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さよなら、初恋のキミ

(いやぁ……。ないわ……)


 つまりは、そう。

 野中麻実は、泰久の気持ちを一切考えてくれない女の子だったというわけだ。


 その頃になるともう野中のすべてが嫌になって、泰久は積極的に――さり気なさなんか一切醸さずに全力で、彼女を避けるようになった。


 そうなると、さすがに泰久の気持ちは野中にも他の女子達にも伝わって……、それはよかったんだけれど、いつの間にか泰久の評価は〈その気もないのに女の子に気を持たせた嫌な奴〉ということになっていた。


「……」


 何もかもが、馬鹿らしかった。

 話したこともなかった女子もその噂を知っていて、泰久に対しては、他の男子よりどことなく避けるような言動を見せる。


(……これってイジメじゃないっすかね)


 そう思ったけれど、もちろんそんなことは言えるはずもなかった。

 

 しかし、救いもあった。

 ようやく泰久の真意に気づいてくれたのか、男友達や男子のクラスメイト達は、そう態度を変えないでいてくれたから。



 ♢ 〇 ♢



 ……最初は一方的に好意を寄せられた自分が被害者だとしか思えなかったし、つい嬉しくて当初野中に親切に対応してしまったのも、〈こんなことになるなんて思っていなかったんだからしょうがないじゃないか〉と考えていた。

 

 でも……、クラス替えがすぐそこまで迫る頃には、ようやく野中から解放されると安堵(あんど)する気持ちとともに、別の感じ方も生まれた。



 それは、彼女が、クラス替え間際に……放課後の教室で泣いているのを見かけてしまったからだ。



(……あ……。……泣いてるの、野中じゃん……)



 はっと気がついて、泰久は、慌てて自分のクラスの教室に入ろうとする足を止めた。

 そっと教室の中を窺うと、……やっぱりそうだ。



 女友達に囲まれた野中が、肩を震わせて……泣いていた。



 ハンカチで何度も目元を拭って、女達に頷いたり、首を振ったりしている。

 つい耳を澄ますと、彼女の堪らえたような嗚咽も聞こえてきた。



「うっ、うぅっ……。……ううん、平気。皆、心配かけてごめんね。……うん。そうだよね……」



 途切れ途切れに聞こえる野中の声が、震えている。


 自分は何も悪いことをしていないつもりだったが……、胸が痛い。


(……そうか……)


 野中は、あんな風に弱々しく泣いたりする子だったのか。


 泰久と話す時はいつも強気で上から目線で馬鹿にしてくる感じだったから、わからなかった。

 泰久に冗談半分に好意を寄せてきただけで、そんなに傷ついていないだろうとも思っていた。


 けれど……、どうやらもしかすると、少し違ったのかもしれない。


 でも、胸が痛むからって、何が変わるわけでもなかった。


 どう考えたって、泰久にはやっぱり野中に惹かれるものがなかったから。


 彼女が可哀想だから付き合ってみる――なんていう気の迷いすら、一ミリも生じていなかった。


 野中と、それから彼女を慰める女子達に気づかれないうちにと踵を返すと、うっかり女達の誰かの声が耳に入ってきてしまう。


「……あんな馬鹿のこともう気にしない方がいいよ! あいつ最悪じゃん! 麻実のこと何にも知らないくせにさ……!」


 ……馬鹿って。

 ハイ名誉棄損。


 ……とか冗談言ってる時かよ、俺。


 はあぁぁ……と大きく大きくため息をついて、ムカついたし腹も立ったけれど、……どこかで野中を許している自分もいた。


 どうしてかというと――、……自分も少し前に、似たようなことを、あっさり振られた初恋の彼女に思っていたからだ。



 なるほど――恋愛感情というのは、善意カテゴリーに属するように見えて、実は、時に身勝手なものらしい。



 そして、大して話したこともない相手に突然好意を向けられても基本困るだけ、という心理現象の意味が、妙にすとんと腑に落ちた。


 自分の心の内をどんなに念入りに探してみても、野中がどんな子か知りたい気持ちすら芽生えていなかった。


 でも、別に野中に悪意があったわけじゃないし、馬鹿にしたつもりもないし、嫌いでもなかった。


 これとまったく同じ現象が――あの初恋の女の子にも起きていたというだけのことだったのだ。


 ようやく理解すると泣けてきたが……、あの子の中では、自分は野中みたいな存在だったのかと思うと――野中の一方的で謎な好意には非常に困らされたので――、でも、やっと泰久の中で、どう処理していいかわからなかった切なくて悲しい初恋が、少しずつ消化されていく気がした。


 泰久は自分の気持ちを大事にしたいし、それは初恋の彼女も同じだった。

 そして、野中麻実も。


 誰が悪いわけじゃない。

 誰が悪いことをしたわけでもない。


 ただ……誰にもどうしようもなくて、どうすることもできなくて、自然と落ち着くべきところにすべてが落ち着いただけのことだったんだ。


 好意を寄せられただけで優しくしなければならない、なんていうルールはないのだ。

 善意に善意で返さなければならない決まりもない。



(……そういうことか……)



 また深くため息を吐いて、おそらくは野中のおかげで高校生活での恋愛はすっかり望み薄になったであろうことを思うと虚しかったが……。


 それでも泰久は、心の中だけでそっと、もしかするといつかまたどこかで偶然会える時が来るかもと、独り善がりにこだわっていた初恋に別れを告げたのだった。



 ――さよなら、日南さん。



 ……って。



ここまで読んでくださってありがとうございます!


また、お知らせです!

次作の女性向けR18小説の試し読み連載を、来週末くらいから始める予定です。

内容は、新人女教師×御曹司高校生のダブルヒーロー物です。

そちらも読んでいただけたら嬉しいです。

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