(7)
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娘の同級生が訪ねてきたと知ると、鈴と二人暮らしする父である『一之清光史』は、笑顔で歓迎した。
明色のトレーナーとチノパンという恰好の彼は、娘たちを家の中へ案内し、三階の部屋へと見送って、ホットドリンクとお菓子を運んでいくと、それ以降は特に茶々を入れず、大人しく二階の居間でゆったり、休みの日の時間を過ごした。
――勉強会ともっともらしく銘打ってはみたものの、特別、予定のない週末の休みの日に、女生徒たちは、わざわざあえてつまらない勉強のために時間を費やすのは、あまり気乗りのしないことだった。
一応、高校で指定されていない市販の参考書などが机上に用意され、美由紀と鈴は並んで勉強机に向かってはみるが、どこかたるんだ空気が漂っていて、身が入らないのだった。
ハァ、と大きくため息を吐くと、机上に右腕で頬杖を突く鈴は、「捗らないね、やっぱり」、と言った。
「ただの思い付きだもん」、と返す美由紀は、左腕で頬杖を突いている。「元々勉強するつもりで誘ったわけじゃないし」
「美由紀のお母さんは?」
「お出かけしてる」
「どこへ?」
「さぁね」
「ふうん。美由紀のこと、連れてったらいいのに」
「仕方ないよ。ママはわたしと、普段ずっといっしょだもん。週末くらい、ひとりっきりになりたいんじゃない?」
「そう?」
「きっと、そう。それに、わたしはわたして、呑気に週末を楽しんでいられる身空じゃないし」
「じゃあ、勉強しないとね」
「はい。分かってますよ」
そう軽薄に応じ、美由紀は手近にある手鏡を取って自身を映し、髪の乱れを直す。
手鏡を置いて、勉強せざるを得ないことを観念しかかった美由紀は、そばにあるフレームに入った写真が目に映った。
鈴と、鈴の父親と、ひとりの、母と思しき女性の三人がいる。美由紀には、何度か見たことのあるものだった。
その写真は、写真館で撮ってもらった一枚のように見える。
背景が壁紙であり、スーツ姿の父親と、スカートと薄手のジャケットという姿の女性と、色味の違いはあれど、コーディネートは完全にその女性といっしょの鈴。
皆、今よりもずいぶん若く、何年も昔の写真に違いなかった。
以前、美由紀が滝ノ沢高校で顔見知りになり、互いが一人親の家庭だという通有性を発見して程ない頃、美由紀は何となく気になって、鈴の母親がどうしていなくなったのか、聞いてみた。その前には、美由紀は、彼女の母である美紗樹と、しんごの別れについてすでに話を済ましていた。
もしも、鈴の両親も、美由紀のように、お互いの気質のミスマッチが高じてといった、どこか微笑むことの出来る理由で離れ離れになっていれば、共感したし、実際多少は微笑み合えたのかも知れない。
だが、鈴はポロッと、その言葉で話をピシャリと切るように、「お母さんね、亡くなったの」、とドライに言及した。
二人を包む空気が一気にこわばり、息苦しさが漂った。
だが、美由紀が、納得する風に「そうだったんだ」、と悲しげに述べると、二人は揃って沈黙した。
あの空気は、あの時だけで、今の彼女らの関係まで影を差しているということはない。
美由紀はフレームの写真より目を逸らし、至ってナチュラルに、「成るほどね」、などと独り言をブツブツと呟いて、テキストとノートと文具を道具に、勉強に臨むのだった。
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