある黒いシミが、じわじわと広がっていく。
「内乱、他国の干渉」
黒いシミは王国を覆い尽くし、
「あるいは侵略、その他もろもろで」
次の瞬間、シミがあった箇所──グレイフォアガウス王国が描かれていた箇所に、ぽっかりと穴が空いた。
穴からは、向こう側の景色が見える。
「国として形を保てなくなる、と。そういった話です」
構築した簡略地図に穴を開けた──その部分だけ構築を解いたジュリアンは、軽く言って肩を竦めた。
「そんで、最初の話に戻りますが」
だから一刻も早く状況を改善しろと、ソフィアは国王へ進言した。
国王は聞く耳を持たなかった。
「お二方をすれ違わせた原因のほうがよっぽど大事らしいとかなんとか、ソフィア殿下、愚痴ってましたね」
側妃とミラ、従弟である侯爵と、血の繋がらない従妹とその息子とを。
「それに」
『まだ根に持ってんだろあのアホは。将軍が正妃の一時的な婚約者になったのを』
「とも仰ってましたねー」
「……また初耳の情報……」
全体的に。
唖然としているシャーロットへ、涙が収まったらしいセオドアが顔を上げ、
「最後の話は、箝口令も何もないから、隠すことではないんだが……陛下がお気を悪くなさるからと、誰もが口をつぐむんだ。君が知らなくても無理はない」
ハンカチを取り出し、涙を拭いながら教えてくれた。
セオドアを見て、シャーロットはまた我に返り、慌てて自分のハンカチを取り出してセオドアへ差し出す。
「セオ様、あの、よければこれも」
迷う素振りを見せたものの、セオドアはハンカチを受け取ってくれたので、ホッとした時。
「……その、シャル」
セオドアが遠慮がちに口を開いた。
「ハンカチを、渡してくれるのは、その、嬉しいんだが、……いや、なんでも──」
「あ、ハンカチを渡していい相手の話ですか? アメリアたちにも言われてるので大丈夫です」
シャーロットは、笑顔で胸を張る。
「渡していい相手はセオ様だけ、他の人間は老若男女関係なく渡さない受け取らない拾わない奪われない盗まれない荷物にも紛れ込まされたりしないようにって、ちゃんと守ってます」
「どういう教え方をしたんだ君たちは」
アメリアへ胡乱な眼差しを向けたセオドアへ、胡乱な眼差しを向けられたアメリアは淡々と。
「我らがシャーロット様が今、仰った通りのことを、です」
「はい、話、もうちょい続きがありますんで。あと少しなんで」
片手を振りながらのジュリアンの軽い声を聞き、セオドアは一旦口を閉じた。
「そんで、ま」
側妃、侯爵、ミラ。
ジュリアンが読み上げる度、二つの家系図それぞれにある彼らの名前が、ペンか何かで印を付けるように細い線で丸く囲まれていく。
「あとこっちも一応って言われましたね」
ジュリアンは軽く言い、ミラの婚約者の名前も囲む。丸が二つ追加された。
彼らは国家転覆、国家略奪、なんにしてもシャーロットとセオドアの仲を裂くことを発端に、国を崩そうとしている。
「逆を言えば、お二方の仲を引き裂けなければ、目に見える形の綻びはできないんすよ。そしたら国も、そう簡単には崩れないし崩せない」
ジュリアンが軽い調子で言った辺りで、簡略地図に空いた穴が塞がり、グレイフォアガウス王国と書き込まれた。
「それとですね、ソフィア殿下が」
最初から好きでもない、憎むほど嫌いあっている仲なら、別だが。
『あの子ら、お互いちゃんと好きあってんだろう?』




