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第7項 「怪獣好き、 放置される」

 

「はぁい♡ リーブちゃんおはよう♡ ......あら? 今日はレナちゃんも一緒なの? 」

「はい! 伯爵様! リーブがどうしても着いて着てって言うものですから! 」


 いつものように出迎えてくれたランちゃん先生はもう一人の来客に少し面を食らっていた。

 それに対しレナは満面の笑みだ。

 だがその裏では尻尾が俺の背中をバシバシ叩いている。

 先生にバレないように。

「話を合わせてよね」的なやつだろう。

 俺は苦笑いするしかなかった。


「ふーーん♡ さ! どうぞ入って♡ 」

「ありがとうございます! 」


 何かを察した先生が俺たちを迎え入れる。

 レナは嬉しそうに返事をするが、 自分から中に入ろうとはしなかった。

 何かと思っていると、

 手を繋がれた。

 そういう経験に乏しかった俺は、

 精神年齢大人のクセに子供相手にドキッとしてしまうが、

 次の瞬間にはそれを忘れていた。


 ......震えてる?


 よくよく考えればランちゃん先生は領主だ。

 そう気軽に屋敷に入れる筈もないだろう。

 普段から強引な彼女だが、 年相応に緊張しているらしい。


 大丈夫か? と思って顔を望み込むと、

 目が期待でキラキラしていた。

 どうやら大丈夫そうだ。


 俺は連れて来て良かったと思いつつ、

 相変わらず尻尾で背中を叩いかれてる状況に胃がキリキリした。

 女って怖い。


 ◇◆◇


「アハハハ! それはリーブちゃんが悪いわねぇ♡ 」

「ですよね! リーブったら相変わらずなんですから! 」


 目の前でテーブルに並べられた紅茶とお菓子を囲み女子会が繰り広げされている。

 俺はその輪の中で小さくなっていた。

 話題が俺の話だもの、 そうもなる。

 しかも内容はさっきの失敗の事だ。

 また胃がキリキリした。


 あの後、 俺はレナに許して貰う為に交換条件を出された。

 ランちゃん先生に引き合わせて欲しいというものだ。

 どうやら彼に化粧を習いたいらしい。

 あんなに緊張していて切り出せるのかと思ったが、

 女子会のおかげでリラックス出来たようだ。

 これなら大丈夫だろう。


 それにしても領主に化粧の仕方を習いたいとは......相手が相手なら失礼に値しないんだろうか。

 いや、 先生ならばそうはなるまい。


 先生は比較的親しみやすい領主だ。

 他の奴はどうだが知らないが少なくともそう感じる。


 彼はよく街に顔を出し領民とコミュニケーションを取っている。

 その時は皆に囲まれ忙しなくしている姿を見かけた事がある。


 そのキャラクター。

 その社交性。


 奇抜だが親しみやすい領主は街の皆の人気者だ。

 まぁこの領の税が良心的というのもその理由だろう。

 税は商人ならその稼ぎの一部だとか、 農民なら街の近くにある畑の収穫の一部だとからしいが、

 どうやら他の領の半分以下らしい。

 そりゃ好かれる訳だ。

 しかし上から怒られたりしないんだろうか。

 いや怒られているのかもしれない。

 けどそれでも領主を続けられているのは先生がしっかりと役割を果たしている証拠。

 領民に親しまれつつも緊張されるのも分かる気がする。


「そ、 それにしても! 伯爵様はいつもお美しいですよね! 」

「あらそう?♡ ありがとう♡ レナちゃんはお世辞が上手ぇ♡ 」

「お世辞だなんてとんでもない! 事実です!

 き、 きっとその美しさを保つにはそれ相応の努力を......あ! いや! 伯爵様はそんな努力をしなくても美しいと思いますが!! 」


 俺がそんな事を考えてるうちに話が本題に入りそうだった。

 しかしどうやら上手くいっていないようだ。


 理由は明白だ。

 レナが下手くそなのである。

 素直に言えばいいものを、 気を使ってか緊張してか遠回しの言い方になっているせいで中々切り出せていない。

 さっきから言い淀んでは指をモジモジとさせて俯いている。

 なんとも年相応で可愛らしいが領主相手にそれでいいのだろうか。


 そんな二人のやり取りを見ていると先生から目配せがあった。

 恐らくこの人は全て分かっている。

 分かった上で「男ならフォローしてあげなさい」と促してきているのだ。

 仕方ない。

 そもそもこれは俺がきっかけを作った状況だ。

 それぐらいはしないとレナに申し訳ない。


「ランちゃん先生、 よかったらレナにお化粧を教えてあげたらどうですか?

