序章(2)
ゴールデンウィークはいかがお過ごしですかみなさん。
バーベキューでもするのかな?バーベキューはお嫌いですか?そうですか。
「自己紹介がまだだったにゃ。あたしの名前は猫澤風香。〈猫精霊〉だにゃ。色々わからないことだらけかもだけど、それはまた後で話すにゃ。よろしくにゃ。」
猫耳お姉さんが自己紹介をした。猫澤さんというらしい。不思議な語尾の人だ。
「あ、私も自己紹介してなかったね。私は如月優。〈先元人〉……まあ、二人と一緒の種族って言ったらわかりやすいかな。よろしくね。月花ちゃん。」
あれ?私の名前……。陽花が教えたのかな?うん。きっとそうだ。陽花ってば無駄に口が軽いとこあるし。
自己紹介を終えた後、如月さん達(陽花含む。)は私に、ここがどこなのかや、ここでの常識とやらを教えてくれた。
「……。月花、ここは異世界なんだよ。実は。」
陽花が、まるで今日の天気を言うかのようにいつも通りの調子でそんなとんでもない……突拍子もないことを言ってきた。
えっと、一体何を言ってるのかな?この子は。
「あっ、『一体何を言ってるのかな?』て顔してるっ!ほんとのことだからね!嘘でも厨二病でもないよ!」
「まあ、確かに年号がなきだけで、西暦自体はあるしにゃあ……。あ、そうにゃ。試しに今年が何年か言ってみるといいにゃ。……年号で。」
今年が何年か。今年は西暦二千二十五年、令和七年だ。こんなの、誰もが知ってることだと思うけど。
とにかく、私は猫澤さんの言う通り、今年は令和七年だと伝えた。
「……。ふうちゃん、やっぱり陽花ちゃんの言う通り、月花ちゃんは向こうで育った子ってこと?……あの古井戸から出てこれたってことは〈世渡り迷子〉でもないだろうし。」
「そういうことにゃ。」
如月さんのおかしなリアクションと、それに同意する猫澤さん。
「ね?だから言ったでしょ?ここは異世界なんだって。」
ここが……異世界?見知らぬ場所ではあるけど、異世界って……?そんなわけ……。
私の頭の中は、ますます『?』でいっぱいになるのだった。
――――――――――
白を基調とした建物の並ぶ天使の住まう世界〈天使界〉。
しかしいまやその白は、闇に染まり、黒へと化していた。更には、黒き侵入者に銀のナイフを突き立てる者や、その殺傷によって黒から赤へと変わる建物の色。元々の白は見る影もない。
その世界の中心にそびえる城の庭の奥の奥。そこで一人の女性が自身の娘に向かい叫んだ。
「お願いっ!早く逃げてっ!」
「で、でも……。」
娘が逃げるのを躊躇っている。恐らく、女性のことを、そしてこの世界のことを心配しているのだ。普段なら、姫らしいよい心掛けだと褒めるところだが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
「いいから早くっ!もうすぐそこまで来てる!さあ、早くっ!」
それでもなお、そのに留まろうとする娘を、女性は魔法でゲートへと誘導する。
「早く……、ゲートへ……!」
「待って……!」
少女は、叫ぶ。母の魔法によりゲートに近づく身体。母には、もう近づけない。
遠ざかる、母の姿。すぐ後ろには彼女の陰が。
そして彼女は母に向けて魔法を放つ。
「お母様ぁぁぁ!」
少女の叫びは、放たれた魔法の轟音に掻き消され、誰の耳にも届かず散ったのだった。
――――――――――
「いきなりそんなこと言われても……。頭、大丈夫?古井戸でぶつけたんじゃない?」
「夢と現が混同してるって言いたいのかな?だとしたら優姉ちゃん達までボクに同調する理由はなくない?」
「う、それは……。」
私達は目の前の二人に聞こえないようにひそひそと呟く。
「全部丸聞こえにゃ……。」
しかし、どうやら丸聞こえだったようだ。
「まあまあ、証拠見せればいいんじゃない?百聞は一見にしかず、だよ!」
如月さんは猫澤さんの呟きにそう返し、目の前のテーブルに置いてある金属細工に小さな雷を落とした。
……は?……雷?……え?
「へへ。驚いたでしょ?これはね、雷魔法!……これが証拠だよ!」
……うー?、どうせそういう手品では?
