嘘つきとAIと某国の諜報員⑤
本部に戻った秋山は、駆けつけた5班のメンバーに悪態をついたこともあり
聴取に同席させてもらえなさそうになっていた。
しかし、ヘルプに出ていた秋山達の班メンバーの口添えもあり何とか同席を許された。
そして柚木と合流し聴取室へと向かう。
「あんたが余計なこと言うから危うく同席出来ないとこだったじゃない」
道中柚木が秋山に抗議の意思を伝える
「いやでも普通上りと下りを間違えねぇだろ!」
秋山が悪態をついたのは先程の伝達ミスのことであり
“媒鳥”は班ごとに動いている事もあり伝達が上手くいかないことが稀にある
「しかもよりによって俺は言ってないとか言いやがった」
柚木もその点には同意しつつ
秋山の言い方を指摘する。
そして、そんなやり取りをしている間に聴取室へ2人は到着する
「しかもモニターで見てろだと、実際に“入り”もせずに」
秋山が聴取室の前に立つと扉が自動でスライドし開く、その中には係長だけが杖を付き立っていた。
「秋山君“中に入る”のを拒まれたんだって?」
聴取室に入る秋山に係長が意地悪げに言う
「嫌がらせですよ、嫌がらせ!俺があいつらのミスを指摘したから」
係長は笑い
「君あの中入るの好きだもんねぇ、残念だよね」
「しかし、ミスねぇ……」
係長は意味ありげに呟きモニターを眺める。
その違和感に当然秋山も気付き、少し考え始めた。
だが直ぐに
「さぁ始まるよ」
係長の言葉で引き戻され
秋山達も並んでスクリーンに映し出された映像を見る。
映像の中では中央に机、そして椅子が向かい合って2脚あるだけの簡素な部屋で、その内の出口側に背を向け対象の男性が座っている。
そこへ“媒鳥”の5班メンバーが2人続けて入って来た
そして1人は対象の向かいに座り、もう1人が対象の後ろに立ち
壁に寄りかかって立つ
どちらも未だ一向に話さない
「俺はなにも悪いことはやってないぞ」
沈黙に耐えかねた対象の男が先に口を開く
だが対象の背後に立った男はもちろん机に座った男も資料を眺めて何も言わない
……
暫く沈黙が続いた
「なんなんだ!何とか言えよ!」
対象の男が机を叩き少し立ち上がる
するとすかさず背後に立った男が対象の肩を軽く抑え再び座らせる
「ああすまない、君の資料を見ていた随分と興味深くて」
椅子に腰掛けている男がマイペースに話し始めた。
「いいつか……けん?君だよね」
「イイズカタテル!飯塚建だ」
椅子に腰掛けた男が端末に入力していく
この端末は柚木が使っていたのと同じタイプのものでキーボードから映像が宙に映し出される
しかし対象の男に見えないようバックシートを伸ばし画面を隠している。
「あのおっさんほんと性格悪いな」
その様子をモニターで見ていた秋山がぼやく
そしてそれに対し係長が言葉を返す
「まあ望月君は警察辞めてウチに来たからね、性格云々ではなく彼のテクニックでしょう」
今聴取を行っているのは5班の係長
正確には、“媒鳥”には1〜12の班があり各班5人前後で構成されている。
そして各班には班長がおり
その上の係長はそれぞれが1〜4班、5〜10班、11〜12班を担当している。
望月は5〜10班の担当で主に個人による事案を担当する。
「柚木、飯塚建の資料をAIネットワークで漁ってくれ!カードの使用履歴、住居、口座の入出金履歴、交友関係」
秋山に頼まれた柚木が端末で検索をかける
暫くすると結果を柚木が続けて報告する。
「AIネットワークの管理者権限で調べてみたけど口座に怪しいお金の動きは無いわね、当然電子マネーも」
「住居も安アパートに10年以上住んでいて、カードの使用も家賃、光熱費位にしか使用されていない」
「交友関係に関しては一緒に拘束した松本が唯一の友人でかなり長く付き合いがあるようね」
秋山はその報告を受け頭を整理するように呟く
「つまり金銭を受け取ってはいないという事か……」
「あくまでAIネットワーク上のサービスでは、だが」
秋山の言葉に柚木が頷きながら言う
「まあ今のご時世に現金でのやり取りも逆に不便ではあるけどね」
データ上で情報が得られなかった以上
通常の調査では単独犯という結論を出し、警察に引き渡すところである。
しかし、秋山は係長の言葉もある上、対象の行動があまり理にかなっていないこともあり
聴取の行く末を聞くことにする。
秋山が再びモニターに目を向けると
望月がいくつかの紙の資料を机に並べ、飯塚に確認を取っているところであった。
「飯塚君、君がハッキングで盗んだデータは“媒鳥”にメンバーのリストで間違いは無いかい?」
——今どき紙の資料かよ
秋山は望月が紙の資料机一杯に並べ、飯塚に全てが見えるように置いている様子を眺めそう思う。
実際机はその隙間がないほど飯塚の調査資料で埋め尽くされており