 レナはいつも先生のようなお化粧をしたいって言ってるんです」


 俺はそう切り込む。

 レナは「もうちょっと言い方ないの」といった風にアタフタして影で俺を尻尾で叩いてくる。

 痛い痛い。

 でもこれでいい。

 こういうのはハッキリ言った方がいいのだ。


「あらそうなの?♡ 嬉しいわぁ♡

 じゃあ特別にランちゃん式のお化粧を伝授してあげようかららぁ♡ 」


 ほらこの通り、 上機嫌だ。

 まぁこの人は分かった上でそう言ってるんだから当たり前なんだが。

 流石というか大人だ。

 それを聞いてレナも目を輝かせていた。

 よかったよかった。


 こうしてレナは先生から個別指導を受ける事となった。

 この部屋では化粧は出来ないというので先生のメイクアップルームへ向かうという。

 男子は禁制。 俺は一緒には入れない。

 まぁ化粧になど興味はないが、 先生も男だろというツッコミが心の中に湧く。

 でもそれは口にしない。

 俺は大人だからな。


 しかしそうなると俺の手が空く。

 さてどうやって暇を潰したものか。


 ......違う!


 俺はいつも通り授業を受けに来たのだ。

 レナは所謂オマケ、 アクシデントによる同行人だ。

 それを何故俺が後回しにされなければならないのか。

 特に今日は魔術についてもっと学びたかったのに。


「ちょっと待ってください先生! 」


 俺はランラークを引き止めて事情を話した。


 ◇◆◇


 先生は俺の話を終始にこやかに聞いていた。

 なぜ笑っているのか。

 不気味だ。

 いや、 先生はいつも笑っているか。


 内容はまぁ、 起こった通りの事を話した。

 魔物を調査するのに必要だからと理由づけようと思ったが、

 結局モードに負けて悔しいからもっと強くなりたいと言うような言い回しになってしまった。

 俺もレナの事は言えない。


「フフフ♡ 相変わらず仲の良い親子ねぇ♡ 」


 モードとの最後あたりのやり取りについて話している時、

 先生は嬉しそうに笑っていた。

 どこが仲がいいのか。

 普段のやり取りを見てもらいたいものだ。


「それにしても、 モードちゃんがリーブちゃんも褒めるなんて......いよいよ特訓も佳境って事かしらねぇ」


 今度は割と真剣な顔で呟いている。

 何が佳境だ。

 こっちはあのスライムすら倒せなくて自力で崖を登った事がないんだぞ。


「だってもうすぐ『成人の儀』でしょ? 」


 そう言われてさっきのレナとの会話を思います。

 もうそんな季節か。

 そして、 それ程時が流れたのか。


 成人の儀。

 その名の通り、 成人と認められる為の儀式だ。


 この世界では13歳で成人と認められる。

 それだけ大人の死亡率が高いという事だろう。

 その被害はほぼ魔物によるものらしい。

 厳しい世界だ。


 初めはその風習になれなかったが、

 よく考えればそうでも無い事に気づく。

 俺の生前暮らしていた日本でも、 昔の元服の年齢や生まれた時から大名の妻として政略結婚させられたりという文化があった。

 そこと照らし合わせればどうという事はない。


 成人の儀が行われるのは秋。

 正に今の季節、 後数週間後の話だ。

 しかし行われるの時期は国によってバラバラで、

 秋に催すのはアータム王国だけらしい。

 アータムは別名『秋の国』と呼ばれ秋が一番栄える。

 その影響だろう。


 儀式と言っても内容は多種多様だ。

 というか決まっていない。

 正確に言うと、 子供の儀式の内容を決めるのは、

 その両親と地域の代表者だからである。

 これは各家にとって成人として求められるものが異なってくるからだ。


 商人の家系なら商売のノウハウ。

 戦士の家系ならこの魔物を狩って来い。

 貴族ならば家職を一人で任され成功を収める。


 など、

 家によって内容も難易度も様々らしい。


