向かい風
一歩一歩脚を前に出す。何百いや何千と振ってきた腕は重く、思うように動かせない。呼吸が乱れ、顎も上がっている。白線で八等分された赤色の地面は焼けるように熱く吸う息で肺が焦げそうになる。あと100メートル、前には2、3人か?全員抜ければ気持ち良いだろうな。
「青木お疲れ!良い走りじゃん。タイム表示見えなかったけど自己ベ出たんじゃない?」
赤坂のねぎらいも、走り終えたばかりで酸素の切れた頭の中には入ってこない。赤坂に腰ゼッケンを外してもらい日陰に置いておいた荷物の隣に腰掛けた。きつく縛ったレース用シューズの紐を解いていると呼吸も落ち着いてきた。
「まあね。でも暑いの苦手やし体全然動かんやった。やまとに比べれば全然。」
手元の時計で4分33秒。自己ベストには約1秒届いてはいなかった。中学最後の大会だというのに自己ベストも出せない自分が情けない。俺の前の組である一組を走った赤坂大飛は自己ベストを更新し、三着に入った。1500メートルは三組に分けてタイムレースで行われる。速いタイムを持った選手から順番に一組に入るため、一組での順位が殆ど全体の順位になる。やまとは3位で上位大会進出を決めた。それに比べて俺は何をやってるんだろう・・・中学三年の7月、俺はやまとより一足先に陸上部を引退した。劣等感、罪悪感、惨めさ、それ以上にもう走らなくていいこと。もうやまとと比べられなくていいこと。その開放感の方が大きかった。
八月が来て、俺はまたグラウンドに立っていた。