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止まる心臓 1

 他殺の可能性が浮上し、弐郎介は引き続き遺体の調査を行った。その最中に、依頼人から引き受けた仕事の詳細をアントニナは話してくれた。積極的に捜査をしてくれる彼を一旦信用してのことだ。


「……一年前にグレイって女の人が行方不明になったの。そしてその半年後、彼女を探していた従兄弟のオリビオが……原因不明の心臓麻痺で亡くなったらしい」


 苦痛に歪んだまま止まっている依頼人の表情を見下ろしながら、唇を噛む。


「……彼はその亡くなった仲間の死に疑問を持っていた。でもオリビオの死に事件性はないと判断されて、警察は動かない。だから私に依頼して来たの……グレイの行方と、彼の死の究明を」

「なるほどですな……それであの臓器売買の現場に乗り込んで来た訳で」

「人攫いを斡旋した男から聞き出したの。あの医者が斡旋屋に依頼し、あの三人組をあてがったみたいね」

「クズとクズをマッチングさせるヤツとかいるんですなぁ」


 遺体の腕に目を通しながら、弐郎介は自分と取っ組み合ったカニス人の暴漢らを想起する。


「……『仕事中』ってのは、人攫いとしてのってことだったんですな。しかし継続して医者とチームを組んでいたところ、腕は確かなんですかね。誘拐の腕って言うのもアレですけど」

「でも全員警察に突き出してやった。あとは誰かが吐けば判明する……その報告をしに来たってのに……」

「依頼人はそのオリビオ氏と同じ、心臓麻痺と思わしき様子で死去……なるほどなるほど。確かに偶然って思えないですな」


 弐郎介は調査を終えると、これから来るであろう警察に現場を明け渡すため、遺体を発見時の状態に戻した。後はその警察が来るまで待機だ。


「……注射の痕などもなし。毒を打ち込まれた訳ではなさそうですな。他に考えられるのは経口での摂取ですけど……その心臓麻痺で亡くなったオリビオ氏からは、毒物は検出されていないんですよね?」

「依頼人から聞いた限りじゃ……」

「んー、そうですか……んじゃあとりあえず、毒殺の線はないものとしますか……」


 弐郎介は渋い顔で頭を掻きながらゆっくりと立ち上がる。


「一応、可能性として聞きますけど……魔法で殺したとかってのは?」

「は?」

「ホラ、その……魔法で心臓を止めた、とかってのは……?」


 魔法が分からないなりに言ってみるも、アントニナは首を振って否定する。


「そんな芸当、魔法じゃ無理」

「そ、そうですか」


 真っ向から否定され、残念そうに弐郎介は首を捻る。



「考えられるとしたら……魔法じゃなくて『異法』ね」


 しかしアントニナは別の可能性を提示してくれた。弐郎介はその「異法」と言う言葉に興味を示す。


「異法?」

「ホントにアンタなんも知らないのね……」

「……えぇ。無知ですいませんな。ご教授いただけたら」


 拗ねたような物言いで弐郎介は教えを乞う。

 仕方ないなと言わんばかりに顔を顰めると、アントニナは手袋を外し、赤褐色の腕を晒す。そしてその腕から、五本の触手を出現させた。急に現れたので弐郎介は少したじろいだ。


「これが異法。普通の人間は両手で一本ずつしか出せないし、あたしほど器用にも動かせない。そんで、長くも伸ばせない……異法ってのは、自然界にいる魔物が使う魔法のこと。そんで人間は、その異法を『特殊な方法』を使って、あたしみたいに使えるようになるの……異法が発現するところがこんな色になっちゃうけどね」