 俺の場合内容を決めるのは、

 領主であるランちゃん先生と、

 父であるモードだ。

 この組み合わせからしてろくでもないものが予想される。

 胃がキリキリする。

 母親がいればセーブをかけてくれるんだろうが......。


 ちなみに俺に母親はいない。

 そういうものだと思って気にしていなかったが、

 数年前にレナに何気なく聞かれ気になってモードと先生に聞いた事があるので確かだ。

 いない経緯や理由は知らない。

 モードは相変わらず大事なことは教えてくれないし、

 先生に至っては、


「わ♡ た♡ し♡ だったりしてぇ♡ 」


 と言ってきたので色んな意味で聞きづらくなりそれ以上追及しなかった。


 ......思想が逸れたな。

 今は成人の儀の話だ。


「どんなものにするつもりなんですか? 」


 俺は内容について問い掛けた。

 毎年、 成人を迎える親と先生が相談して内容を決めているのは知っている。

 近くの森の薬草の採取だとか、 剣を作るとか。

 先生はこの地域もその家族の求めるものをしっかりと考慮し家族に儀式の内容を提示している。

 その家族も概ね彼の言葉を受け入れていた。

 だからモードともそんな話し合いが設けられていると思ったのだ。

 しかし。


「私は知らないわん♡ 全部モードちゃんに任せてるからねぇ♡ 」


 これである。

 本当に知らないのか。

 それとも秘密にしているのか。

 どちらにしろここで聞く事は難しいようだ。


「ところで。 再三言ってる目標は決まったのかしら?♡ 儀式にも影響出てくると思うんだけどなぁ♡ 」

「そ、 それは......」


 目標を持て。

 この10年間、 モードと先生に散々言われている事だ。


 魔物博士になる。

 勿論それが俺の夢だ。

 目標だ。

 しかしそれだけではダメなのだと言う。


 何故魔物博士になるのか。

 何を持って魔物博士となれるのか。

 それを考え明確な目標を立てろという事だ。


 確かに俺のこの夢はフワッとしている。

 前世の子供の頃に感じた衝動のままに走っているだけだ。

 好きだからなりたい。

 何故それだけじゃダメなのか、 とも思うが恐らく理由はある。

 俺が生まれ変わりだからだ。

『転生者』かもしれないからだ。


『転生者』は前世の記憶と共に、 使命を持つと言う。

 しかしそれは彼らの意思ではなく神にでも与えられたものだとか。

 そしてその強制力は凄まじく、 その本人の人格を壊してしまう程だとも言われている。

 二人は俺にそうなって欲しくないのだろう。

 だから俺自身の意思で目標を持って欲しいのだ。

 本当にこの人たちは、

 優しいのか厳しいのか。


「まぁとにかく儀式の日まで今やってる事を頑張りなさいって事よ♡ それじゃあね♡ 」


 俺は納得しきれないままだったが、 これ以上儀式について話は聞けなかそうだったので先生とレナを見送った。


 ......だから違う!!


「ちょっと待て!! 俺の授業はどうするんだよこの厚化粧!! 」


 廊下に出た二人を追い掛けて思わずそんな事を叫んでしまう。

 当然先生は鬼の形相になって戻って来た。


 ◇◆◇


「全く失礼しちゃうわよねぇ」


 先生はプリプリと怒っていた。

 俺はというと椅子に腰掛けて反省中。

 そしてボロボロである。


「でも今回はぁ、 リーブちゃんが儀式を目前に余裕がなくなってるって事で許してあげちゃう!

 きゃ♡ 私って寛大ぃ♡ 」


 何が寛大だ。

 激闘の末に一方的にボコボコにしてきたじゃないか。

 なんだかんだでモードと先生は似ている。

 本当にやめて欲しい。

 そして俺もその二人に似てきている。

 ......本当にやめて欲しい。


 そしてそんなやり取りをガタガタ震えながら見ているレナ。

 本当に申し訳ない。


「ま、 でも反省は必要よねぇ。

 という訳で今日は授業は無し!

