先輩はコワイヒト〜妖狐衆外伝〜
こんにちは又は初めまして。烏丸和臣と申します。この「先輩はコワイヒト」は書いてある通り妖狐衆外伝、つまり妖狐の反抗期の前日譚に当たります。先にそちらの方を読んでいただくとこの作品も面白く感じられると思いますのでそちらもお勧めします。ではごゆっくりお楽しみください。
こんにちは、私は山岡リン。地域の中学校に通う14歳です(と言っても大戦の影響で今は中高一貫のところがほとんどですが…)。部活は吹奏楽部に入っています。友達はいるけど内気な性格のせいでほとんど居ません。
今日もいつもの一日が始まる。そうして身支度を整える…
(また寝癖が…もうこれでいいかな)
正直オシャレとかにも興味がないせいで寝癖は大概放っておく。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
父が返事をしてくれる。うちは他の家とかなり変わっているだろう。
子供が親の召使いみたいになってるなんて聞いたことがない。
(今は、7時40分か…)
…やばい。うちの学校は8時15分に門が閉まっちゃう。急いで着替えて昨日のうちに買っておいたあんぱんを食べながら走る!頑張って走るが私は正直運動が大の苦手だ…。
どれくらい苦手かというと私の学校では体力測定の代わりに機械で潜在能力を測るのだがそれでクラスワーストになるくらいダメだ…早く走れなければ体力もない…すぐに息切れして走れなくなってしまう。
(まずい、走らないと…)
そう思っても足が動かない。そうして何とか歩いていると正面から誰かがありえない勢いで走ってくる。
「え?」
その人は瞬く間に私の目の前まできた!
「どけどけ〜!!」
そう言っているが避けられっこない…そのまま私とその人は真正面からぶつかった。
「いっ…たい!」
何だか車に撥ねられたみたいな衝撃がくる…
「なんで、こんな…」
文句を言おうと前を見るが…誰もいない。
「いってぇ〜!」
後ろから声がする。振り返ってみると5メートルくらい後方で男の人が頭をさすっている…
「…え?」
思わず目が点になる。
いやだってありえないでしょ男の人が通ったであろう後ろの地面はなんか抉れてるし。
(変な人…)
その男を見ながら思う…そうしていると男がこちらに気づく。
「あ、大丈夫っしたか?」
「はっ、はい」
やっぱりダメだ。人としっかり話せない…
「ん?その制服…もしかしてうちの学校?」
男がそう聞く。確かに同じ制服を着ていた。(ってかここら辺学校一つしかないけど…)
「そうならほんまにごめん」
男が手を合わせて謝る
「別に…いいです」
文句の一つでも言いたかったが時間がない。
「お詫びと言っちゃ何だけど、乗って!」
「え?」
突然のことすぎてまた思考停止しかける…
(乗るって冗談でしょ? でもここから走っても間に合わない…)
「…お願いします」
渋々背中に乗る…かなり筋肉質で広い。
「よーし、しっかり掴まれよ」
そう言った瞬間男が勢いよくスタートを切る!その速さは尋常ではなく本当に車のようだった…
(くっ、目が…)
メガネをかけているがそれでも風で目を開けていられない。そうこうしているうちに一瞬で学校まで着く。
(早っ…)
呆然としているが周りはとても驚いている…そらそうだ男が女子をおぶって信じられない速度で走ってきたのだから。
「もう、いいから! 降ろして!」
小声でもそう訴える、そして降ろしてもらうと友達の桜ちゃんが来てくれる。
「リンちゃん! 大丈夫だった?」
心配してくれているようだ。
(あの人は…)
咄嗟に後ろを振り向くがいなくなっている…
「リンちゃん良かった…あの人におぶられて来るから何かされてないかなって」
「ん? どういうこと?」
本当にわからない。確かに異質な人だったがそんな悪い人じゃないはずだ…
「どういうことって、知らないの? あの人…アイツだよ?」
「え? それって〈キリュウ〉?」
キリュウ…私たちの街で最も悪名高いとも言っていい不良だ。
子供の頃から何人も怪我させて止めに入った大人もことごとく半殺しにされたという。
(噂だけで見たことは無かったな…)
同じくらいの年だとは知っていたが同じ学校なんて知らなかった。
「何もされてないならいいか…ほら教室行こ」