秋山はそんな散らかり方があまり好きではなかった。
しかし飯塚には効果があったようで
顔を強張らし目を背ける。
望月もそれを見逃さなかったようで
「例えばこれと……これは不正アクセス禁止法に違反、懲役3年以下そしてこれは——」
と違反行為と罰則等を読み上げていく望月
「とは言ったがここ迄の資料は未だ警察には渡してない」
「しかしこれはいけない」
望月が広げられた資料から1枚を取り出す
それはS級AIの現在地を“媒鳥”のデータサーバーで検索した履歴であり
秋山達が最優先で守るべき情報なのだ
「これは『国家S級AI保護法』に基づき国家反逆罪と同等の扱いがされる」
“媒鳥”の主な業務はこの法律に違反するものを調査し捕らえることだ
つまり飯塚はいまその疑いで拘束されている。
「飯塚君がどういう経緯で行為に及んだか素直に話してくれると重い罰を受けずに済むよ」
望月の攻めにこれまで沈黙を続けていた飯塚であったが、AIの話が出て態度が変わる
「俺は国のためを思って行動したんだ!」
この言葉に秋山は食いつく
「国の為……何故だどうしてその考えに至った。」
突然飛び出した飛躍した思想
秋山が食いついたのは何故そう思って居るのかではなく
誰からその着想を得たのかだ
「ほう、それは何故だい?」
望月が背もたれにもたれながら言う
その質問に飯塚はすかさず答える
「それは貴様たち“媒鳥”がAIを独占し私的に利用しているからだ!!」
これには流石の望月も少し呆気に取られた顔になる
それもそのはずで
“媒鳥”がAIを私的に利用しているなんてことはありえないことを彼らこそが一番知っていることであるからである。
「面白いが馬鹿げた考えだな、俺達は“AIの設置場所”すら知らないっていうのにな」
秋山が言う通り
彼等“媒鳥”には知らされていない
しかし、合理的に考えれば当然である
いつ敵に捕まるか、抱え込まれるか分からない者達に最重要情報を与えておく必要はない
だが“媒鳥”としての役割はキチンこなしている様だった。
飯塚の様に陰謀論を唱える者もキチンと“媒鳥”を標的としAIに敵意が向くのを抑えている
だが、その事を頭では理解しているものの
完全に納得していない秋山は、少しだけ不快感を感じていた。
そうしている間に聴取室で動きがある
「私たちは一旦席を外すから飯塚君はその間ゆっくり考えてみてくれ」
望月達が聴取室を立ち去る
当然秋山もこの一連の流れを何度も見ている
望月が一通り詰めた後間を空けるのはいつものことだ
しかし、背後に何かが居ることを確信しつつあった秋山にはそれが焦れったかった。
「柚木、中にズボンを一着だしといてくれ、できれば何か匂いのあるものアンモニア臭何かが良い」
そう言い部屋を出ようとする秋山
「ちょっと、どうする気よ!」
柚木が声を荒げ秋山を制止しようとする
しかし秋山は係長の方を見訊ねる
「手順を早める」
「良いでしょ、係長」
訊ねられた係長はモニターを眺めたままいつもの口調を崩さず淡々と答える。
「良いよ、ただなにも聞き出せないとクビだ」
その答えに了解とだけ答え秋山は部屋を出る
その足で秋山は自室へ向かう
そして、自室に到着し
ベットに横になった秋山が仰向けで一息をつく
すると秋山に、睡眠時筋肉が痙攣するジャーキングが起こった時のような感じが訪れる。
そしてその後秋山は起き上がり部屋を出る
すると部屋の外にズボンが置かれている事に気付く
そのズボンを持ち上げ匂いを嗅ぐと秋山はむせ返る
「くっさ!……だけど上出来だ」
そう言いそれを携え聴取室へ再び向かい始める。
その頃、聴取室では、一旦戻ってきた望月ともう1人の男が係長と柚木のいる部屋に入ってくる
そして秋山が居ないことに気付き
「秋山はどこだ」
男が言う
彼は聴取では対象の後ろで腕を組んでいた人物
名前は新堂という
すると望月が係長の下へ近づき横に並んでモニターを眺める。
「馬場、なにかあるのか……」
望月が言うが係長は微笑みながらなにも言わずモニターを見つめる
「……なにかあるんだな」
望月は返答を得られずとも何かを確信したようになにも言わずお互い黙ってモニターを眺める。
一方その頃
聴取室に向かう廊下を歩く秋山
目的の場所はこの廊下の突き当たりだという頃左手に曲がる通路の先に一瞬
銀髪の長い髪を垂らしたワンピースの青い瞳をした少女の姿を秋山が視界の隅に捉える。
秋山は直ぐに曲がり角に戻り確認するが
既にその姿はなかった。
「……ヨミ」
そう言いながら秋山は少し微笑んでいた
そして気を取り直し聴取室へ向かう
足取りは先程までより力強くなる
「俺が絶対守ってやるからな」
——そのためなら
「どんな嘘でもついてやる」
そして秋山は部屋の扉を開いた。