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第6項 「怪獣好き、 成長する」

 

 あれから10年が経った。

 あっという間の10年だった。

 俺はこの春で13歳になった。

 今の季節は秋。

 家の周りの山の木々が紅葉し美しい景色を見せてくれる。


 相変わらず前世の曖昧だ。

 しかしこの世界の生活にはもうすっかり慣れた。


「こんな攻撃も避けられないのか! まともに食らったら死ぬぞ! 」


 朝のルーティーンのモードとの特訓はまだ続いている。

 寧ろこれがなければ朝から調子が出ない。

 というかまともに食らったら死ぬような攻撃をしないで欲しい。


 モードは少し老けた。

 同時に俺も成長した。

 具体的に言うと......。


「うるせぇクソ親父!! 防いで受け流せただけマシだろ! そもそも今の『技』は初めて見たぞ!! 」


 少しグレた。

 いくら夢の為とはこう毎日毎日死にかけてはグレたくもなる。


『技』と言うのはモードの使う大剣を使った立ち回りの事だ。

 決してヒーローが使う必殺技のようなものでは無い。

『技』には名前があったりなかったりするらしいが、 決して技名を叫んだりはしない。

 剣に限らず、 戦いにおいては基本の動きがある。

 攻撃の仕方、 避け方、 防御の仕方。

 戦う者はそれを積み重ね自分のものとしていく。

 そしてそれを更に昇華させ、 己の新たな動きを生み出す。

 それが『技』だ。


 勿論ながらモードもそれを使う。

 この10年、 様々な『技』を見てきたがどの動きも人間離れしている。

 他に比較対象がいないので断言は出来ないが、 この男は相当強いんだろう。

 何せまだまだ本気を出していないようだからな。


 ちなみに『技』の事も基本の動きの事も、

 俺が気づいて、 先生に聞いて知った。

 モードは相変わらず大事な事を教えてくれない。

 本当に腹の立つ父親だ。


 そう言えば先生が、 戦い方には流派があると言っていた。

 モードは我流らしいが。

 どこまで規格外なんだコイツ。


 今日、 モードは今までに使った事のない『技』を使ってきた。

 それだけ俺が強くなったという事だろうが未だに父の底が知れない。

 世界にはもっと強い奴がいると言うのだから驚きだ。

 本当にモードよりも化け物がいるのか?

 だって今日の『技』、 腕や剣が伸びて斬撃が飛んで来たように見えたぞ?

 こんな魔法みたいな現象にどうやって太刀打ちすれば......。


 魔法?

