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初恋は実らない

 始まりは……、たぶん、あの初恋だ。

 あれは――何年前のことだっただろうか?


 間違いなく初めて本気で人を好きになった……泰久が経験した、あの切ない初恋は。



 ♢ 〇 ♢



 その時――高校一年生の泰久は、心臓が喉から飛び出しそうなほどに緊張していた。

 ずっと……高校に入る前、中学の頃から好きだった女の子に短い手紙を書いて、呼び出したのだ。


 二月のその日、空はよく晴れていたが、北風が強く、唸りを上げているようだった。


(『――日南さん。急に呼び出しちゃってごめんね。俺、今度引っ越しすることになったから、どうしても言っておきたかったんだ。日南さんのこと、中学の時からずっと好きでした』。

『日南さん。急に呼び出しちゃってごめんね。俺、今度引っ越しすることになったから、どうしても言っておきたかったんだ。日南さんのこと、中学の時からずっと――)


 何日も前からこう伝えようと考えてきた告白の言葉を、頭の中で繰り返す。


 ……答えは、ほとんどわかっていた。


(無理に決まってる。無理に決まってる。無理に決まってる)


 いつの間にか脳内は、今度は悪い結果を自分に言い聞かせる呪文で埋め尽くされていた。


 だって、彼女は男子が苦手だということで有名で――、……しかも、飛び抜けて容姿のいい、泰久の理想そのものみたいな女の子だったから。

 泰久は校内の噂には詳しくなかったが、男子が何人も彼女に告白して振られているという話は有名だった。


(……もうそろそろ、来るかな……)


 この寒いのに大汗をかいて、泰久は時折思い出したようにきょろきょろと辺りを見まわした。


 中二の時に彼女が転校してきてから高校一年の今まで、泰久はずっと同じクラスだった。


 彼女とまるっきり話したことがないわけじゃなかったし、それに、グイグイ積極的に話しかけるような男子を、彼女は苦手そうにしていた。


 だからだろうか?


 どこかでほのかに、期待してしまう夢見がちな気持ちもあった。

 万年帰宅部の泰久は、身体はひょろりと細くて生白くて、でも、決して女の子を怖がらせるようなタイプの男ではなかったから。


 ……過去に一度だけ、なけなしの勇気を振り絞って彼女に話しかけてみたことがある。

 忘れもしない――あれは、高校受験が終わって、何となくダレたような空気が漂う、中三の三月のことだった。


 彼女が校内清掃で集めたごみを運んでいるのを見て、思い切って声をかけてみたのだ。


「それ、俺やろうか? 俺も清掃当番だし」


 ……って。


 彼女はびっくりした様子で、何度も『大丈夫』と固辞して――泰久もたどたどしく『でも』を繰り返すと、ようやく『じゃあ……、お願いします』と運んでいたごみ袋を渡してくれたのだった。


 滅茶苦茶緊張した割にこの親切はあんまり功を奏さなくて、でも、あのたった数語交わした会話は、今でも泰久の脳裏に鮮明に刻まれている。


(……まともに話したの、あの時しかないんだもんなぁ。無理だよなあ……)


 けど――もう時間がない。

 親の転勤に伴って、泰久はもうすぐ引っ越すことになっているのだ。


 どんなに望み薄だとしても、こんなにも長い間ずっと好きだったのだから……、せめて気持ちだけでも、彼女に伝えたかった。


 すると、呼び出した時間になって、とうとう彼女が現れた。



「ごめんね……、待たせちゃったかな……」



 思わず逸らした視界の端で、とても綺麗な何かが、頭を下げている気がする。

 完全に視界が利かなくなって、泰久は、ぎくしゃくと丸暗記した言葉を口にした。



「――あの、日南さん。急に呼び出しちゃってごめん。大事な話があって……。俺、今度引っ越しすることになったから、どうしても言っておきたかったんだ。……日南さんのこと、中学の時からずっと好きでした」



 ……声が、滅茶苦茶震えた。


 ちゃんとはっきり言おうと思っていたはずなのに……、現実はちっとも上手くいかなかった。


 彼女に……、声はちゃんと届いただろうか?


