33話 私たちの願い
勝視点
あれはカナさんが命懸けで世界を救った後の話だ。今でも思い出すと怒りが湧いてくる。昼休みに何人かのグループがカナさんの噂話で盛り上がっていた。
俺は教室の扉を乱暴に開けて屋上に向かった。そして死神と取引をした。
──お前が求めるのなら力を貸そう。ただしそれ相応の代償を貰おう。
勝のポケットに入っていたジョーカーが黒い光を放って空に浮かぶ。カードは闇に包まれると、不気味な鎌をもつ死神に変化した。
──其方の魂を捧げれば闇の力を授けよう。さすれば人の闇を集める事が出来る。
「魂……分かった。やってくれ」
死神は不気味な笑みを浮かべると、鋭利な鎌を振り下ろした。勝の体が切り裂かれて青白い魂が抜き取られる。
その代わりに死神の黒い魂が勝の中に注がれていった。
あの日、俺は死神に魂を売った。俺の体は死神に操つられて、俺の魂は死神の中に閉じ込められてしまった。
自分じゃない誰かに自分の体を使われるのは、見ていて吐き気がした。これ以上死神に使われるのはごめんだ。俺は暗闇に眼を光らせると、魂を奮い立たせた。
* * *
「なぜだ、お前は代償で魂を捧げたはず。なのにどうして意思がある!」
勝は怒りと驚きの混じった声で叫んだ。死神は私たちを守るように一歩前に出て勝に鎌を向ける。
「俺の体でこれ以上好き勝手するな! 彼女たちを傷つけるな!」
死神は一瞬で勝の背後に回り込むと、頭をわしづかみにする。
「どうやら一歩遅かったけど無事みたいね」
そこに天音さんもやって来て私たちに軽く手を振った。
「天音さん!」
天音さんはすぐに気を引き締めると死神の方を見つめた。
「天音、頼む。俺の意識はそう長くはもたない……」
死神が勝の体を押さえつけて必死に叫ぶ。
「えぇ……分かってるわよ」
天音さんはジョーカーを取り出して鎌に変えると、地面に引きずりながら一歩一歩近づいていった。
カラカラと鎌の揺れる音がする。よく見ると天音さんの体が小刻みに震えていた。
天音さんは深く息を吐くと、鋭利な鎌を振り下ろした。勝と死神が同時に崩れ落ちる。
勝の体から赤い血……死神からは青白い魂が浮かび上がり、勝の中に戻っていく。
「おかえり、勝……」
カラン、カラン、っと鎌が地面に落ちて甲高い音が響く。天音さんは両手を広げると、勝の体を抱きしめた。
* * *
「天音……すまなかった……」
勝さんが弱々しく伸ばした手を天音さんが強く握りしめる。その姿は私が玲奈ちゃんと最後のお別れをした光景と重なって見えた。
「もういいのよ、カナちゃんを悪く言う人の事が許せなかったんでしょ?」
「あぁ……そうだな、でもいつの間にか世界中の全てが憎く見えたんだ……その隙をつかれて俺の体は死神にいいように操られた……本当にすまなかった。げほっ、ごほっ……」
勝さんは苦しそうに咳き込むながら話しを続ける。
「千夏……妹を思う良心を利用してすまなかった。君は立派なお姉さんだ。妹さんの回復を心から願うよ……」
勝さんは無理やり体を起こして謝罪をのべる。
「今更そんな事言われても……どうすればいいのよ!」
千夏さんは涙を浮かべながら目鯨を立てる。
「許さなくてもいい……それから恵。すまなかった。君の大切な親友に酷い事をしてしまって……」
私は唇を噛み締めて俯いた。この人の事は絶対に許せない。でも勝さんも苦しんでいた。
行き場のない怒りが胸の中で渦を巻いて苦しい。そんな思いを見通したのか、紗央里さんが私の手を繋ぐ。
「恵……これを受け取ってくれ、君なら正しく使えるはずだ」
勝さんは手を振るわせながらジョーカーを私に手渡した。
「天音、すまない、もう時間がなさそうだ……後は任せる」
「待ってよ勝、またあの時みたいに過ごそうよ。今ならまだ間に合うでしょ!」
どんな時でもマイペースな天音さんが珍しく取り乱していた。勝さんはそっと天音さんの頬を撫でて静かに目を閉じる。
周りに漂う闇が勝さんを包み込むと、初めから何もなかったかの様に消え去った。
* * *
「天音さん……」
「今は悲しんでいる場合じゃないわよね……」
天音さんは涙を拭くと、凶源の闇を見上げだ。そうだ、まだ終わっていない!