「手品か何かだと思われてるにゃ……。そしたら、ここはお話タイムかにゃ。」
猫澤さんはまるで私の心の中を読み取ったかのようなことを言った後、話し始めた。
「この世界は〈ブル・プランタン〉。特徴はあっちとそんな変わらないにゃ。あ、そうそう。ちなみにあの世界は〈ブラン・ノトンヌ〉と呼ぶにゃ。」
「あっちが科学力で発展した世界なら、こっちは魔法力で発展した世界……。といっても、そんなに差があるわけじゃないけどね。国名、言語……。大体同じ。違いはやっぱり、科学力で発展したか、魔法力で発展したか、そしてそれに伴うちよっとした常識の違い、かな。」
「それに、学校もあるからね。」
「異世界なのに!?……ま、まさか、通え、なんて言わないよね……?」
猫澤さん達の話を聞き終えたあと、陽花が告げたその一言に、私は嫌な予感がして、恐る恐る聞き返した。すると案の定、
「ん?通うことになるけど?」
と、返してきた。さも当然というように。
「と、いうことは、早めに連絡取らなきゃね。……でも今起きてるかなぁ……。あ、裏口転入は無理だからね。〈ブラン・ノトンヌ〉の子だから〈魔法学〉分野は試験なしにしてもらえるだろうけど……。わたしにできることは、友人のよしみで学費免除のお願いくらいかな。」
え、え、やっぱりその方向で話進むの……?異世界でもお勉強……?……ここが異世界だっていうのはもう納得してあげるから学校はやめてほしい……。数学赤点居残り補習地獄はやだよぉ……。うっ……。目の前に微分積分が見える……。高次方程式……。は、吐き気が……、頭痛が……!
「月花、大丈夫?死刑を告げられた顔してるけど。」
「しょうがないじゃん。……はぁ、こちとら赤点常習犯なんだよ?……なに?この世界は高校も義務教育なわけ?」
高校転入の話が本人の意思関係なく進められているのを見て、つい堪えきれなくなった私は、ため息をつきながらも半ば冗談のつもりで愚痴る。
「残念ながらそうにゃ。小中高の十二年間がここの義務教育期間にゃ。」
「ドンマイ、月花。」
「なんで陽花はそんなに気楽なのさぁ……。」
私の肩に手を置き、呟く陽花に私は恨みがましく聞く。
「え、だってテストとか簡単だし?」
……。あぁ、そうだった。こいつはヨユーで高得点叩き出す優等生だったわ。
と、いうことで、私は陽花と共に、見知らぬ世界で高校生活を送ることになった。
「あ、それと、あたし達のことはしたの名前で呼んでほしいにゃ。というか、こっちじゃそれがフツーにゃ。」
「敬語もさん付けもいらないからね〜。」
――――――――――
それから一週間が過ぎた。空気中の〈魔力〉の量が少ない〈ブラン・ノトンヌ〉から急に空気中の〈魔力〉の量が多いここに来たのだ。最初の頃はちょっとした吐き気とか眩暈などもあったが、今はもうない。恐らくこの環境に慣れたのだろう。
この一週間、私達は優さん……じゃやくて優お姉ちゃんの家に泊めてもらっていた。隣人のはずの風香お姉ちゃんも何故かいつも優お姉ちゃんの家にいて。陽花曰く、普通にいつも通りの日常なんだそう。
「体調は大丈夫?」
優お姉ちゃんが聞いてきた。私は「大丈夫。」と答えた。ちなみに陽花はあの現象、所謂〈魔力酔い〉にならなかった。もしや、頻繁に足繁くここに通っていたのか?こっちのことになんか詳しかったし。
「それじゃ、学校に転入学希望を出さなきゃね。」
優お姉ちゃんがそう言う。履歴書云々はいらないとのこと。……ヤバいとこじゃないよね?騙されてないよね?
「と、いうことで、行っくよ〜!」
「Go!Go!……ほら、月花も。」
「ご、ごー、ごー……。はぁ……。」
こうして私は優お姉ちゃんと陽花の案内の元、学校……〈星空学院〉へと向かった。
――――――――――
「はっ……。また、あの日の夢……。」
少女は、ガバッとベッドから起き上がった。彼女が見ていたのは、母と離れ離れになった“あの日”の夢。“あの日”からよく見るようになった、実際に起きた悪夢。
「どないしたん……?すごい汗やけど……。熱か?」
「シャワーした方が……。」
ルームメイトの二人が、汗だくになってしまった少女を気遣う。
「大丈夫、ちょっと悪夢見ちゃっただけ。でも、汗だくなのも気持ち悪いから、軽くてシャワー浴びてくるね。」
「ん、いってら〜。」
「いってらっしゃい。」
ルームメイトに見送られながら、少女は部屋のドアを開け、外へ出る。シャワー室はこの部屋のすぐ近くだ。
「あれ?あの子……。もしかして……。……いや、そんなわけないよね。」
ふと、よく知る懐かしい魔力を感じた気がしたが、しかし少女は気のせいだろうと首を左右に振り、気を取り直してシャワー室に向かった。
(それにしても、なんであの子の魔力を感じたんだろう……?)
シャワー室で、少女は考える。先ほどは気のせいかと思ったが、ゆっくり考えてみると、やはりあれは気のせいではない気がする。
だとしたら一体何故なのか。それは全くわからないが、彼女のあの顔。
(まだ、何も知らない顔だった……。)
キュッ、とシャワーの栓を閉める。ポタポタと水を滴らせながら、シャワー室から出る。
そして、そそくさとドライヤーを終え、部屋へと戻るのだった。
あともう少し、序章に付き合っていただきます。
序章のくせに生意気だぞ!と思われるかもしれませんが是非お付き合い頂けましたらば幸い嬉しいタラバガニ。