桜ちゃんが手を引っ張ってくれる、
(そうだ、遅刻しそうなんだった…)
「うん」
その後小走りで教室に向かう。そして教室に着き荷物を整理する。
「一限目なんだっけ?」
「言語」*昔の国語系と同じ科目だよ
急いで準備をして一時間目を過ごす。
「〜〜だから……」
教師が当たり前のことをつらつら喋ってる
(退屈だな…)
だとしても寝たりするほど私は不真面目じゃない、ほっぺをつねりながら睡魔と戦いなんとか一時間目を乗り切る…なんで一限からこんなに眠たそうなのかって?簡単でしょ、昨日も夜中まで勉強…じゃなくて昔のアニメ映画というやつを夜通し観ていたのだ。
私たちの街はまだ敗戦後の処理が追いついておらず瓦礫が散乱しているところもあるのだがそこで偶然発見したのがとあるディスクだ。
パッケージは剥がれていて分からなかったがなんとなく拾ってみたのだ。そしてそれを近所の電気屋さん、宏樹おじさんにみてもらうと再生ができてちょうどプレイヤーというやつもあるというのだ。心底ワクワクしながら見てみるととても面白かった!そして、
「これちょうだい」
と宏樹おじさんにお願いしてうちに持って帰り家でも見れるかどうか試行錯誤する…そして何とか見ることができてそれ以来毎日密かに映画を見るのが日課になったのだ。
そうして淡々と授業を受けてお昼だ。いつもは桜ちゃんと一緒に食べるが今日は他の友達と食べるそうだ。
「本当にごめんね…」
「ううん、気にしないで」
今まで何度もあったがどうしても慣れない。
(見つけられないようにしないと…)
教室の端の端まで行って黙々と食べる。
その時廊下をある一団が歩いていくのが見えた…金髪の女の子を中心として男女10人くらいの集団だ。それを見た時私は全力で物陰に隠れた。
(麗子…)
私が見つかりたくない相手…それは先程通った中でも金髪の女子…彼女の名前は時塚麗子。
ここらで最も大きい会社、時塚組合の令嬢だ。
容姿端麗、成績優秀だった彼女と私は小学生の頃同級生だった。私はまだここまで日陰者ではなくもう少し元気があったのだがとある理由で彼女とその取り巻きから悪質ないじめを受けていた。
でも学校を休むこともできず、俯きながら学校に通っていた…だがいじめが始まってから1年後に我慢の限界が来て彼女と喧嘩したのだ。
私が馬乗りになって殴ったり髪を引っ張ったりして中々激しいものだった…その後騒ぎを聞きつけた先生が私たちを止めに入ったが離れる直前、私は彼女の顔を思いっきり引っ掻いて彼女に怪我をさせたのだ。 その時彼女が何か言っていたが先生に遮られて何も聞こえなかった。結果この件は両者の親に伝えられ、彼女の親は私に厳罰を下すよう訴えていたそうだが私が自主的に別の学校へ転向することでこの件は終わった。
しかし私は人と接するのが怖くなりしばらくの間家族以外と口を聞けなかった…だが中学校で同じになってしまった。彼女の性格からしてまだ許していないだろう…だから必死に隠れているのだ。
(もう行ったかな…?)
恐る恐る廊下を見るともう居ないみたいだ。そうして緊張の昼食を終えて午後の授業は体育だ。
(苦手なんだよな…)
しかも種目はバスケットボールだ。
憂鬱になりながら着替えて授業が始まる。そして授業の終わりの方で先生が
「じゃあ最後にチーム同士で試合やろっか」
なんて言い出す
(え、冗談でしょ?)
すでにへとへとで気力もほとんどない。
だが無情に試合が始まってしまい自分たちのチームの番だ…
(なるべく目立たないように…)
ボールを回されないようにうまく隠れながらやり過ごしていく。だが敵の投げたパスが運悪く私の元に飛んでくる…
(待って待って、まだ準備が…)
それでもボールは私の方に来る。そして私は体全体を使ってボールを受け止める。
「ナイス!」
チームメイトからの掛け声がプレッシャーになる。
(でもやるしかない…)
私は意を決してドリブルを始める。かなり慣れないがなんとかなりそうだ…敵を抜けようと頑張っていたがやはり一筋縄ではいかない。
(ここは、左に行くと見せかけて右から抜ける!)
脳内シミュレーションは完璧!そうして敵に向かっていく。
(まずは左!)
予想通り敵は左を抜かせまいと移動する。
(ここだ!)
一気に方向転換をして抜けようとする…だがここで思わぬ事が起こる。
(がっ…!)
