1話 前半 不思議な白うさぎ
「またあの夢だ……」
私は大きく伸びをすると、まだ寝ぼけた目を擦りながら着替えを済ませて洗面所に向かった。
ここ最近、決まって同じ夢を見る。私は夢の続きを考えながら顔を洗って寝癖を直した。
鏡には10代の若々しい少女が映っていた。ほっそりとした華奢な体に、ピンク色の髪を緩く三つ編みにして、スカートから白い足がスラリと伸びていた。
「恵〜 早くご飯食べないと遅刻するよ〜」
リビングの方からお母さんの声が聞こえてくる。あれ? もうそんな時間!?
「は〜い、今行くね〜」
私は、手短かに朝食を済ませると、鞄を抱えて家を飛び出した。
* * *
──キーンコーンカーンコーン〜 キーンコーンカーンコーン〜
チャイムがなって朝礼が始まった。担任の先生が教壇に立って出席をとり始める。
「それでは皆さんよろしくお願いします。今日は大切なお知らせがあります。なんと転校生がうちのクラスに来てくれました!」
先生の衝撃的な発言にクラスの皆んなが声援を上げる。
「えっマジかよ!」
「転校生!? やった〜!」
「男子か? それとも女子? どっちなんだ?」
転校生がやって来る。それは学校においてクラス替えや修学旅行に匹敵するイベントだ。男子も女子も皆んなワクワクした表情で教室の扉を見つめている。
「それでは入って来て下さい!」
先生の合図と共に勢いよく教室の扉が開く。その瞬間、ガヤガヤしていた教室がシーンと静まり返った。
騒いでいた男子も、コソコソ話をしていた女子も全員が転校生の姿に釘つけになる。それもそのはず、転校生は紛れもない美少女だった。
歩くたびに揺れるオレンジ色のポニーテールに、陸上部の様な引き締まった体。そして自信に満ちた瞳には不思議な魅力を秘めていた。
「初めまして、早瀬玲奈です。よろしくお願いします! 特技はスポーツで走る事なら誰にも負けません! 足に自信がある人は勝負しましょう!」
元気一杯で明るい声が教室に響く。外は寒いのにこの教室にだけ春が訪れたような気がした。
「えっと、玲奈さんは何か運動してたの?」
「なぁ、俺と競争しないか!」
「玲奈さんは彼氏いるの?」
男子たちはあれやこれやと質問を投げかける。中には失礼な内容もあったけど、玲奈さんは嫌がる素振りも見せずに笑顔で答えていった。
彼女の発する言葉や、考える仕草、その全てがドラマのワンシーンみたいに見える。もしかして芸能界の人なのかな?
「朝礼は以上です。玲奈さんの席は恵さんの隣が空いているのでそこでお願いします」
自分の名前を呼ばれてハッと我にかえると、さっきの転校生が私の前に歩いて来た。えっと……とりあえず自己紹介をすればいいよね?
「あっ、えっと、その……」
「玲奈です。よろしくね!」
「あっ、はい! 恵ですお願いします」
「恵ちゃんね、私の事も玲奈ちゃんでいいからね!」
玲奈ちゃんは私の席に着くとニコッと笑みを浮かべる。不思議だなぁ……彼女を見ていると何だかこっちまで元気になる。
「ねぇ、恵ちゃん、1時限目って何?」
「えっと……数学だったかな?」
「えぇ〜 朝から数学? 眠いんだよね〜」
さっきまでニコニコしていたのに、玲奈ちゃんは数学と聞いた瞬間、口をへの字に曲げて机にうつ伏せた。
「数学が嫌いなの?」
「うん……あんまり好きじゃない。数字ばっかり見ていると頭が痛くなるし……」
「そっか……じゃあ、ちょっとした遊びをしてみない?」
「えっ、遊び? 何をするの!」
玲奈ちゃんは遊びと聞くと顔を上げてパッと笑みを浮かべた。
「まず2〜9の中で好きな数字を選んでみて。そしたら9を掛けてほしいの」
「なんでもいいの?」
「うん、なんでもいいよ。答えが出たら桁同士を足してもらえるかな? 例えば18なら1+8みたいに」
