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沈黙の園  作者: Yuki_Mar12
『鈴』の章その①~或る晩秋の一日から~
6/32

(6)

***




 現代文の先生は、女の人で、年は聞いたことがないけど、50代くらいに見える。うなじくらいまでの短めの黒髪は、緑のカーディガンと茶色の膝までのスカートという服装とあいまって、彼女の纏う雰囲気を20世紀以前の往年のものにしているが、令和の今、その雰囲気はどこか不調和で、浮いてしまっている。だが、その飾り気のなさと、時代に媚びない姿勢が(本人にその意思があるかどうかは不明だけど)密かに人気で、結構好かれいるし、わたしもどちらかというと信頼出来るという気がする。


 先生のことは、ともかく、現代文の授業は、寒い朝の一時間目にふさわしく眠たいものであり、それは決して先生のせいではないのだけれど、退屈極まりなかった。


 授業の主題は小説の読解であり、まずはテキストに掲載されている小説の抜粋を、生徒が指名され、段落ごとに代わる代わる音読していく。


 わたしの席は、ちょうど教室の中央に近いところにあり、美由紀はわたしの前だ。


 その美由紀はといえば、相変わらずセーターに半ば覆われた手を腿の上に置き、割とまじめそうにしっかりと机上のテキストを見下ろしている。


 何となく窓の方へ目をやると、空模様が見えるが、空は一面真っ白の雲に覆われている。雨を降らせることはないけれど、冷気を集めた感じの色味で、ひどく寒々しい。




「――一之清さん? 一之清さん?」




「――!!」




 ビクッと我に返り窓より目を離すと、先生がきょとんとしてわたしを見ており、前の美由紀は、ちょっとだけ振り向いて、ジト目で睨んでいる風の目付きだ。


「次の段落を読んでもらえますか?」


「は、はいっ」


 クラスメイトの目が、上の空だった間抜けをチクチクと刺すようだ。


 わたしは慌ててテキストと睨めっこするが、悲しい哉、完全に注意が逸れていた。


 わたしの困窮を憐れんでか、美由紀がサッと指で指示された箇所をさしてくれ、わたしは咳払いすると、起立し、音読しだした。


「彼は軟膏をどれだけ塗っても治らないニキビに悩んでいた。気後れさせる、目立つ大きいニキビがやっと日頃のケアと摂生で治ったかと思えば、違う場所に別のニキビが出来、そのニキビが治ったら、また違う場所に新たに出来るのだった。彼の日常は、モグラ叩きの如き、ニキビとの熾烈なる格闘だった……」


 特に噛むこともなければ、読めない難読字もなく、指定の段落の音読を終えると、先生は、簡単に礼を言い、わたしを座らせてくれた。すっかり注意散漫になっていて、先生が違えば、嫌味を言われたり、叱責を受けたりするところだが、比較的やさしい先生なので、そういう憂き目には遭わずに済んだ。


「(ありがとう、美由紀)」


 と、わたしは、手を口元に添え、背中にヒソヒソ声をかけると、美由紀は、またちょっとだけわたしの方へ首だけで振り向き、意味ありげにチラリと流し目で瞥見だけして、正面に向き直った。




 AM9時30分ごろ。




***

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