突如、脚に激痛が走り倒れてしまう…。そう、運動をほとんどしてこなかったのにあんな動きに耐えられるわけがない。起点にしていた右脚に負荷がかかりすぎて足首を捻ってしまったのだ。足を抱えていると桜ちゃんが駆け寄ってくれる
「大丈夫? 先生! ちょっとリンちゃん保健室に連れて行きます!」
そう言って肩を貸してくれて一緒に体育館を出る
「あ、ありがとうね…桜ちゃん」
「ううん大丈夫だよだって…」
桜ちゃんが話を急に止めて前を呆然と見ている。
「え?…どうしたの?」
驚きながら何があるのだろうと桜ちゃんと同じ方向を見ると上級生と思われる集団が前を横切っていくのだ。そしてそこの中に一際異様な雰囲気を纏った人がいた。
「ん? あ! 今朝の!」
その人はキリュウだ。
「あっ…」
正直、桜ちゃんは彼のことをかなり忌避というか、あまりいい印象は無いようだ。
「どうしたんだ? こんなとこで」
「せ、先輩こそ何してるんですか?」
「俺は別に、早めに授業が終わったから戻ってるだけだよ」
「そうですか、じゃあどいてください。リンちゃんを保健室に連れていきたいので…」
「…怪我してんのか。なら俺が代わりに連れていくよ。お前もまだ授業終わってないだろ」
「くっ、余計なお世話です…」
でも実際に早く戻らなければいけないのは本当の事だ。
「別に取って食おうってわけじゃ無いんだ、安心しろって」
「そんなっ!…」
桜ちゃんが言いかけたところで私が止める。
「いいから、戻っていいよ…」
正直このまま言い争われても脚の痛みは良くならない。それに本当に噂通りならあんなこともしないはず。私はキリュウ…その人柄を知りたくなったのだ。
「あっ、そう。気をつけてね」
桜ちゃんも私が言うとダメとも言えずキリュウに私を任せた。そうして桜ちゃんと別れて二人で歩いている。流石に寄りかかるのは恥ずかしいから頑張って歩いていた。
「大丈夫なのか?」
キリュウも心配してくれているが
「大丈夫…」
としか言えない…そうしてなんとか歩いていたが階段を降りている途中でバランスを崩してしまった。
「うわっ!」
そのまま前のめりに倒れる。
「ぐっ!」
地面に激突した衝撃が走る…が何かおかしい。地面が、柔らかい?目を開けて見るとキリュウがいる。なんなら私の下敷きになってる…
「痛っつ、大丈夫…か?」
顔を顰めながら聞いてくれる。
「あ、うん。あなたも大丈夫?」
「俺は別に…って、ん?」
キリュウが急に私の顔を見て黙る。
すると私は自分の過ちに気づき咄嗟に顔を隠す。これこそが私がいじめられていた原因である。私は右の瞳が紫色なのだ。いつからこうなのか、なんでこうなのかは全く分からないがこれのせいで私は辛い思いをし、それから右目だけは絶対に隠してきた。
でも今日、見られてしまった。結局何も言えないまま保健室に着いた。だが運が悪いことにちょうど養護の先生がいなかったのだ…
(どうしたら…)
私が困っているとキリュウが保健室の扉を開けて電気をつける。
「えっ、何してるの?」
「ん?手当するんだよそこ座って」
(手当って、何を…)
そう思うがとりあえず座って待っていた。するとキリュウはパッと保冷剤とタオルを出して持ってくる。
(え?)
すごいくらいに慣れた手つきで持ってくるからびっくりした。
「ほら、足だして」
「う、うん…」
言われるがままに足を出して、キリュウが手当を始める。やはりすごく慣れている…呆然としているとキリュウが口を開く。
「さっきのさ、あの目…」
危惧していた中で最も最悪な質問だ。
(どうしよう、どうやって話したら…)
頭の中で色々なものが混濁する…頭が痛い。
そうして何も言わずに頭を抱えているとまたキリュウが話す。
「あれって生まれつきなのか?」
「……うん…」
もうそれしか言えない。
「そうか、大変だったろ…」
その言葉が脳内を駆け巡る。
(え? 今、大変だったろって…え?)
余りの衝撃に思考停止しかける。今まで忌み嫌われたり、避けられたことはありこそすれ同情してくれる人は誰一人としていなかったからだ。
「えっ、なんで、そんな…」
気になって小声で聞く。
「いや…予想はつきやすいし、俺もいじめられてたからな」
(え?)
