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沈黙の園  作者: Yuki_Mar12
『鈴』の章その②~苦難の気配~
25/32

(5)

***




 勉強の途中、わたしはトイレへと自室を出、何となく階下を、照明の消えた階段より窺ってみた。


 お父さんが会社より帰ってきた時、わたしが、お父さんの辿る導線におらず、三階の自室などにいる時でも、お父さんは、わざわざ足を伸ばして「ただいま」とわたしに言いに来てくれることが多いのだが、一向に来る気配がない。


 とはいえ、ないならないで別にどうということもないので、わたしはあまり気に留めようとは思わなかった。そういう日もあるかというくらいに軽く受け止めた。


 だが、違和感というのは、それが生じた時、幾分か真実を捉えていることが多いものだ。


 トイレより自室へと戻って10分くらいした頃、部屋の扉がノックされ、わたしはイヤホンを外し、返事した。


 現れたのは勿論、お父さんなのだが、憂色一面で、外行きの防寒着を家でも着用したままで、どうも様子がおかしい。


 お父さんは、後ろ手に扉を閉めると、その場に俯いて立ち竦んだ。


「どうしたの」とわたし。「具合、悪そうだけど」


「鈴。ちょっとお前に言わないといけないことがあるんだ」


「……」


 この低く沈んだトーンは、悦ばしい話とは遠いものだった。


 わたしは、よからぬものを予測したが、何があったのかという興味が勝り、先を促した。


「お父さんな、会社、クビになるらしいんだ」


「――え?」


 そのセリフは最初、あまりにもセンセーショナルなせいで、わたしにはうまく飲み込めず、聞き間違いかあるいは嘘かと思った。


 だが、そのセリフと、お父さんの沈鬱な状態とを照らし合わせれば、何事も調和的であり、疑う余地などなかった。最早、勉強どころではなかった。


「クビって、解雇、リストラってこと?」


 お父さんは、コクリと頷く。


「何で。お父さん、まじめに働いてきたんじゃないの」


「真面目に働いてきたさ。だが、経営不振が続いたんだ。整理解雇ってやつだよ」


「そんな、急に言われても……」


「退職までは、一カ月の猶予がある。その間に、おれは、新たな職場を見つけるつもりだ。だから、鈴、お前は余計な心配はしなくていい。勉強に集中すればいい」


 お父さんは、気丈に振舞っているけれど、目元が真っ赤になり、ほとんど泣いているに近い表情だった。わたしもショックだが、お父さんは、もっとショックで、打ちひしがれているに違いない。


 わたしはお父さんの言うままに頷いて、やがて話は終わり、お父さんは部屋を出ていった。


 その後、わたしの勉強が捗ったわけがなく、わたしは勉強を中断し、スマホでネットサーフィンして、《父 クビ》というキーワードで検索をかけ、わたしの家と近い事例を探しまくった。


 何となく世間に見捨てられた気分だった。将来どうするか決めないといけない大事な時期に、未成年の娘がいる男の従業員を、会社は、どうして簡単に経営の都合でやめさせることが出来るのだろう。


 わたしは恨めしくなったし、悲しくもなった。




 PM7時過ぎ。




***

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