 私はレナちゃんに付きっきりって事でぇ♡ 」


 なにをいけしゃあしゃあと。

 最初からそのつもりだっただろう。

 変わった事と言えば、

 俺がボロボロなのと、

 怯えたレナの反応くらいだ。

 ......本当に申し訳ない。


「でも私もそこまで鬼じゃないからぁ......特別に本の閲覧を許して、 あ♡ げ♡ る♡」


 厚化粧のおっさんのぶりっ子に吐きそうになる。

 そしてこの世界には鬼がいるのかと思ったところで、

 冷静になった。


「えっ!? 本当ですか!! 」

「フフフ♡ 嬉しそうにしちゃってぇ♡ 」


 そりゃ嬉しくなる。

 やっとここにある本を読めるのだ。


 先生が授業を行う部屋には大量の本があった。

 それは様々なジャンルが存在し、 ずっと読みたいと思っていた。

 しかし二つ理由があって実行出来ていなかった。


 一つ。

 文字が読めない事。

 当然この世界の文字は日本語でも向こうの世界のどの言語でもない。

 しかしこれはここ10年で学んで解決した。

 今では読み書きは完璧だ。


 問題はもう一つ。

 先生が許可を出してくれなかった事だ。


 この世界の知識の取得は、 先生が授業でコントロールしていた。

 恐らく俺がたらふく溜め込んで出ていかない為だろう。

 何度も目を盗んで読もうとしたが、 その度に先程のように鬼の形相で怒られた。

 ここまでくると他の理由もあるような気がしてしまう。


 しかしこれはチャンスだ。

 本を読んでいいなら好きな知識を得られる。

 ならばやはり最初に見たいものは......!


「魔物の! 魔物の本はないんですか!? 」


 当然これだ。

 というかこれ以外にないだろう。

 ......そう思ったが。


「だから魔物に関する本はないのよぉ」


 そう返されてしまった。

 やっぱり何度聞いてもそれか。

 いくら魔物を嫌悪してる世界とはいえ、 一つもないものだろうか。


 そんな事を考えていると、

 ふとレナの視線に気づいた。

 彼女は俺を軽蔑するような目で見ている。

 やっぱり先生を怒らせたのがまずかっただろうか。

 そう考えていると。


「......そんなに魔物の事が知りたいの? 」


 そんな風に尋ねられた。


 愚問だ。

 知りたいものは知りたい。


「うん、 知りたいよ。 だって魔物の事を知ればもっと倒すのに役立つかも......」


 だがやはり理由はフワッとしている為、 最もらしい事を言おうとした。

 しかし。


「あんな奴らの事! なんで知りたいの!!

 役立つとかそんなの! そんなの!! 」


 レナの叫び声にかき消された。

 思わず驚いて絶句してしまう。

 彼女は今まで見た事のないような表情を浮かべている。

 絶望、 怒り、 恐怖、 嫌悪。

 そんなものが混じったような悲痛なものだった。

 13歳の少女のものとは思えない。


「ご、 ごめんリーブ。 でも魔物には関わらない方がいいとと思うけどなぁ」


 直ぐにいつものレナに戻ったものの、 俺はすぐには頭を切り替えられなかった。

 今のはなんだったんだろう。


「......はいっ! そこまで! 時間は有限よぉ!