初耳どころじゃないそんなこと思いもしなかった。
「いじめられてた? キリュウさんが?」
「ん? キリュウ? なんだそれ?」
「え? なんだって、みんな呼んでますよ…」
色々と思ってたのと違いすぎてパンク寸前だ。
たぶんもうそろそろ頭のてっぺんから煙が出てくる。
「俺にはちゃんとした龍樹って名前があるんだから」
(タツキ…さん)
「それって字はなんで書くんですか?」
「ん? ああ、龍に樹木の樹」
なるほど、おそらくそれが変化してキリュウと呼ばれ始めたのだろう。
「んで、なんだったっけ。なんでいじめられてたかだっけ?」
「は、はい…」
そうして龍樹さんが語り始めた。
「俺、昔はこんなに怖がられずに普通の子供だったんだ。皆と一緒に遊んで笑って泣いて…そんな子供だった。でも…8歳のある日、そのすべてが変わっちまったんだ。
その時は学校の裏山に探検に友達を連れて行った事があった。山に入って遊んでいても何もなかったんだけど、帰り道の途中で道を踏み外して手をつないでいた女の子と一緒に崖から落ちたんだ。
山の下のほうまで行っちゃって何とか起きようとすると痛みが走った。急いで確認すると脇腹のところに深い傷があって、手も変な方向に曲がっていた。
もちろん小学生だ、対処法なんて何も知らない。一緒に落ちた子もおんなじだ。分からない。
そうやって喚いていたら不思議なことだ起きたんだ…少ししたらその傷たちがみるみるうちに塞がっていったんだ。原理ははからないけど痛みが引いていくのがうれしくてその子にも見せたんだ。
そしたらな、その顔はまるでそこに恐ろしいものでもいるような恐怖で満ちていた。俺がどれだけ話しかけても俺を追い払うばかり。そうして30分ぐらいした後に大人たちが助けに来てくれたんだ。助かったと思ったよ。
でも女の子は一目散に母親のもとに走って俺のほうを指さしながら何かを耳打ちした。その瞬間その子の母親の顔に警戒や怒りといった類の表情が浮かんだ。それから何かが変わってしまった…学校では明らかに俺のことを避けていたし地域でも居ないものとして扱われてた。それで思ったんだよ。
あぁ、俺って化け物なんだな…ってさ。それから嫌がらせがどんどんスカレートしていって…でもある時、誰かが俺を庇ってくれてな。その人を守るために最後相手をぶん殴ったんだ。もう、これしか無いって思えて…それから今までずっと喧嘩をやってきたんだ」
(そんな、事が…)
噂だと自分の怪力と強さを証明するために地域の力自慢や格闘家、果ては不良まで手当たり次第に喧嘩していたと聞いた…なのに全く違う。それどころか私と同じように生まれつきの体質のせいで辛い思いをしてきたのだ。
(そんな偶然、あるんだ…)
心の奥底で何か暖かいものが広がるのが感じられる…ふと我に返るともう手当も済んでいた、同時に鐘が校内に鳴り響く
「もう終わっちまったか、歩けるか?」
そう言って龍樹さんが手を伸ばしてくれる。
(え? なになに?)
突然のこと過ぎて困惑する…
(これ、あれだ! 映画のやつだ!)
その瞬間IQが幼稚園くらいまで後退して、それくらいしか考えられなくなっていた。確か最初に映画を拾った時からずっと拾い集めていた中にこんなシーンがあった。瞬間に自分でも赤面しているのがわかるくらいに火照る。
(え…ねえちょっと待ってって! ねえ!)
声にならない叫びが脳内を駆け巡る。
そして二人の手が触れようとした瞬間、誰かが保健室の扉を勢いよく開ける!
「リンちゃん! 大丈夫?!」
入ってきたのは桜ちゃんだ。きっと授業が終わってから走ってきたのだろう。
桜ちゃんはそのまま龍樹さんに向かって詰め寄る。
「あんた、リンちゃんに手出したりしてないでしょうね?」
すごい剣幕だ…回答の少しでも間違えれば襲いかかりそうな感じさえする。
「出すわけねぇだろ、手当して終わりだよ。じゃ、俺も授業あるから」
そうして桜ちゃんをうまく躱して龍樹さんは保健室を後にした。上手く躱された桜ちゃんは、なんだか不機嫌だ。
そうしてそのまま何事もなく(?)一日が終わり、うちに帰る。
「ただいま…」
「………」
返事が返ってこない。おかしい、いつもならこの時間にはいるのに…そう思いながら自分の部屋に行って片付けをしていると玄関のほうからドアの音がする。降りてみると両親が疲れた表情で帰ってきていた。
「おかえりなさい…」
「ああ…」
相当疲れているようで心配になってくる。
そうしているとお父さんが静かに口を開く。
「今日、大柄で筋肉質な男と一緒にいただろ…」
(え? なんでそれを…?)
