急に外堀を埋められる
初めての恋は惨敗に終わったけれど、泰久は、彼女に感謝した。
せめて彼女がいい子でよかったと、何度も自分に言い聞かせた。
♢ 〇 ♢
それから数日後、泰久は予定通りに遠くの町へ引っ越すことになった。
彼女に『さよなら』を伝えたい気がしたけれど、もちろんそんな勇気はなかった。
おとなしい彼女が同じようにおとなしい自分と〈気が合う〉と実は思ってくれていて、そっと手を繋いで帰る……なんていう夢は、あの学校に捨てていくつもりだった。
新しい土地で、泰久は何とか気持ちを切り替えて学校生活を始めた。
前と同じく帰宅部で、学校が終わったらさっさと帰って、前の学校にいた頃と同じく泰久と趣味が合うゲーム好きな友達を作った。
でも……、学年が高二に変わっても、泰久の〈好きな女の子〉は、相変わらず初恋の彼女のままだった。
前の高校関連のSNSだとかを追いかける勇気はなかったけれど、どうしても彼女の姿が忘れられないまま、何となく受験勉強に励んで、時が過ぎていった。
……時間が経つと、不思議だった。
彼女を純粋に好きだったはずの自分の気持ちをこねまわして、彼女はどうして――自分のことを少しも知ろうとしてくれなかったのだろう? という疑問が生まれた。
疑問はすぐに、反感に変わった。
こっちは、『好きだ』とまで言ったのに。
本当に本当に、彼女のことが好きだったのに。
彼女のためなら、何でもできると思っていたのに。
そういうこちらの気持ちを一つも知ろうとしてくれなかった彼女が、……酷く薄情な人間に思えてきた。
(……どうせ、俺がイケメンじゃないからだろ……)
そんな風に、やさぐれる気持ちもあった。
彼女は――イケメンだろうが何だろうが男子からの告白は全部断っていると知っていたはずなのに、だからこそ泰久が淡い期待を抱く余地もあったのに、そんなことはすっかり頭から薄れていた。
だって、彼女が〈自分〉に対してどうしたか――それが大事じゃないか。
彼女に恋する前に、ほのかに好意を抱いていた女達のことも思い出した。
彼女達は泰久に少し優しくて、たとえば消しゴムを落としたら拾ってくれたりして……でも、実際付き合うのはいわゆるクラスのカースト上位。
見事にモテる感じの男子ばかりだった。
(……女なんか、嫌いだ)
打ちひしがれてすっかり廃ゲーマー気取りになっていた泰久は、ある時、高二のクラスメイト達で遊ぶことになった。
こういう集まりはあまり楽しくないのが常だったし、その割に帰るタイミングも掴みにくいので、最初は予定があると適当に濁して行かないつもりだった。
でも、仲のいい友達に『行こうぜ』と誘われて、その時のクラスの雰囲気がいいのもあって、参加してみることにしたのだ。
当日参加してみると、向かう先は電車で数駅乗った先のアミューズメント施設で、何としたことか、思ったより人数は少なかった。
男子は泰久と仲のいい奴と、あと二人。でも、その二人はすぐに帰ってしまった。女は地味な感じのばかりが六人もいて、ゲーセンコーナーで遊んだ後で、三人ほどが帰った。
そうして残った男女五人で――、そこから近いところに住んでいるという女子の家で遊ぶことになった。
ゲーセンで、何となく〈山脇君達って皆ゲームめっちゃ上手い!〉――〈凄いね〉――という空気になっていたから、彼女の家で、泰久達はずっとコントローラーを持って女達に教えながらゲームをしていた。
「――山脇君、ゲームマジで上手いね! 凄いじゃん」
「こんな上手い人初めて会ったかも。凄え~」
泰久と同じく、〈自分の外見に手を入れるよりもっと価値があることがある〉――と思っているようなタイプの女達が、明るく褒めてくれる。
まあ、悪い気はしなかった。
……というか、特段可愛いとも思っていなかった彼女達が、急に滅茶苦茶可愛らしく見えてきた。
(……いや、俺が好きなのは日南さんだから)
よくわからない意地を張って、心の浮つきを抑えつけて、何でもない顔をして――でもちょっとニヤつきながら、泰久は彼女達にゲームの上手いやり方や裏技を親切に教えた。
「こんなん、ちょっと慣れればすぐできるようになるよ。まあ、できたって何の自慢にもならないけどね」
「えー? そんなことないよー。てか、山脇君ってこういう人だったんだね。こんなに初めて話したよねー」
女の子達がくすくす笑って言ってくれて、泰久は頷いた。
この――何だかよくわからないけどちやほやされたような気になった時間はあっという間に過ぎて、このメンバーでSNSグループを作って、解散となった。
『めっちゃ楽しかったからまた遊ぼう!』なんて女子達は言っていたけれど、そのグループはその日に少しやり取りがあった程度で、すぐに誰も触れなくなった。
♢ 〇 ♢
動きがあったのは――それから一か月後のことだった。
あの日の集まりにいた、【野中麻実】という女子が、急に時折話しかけてくるようになったのだ。
そういえば、男女数人でゲームに興じたあの日は、野中の家で遊んだのだった。
「――山脇ってさァ。いつも学校終わると速攻帰ってっけど、家で何やってんの? バイト?」
「え……。いや、ゲームとかだけど」
「そうなん? ウケる! マジでイメージ通りだわー」
野中に突っ込まれて、ちょっと動揺しながらも対応して、それが繰り返されるようになって……。
少しずつ話すようになった二人を、あの日一緒に遊んだ野中の女友達が見ているのも感じるようになった。
(……ん? 何だこれ?)