 レナちゃんはお化粧を習うんでしょお?♡ 」


 そんな気まづい空気を先生が断ち切る。

 助かった。

 こういう時の先生は本当に頼りになる。


「それとリーブが読んでいい本はこれだけね。

 その他を勝手に読もうとしたら酷い事になるから♡

 それじゃあね♡ 」


 そして怒涛のように本棚から何冊か本を手渡してきて、 部屋から二人で出ていく。

 俺は呆気に取られたまま動けないし一言も発する事が出来なかった。


 ◇◆◇


 しまった、 やられた。

 あの場では先生のキャラクターに助けられたが、 これでは自由に本は読めない。

 折角のチャンスなのに......。


 しかし、 しかしだ。

 この場にはいつも怒る先生はいない。

 なら勝手に読んでもバレないだろう。

 俺は最初にその結論に行き着く。


 だが無理だった。

 正直に言うと理由は分からない。


 他の本を取ろうと本棚に近づくと、

 何故か弾き飛ばされてしまうのだ。


 最初は何がなんだか理解出来なかった。

 自分がドジを踏んでコケたのだと思った。

 しかし何度かやって意図的に本棚に近づけない事をやっと理解した。


 どういう仕組みかは分からない。

 もしかすると俺の知らない魔術なのかもしれない。

 だったら解決出来ないので今日は諦める事にした。


 でも完全に諦めた訳じゃない。

 先生が渡して来た本は魔術関係のものだった。

 これを読めば何か分かるかもしれない。

 俺はそう考え自習を始めた。

 そもそも今日は魔術について学び直そうと思ってた所だしな。


 こうして俺は、

 復習がてらに魔術の資料を漁った。


 魔術。

 自然界のエネルギーを利用した力。

 自然現象を魔力のコントロールによって引き起こすもの。

 そしてこの力はこの世界ではかなりポピュラーなものだ。

 コツさえ掴めば誰でも使える。

 実際この街でも殆どの人が使えるし、 レナも使える。

 この世界で科学技術はあまり発達していないのはその為だろう。

 科学の代わりに魔術や魔力を使用するからだ。


 勿論鍛冶屋のように技術で金属加工をする者も多い。

 何故なら普通の人は魔力量が多くないからだ。

 多少の魔術が使えても大きな事は出来ない。

 それを行う為には多くの魔力を消費する。

 大概の人間はそこまでじゃない。

 生活を助ける程度の魔術が使える、

 その程度の魔力量しかないのだ。


 だから例えば、

 剣を作るのを全て魔術でするとか、

 家を魔術を使って材料を組み立てて作るとか、

 魔物を消し炭にする程の炎を出すとか、

 そんな事は普通の人には出来ないのだ。


 それを出来る人間を、 魔術師と呼ぶ。


 かと言って魔術師は珍しい存在ではない。

 50人に一人ぐらいの割合でその素質があるという。

 ちなみに俺もその中の一人だ。


 魔術師になれる素質がある人間は魔力量が多い。

 だから出来る事も多くなってくる。

 しかしただ魔力をコントロールし、 他の人間と同じように魔術を使うだけでは出来る事は変わらない。

 自然現象を誘発するぐらいだ。


 それを可能とする為には、

『属性理解』と『魔言語』、 そして『魔力量』が必要になってくる。


 魔力量は先程復習した通り。

 多くなければ魔術師にはなれない。

 これは第一に必要な事だ。


 次に必要なのは属性理解。


 この世界には五つの属性が存在する。

 まぁ性格には五つではないのだが......これが基本になってくる。

 火、 金、 土、 木、 水。

 この五つだ。

 これは自然界のサイクルを表しているという。

 ほぼ全ての魔術がこの五つのどれかに当てはまる。

 自然現象を利用しているからだ。


 そしてこの五つには優劣がある。

 火は金属を溶かし、

 金属は木を切れる、

 木は土の養分を吸い取り、

 土は水を汚す、

 そして水は火を消せる。


 確か前世の陰陽術もこんな感じだったように認識している。

 勿論差異はあるだろうが。

 ともかくこれらの自然のエネルギーに魔力を注いで魔術を行使しているのだ。


 しかしこれを理解し利用するだけでは自然現象の延長的な事しか出来ない。


 例えば、

 火に魔力を注いで火力を上げる事は出来ても火を起こす事は出来ない。

 水を無から生み出す事は出来ないし、 土がなければそれを利用して壁にする事も出来ない。

 木だってただ魔力を注いだだけでは素直に育つだけだし、金属や鉱物がなければ金の属性を使えない。


 つまりその場に存在する属性のエネルギーを利用するしか出来ないのだ。

 その場にあるものしか使えないし、

 使えても自然の赴くままにしか利用出来ずコントロールが出来ない。


 しかしそれを可能にする方法がある。

 それは、 『人』の力だ。


 火を起こす為には指や何かで摩擦を起こしきっかけを作ればいい。

 空気中から水素と酸素を集めれば水になる。

 炭素を集めれば鉱物にする事も可能だ。

 木の知識があれば成長させ特性を利用する事が出来る。

 土だって生命の亡骸の行き着く果てだと知っていれば木や生き物を腐られて作る事だって出来る。


 つまり魔術とは、

 自然と人との共存の証。

 その二つがあるからこそ存在するのだ。


 分かりやすい例で言えば。

