(7)
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夜ご飯を食べ終えると、わたしは、自然とお父さんの食器の方に手が伸び、「ついでに洗うよ」、と言い、空いているものをトレーの上にまとめ、キッチンへと向かった。
いつもは自分の分しか基本的に洗わないのだが、失業したお父さんの心境を考えると、余計な手間をかけさせたくはなかった。
「食器、洗ってくれるのか。ありがとう」、とお父さんは礼を述べた。
――給湯器を付け、温水で食器をスポンジと洗剤で洗う。
キッチン越しに、お父さんをそれとなく見遣る。
お父さんは、食卓で、腕組みし、眉間に微かに皺を寄せ、考えごとをしているようだった。
明日から生活はどうなるのだろう、とわたしは、率直に不安になった。
お父さんは、まだクビになったわけではないが、解雇までの期限を会社に予告されている。
クビになる何の前触れもなかった、と言うと、確かにそうだが、世の中の景気は決してよくなかった。増税が断行され、物価は漸次的に挙げられ、他方で、賃金はきっと、学生のわたしにははっきりとは分からないけど、上がっていないのだろう。時の総理大臣が、賃金アップを目標にかかげ、世のあまねく企業が、そのスローガンに追従しないといけない風の空気を醸成したけど、実際にそのように従業員の処遇の改善を実現したのは、ごく一部の大企業ばかりだろう。
お父さんは心配しなくていいと、強い気持ちと口調でわたしに言ってはくれたが、娘としては、そう簡単に、不安は解けないものだ。
クビになった後の、生活は、大なり小なり質が落ちるという気がする。我慢を強いられることが多くなると思う。
――洗い物が一通り終わり、水切りの中に整理して、濡れたシンク周りを布巾で拭いて、ちょっと物思いに耽った。
一か月後ということは、年が明けた翌年の一月中ということだ。
一月。真冬の真っただ中。その情景を想像すると、怖気が震う。
「鈴」
「――わっ」
突然近くで呼びかけられ、考えごとをしていたわたしはびっくりした。
「そんなびっくりする必要ないじゃないか」
「ごめん。ボーッとしてた」
「残りの食器も洗ってくれるかな」
「あぁ、もらうよ」
「すまない」
わたしは、お父さんより、箸が突っ込まれた、重なった食器を受け取り、空のシンクに置く。
「お父さん。先にお風呂に入っていいか?」
「いいよ。まだ沸かしてないけど」
「構わないさ。自分で沸かすから」
そういえば、お父さんはまだ、外行きの防寒着を、暖房の効いた部屋なのに着っ放しだった。お風呂にゆっくり浸かれば、ある程度、気持ちが整理整頓されていくのではないかと思う。
ダイニングのテレビでは報道番組がやっていて、よく見えないし聞こえないが、遠国での紛争を特集しているようだ。ある宗教と他のある宗教が、ひとつの区域の主権を巡って、ずっと武力で争っている。その紛争に、他国が変に肩入れしたりするから、元々複雑だった事情がいやましに込み入ったものになる。
現地の人々はきっと大変に違いないと思う一方で、わたしも、細部は違えど、彼らと同じように、最早安楽な状況にいるわけではないと、痛感するのだった。
部屋の壁にあるお風呂の給湯器のリモコンが、ピーと鳴り、お風呂が沸いたことを知らせた。
PM9時過ぎ。
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