プロローグ 初めてもらった花だった。
花をもらった。
家族以外からもらうのは初めてだった。
それも、自分の婚約者から。
白くて小さな可愛い花が、たくさんの。
他にも色とりどり、ピンクや赤、紫とか。
色違いで同じ種類の、小さな可愛い花がたくさん集まっている、フラワーバスケット。
それの見た目はブーケみたいで、レースやリボンで飾られたバスケットも可愛らしくて。
花も、バスケットも。
可愛い見た目のものを贈られる、贈ってもらえた、そのことも、家族以外からは無かったことだった。
だから、嬉しくて、嬉しくて。
精いっぱいの気持ちを込めて、感謝を伝えた。
あまり喋らなくて、表情もそれほど変わらない彼は、その時も軽く頷いただけだったけど、一瞬。
ほんの一瞬、嬉しそうに微笑んだ、気がして。
それもまた、嬉しくて。
だから、分かっていなかった。
花と縁遠い生活を送っていたから、その花の名前も、花言葉も知らなかった。
そんな自分を、慰めてくれようとしてくれたんだろう、姉は言った。教えてくれた。
「あぁ、シャーロット。無関心を意味するイベリスを贈られるなんて。なんて気の毒な子。彼は貴族らしく遠回しに伝えようとしたのね。『あなたに関心などありません』って。気を落とさないで、シャーロット」
何も言えなかった。
勘違い。自分の勘違い。
全てが自分の勘違い。
白かったりピンクだったり、赤とか紫とかだったりの、色とりどりで小さな可愛らしい花々は、それをくれた彼は、自分なんて見ていなかった。
持っているのも辛いでしょう、と、姉がバスケットごと引き取ってくれた、イベリスのフラワーバスケット。
引き取ってもらう寸前。
引き取ってくれる姉に悪いと思いながら、姉と、姉の侍女たちの目を盗んで。
花を一輪、抜き取った。
バスケットを飾っていたリボンも、一つだけ素早く外した。
花とリボンを、隠蔽とか幻覚とか迷彩とか『隠す』魔法を使えるだけ使って隠し持った。
一番多く使われてた白い色のイベリス。
彼の瞳と同じ色をしたリボン。
二つを、つぶさないように魔力で覆って、握りしめて。
引き取ってもらったフラワーバスケットが部屋から運び出されるのを、眺めてた。
泣きそうになるのを堪えて、眺めてた。
どんな意味を持つ花でも。
どんな意味を込めて彼が贈った──渡してきたとしても。
人生で、家族以外から初めてもらった花だったから。
自分がどれだけ惨めで哀れな存在か思い知らされても、たぶんもう、自分に花をくれる人なんていないと思ったから。
隠し持ったイベリスとリボンを、これ以上枯れないように劣化しないようにと、それぞれ魔法で加工して。
自分だけが使える、武器庫も兼ねた専用クローゼットの奥底に、仕舞い込んだ。