(3)
***
ご飯が炊けるまで、一時間は要る。量はおおよそ3合。釜の半分くらいまで、米の嵩がある。
わたしは食が細くてあまり食べないけど、お父さんがよく食べる方だ。それに、まだ食べ足りないのに炊飯器が残り少なくなっていたり、空っぽになっていたりするのは、何となくみじめっぽくてイヤだった。
――学校へは、わたしは徒歩で通学するようにしている。
自転車があるけど、さほど遠くなく、時間にすると、10分から15分くらいなので、徒歩で通っても全然苦ではない。
雨が降ったりすると、自転車だとカッパを着たりしないといけなくて不便だが、徒歩であれば、雪でも傘で対応出来るから楽だ。
そもそも、徒歩の方が、わたしにとっては色々な点で都合がいい。やはりイヤホンを付けて音楽を聴けるかどうかがポイントで、徒歩であれば可能だが、自転車だと交通違反になってしまう。あえてそのリスクを冒せるほど、わたしはチャレンジャーではないし、どちらかというと、むしろ臆病な方だ。
生徒の中には、平気で『ながら運転』している者がいて、あるいはわたしも、やってしまっていいかも知れない、という誘惑を覚えるのだが、やはり警察に取り締まりを受けたり、学校で世話になったことのない先生に指導を受けたりする自分の姿を思い浮かべると、気重になる。
自分にはないたくましさ、あるいは図太さを持っている彼らに対し、わたしは微かに敬意を持つ一方で、やはりルールに対する意識の低さを思い、軽蔑の念を禁じ得ないのだった。
――炊飯器の予約のランプが灯ったのを確認すると、わたしはキッチンを後にし、三階の自室へと戻った。
暖房が効き出して暖かくなりだした部屋で、わたしは、ベッドにゴロンと寝転がり、ちょっと気に入っているイラストレーターのコミックの単行本をパラパラとめくっていた。
30歳ほどの女性が描いているもので、独特の画風と物語の作風が、若い女性の関心を集めていて、いわゆる『バズり』こそしないものの、そこそこの数のファンがおり、わたしは、ファンというほどではないが、彼女のフォロワーのひとりで、新しい作品が出たり、イラストの展示会があったりすると、予め情報を仕入れてネットショッピングで予約したり、会場に足を運んだりするようにしている。
力のないぼんやりした眼差しで何を考えているか分からない少女たちが、あるページでは全身に汗を浮かべて、テレビだけが明るい照明の消えた部屋で、裸で男の子と抱き合っており、あるページでは、可愛い服装とバッグとメークに似つかわしくない感じで、片手の指の間に、煙の昇るタバコを挟んでいる。
彼女の描く少女の醸し出す、名状しがたいダークな雰囲気が、わたしには好ましかった。一体どういう心情なのだろうという疑問、関心、またいささかの怖れを持って、わたしは、描かれている女の子たちをそれぞれ眺めた。
セックスも喫煙もしたことがないけど、彼女らの眼差しには、妙にわたしを惹き付けるものがあった。
PM6時ちょうど過ぎ。
***