「うん…そうだけど」
「もうそいつとは関わるんじゃない!」
「え、なんで?」
「いいから言うことを聞きなさい…!」
「でも…」
「分かったか!!」
「…はい…」
結局お父さんの剣幕に押されてなにも言えなかった。
それから無言の食事をしてシャワーを浴びてベッドに横になった。
(なんであんなに必死だったんだろう。私が誰と居ようとも私の勝手じゃない…)
そう思いながら目を閉じる。心に少しばかり寂しい思いがあったのは気のせいだろう。
それから2週間彼との接触を頑張って避けてきた。だが前のことで彼は私と友達になりたいのか会えば話しかけてくるし見つけた時には大声で挨拶してくる。だがそれでも懸命に逃げ続けていた。
だがそんなある日、何とか龍樹さんを撒いて帰ろうとしたときにふと校庭で男子複数人が口論しているのが見えた。
(何やってるんだろう…)
その日はたまたま早帰りだったので何となく観察してみることにした。少し近づいてみるとどうやら大柄の男子と複数人の不良との喧嘩みたいだ。だが声を荒げているのは不良たちだけのようで大柄な男は何も言わない。私はその男に既視感があった。
(あれって、龍樹さん…?)
そう、なんと龍樹さんが喧嘩を売られていたのだ。でも龍樹さんはかなり冷静な感じだ。
思ってた熱血漢的なイメージと少し離れている。そうしていると龍樹さんが急に殴りかかった!…そして次の瞬間不良はに宙を舞っていた。
そこからは一瞬、近くの不良も殴りかかるがすべて龍樹さんが完膚なきまでに叩き潰したのだ。その時、私は自分の意志と関係なしに龍樹さんに向かって走っていた…そして彼のもとに行くと真っ先に言葉が出る、
「なんでこんなになるまで殴ったの? 彼も何もしていないじゃない!」
自分の出せる精一杯の声量で彼に問いを投げる。
しかし龍樹さんは温度のない目でこう答える。
「奴は俺を攻撃しようとしていた、だから先手を打った」
「だからってあそこまでしなくても…!」
「自分の大切なものが危険にさらされてんのに何もしねえ馬鹿がいるか!!」
その怒号が校庭中に響き渡る。私はもう何も言えなくなっていた。そのまま彼が立ち去ろうとする。その時、やっと声が出る。
「もうバカ! 嫌い!!」
彼を見ずにその声をぶつける。
だが返答はない。そうして父親の言っていた意味が分かる。
(やっぱり、噂通り。怖い人なんだな…)
だがその時、なぜか涙があふれてくる。
悲しくなんてないはずなのに止まらない。そうしてそのまま泣いてしまった。
そしてそれからまた二週間経ったある日の放課後、彼にバレないよう帰ろうとすると大柄の男性に呼び止められる。
「えっと、山岡リンさんですよね?」
見た目に反して随分優しい口調だ。
「はい、そうですけど…」
少し警戒しつつ答える。
「実は、ちょっと来て欲しくて」
「えっ、嫌ですよ」
当然のように拒絶する
「いやっ、そんなこと言わずに。あなたの秘密をお教えしましょう…」
後半はそっと教えてくれたがしっかりと聞き取れた。
(私の、秘密?)
私のことで私が把握していないのはあれしかない。目のことだ。
(あれのわけが知れるなら…)
今までこの目に苦しめられてきた…解決できるかどうかも分からないけど、賭けて見る価値はある…
「どこに行けば良いですか?」
「ありがとうございます。こちらです」
そうして彼の後ろをついていった。今日は部活がなかったからまだ日は高い。彼に連れられて着いたのは体育館裏。
「えっと、ここで?」
彼に聞くと彼と別の方向から声が聞こえる。
「久しぶりね。リン…」
瞬間、私の背筋が凍りつく。声色は少し変わっているが口調はあの頃と変わらない。静かに後ろを振り向くと数人の不良男子と共に現れたのは金髪の女子。
そう、時塚麗子だ。
(まさか、罠?!)