 不安になって、もう一度頭から同じことを言おうか迷った瞬間、どこからか声が聞こえた。



「……えっと……」



「……っ」



 息を呑む。

 心の準備をしている泰久に、彼女はぺこりと頭を下げた。



「……気持ちは嬉しいんだけど、ごめんなさい。高校生のうちは、彼氏を作るつもりはないんです」



「……」



 ……え?

 ……終わり?



「……」



 しかし、いくら待っても、その続きはなかった。


 驚くくらいに呆気なく人生初の恋の告白が終わり、大方の予想通り失敗して、とてもじゃないけど居たたまれなくなって……、泰久は、慌てて自分も頭を下げた。



「……そっか……。……そうだよね……」



 ……やばい。

〈気にしてないよ〉という風に、明るく言おうと思ったのに、出た声は想像以上に暗くて悲しげだった。


 でも、いつまでも黙っていてはいけない。

 というか、一刻も早く、彼女の前から消えたかった。



「……わかった。来てくれてありがとう」



 何とか続けて言うと、彼女はまた――こちらが申し訳なくなるくらいに深く頭を下げた。



「……ごめんね。引っ越した先でも、頑張ってね」



 それだけ言うと、泰久が立ち去るより前に、彼女が踵を返して去っていく。

 その後ろ姿を、見送ることすらできなかった。



 ♢ 〇 ♢



 ……不思議と涙すらも特に出ずに、泰久はぼんやりと家路に着いた。

 何なら、コンビニに寄って肉まんを買い食いする余裕すらあった。


 何だか、何もかもが夢の中で起きた出来事みたいにふわふわとして、現実味がなくて――……。


 彼女は泰久にとっては本当に天使みたいな存在で、話しかけたり、気づかれるような確度から見つめたり……、ましてや、好きだと告白することすら恐れ多い女の子だった。


 凄く凄く憧れて、凄く凄く好きだと思っていた。


 でも……やっぱり手は届かなかった。


 彼女が泰久がずっと見ていることにいつからか気づいてくれていて、自分でもそんなもんがあるかもわからない、〈泰久のよさ〉に惹かれてくれる――なんて、あり得ない話だった。


 そんなに都合のいい話、あるわけないのだ。


(俺のいいとこって……。まあ……、強いて言うなら、一途なとこ……、とか……)


 泰久は、自分で自分をそう慰めた。

 時折彼女が委員会活動で担っている仕事が楽になるようにそっと計らってみたり、さり気なく他の男子達が好色な目を向ける時の障壁になってみたりしたことなんて――何の意味もなかった。


(あーあ……。告白なんかしなきゃよかった。馬鹿みたいじゃん、俺……)


〈やって後悔〉より〈やらずに後悔〉の方がキツい――なんていう世間の風潮に乗せられて、馬鹿なことをした。


 どうせ、結果は、最初からわかりきっていたのに。



(……でも……)



 家に帰って一人になると、やっとのことで少しだけ涙が出て、思った。



(やっぱり、日南さんって、いい子だよな……)

 


 自分みたいな、クラスでもいるかいないかわからないような奴相手でも、呼び出したら無視しないでちゃんと来てくれたし、『気持ちは嬉しい』って言ってくれたんだから……。


 初めての恋は惨敗に終わったけれど、泰久は、彼女に感謝した。

 せめて彼女がいい子でよかったと、何度も自分に言い聞かせた。




ここまで読んでくださってありがとうございます!


また、お知らせです!

次作の女性向けR18小説の試し読み連載を、来週末くらいから始める予定です。

内容は、新人女教師×御曹司高校生のダブルヒーロー物です。

そちらも読んでいただけたら嬉しいです。

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