5-3
「また、シャルと同意見だな。何が言いたいんだ、ジュリアン」
苛立ちの中に怯えを隠し、セオドアは自分の側近へ問いかける。
この立場にいるから、自分みたいな人間が彼女の夫として選ばれた。
それを彼女の前で言わせたいのかと、ジュリアンへ、眇めた翡翠の双眸で問いかける。
母を『非道な手段』で無理やり降嫁させた父。
その子どもである自分。
年齢が上がれば上がるほど、父そっくりな見た目になっていき、父と同系統の精神系魔法方面が伸びていく自分。
前国王の長女を、公爵がどうやって降嫁させたか。
その内容は秘されたが、醜聞が大好物の貴族界隈では公然の秘密。
父である公爵へ言い寄る者。
父そっくりな見た目をして父と同系統の魔法が『得意』な自分を『中身もそっくりなのだろう』と決めつけ、言い寄る者。
そんな連中が後を絶たない。
幼い頃から後を絶たないのに、その自分と婚約することになったのが、シャーロット。
幼い時分に将軍から才覚を見出された彼女は既に軍へ所属していて、戦闘系魔法も体術も武器の扱いも天賦の才を発揮していた。
嫌々ながら父に付き従い、王城で仕事を覚えていた自分の耳にも、それは届いていた。
シャーロットは将来、自分の才能を認めてくれた、そして今も親しくしている将軍の家へ嫁ぐだろうとも。
そんな彼女が、自分の婚約者になった。
将軍の家は強い。
歴史は浅いが勢いがある将軍家へ王女である彼女が嫁げば、将軍家の勢いはさらに増す。
国王の従弟と対立しがちな将軍家が。
だから、自分が選ばれた。
王女としての品格を落とすため、将軍家に力を持たせないため、自分が選ばれた。
彼女は嫌だと思っているだろう。
夢見ていた未来を壊されたと思っているだろう。
そんなふうに考えているうちに、顔合わせの日が来てしまった。
どう『顔を合わせればいいんだ』と逃げたくて仕方なかったのに。
はじめまして、と、緊張の面持ちで淑女の礼をした彼女の、可憐な容姿は肖像画で、溌剌とした性格は噂で知っていたけれど。
ごめんなさいと恐縮したように苦笑して、軸足が少しぶれてしまったと謝り、
『こっちのほうがましかと思うので』
気持ちを切り替えたかのように、可憐でありながらよく通る声になった彼女は。
ドレス姿で凛々しく、気高く、勇ましく、そして美しく敬礼した。
そんな彼女に、シャーロットに、見惚れた。
恋をした。
恐縮したような苦笑を見た時だって、どうにも胸が締め付けられて、そんなことないと言いたかった自分がいた。
彼女と顔を合わせるたび、彼女への想いが募っていった。
彼女との未来を夢想した。
婚約、したんだから。
彼女も自分との婚約を、嫌がっていないようだから。
怯える自分へ言い聞かせ、女性へ、人へ、初めて贈り物をした。
色々散々調べて、数少ない友人へも恥を忍んで相談して、贈った、花。
彼女は受け取ってくれるだけでなく、感謝の言葉までくれた。
それも、とても嬉しそうに、とても幸せそうに。
自分への『好意』みたいなものを秘めているように思ってしまう深い紅紫色の眼差しで、微笑んでくれた。
大丈夫なんだ。やっと思えた。
彼女は、自分でも大丈夫なんだ。
自分は彼女との未来を歩めるんだ。
思ったそれは、勘違いだった。
次の茶会で会った時から、少しずつ。
彼女の様子が変わっていった。
自分へ一線を引くように、距離を置くように接してくる。
それからしばらくもしないで、言われた。
婚約を解消しないかと。
『あなたも周囲も……誰も望んだ婚約ではないと、頭が足りない自分は、やっと理解できました。ですので、婚約の解消をしていただけませんか』
言われて、しまった。
なぜそんなことを、とは、聞けなかった。
自分のことをあまり知らなかったらしい彼女が、自分と父と自分の母──彼女にとっては伯母の話を、知ったということだろう。
そんな人間と婚約させられた意味を、理解したということだろう。
知っても、それらについて聞かず言わずは、彼女が優しいからだと思った。
婚約の解消か破棄をと繰り返す彼女の、望みを叶えなければと、思った。
思ったけど、どうしても、どうしたって。
自分が彼女以外と、あるいは彼女が自分以外と、なんて、考えられないし、考えたくもなかった。
解消も破棄も準備に時間がかかるからと、言うのが精いっぱいだった。
婚姻も婚約も、破棄や解消の際、基本は男性側が申し出る決まり。
父と同じように浅ましい自分は、その決まりを使って、彼女と居られる時間を引き延ばした。
男性側から申し出る決まりが絶対なのは、女性が未成年の場合。
女性が成人したら、女性側からも申し出が可能になる。
彼女と婚姻を結ぶのは春生まれの彼女が十六歳、成人を過ぎた夏。
ぎりぎり、婚姻前に解消できる。
彼女がそれを望んでいるなら、成人してすぐさま、もしくは陛下か正妃殿下に頼んでの特例措置で、解消される。
それまでは隣にいさせてくれと、直接言うわけにいかないから、心の中で謝罪しながら言った。
彼女への手紙を書いてから、送れないと気づく。
彼女への贈り物を買ってから、贈れないと気づく。
彼女へ愛を伝えそうになり、飲み込む。
そんな日々。
嫌悪している人間からの手紙や贈り物や愛の言葉など、気色が悪いだけ。
それを自分は知っている。
城で、彼女と偶然鉢合わせる奇跡は起こってくれる。
起こってくれるが、そういう時は大抵、どちらも用事を抱えているので、立ち話もろくにできない。
できるのは、面目を保つためと理由付けが効く、茶会くらいのもの。
何かしら理由をつけて欠席すれば良いのに、真面目な彼女は毎回茶会へ顔を出した。出してくれた。
そのたびに婚約解消婚約破棄と言われ、泣きたくなったが。
それでも彼女と会えるかもしれない、会えたら──内容は置いておいて──声を聴ける、顔を見れる茶会を、自分は一度も欠席しなかった。
欠席しなかったおかげで、夢みたいな今日を迎えたが。
つまり、どういうことなんだこれは。
思い返しているうちに、セオドアも混乱してきていた。