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12月の某日。年の瀬が迫っていた。
期末テストが終わり、間もなく冬休みが始まる。
今までであれば、わたしは、自由に過ごせる長い休みを手放しで喜べたのだが、高校三年生への進級を目前にし、卒業が近くなり、そう呑気には構えられないのだった。
期末テストは、可もなく不可もなくといった出来で、その結果を材料に、クラスの担任の先生との間で、進路に関する面談が行われる予定である。
期末テストの期間は、授業が行われず、テストが終われば下校していいことになっていて、基本的に、生徒は、お昼には解放され、家に帰ってもよい。
わたしは、ある日、テスト後帰宅し、制服を私服に着替え、さっと荷物を用意すると、また外出した。
よく晴れた冬晴れの日で、雪は降っても積もってもいなかったが、空気がひどく冷たく、すっかり真冬の気候だった。
自転車に乗って出かけた。歩きだと、目的とする場所はちょっと遠いのだった。
湖の南東部の丘陵へと、わたしは自転車を走らせた。
おおむね20分ほどの移動時間だった。
着いたのは、丘陵の内部にある霊園の入り口だった。鎌倉時代に建立されたという由緒ある仏教の寺院の墓地で、寺院の方は、桜や紅葉のシーズンに、観光客が訪れることがあるが、知名度はあまり高くなく、賑わうことは、わたしの知る限りにおいて、なかったと思われる。
わたしは、駐輪場に自転車を止める。霊園には、自転車では入れないのだった。
ずっと続く石段を、わたしは、徒歩で上っていく。
真冬ですっかり寒いのに、足を運ぶ内に体温が上がり、上気していく。真夏なんかにお墓参りに来ると、霊園に入るまでにあっという間に汗だくに、またクタクタになって、わたしは、こんな難所に眠るご先祖様に、不謹慎を承知で不平不満を吐きたくなることがあるのだった。
だが、わたしは、丘陵にあって、湖の景色を遠望出来るこの墓地の雰囲気が好きだったし、愛着があった。小さい頃からずっと、その時期になれば必ずお墓参りに来たし、今となっては、『お母さん』が、ご先祖様といっしょに、お墓で眠っているのだ。
ようやく階段を上り詰めると、わたしは、肩で息をしながら、振り返って、高所の景色を臨んだ。
12月の寒天の下に、湖の広い面が見え、彼方に並ぶ山々の峰は、雪を被っていた。
PM1時過ぎ。お昼ご飯はまだ食べておらず、そろそろ空腹感が出てくる気配がする。
自転車を止めた駐輪場はガラガラで、駐車場もおおむねすいていた。
霊園にはちらほら残雪があり、湿っぽい冷気を放っていた。
不定期に、わたしはこの霊園に、お墓参りに来る。ひとりでもそうだし、お父さんとも勿論、来る。
ひとりで来ると、高校生の年齢で今時まめで珍しいと変に感心されることがあるが、わたしは《意識が高い》から、マメにお墓参りに来るのではなく、ただ専一に、お母さんの存在を感じたいがために来るのだった。
第二のマイホームというほどではないが、わたしは、いつも、長い階段を苦労して上ってこの霊園に着くと、霊園の静粛さが相まって、どこか安らいだ気持ちになるのだった。
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