 触手を引っ込め、また手袋を着用した。


「その方法ってのはまた後で説明する。と言うかあたしより詳しい知り合いがいるし……とにかく、そう言うものがあるの。異法なら魔物の数だけなんでもアリだし」

「な、なるほど……つまりぃ……その、異法でなら、怪我を負わさずに心臓だけを止められるってことも可能、なんですかね?」

「でもあたしは聞いたことがない……そんな危険な異法を持つ魔物がいるなら、とっくに知られてるハズじゃんさ」


 それもそうかと肩を落とした弐郎介だが、アントニナは「ただ」と続けた。



「……『絶滅種の異法』ってのがあるって、聞いたことがある」


 弐郎介は釈然としない様子で口を曲げる。


「……絶滅種の異法って、言葉の通りですよね? え?……絶滅したヤツから採取も出来るんですか?」

「そう」

「……それはなに? あ! 映画で観たことある! 琥珀に入った大昔の蚊が吸った血から、その絶滅した生物の異法とやらを取るとか!?」

「なワケあるか。てかエイガってなによ。絵画のこと言ってる?」

「あー……でもそっか……アレって不可能だって、立証されちゃったんだっけ……」

「あのねぇ? 必要なのは血じゃなくて──」



 ふと、彼女の視線がリビングの方に止まる。そこには粗末なテーブルと椅子が置かれている。テーブルの上には小さな燭台とインク壺とペンが乗っていた。

 アントニナが注目したのは、その燭台のそばに置かれた紙の束。気になった彼女はリビングに向かった。


「……なんかある。紙っぽいけど……」

「手紙ですかい?」


 手に取った紙には、依頼人の直筆と思われる字が書かれている。その内容はグレイの失踪、そしてオリビオの死に関する自分なりの調査結果がたくさん書かれていた。


「……自分で調査もしていたのね」


 アントニナは思う。だからこそ目を付けられたのかもしれないと。彼女でさえ少し調査をしただけで斡旋屋に勘付かれていたのだ──裏社会の情報網を侮ってはならない。すぐに特定され、刺客を差し向けて来るだろう。


 紙を捲る。別の紙には独自調査が頭打ちとなったので、探偵を探す方針に変えたことが記されていた。そこにはアントニナの他に候補としていた探偵事務所の住所と、三つの人名と金額が書かれていた。


 アントニナはふと思い出す。確か依頼人は、「仲間とお金を出し合った」と言っていた。つまり依頼人に賛同し、協力した者がいると言うことだ。

 恐らくここに書かれている三人の名前がそうだろう。横に書かれている金額は、集めた額を計算したものか。




「…………」


 嫌な予想が脳裏を掠める。ぞわっと、寒気がアントニナの背を伝う。


「……ねぇ」

「はい?」

「もし、心臓麻痺が何者かの異法によるものとして……グレイのことを探る人間を、問答無用で消して回っているとしたら……」


 紙に書かれている名前に目を通す。


「……次に狙われるのって…………!」


 その結論に至ってからが早かった。居ても立っても居られなくなったアントニナは何も言わず玄関口へ駆け出した。

 弐郎介は大急ぎで呼び止めようとする。


「ちょ、ちょっと!? どこ行くんです!?」


 しかしアントニナは聞く耳を持たず、颯爽と部屋から出て行ってしまう。

 弐郎介は後を追ってアパートの外に行くも、アントニナは既にストリートの遥か向こうにいた。フルーメによる肉体強化で、持久力と走力を限界まで向上させているようだ。跳躍力も凄まじく、邪魔な通行人を軽々と飛び越えている。


「は……はやっ!?」


 そんな魔法があることを知らない弐郎介は、アスリート並みの身体能力で走り去る彼女を、呆然と眺める他ない。

 どうしようかと困り果てた弐郎介だが、すぐ隣を通り過ぎようとする竈馬車に気付く。少し逡巡した末、弐郎介はその竈馬車の前に飛び出して止めた。


「ストップッ!! すいませ──うぉおお……!?」


 カマドウマが興奮し、「シャーッ!」と大顎を開けて威嚇。長い触覚がビシッと弐郎介に当たった。

 カマドウマを止めた馭者が、ルビーリオ語で怒鳴る。しかし弐郎介は気にせず、馭者席にすがり付く。


「あの! お仕事中すいませ……あーそうだッ! 日本語通じないんだチキチョーッ!」

「お前オロトかぁ!? 危ねぇだろボケェッ!!」


 馭者は中年のカニス人で、オロト出身だった。言葉が通じると安心した弐郎介は必死に頼み込んだ。


「すいません! あそこにいる女の子追っかけてください!!」

「あぁ!? あのめちゃくちゃ早い女か?……なんだあの運動神経? フルーメ使ってるとしたら凄いぞありゃ……」

「いいから見えている内に追っかけてくださいってのッ!!」

「だったら幾らくれんだぁ!?」


 金を無心してくる馭者。弐郎介は懐に隠している拳銃を取り出しかけたが、なんとか抑えた。


「……これでどうです……!?」


 相場は知らないしこの世界の通貨は一円も持っていないが、指を二本出して金額を提示し、馭者の顔色を伺う。


「二オールドシエロ(一万円)かあ?」

「そうッ!」

「マジか!? よぉし! 交渉成立だダンナぁ!」

「イエスッ!!」

 