「恵ちゃん、初めて会った時の事を思うと本当に立派になったわね。貴方は1番優秀な魔法少女よ。さぁ、早く凶源の闇を封印しましょう!
天音さんは鎌を空に掲げた。不気味な闇が血で染まった鎌にまとわり付く。そして死神に変化して私たちの前に現れた。
「私の目的は凶源の闇を誘き出して封印する事。そのために貴方たちに疑心や怒りの感情を植え付けさせてもらったの」
天音さんは一度言葉を切ると、私と紗央里さんの顔を交互に見る。
「勝手に人の日記を見た2人は知っていたと思うけど」
私と紗央里さんは顔を見合わせると、親に怒られた子供の様に「ごめんなさい……」っと小さな声で謝った。
「あの……私たち魔法少女を生贄にして凶源の闇を封印するんですよね?」
紗央里さんが恐る恐る尋ねると、横で聞いていた千夏さんが「何それ? 聞いてないんだけど!?」っと勢いよく会話に割り込んだ。
「じゃあ私たちはいい様に使われて生贄にされるの!?」
私たちはチラッと目配せをすると静かに頷いた。千夏さんの意見はごもっともだ。
「もちろん私の命も捧げるわ」
天音さんが一歩前に出る。死神は鎌を持ち上げると、不気味な笑みを浮かべて狙いを定めた。
「待って下さい!」
私は咄嗟に死神と天音さんの前に割り込んで両手を広げた。
「天音さん! さっき私の事を1番優秀な魔法少女だと言いましたよね?」
「えっ……そうね、確かに言ったわ」
「じゃあ、願い事を叶える権利は私にあるはずです!」
「確かにそうだけど……一体この状況で何を望むの?」
私は皆んなに笑顔を見せると、天音さんの顔を見つめた。
「やっぱり……皆んなの命を捧げて闇を封印するのはおかしいです! そんな事はさせません!」
私は覚悟を決めると、凶源の闇を見上げた。
「生贄は私1人で十分です」
* * *
崩れていく街の真ん中で私は何かを叫んでいた。体はボロボロで横殴りの雨が容赦なく降りかかる。
周りを見渡すと、皆んなが必死に私を止めようとしていた。でもそれを振り払って私は笑顔を見せる。
(そっか……あれはただの夢じゃなかったんだ……)
よく見た夢の出来事と今の状況は全く同じだった。でも1つだけ違う事がある。
夢の時はとても怖くて震えていた。でも今は何も怖くない。むしろ少しだけホッとしている。
「恵、アンタ何をする気なの⁉︎」
「恵ちゃん、私たちにも手伝わせて!」
皆んなが一斉に私を引き止めようとする。でも覚悟は出来ている。世界が終わる前に早くしなくちゃ!
「天音さん、千夏さん、紗央里さん、今まで本当にありがとうございました!」
私は最後に感謝の気持ちを伝えると、勝さんから託されたジョーカーを空に掲げた。
「人の心の闇は誰かと比較する事で生まれる……玲奈ちゃんがそう言っていました。だから……ちゃんと自分の事を認めてあげれたら闇は無くなると思います!」
カードは黒い闇に包まれると、死神の姿に変わって私を見下ろした。
「お願い! 私の命とこれまで生きてきた証を全部あげる。だから願いを叶えて!」
死神は虚な目で私を見下ろす。隣では天音さんが驚いた表情で私を見ていた。
「恵ちゃん、何言ってるの!? そんな事したらダメだよ!」
天音さんはすぐ取り消すべきだと言った。でも私は首を横に振った。
「皆んながありのままの自分を認められる世界を作って! それが私の……私たちの願いだよ!」
死神は静かに頷くと、私に鎌を振り下ろした。
──いいだろう。その代償に見合う世界を作ろう。
私の体から無数の粒子が飛び出して空に消えていく。玲奈ちゃん見ている? やっと願いが叶ったよ……
ご覧いただきありがとうございました!
次回が最終回です。