直ぐに逃げ出そうとするが私を案内していた男が私の行手を阻む。
「あらあら、久しぶりの再会なのに逃げるなんてダメじゃない…」
お淑やかに喋るがその奥にある怒り、憎しみ、恨みといった感情は隠しきれていない。
そのまま彼女は私の前まで歩み寄る。
「あの時私の顔に傷をつけて、絶対に復讐してやるって誓ったのに…遠い学校に行っちゃうなんて酷いじゃない。ずっと探してたのよ…」
近づき、言葉を発するたびにその怨念は色濃くなっていく。そして私の目の前にくると私の右目にかかっている前髪をそっと上げる。
「でもそれも今日で終わり…」
不適な笑みが見えたと思った瞬間、腹部に鈍痛が走る!麗子が膝蹴りをしてきたのだ。
「グッ…!」
痛みのあまりその場にうずくまる。
「アッハハハハ!! いい気味よ、リン。やっと立場が元に戻ったようね。この日をどれだけ待ち望んだか…」
彼女が高らかな笑いとともに悦楽の声を漏らす。
「一生逆らえないようにしてあげる…」
そう言うと彼女は容赦なく私の体を蹴り続けた。鈍い音があたりに響き渡る。
「一体、何様のつもりよ!」
「片目が紫で気味悪がられてたアンタをわざわざかまってあげてたのに! 私の顔に傷をつけるなんて!」
「挙句の果てには他校に逃げて! それで勝ったつもりなの⁈」
「私は高貴で、あらゆる人間たちの羨望のまなざしを受けるはずだったのに!! あんたのせいで家族からは軽蔑され! 傷はいまも残ったまま!!」
「全部! 何もかも! あんたのせいよ!!」
麗子の苦痛の叫びとも思える罵詈雑言の中でも私は耐えることしか出来なかった。麗子の蹴りは刻一刻と私の体を傷つけ、壊していっていた。
(…誰か、助けて…)
心の中で叫んでも誰も来てくれない。そしてひとしきり蹴り終えた後。
「今日あなたを殺せば…私は再び女王となれる。
バイバイ、醜い子猫ちゃん」
そう言って足を振り上げる。
その瞬間、私は本能から大声で叫んだ
「龍樹さん!! 助けて!!」
そして麗子の足が容赦なく蹴り上げられる。
ードカッ!ー
鈍い音がこだまするが何やら違和感がある。
「すまねぇな、遅れちまって…」
目を開けてみると龍樹さんが私を抱えている。
「え、なんで…」
「助けてって言ったろ? それに、怪しい男と一緒に歩くのが見えてたからな。コッソリ付いてったんだ」
「そんな、ずっと避けてたのに。それにあの時も…」
「言ったろ? 大切なものが危険なのに何もしねえ馬鹿がいるかって。相手にどんだけ嫌われても絶対に守ってやるさ」
その言葉に不思議と涙が出そうになる。
「あ、あんた誰よ!!」
麗子が問う。
「俺? 本名は龍樹だが、どうせ知らねぇんだろ。
天下最強、キリュウ。それなら分かるか?」
「キリュウって、あの…」
麗子が驚きの表情を見せる。
「あ、あなたたち! やってやりなさい!!」
その号令とともに不良二人が龍樹さんに襲い掛かる!
「おら!!」「殺してやる!!」
だが龍樹さんは。
「俺を殺すには、1000年早え!!」
そう言って二人を拳一発で吹き飛ばした!
「グハッ!!」「ぐげっ!!」
(すごい…)
感心しているとあの大男が出てくる。
「俺は坂田時忠。誰だかは分かるよな?」
「…!熊力か…」
熊力、そう呼ばれるこの男はあるとき、己の強さの証明としてヒグマと相撲を取り、完膚なきまでに投げ飛ばしたそうだ。
その後、喧嘩無敗、筋力最強を喧伝していたがあるとき姿を消したそうだ。
「お互い最強を名乗ってんだ、白黒つけようぜ!」
「望むところよ!!」
そうして最強同士の戦いが始まる!
序盤は互いに殴り殴られる互角の攻防が繰り広げられた!!