「うん足したよ。でもこれがどうしたの?」
「ズバリ答えは9だよね?」
私がそう言うと、玲奈ちゃんはキツネに摘まれたような表情になった。
「えっ、凄い! 合ってるよ!」
今度は目をキラキラさせて拍手をする。喜怒哀楽が分かりやすい子だな〜
「これはちょっとした数字マジックだよ。トランプやコインがあればもっと凄い事も出来るけど……学校には持って来れなくて……」
「今のでも十分不思議だよ。恵ちゃんは天才マジシャンだね!」
玲奈ちゃんは私の手を握ってブンブンと振る。天才マジシャンは恥ずかしいなぁ……
「全員着席。授業を始めるぞ」
1時限目の数学が始まり先生が黒板に公式を書いていく。その後も授業は普段通り進んでお昼の時間になった。
* * *
「やっと給食だ〜 お腹ぺこぺこだよ〜」」
玲奈ちゃんはご飯を山盛りにしてもらったのに、ぺろりと食べてしまった。すごい食欲だなぁ〜 見ているだけでお腹が一杯になる……
私は先生にバレないようにサイコロチーズをポケットにしまった。この学校は給食を食べ切るまで昼休みにさせてもらえない。
だから少食な子は家に持って帰ったり、代わりに食べてもらうのが暗黙のルールになっていた。
「ねぇ、恵ちゃん、まだ学校の事がよく分からないから、案内してもらってもいいかな?」
「うん、もちろん!」
昼休みになったので私は各教室を案内してあげた。それにしても玲奈ちゃんの人気は凄まじかった。
廊下ですれ違う人は皆んな振り返って玲奈ちゃんの事を見る。まるで人気スターが学校に来たような……そんな熱狂ぶりだった。
* * *
「恵ちゃん、今日は1日ありがとね!」
放課後、終礼が終わり帰り支度をしていると、玲奈ちゃんが律儀にお礼を言いに来てくれた。
「こちらこそ、一緒に過ごせて楽しかったよ!」
まだ1日しかたっていないのに、私たちはまるで昔からの知り合いのように親しくなっていた。
「ねぇ、玲奈ちゃん、よかったら家に遊びに来ない?」
「う〜ん……ごめん! 実は放課後用事があって……」
「そっか、じゃあしょうがないね……」
玲奈ちゃんは顔の前で手を合わせて謝ると、慌てて教室を飛び出して行く。
「もっと凄いマジックを見せてあげたかったのになぁ……」
私は鞄を肩に背負うと、1人で帰宅した。
* * *
──誰か助けて!
薄暗い路地裏から助けを呼ぶ声が不気味に反響する。その声の主は人……ではなくて1匹の白うさぎだった。
うさぎは垂れ耳をパタパタと揺らしながら懸命に走り続けた。背後から迫りくる恐ろしい闇に捕まらないために……
──誰か助けて!
うさぎは小さな体をさらに縮めて物陰に身を潜めると、息を殺して助けを待ち続けた。
──ねぇ、助けて!
* * *
(玲奈ちゃん、すっかり人気ものだな〜)
私は今日の出来事を思い返しながら商店街を歩いていた。最初の自己紹介の時から明らかに他とは違うオーラが出ていたけど、話しやすくて明るくてすぐに仲良くなれた。
そういえばスポーツが得意って言ってたかな? 明日の体育が楽しみだなぁ〜
玲奈ちゃんと一緒なら、つまらない授業も頑張ろうと思える。でも彼女との出会いは私の運命を大きく変えてしまった……
──ねぇ、助けて!
突然、頭の中に声が聞こえてきた。
(ん? 助けて?)
──誰か助けて!
(えっ、誰?)
今度はさっきよりもハッキリと聞こえた。これは空耳じゃない。誰かが助けを呼んでいる!
「ねぇ、誰なの? どこにいるの?」
しばらく待ってみたが返事がない。とりあえず声がした方に向かって走ると、薄暗い路地裏にたどり着いた。
──お願い、助けて!
間違いない。声の主はこの先にいる。私は意を決して一歩を踏み出した。
中は薄暗くて不気味だ。ジメジメしていて気持ちが悪い。自分の足音がカツン、カツンっと反響する。一体どこまで続いているの?