最初はただただ戸惑うばかりで、よくわからないまま野中とたまに帰りが一緒になって、なぜだか駅まで話しながら帰ったりもして――ようやくそれが偶然ではなく、野中や彼女と仲のいい女子達による〈仕組み〉だったことに気がつく。
「……つーか、山脇ってマジ天然だよね! たまに意味わかんねーこと言ってるし! めっちゃウケるんですけどぉ」
「え? えっと……」
「あはは! おまえまたキョドってるじゃん!」
なぜそんなに笑うか泰久にはまったくわからないタイミングで、泰久の受け答えに、野中はゲラゲラ笑った。
それは泰久を馬鹿にして下に見るような笑いで、弄られている感じに思えて、一応彼女に合わせて笑ったけれど……、あまりいい気分はしなかった。
野中は、眉毛はぼさぼさだし、口の上にも薄っすら産毛が生えて、短めの髪はパサパサに痛んでいて、あまり女の子らしく見えない子だった。
なのに態度や言動は大柄で偉そうで常に泰久には上から目線で、明るくて口数も多いけれど、……あまり性格がよくないように感じた。
彼女に話しかけられるようになって一か月以上も経ってから、野中は自分に気がある……ということなのか? と、泰久はようやく察した。
初めて女の子に好意を寄せられた嬉しさも、一応あった。
けれど、どうしても……、泰久は彼女を〈いいな〉とは思えなかった。
というか、初めて泰久は知った。
女の子が女の子らしくあるのは、決して生まれてからずっとそうだったのではなく、何かしらの努力の上に成り立っているのだなと……。
なるほど、そう言われればそうか。
ムダ毛が勝手に生えてくるのも、梳かすなりセットするなりしなければ髪の寝癖が収まらないのも、眉毛が整えなくても元から綺麗な形なんてまあまあのレア体質だというのも――男女差なんか、あるわけなかった。
(もう少し、こう……)
彼女が髪を伸ばして、ちゃんと梳かしたりして艶も出して、眉毛も不自然じゃないくらいに整えて、薄くていいから化粧とかもして、それから濃いめの口髭を何とか処理してくれたら――……。
(……そうしてくれたら付き合うのか? 俺は、野中さんと)
何か、違うな。
ピンと来ないな。
そう思ううちに、野中がクラスメイト達が見ている前でも平気で馴れ馴れしくしてくるのが、だんだんうっとうしくなってきた。
また変な見栄が泰久の中で顔を出してきて、野中なんかと歩いているのをまわりに見られるのも恥ずかしく感じた。
野中の通学リュックにはゴリゴリの推しキャラアイテムがぶら下がっていて、訊かなくても彼女の趣味がわかる。
泰久だってそれらと遠からずなジャンルを愛好しているから気持ちはわかるし、偏見なんかない――つもりだったけれど、正直、思った。
(……そんなグッズ買う前に、もう少し自分に手間と金かけたら?)
……って。
なのに、いつの間にかクラスの女子全員が、野中が泰久を好きだと知っていて、〈二人の恋を皆で明るく応援しよう!〉――みたいな空気になっているのだ。
あからさまに、野中と二人きりの状況を作られたこともある。
(うわ……。マジかよ……)
〈外堀を埋められる〉――という言いまわしがあるが、それがこれか。
気がつけば、クラスで仲の良かった男子までもが、泰久の気持ちなんか訊きもしないで空気を読めた顔になって、野中といるとわざとらしく教室を出ていったりするようになった。
(いやぁ……。ないわ……)
ここまで読んでくださってありがとうございます!
また、お知らせです!
次作の女性向けR18小説の試し読み連載を、来週末くらいから始める予定です。
内容は、新人女教師×御曹司高校生のダブルヒーロー物です。
そちらも読んでいただけたら嬉しいです。