「オラ!!」「ぬうん!!」
そうして互いの顔が鮮血で濡れていったときに変化が起きる。時忠がより一層踏み込み、ガードごと潰すような怒涛の攻めに入ったのだ!それによって龍樹さんが徐々に押され始める。
(そんな…)
そう思っていると突如、背中に鈍痛が走る。
「ぐっ…!」
私は痛みで顔が歪み前に倒れる。振り向くと麗子が下品な笑みを浮かべている。
「1on1よ。叩き潰してあげる…」
その直後彼女は私をひどく打ち据えた。元々喧嘩なんかしたこともなく、すでにボロボロ。反撃なんてできるはずもない。身体からは血が滲み、意識がもうろうとしていく。もうあらがう力も無くなると麗子は私の髪を鷲掴みにして右目にかかっている髪を再び上げて覗き込む。
「本っ当に気持ち悪い。こんな目を持つなんて、ご両親もさぞ奇妙な目をされているのでしょうね」
「っ…! 何を」
私が反論する間もなく、麗子は私の頭を近くの柱にぶつけた。衝撃が神経に響き、脳に直接伝わる。それでも彼女は手を止めず、何度でも執拗に私の頭を柱に打ち付けた。ぶつかる度に割れた頭から鮮血が舞う。
(もう、ダメ…)
ついに限界に達した私は全身から力が抜け、意識が暗く深いところに沈んでいく。そして膝から崩れ落ちる。
「リン!!…」
龍樹さんの声が遠くから聞こえてくるが口も動かない。段々と体も冷たくなり、視界が暗くなる…。
「いやだ…暗い、怖い…。助けてよ」
そう叫んでも何も返ってこない。
(もう…ダメなんだ)
その時、今までの事が頭の中を駆け巡る。両親の冷たさ、桜ちゃんとの出会いや思い出、麗子をはじめとした今までに出会ってきた人達。その人達の言葉までもが思い出される。そんな中でより一層強い言葉が頭の中でこだまする。
「やったぞ。この眼をこの子が使いこなせれば計画が一気に進む…」
(ん? だれ? どういうこと?)
何も分からない。それにこの声の主…知り合いでもなければこんなこと言われた記憶もない。そうして困惑していると他の声が聞こえる。
「ですが、常に使えてしまうと脳への負担が尋常ではないですよ」
私はその声を聞いた覚えがある。
(え? お父さん?)
そう、その声の主は父親だったのだ。記憶にある声よりも幾分か若いがそれでも声色はそのままだ。
「ならば催眠をかけてキーワードを言った時に使えるというのは?」
「良いですね。キーワードは…鷹乃眼…はどうですか?」
「君…厨二病かね?」
「あっははは…大当たりです」
もうここら辺で聞くのはやめよう。なんか父親の余計な一面を知ることになる気がする。
でも、やっと眼の秘密が知れた…。仕組みも何も分からないけど、今は幼い頃からの争いに決着をつけに行こう。
次の瞬間、私は目を覚ました。麗子は私が起きるはずがないと思っていたのか驚いたような表情をしている。私は全身が刺されるような痛みの中ゆっくりと立ち上がり麗子に向かい合う。
「なんでまたっ…!!」
麗子はまた殴りかかってくる!
(分かんないけど…信じてみるか…)
そうして私は口を開く。
「真透紫眼…」
その瞬間、視界に変化が起きる。なんと視界が紫がかったと思ったら視界にさまざまな情報が流れ込んできた。距離、角度、大きさ、速度等のデータが目に映り、脳に叩き込まれる。
「ぐっ!」
あまりの衝撃で顔が歪む。だが麗子の拳は眼前まで迫ってきている。
「くっ、あぁ!!」
その拳を私は紙一重で躱し、距離を取る。
(どうやったら…勝てるの?)
相変わらずデータはとめどなく頭に流れ込み、体も痛い。だが思案する暇もなく麗子が飛び出す。
「逃げんじゃないわよ!!」
「うわっ!」
私は咄嗟にしゃがみ、近くにあった砂を掴んで投げる!
「ぐわっ!」
その砂は麗子の顔面に直撃し、麗子は顔を抑える。その時、私の目にとあるものが映りそれと同時に作戦を思いつく。
(…もしかして)
そして私は座ったまま麗子の膝に蹴りを入れた。
「がっ!」
麗子は顔を顰めて後ろに下がる。
(やっぱり!)
私の目に映ったもの、それは麗子の顔の横に「失明」と秒数。それが本当に見えていない間の時間なのかを確かめるために見え見えの攻撃をしたのだが当たりだ。
(これらを使えば…勝てる!)
そして私は構えをとる。次の瞬間!麗子が踏み込んで距離を詰め、拳を飛ばす。
(…ここ!)