 弐郎介を竈馬車に乗せたと同時に、馭者は手綱を振るう。カマドウマは六本の足を駆動させ、他の車両を追い越し、猛スピードで車道を走り出した。












 製造レーンのコンベアを稼働させるピストンや歯車、クランクの重厚な動作音が鳴り響いている。ここは船舶用の部品を製造している工場。

 一人の作業員が汗を拭いながら廊下を歩く。そしてドアノブを回して扉を開け、休憩室に入った。


 休憩室には彼一人しかいない。部屋の隅にあった蛇口を捻って水を出し、それで顔を洗おうとする。



「やめておけば良かったのにな」

「ッ……!?」


 突然声がかけられた。少し掠れた、男の声だ。作業員はバッと振り返る。

 窓から差し込んだ一筋の陽光の中で、埃が舞っていた。声の主であろうその男は、光の向こうの暗がりに立っていた。


「お前……消えた娘と、死んだその従兄弟について調べていたヤツの一人だな」


 それを聞いた作業員の男は、臆するどころか果敢に挑発する。


「おいでなすったか……そっちから来てくれて助かったぜこの野郎」


 そう言うと同時に彼はズボンに挟んでいた拳銃を取り出し、構えた。


「オリビオの仇だ」


 引き金に指をかける。

 しかし銃口を向けられてもなお、刺客の男の態度は変わらない。


 彼は突然ピッと、拳銃を握る作業員の手を指を差す。

 何事かと目を向けた。その目が見開かれた。彼の手に、青い筋が浮かんでいる。そしてその筋は、緩やかに坂を下る水の線のように、手から腕へと流れて行く。最後は袖の中に入って、見えなくなった。


「仇は取れなかった。残念だな」


 その言葉が聞こえたと同時に、彼の手から拳銃が落とされた。



 休憩室に向かっていた別の作業員が、誰かの苦しみもがく声を聞き付け、何事かと部屋に入った。彼もまた、グレイとオリビオについて調べていた者の一人だ。

 部屋に入ってすぐ目に映ったのは、床の上でのたうち回っている仲間の姿。


「お、おぉ!? どうしたッ!?」

「ガッ……ァア……ッ……!?」


 男は胸を押さえて苦しんでいる。思わずその彼のそばに駆け寄り、呼びかけながら肩を掴んだ────






 工場にたどり着いたアントニナは作業員らから居場所を聞き出し、依頼人の仲間と会いに休憩室へ向かっていた。

 途中の廊下で作業員とすれ違う。

 休憩室に到着し、大急ぎで扉を開けた。



 薄暗い部屋の中、そこには()()の死体が転がっていた。どちらも、胸を押さえて息絶えている。

【異世界の歩き方 3 】

・ルビーリオの通貨「ルビーリオコイン」は、全十六種類の硬貨で成り立っている。

 通貨単価の名はどれも、帝国経済に貢献した人物の名であてられている。

 1ウルザ(1円貨) 銅貨

 2ウルザ(2円貨)

 5ウルザ(5円貨)

 1ケット(10円貨)白銅貨

 2ケット(20円貨)

 5ケット(50円貨)

 1ブザー(100円貨)銀貨

 2ブザー(200円貨)

 5ブザー(500円貨)

 1シエロ(1000円貨)金貨

 2シエロ(2000円貨)

 5シエロ(5000円貨)

 1デベル(10000円貨)新金貨

 2デベル(20000円貨)

 5デベル(50000円貨)

 1ギール(10万円貨)煌貨


・一方、労働階級の人々の間で交わされる、独特な単価の呼称も存在する。

 五の単位の通貨は「オールド」と呼ばれたり、全貨幣のちょうど中央に位置する二ブザーと五ブザーはそれぞれ「一ハーフ」「二ハーフ」と呼ばれたりする。

 またデベルの名の由来となった人物は労働者に嫌われており、デベルとは呼ばれず「オールドシエロ(五シエロのこと)」で計算されている。

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