 五つの中に風の属性はないが、

 人の力で息を吹いたり手で扇いだりして空気の流れを作り、

 そこに魔力を注げば風の魔術になる。

 人の力があれば属性以上の自然現象を生み出す事が出来るのだ。


 これが『属性理解』である。

 まとめれば、

 この世界には五つの属性が存在し、

 それを人が利用し更にはきっかけを与える事で、

 自然現象以上の現象、 魔術を生み出す。

 そういう事だ。


 そして属性理解を深め人の力を有すれば、

 魔術の属性は五つだけではなくなる。

 先程は出た風などもそうだ。


 つまり魔術には、

 元々自然に存在する属性と、

 人の力を利用し生み出す属性があるという事だ。

 これらをそれぞれ、

『基本属性』と『派生属性』と呼ぶらしい。

『基本属性』は五つしかないが、

『派生属性』は無数に存在するという。


 難しい。

 こうして言葉にするとややこしいものだ。


 しかし『派生属性』を含めれば数え切れない程の属性があると言うのに、 何故『基本属性』の五つから学ばせるんだろうか。

 勉強と言うのはどの世界でも回りくどいらしい。

 まぁ何事も基本は大事なんだろうが。


 更にはこんなの前世の理科などの知識がないと無理だと最初は思った。

 しかしそれをこの世界の人が可能にしているのは、 『自然の声』を聞いているかららしい。

 本能的に、 そして受け継がれた知識として、

 火の起こし方や土が出来る過程、

 そういったものを理解しているのだ。

 科学が発展しておらず、 自然と共存出来ているからこそ出来る事だろう。

 この世界で魔術を使えない人は、 そういった『自然の声』を聞くという感覚に鈍い人間だそうだ。

 つまりは感覚という訳だ。


 ......だったらこんな難しい話ではなく感覚に訴えた方が誰でも魔術は使えるのでは?

 そうも思ったがそういう事ではないのだろう。


 しかし逆に考えれば、

 理科的な知識があれば更に魔術を発展させられるかもしれない。

 それがないからこそ、 生活助けるくらいのものしか使えないのかもしれない。


 実際、 俺は『自然の声』とか言われてもよく分からない。

 先生からの説明を受け、 それを化学的に脳内で変換しただけだ。

 それでも魔術は使えた。


 だからこの前世の知識を利用すればもっと大きな事が出来るかと思ったが......そうはいかなかった。

 他の人と出来る事が変わらなかったのである。

 魔術師と呼ばれる程になれるまでには至らなかった。

 魔力量が魔術師の素質があると言われたのにだ。


 と言うかだ。

 先生から魔術について学んでいる時、

 俺は普通の人が使う魔術しか知らなかった。

 これを『基本魔術』と言うのだが、 それしか見た事がなかった。


 だから『基本魔術』の中で魔術師のような魔術を使おうとしていた。

 魔術師が使う魔術がどんなものか知らないのにだ。

 先生は暫くそれを教えてくれなかった。

 知識の出し惜しみもここまでくると意地悪である。


 そして色々悩んでいた時、 先生は魔術の先を教えてくれた。

 それが、 『魔言語』を使った『高等魔術』である。


 魔言語。

 簡単に言えば呪文だ。

 所謂、 必殺技を叫ぶアレである。


 理由は説明されなかったが、

 魔言語使えば魔術の威力とコントロールが飛躍的に伸びる。


 例えば俺が朝にモードに使った『グロウ』。

 あれは草を伸ばし相手を拘束する木属性の魔術だ。


 本来の『基本魔術』なら、

 草を伸ばすだけか、

 出来ても形状を変える程度で相手を拘束なんて出来ない。


 しかし魔言語を用いればあのように雁字搦めに捕まえる事が出来るようになるのである。

 とても便利な言葉だ。


 つまり『高等魔術』とは、

 属性理解で基本属性を理解し人の力を加え派生属性も理解し、

 更に魔言語の補助でその効果を高めた魔術の事なのである。


 ......と、 ここまでが先生に教わった事だ。

 しかしそれだけでは分からない事も多かった。


 1. 属性理解や基本属性派生属性を知らなければいけないのか。

 自然の声を聞きたり化学的に考えたりすればその必要がないのではないか。


 2.基本魔術と高等魔術が存在しているのは何故か。

 高等魔術は魔力量が多くないと出来ない言われたが、それでも魔言語を用いれば出来る事は多い筈。

 基本魔術を使える人間はある程度魔力コントロールが出来る。

 ならば誰もが魔言語を使えば、 威力や出来る事の差異は出ても便利になるのに。


 3.魔言語とはそもそも何か。

 何故言葉を言っただけで魔術のコントロールや威力が飛躍的に伸びるんだろうか。

 そもそも魔言語は英語だ。

 前世で聞き慣れた言葉がこちらの世界にあるのは違和感だ。


 復習のおかげで疑問があった事を思い出せた。

 習った時はひたすら教えられ実行させられるだけで考えてる暇を与えられなかったからな......。


 しかし今は目の前に魔術の資料がある。

 いい機会だ、 この疑問を解消しよう。


 俺はそういう結論に行き着き、

 魔物の事もレナたちの事も少しの間忘れ、

 資料漁りにのめり込んでいったのだった。



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