それを私は紙一重で躱し、奴の足に蹴りを叩き込む!「ぐっ…!」
また麗子の顔が歪む。それでも強引に拳を振り抜く!だが、そんな攻撃が当たるわけがない。私は冷静に躱し、距離を取る。
「くっ、逃げるなよ!!」
麗子が手当たり次第に拳を振るうが私はそれを簡単に避ける。そして麗子のスタミナがついに切れ、僅かによろめいた。
(今ならいける!)
そして私は力一杯に地面を蹴って攻勢に出る!そして拳を握り、距離を詰める!だがその瞬間、足に痛みが走る。
(しまった…)
そう、足を挫いてしまったのだ。そのまま倒れてしまう。それと同時!麗子の振り回していた拳が私の顔に直撃したのだ。
「がっ!!」
そのまま私は吹き飛んでしまう。麗子は余裕の表情を取り戻し、私に向かってゆっくりと歩き出す。
「よくも…やってくれたわね」
そう言いながら麗子が拳を固める。
「次こそバイバイ。子猫ちゃん」
麗子が拳を振り下ろす瞬間。私は奇妙な体験をした。なんと時の流れが突如として遅くなったのだ。一瞬、神様が辞世の句を言う時間をくれたのかと思ったが私はなんとかして抵抗しようとした。だがこの世界では私も動きが遅い。しかしなんとか体の近くにあった石を手に取ると視界のデータをフル活用して狙いを定め、麗子の顔面に向かって力一杯投げた。石が届くのと拳が当たるのは恐らく同時。私は祈りながらも目を瞑り、拳を受け止めに行く!そして…麗子の拳は私の額を、私の石は麗子の左目を潰した!
「くっ…!」「ぎゃあああ!!」
麗子はそのまま血を撒き散らしながら倒れ、失神した。
「…私の勝ち」
その時私も疲労とダメージで動けなくなる。
一方その頃…龍樹さんは窮地に立たされていた。坂田との殴り合いがより加速していたのだ。
だが大事なのは坂田も龍樹さんも戦い方は完全なる我流。喧嘩流とも言えるものだ。だが決定的な違いは経験だ。
どんなに龍樹さんが力自慢だったとしても相手はクマを投げ飛ばす力を持つ者だ。それに歳も相手の方が上、経験の差は如何ともし難い。坂田の拳が鈍い音を響かせながら龍樹さんの体を削っていく。
だが龍樹さんもやられているばかりではない。
「ぬ、オラ!!」
坂田の猛攻の合間に龍樹さんが時忠にカウンターを飛ばし、見事やつの鼻っ柱をとらえた!
「ぬおっ…!」
だがやつもただでは終わらない。全身全霊の拳を龍樹さんに飛ばす!
「ぬおおおおおおお!!!」
その瞬間、奴の拳が龍樹さんの頬にめり込み骨を砕く。
(やった…!)
奴はその攻撃に確かな手応えを感じているようだ。
だが、龍樹さんは沈まない。
「これが全力か…?」
すると龍樹さんが一歩前に踏み込む。そしてやつの腕をとった!
(なっ、なんだ?)
奴は困惑して反応が遅れる。
「もらったああああああ!!」
そう言いながら腰を上げ、豪快にやつを投げて地面に叩きつけた!
「ぐはっ!!」
そのままやつは白目をむいて気絶した。
私はすぐに龍樹さんに駆け寄ろうとするが動けない。そうすると龍樹さんが私の近くに座る。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ。すぐ直る…そっちは?」
「分かんないです。動かないし」
その時二人で何かがおかしくて笑ってしまった。その横で麗子が眼を覚ます。
「なんで、私はただ…あんたを…」
そう何かを言いかけたがその直後、龍樹さんが猛烈な殺気を放つ。
「か…はっ…」
そして麗子は言葉を失った。
その後、私たちは傷の手当てをして
「急に友達と泊まることになった」
と言って龍樹さんと一緒に帰った。
翌日にはなんとか歩けるまでになったが、それからというもの、親に内緒でお互い普通に接していた。
これからもこんな日々が続けばいいのに。
「…見つけた…」
さて、いかがでしたかこちら元から構想のあった龍樹とリンの過去を試しに書いてみた作品です。
「前日譚出すの早すぎじゃない?」そう思う方もいらっしゃると思います…私も思います。ですが、良い機会でしたので思い切って出してみました。ぜひ感想やレビュー、ブックマークへの登録もお願いします。また洋子の反抗期のほうも読んでいただけると幸いです…ありがとうございました。