足元を数匹のネズミが走っていく。さらに空き缶やゴミが落ちていて歩きずらい。
しばらく進んでいると、突然、闇に紛れて白い塊が私の胸に飛び込んで来た。
「えっ何? うさぎ⁉︎」
白くてフワフワした生き物がプルプルと体を震わせて私にしがみつく。どうしてこんな所にうさぎがいるの?
「私の名前は恵。貴方が私に助けを呼んだの?」
自分でもおかしな事を聞いているのは分かる。でも垂れ耳のうさぎはコックリと頷くと、ビー玉の様なまん丸な目で私を見上げた。
「うん、そうだよ。ボクが助けを呼んだんだ。そしたら君が気づいてくれた。これは運命だね」
ウサギは髭をヒクヒクと動かしながら流暢な言葉で私の質問に答えた。
「うわ! ウサギが喋った!」
まさか返事が返ってくるとは思わなかったから、驚いた拍子に腰が抜けてしまった。
「すまない。詳しい説明は後だ。今は早くここから逃げよう!」
ウサギはぴょんっと飛んで綺麗に着地をすると、大通りに向かって行く。
「ちょっと待ってよ!」
私は置いていかれないように後を追いかけた。でも先をピョンピョンっと走るウサギにはいつまで経っても追いつかない。
あれ……そろそろ商店街に出てもいいはずだよね? 出口は何処?
走っても走っても路地裏から出られない。むしろさっきよりも暗くてジメジメしてきた。
「どうやら、もうすでにボクらは闇の術中にハマっている様だね」
ウサギはピタッと走るのをやめて空を見上げる。つられて私も見てみると、そこには黒いボールの様なものが浮かんでいた。黒いボールはまるでブラックホールの様に私たちを吸い込もうとする。
「恵、ボクに捕まって。絶対に手を離したらダメだからね!」
「うっうん、分かった!」
私は白ウサギの小さな腕? 前足? に掴まると、闇の世界に引きずり込まれた。
* * *
「うっ〜 重たい……」
ゆっくりと目を開くとさっきの白ウサギが私のお腹の上に乗っていた。
「ねぇ、ここは何処?」
辺りを見渡すと、そこはさっきまでいた商店街だった。でも明らかに店の数が少ないし活気がない。
「ここはね……さっきの闇の中だよ。あれが見えるかい?」
白うさぎの視線の先には1匹のネズミがいた。確かさっき路地裏を歩いている時もいた気がする。
ネズミは「チュー! チュー!」っと鳴くと仲間を呼んだ。そして私たちに向かって襲って来た。
「えっ、やめて、きゃぁああ──っ!」
ビリっと制服の裾が破れ、左腕から血が流れ出る。ネズミの白い歯は私の血で真っ赤に染まっていた。
傷口を手で塞ぐと、まるでそこに心臓があるかの様にドクン、ドクンと激しい鼓動が聞こえた。
(とにかく今は早く逃げないと! でもどうにかして気をそらさないと……)
ネズミはカチカチと歯を鳴らして威嚇する。私は給食の時に残したチーズを取り出すと、全力で投げ飛ばした。ネズミはクルリと背を向けるとチーズを食べに行く。
(ふぅ〜 上手く行った……今のうちに逃げちゃお!)
作戦は見事成功……かと思ったが、状況は最悪だった。匂いにつられたのか、ネズミの群れが来てしまった。ネズミの群れはもう餌がない事に気づくと、怒りの矛先を私に向ける。
「あっ、ごめん、もうないの!」
とりあえず謝ってその場から離れようとしたが、大量のネズミが一斉に襲って来た。
「嫌だ、離れて!」
必死にもがいて抵抗してみたが無駄だった。腕や太ももを噛まれて、大量の歯形が私の体に刻まれる。
ネズミ特有のツンとしたアンモニア臭が鼻につく。さらにスカートの中にも侵入してきて全身を這いずり回る。あまりの嫌悪感に耐えられず悲鳴を上げると……
「こら〜 恵ちゃんから離れなさい!」
何処からともなく少女の声が聞こえて来た。あれ? この声はまさか……
「大丈夫、恵ちゃん?」
ネズミたちは一斉に逃げ出していく。ゆっくりと目を開いて確認すると、私の前に玲奈ちゃんが立っていた。
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次回も18時頃に投稿します!




