グッバイ・マイ・ボーイ
〈麦茶冷え緑茶も冷える冷藏庫 涙次〉
【ⅰ】
「あのね國王」‐「なんだ」‐「俺...」
枝垂はその後が續かない。それで國王は氣付いた。阿吽の呼吸つて奴だ。
「我儘云つて濟まない」‐「だけど、一度決めた事、ひつくり返しはしないだろ、哲平?」
枝垂は泥棒稼業を引退する、と云つてゐるのだ。「そんな事云ふな」と、國王、どんなにか云ひたかつた事か。だうやら* 白山犬儒郎の狙撃部隊に撃たれたのが、尾を引いてゐるらしい。詳しい事には枝垂、触れないが。
自分の冒険の相棒は、枝垂以外にゐない。即ち、枝垂が足を洗ふなら、國王はまた一人ぼつちだと云ふ事。
* 当該シリーズ第164話參照。
【ⅱ】
「と、云ふ譯なんだ。奴を笑顔で送りたい。そんな仕事がしたい」‐國王、故買屋Xにさう云つた。故買屋は割りと冷淡に「彼が辞めて行く理由は、付いてないのか。あんたのそのご要望には」‐「ないよ。あつたつて云ひやしないさ。あんたは仕事のヒントくれさへすればいゝんだ」‐「分かつたよ。仲間思ひなんだな」
實は俺にだつて分からない。さう云つてしまへば、全てがさうなのだ。枝垂が仲間になつた理由* だつて、定かならぬ事だ。人と人との事は、みんなそんなもんだよ。故買屋にはさう云つてやりたかつた。
* 当該シリーズ第68・69話參照。
【ⅲ】
だが一應は‐ 冥府の凍り漬け姫・木場惠都巳には確かめて置きたい。それは自然な感情だつた。それには、カンテラ事務所の「シュー・シャイン」に足勞願ふしかなかつた。
「あんたに、カンさんに内緒のお願ひ、出來るか?」‐「事と次第に依りますよ」‐「實は...」
「分かりました。カンテラさんには秘密、で、惠都巳さんに、ですね」‐「シュー・シャイン」は聞き分け良かつた。だがどつちにせよ答へは分かり切つてゐる。「わたし知らないわ。理由なんて」
やはり... 運命と云ふのは、やけに簡單に出來てゐるものだなあ、分からぬ、と云へば徹底して分からないものなのだ!
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〈Made in Chinaカフェレーサーにもニュー・ウェイヴあるやうだけど日本デビューは 平手みき〉
【ⅳ】
「それで、今後は?」と故買屋は云ふ。「まだ決定つて譯ぢやないけど、バイクの輸入でも」‐「そりやいゝ、中國かい?」‐「そこら邊だ。臺湾、タイ、インド...」‐「現地法人、知つてるから、紹介するよ」‐「サンキュ」
故買屋にしてみれば、こんなふうに娑婆つ氣を出す者とは、仕事は出來兼ねる、のだつた。早く何処ぞに出て行つて貰つた方がいゝ。冷たいやうだが、それは仕事に絡み付く、謂はゞ哲學なのだ。致し方なからう?
【ⅴ】
最後の仕事の期日が近付いて來た。初心に帰つてバイク泥でも。今の賣れ筋とは皮肉なもので、枝垂の今後の仕事に差し障りさうなネタを(惡氣なく)故買屋は摑んでしまつてゐた。が、これで最後と思へば、何でも樂しいものだ。
バイク屋に向けてトンネル堀りを。固いアスファルトでも、容赦なく穴を開けた。しかも、バイクを通さなければならないから、かなり手間が掛かつた。念入りな處は念入りなのである。それは國王の美學と云つても良かつた。
三人でする仕事は終はつた。
【ⅵ】
「ぢやあな。くれぐれも惠都巳ちやんには宜しく、と」‐「あんたらしくもない。これで今生の別れつて譯ぢやないぜ」‐「あはゝ。それもさうだな」‐だが。拘つてしまふ自分を止められぬ國王だつた。これでサヨナラだ。グッバイ・マイ・ボーイ。快男児・枝垂哲平よさらば!!
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〈ハワイアン系のピザなる夏日和 涙次〉
感情の赴く儘に‐ それは國王にとつてたゞ一つの「決め事」だつた筈だ。だが、それで濟まない場合もある、と國王、知つた。泣くべきか笑うべきか。それすらも分からない。枝垂「俺にはあんたみたいに華々しい才能、ないんだ。足手纏ひにはなりたくない」やうやく抽き出した答へがそれ。‐分からない、分からない儘、お仕舞ひとなる。お仕舞ひ。