表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の園  作者: Yuki_Mar12
『鈴』の章その②~苦難の気配~
29/32

(9)

***




 学校の試験期間内、わたしは、家庭教師の綾先生の訪問を一度も依頼しなかった。もともと、学校の試験は、受験勉強と違って範囲が限られており、レベルもさほど高くなく、授業に出席していれば、対応は難しくなかったのである。


 一週間以上、家庭教師が家に来ないことが続き、勉強の主軸が、出題範囲の限られた学内のテストに絞られると、たった一週間であっても、すっかり馴染み、惰性が生まれてしまうもので、その後で、また元の、より厳しい受験勉強へと、自分の思考と意識をシフトしようとしても、そうスムーズには行かないのだった。


 ましてや、わたしの状況は、学校の期末テスト以前と以後で、お父さんの不運があったことで、くっきりと変わってしまったのだった。


 だが、だからといってじたばたしても何もならず、わたしは一日、二日間、綾先生には体調不良と事情を偽って伝え、じっくり考え、思い悩んでみたが、有意な過ごし方などなく、結局、逸脱した軌道を元あった状態へと修正することを余儀なくされた。


 お父さんは解雇宣告以後、ほぼ定時上がりで退社してくるらしく、夕方6時過ぎには帰宅するのだが、再就職活動らしい活動は、インターネットでの求人検索くらいしかなく、残りの時間は、家事に費やしたので、わたしは、勉強以外、やることといってもあまりなかった。


 そういうわけで、わたしは、しばらくあった体調不良が回復したという病み上がりの体で、綾先生に家へと来てもらい、中断していた受験勉強を再開した。


 何となく、気遣わしい感じがあったが、それは、失職することになったお父さんに対してというよりは、以前はさほど頻繁にいなかったはずのお父さんがいるという状況で訪問することに、綾先生が違和感を覚えるのではないかという危惧からのものだった。以前までは、綾先生が勉強を教えに来てから帰宅することが多かったので、その点に疑問を持たれたら、わたしは大いに恥じ入って事情を白状せざるを得なくなるだろう。


 だが、それは杞憂だったようで、綾先生は、お父さんの存在をいぶかしく思う素振りを見せず、礼儀正しく挨拶をし、お父さんはお父さんで、気後れすることなく、挨拶を返した。


 お父さんの在宅時間が長くなった他には、目立った変化はなかった。わたしは、途切れていた糸を何とか紡ぎ直し、自分の状態を、期末テストから、受験勉強へと戻した。


 だが、心なしか、綾先生の、授業終了後の、保護者への報告時間が長くなったような気がする。


 わたしの部屋での授業が終わり、綾先生がちょっとお父さんとお話してくるという言葉があった後、短くとも二十分は、話し込んでいる。その場に居合わせるのは、わたしは何となく難しいので、二人のいる部屋の扉のそばでじっと耳を澄ますだけなのだが、さほど盛り上がった会話ではなく、二人とも声が低くて、内容がほとんど分からない。何となく推察されるのは、笑い声がなく、まじめな話をしているらしいということだ。


 綾先生の帰った後、お父さんにそれとなく、何の話をしていたのか、と聞いてみると、大した話じゃない、とお父さんは、あまり詳しく教えてくれない。ちょっと追及してみても、雑談とか情報交換だと言われて、すっきりする回答が得られず、わたしは、もやもやしてしまうのだった。


 毎回毎回、二十分を超えるほど、話題というのは、あるものだろうか。あるとするなら、それは、詳しい説明の出来ないくらい、内容の乏しいものなのだろうか。もともとお父さんと綾先生の仲がよかったということはなく、あくまでわたしの保護者と家庭教師の関係の域を大きく出ず、基本的には赤の他人同士だったはずだ。


 お父さんの失業後というタイミングで、はっきりとはしないけど、いささか疑わしい変化が現れたことは、お父さんの失業を内心で悩みの種にしている娘としては、やはり、まったく疑念を持たないで済むというわけにはいかないのだった。




***

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