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はたから見ている人の方が、そこで何が起きたのか?をより捉えていることがある…みたいなことを僕は聞く。
アラフォーになって僕は今、完全に競技としての自転車は置いた。
僕は今、思うのだ。
《一つでも上のカテゴリーで走りたい!》
と願ったのは決して僕だけでは無かった…と。
フルタイムで働く中、限られた時間で濃い練習をこなすレーサー…
妻子持ちでも、自転車レースだけは出させてくれ!と走り込むレーサー…
自転車レースに集中できない職場だと思ったら、そこを辞める…競技に全力を尽くすために生活の糧である本職を転々とするレーサー…
僕は競技から離れて己の日常が、はっちゃっかめっちゃかに、ならないくらいにロードバイクに乗って、30代の、ある時、草レースに出た。
短い距離で、
途中でダレナイ、落車しない、フィニッシュラインを越えた時、全てを出しきっている!という目標を見据え、それらを叶えて、僕はゴールした。その時分の練習量は常日頃、気楽なサイクリングでは決して無かったと記憶している…。
僕が競技としてやっていたことへの僕なりの当時、出せたベストであった。
今こそ僕はプロレースを一ファンとして熱く観戦しており、それは紛れもない近頃の僕の楽しみである…。