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わたしの家は、木造の三階建てで、住宅街の中に、よそと軒を争っている。
市立病院が徒歩で行けるほど近くにあり、いざ体調を崩した時に便利なのだけど、実際に救急で駆けこんだことは未だにない。
病院より更に向こうには、わたしの住む地域のシンボルである湖があり、気晴らしに散歩に出かける時に都合がいい。市立病院に駆け込むことはないけど、湖辺の散歩道を物思いに耽って歩いたことは何度もある。
お母さんが亡くなった時は、ショックで軽く鬱になり、しばらく部屋に引き籠って学校も休んでいたが、ちょっと活力が戻ってくると、わたしは、決まって湖に向かい、歩いた。空をグルグル回って飛ぶトビや、固定した釣り竿のそばでいびきをかく釣り人や、風の流れを受けて生じる波紋のあやなど、そういったものを、ぼんやりと、見るともなしに見たものだ。
家の前には車二台分ほどのスペースがあり、内、一台分のスペースは、二台の自転車が占領しており、別の方は、空っぽで、お父さんはまだ仕事中だ。
玄関のドアの前でキーホルダーの付いたカギを取り出し、鍵穴に差し込んでひねる。
中は無人のため、真っ暗である。いつものことだが、両親、きょうだい、しまいのいる友達の家庭や、お母さんが生きていた頃の家庭を想像して、わたしは、寂しい気持ちになることがしばしばある。まして、今日のように寒さがひとしおの日は、帰宅時の寒さ、冷たさが、ひとりぼっちの心細さと相乗してわたしをてひどく苛む。
「……ご飯、炊かなくちゃ」
――そういう独り言を呟いて、寂しさをまぎらわすのも、いつものことだ。
玄関の電気を付け、靴を脱いで階段を三階まで上る。
三階には三部屋あり、内ひとつは、わたしのものだ。6帖ほどのスペースに、寝具や書棚や勉強机を置いている。
部屋に入ると、すぐにマフラーを外してカバンを無造作に置き、制服をジャージと裏起毛のトレーナーに着替え、暖房を付けて、二階へと移動する。
ダイニングキッチンがある。
わたしは、キッチンの空っぽの電気式炊飯ジャーを開け、空っぽの釜を取り出すと、引き出しの中の米びつより米をカップで適量掬い、釜に入れ、水道の水で研ぐ。素手ではなく、米研ぎ用の器具があるので、水の冷たいことに苦労する必要はないのだった。
暖房は付けない。米研ぎを終えれば自室に戻るつもりでいるためだ。
下校中付けていた無線のイヤホンは、まだ耳に付けっ放し。外せば無音になってまた心細くなるので、音楽とかラジオとか、聞くことにしている。
スゥ、とふと手が止まり、鼻よりため息が出る。
何となく、眠たい。すぐに横になりたい気分だ。疲れているのだろうか。
研ぎ切れていない米を残し、ダイニングの窓辺に寄り、カーテンをめくって外を見てみる。
わたしのぬるい吐息に結露して白む冷えた窓。その向こうには、まだ早い夜闇の淡いネイビーが、あまねく住宅の屋根を覆い、空を暗くしている。
PM5時ちょうどより、少し過ぎた頃。
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