 ふふ、 その手があったか。


「なんだもう終わりか」


 少し離れた所で呆れた表情でモードが言う。

 距離があるのは俺が吹き飛ばされたからだ。

 初めている技に対応し切れず、

 避けられずに防御し弾き飛ばされたのだ。

 今はしゃがみ込んで地面に手をついている。

 それでも初見の動きに遅れても反応し防いだ事は褒めて欲しいぐらいなのだが。


 俺は10年かけてもモードに勝つ所か触れる事すら出来ていない。

 いや正直勝てないし勝つ必要もないのだ。

 何故ならモードは俺に攻撃手段を教えてくれないし、 武器も持たせないからである。

 おかげで避ける事と防ぐ事、

 そして相手の殺気を感じ、

 筋肉の動きで次の行動が読む、

 とちう事だけはかなり上達した。


 しかし攻撃手段がなければいざという時に困る。

 そして何より、 モードに吠え面をかかせてみたいのにそれが叶わない。


 何故こちらから仕掛ける方法を教えてくれないかは、 モードは語らない。

 本当に大事な事を言わないなコイツ。

 だから先生に聞いみた。

 答えはこうだ。


『それはねリーブちゃん♡ 父の愛よ♡ 』


 流石にそれだけは理解出来なかったので、 もう少し詳しく、 と詰め寄った。

 先生は優秀だ。

 父と違って聞けばちゃんと答えてくれる。


『一つは貴方に何があっても生き残って欲しいから♡

 どんな攻撃も当たらなければやられない。

 リーブちゃんを死なせたくないのよ♡


 二つ目はリーブちゃんが魔物を傷つけない為。

 そんな事をしたらきっと貴方が苦しむと知っているからよ♡

 』


 それを聞いて俺は腹立たしくも納得してしまった。

 モードはなんだかんだで息子の事を気にかけてくれている。

 相変わらず俺に甘いのか厳しいのか分からないが。


 少し前の俺なら、

 一つ目はまだしも二つ目の言葉の意味は理解出来なかっただろう。

 でも今なら分かる。


 この世界の人間は魔物を毛嫌いしている。

 街のどんな明るい人でも、 魔物の話をすると嫌悪される。

 前世で言うとゴキブリに感じる感覚に近いのかもしれない。

 そしてカブトムシを集める少年でも、 ゴキブリは普通は集めないだろう。

 だから知りたくも関わりたくもないのだ。


 しかし俺は違う。

 俺は魔物を理解すべき存在だと思っている。

 好きだという気持ち、 憧れの気持ちすらある。

 だからモードは、 そんな相手を俺が傷つけると自分も傷つくと思っている......と先生は考えているんだろう。

 俺もその意見には同意だ。

 なんだかんだで最後の最後俺には甘い。

 10年前もそう思っていたが、 最近はそれを確信した。

 父はとにかく不器用なのだ。


 しかしきっとそれだけではない。

 魔物について知りたいならただ対処して殺してしまうだけでは足りたい事もある。

 だから魔物の攻撃を避け、 防ぎ、 逃げ隠れ、

 その生態を知るタイミングを増やそうとしているんだろう。

 この親父ならそこまで考えてる可能性がある。

 結局は俺の事を考えてくれてる訳だ。

 相変わらず何も言ってこないが。


 そういう訳でモードは俺に攻撃手段を教えてくれない。


 しかしだ。

 だからと言ってやられっぱなしなのは腹が立つ。

 そこで俺はこう考えた。

 モードが教えてくれないなら、

 ()()()()()()()()()

 そして俺はその手段を得た。


 ほら、 こうして考え事をしてる間に......準備完了だ。


「......『グロウ』!」

「!? 」


 モードが俺の声に反応しその場から離れようとする。

 しかしもう遅い。

 彼の足元の芝生が急激に成長し、 身体中に巻き付いてその動きを止める。

 当然モードは身動きが取れなくなった。


 よし! 成功だ!

 この10年間、 俺がただ攻撃を避けてただけだと思うなよ!


「......ライブル。 いつの間に『魔術』を覚えた」

「ハハハハ! 先生に教えてもらったのさ! ざまぁみろ! 」


 淡々と聞いてくるモードに、 高笑いで返す。

 何とも気持ちがいい。


 そう。 俺は『魔術』を覚えた。

 モードにボコボコにされるのが悔しくてランちゃん先生に相談すると、 「秘密よ?♡ 」と言って教えてくれたのだ。


 父が指先から火を出してタバコを吸っていたあの日から興味はあった。

 あんな魔法が使えるなら魔物を調査する時にも役に立つと、

 覚えるチャンスを探っていたのだ。

 まぁきっかけは邪なものだがどうか見逃して欲しい。


『魔術』。

 知ればなんて事のないものだ。

 きっかけさえあれば誰でも使えるらしい。

 この世界の生き物は体内に『魔力』と呼ばれるエネルギーを大小なり持っているらしい。

 勿論俺もだ。

 先生の説明では、 その『魔力』を燃料に自然現象を誘発させ『魔術』として行使するとかなんとか。

 難しい事はよく分からないが要は感覚だ。


 モードがやっていたみたいに火を起こしたいなら、

 空気中の酸素を、 魔力で作った火種で引火させるだけでいい。

 つまりはきっかけ。


 空気の温度を局地的に魔力で少し下げれば水が出来る。

 草に魔力を注げば成長する。

 土に圧力をかければ石みたいに固くなる。

 気圧を変化させれば風を起こせる。

 そんな具合だ。

 自然を利用すれば何でも出来る。

 逆に言えば、 自然現象で出来ない事は行使出来ないそうだ。


 それが『魔法』ではなく『魔術』と呼ぶの理由だそう。

 魔法は無からでも有を生み出せる御伽噺レベルのものを言うらしい。

 つまりは非現実、 錬金術おける賢者の石のようなものだろうか。

 まぁ何にせよ、 魔術はこの世界では自然現象を誘発させる手段という事だ。


 そのぐらいの魔術ならこの世界では珍しくないらしい。

 しかし誰でも出来る訳でなく、 そういった方向に多少勘が鋭くないと使えないらしい。

 先生はその事を、 『自然の声を聞く』と言っていた。

 俺は前世の一般常識の範囲で自然現象をイメージしたら使えたが、

 この世界の住人は違う角度で自然を理解しているのかもしれない。


 しかしここまではあくまで一般的な魔術。

 俺が使ったのはもう一段階上のものだ。

 その為には属性を理解しその上で『魔言語』による強化を......。


「......『カット』」

「あ」


 俺の意識は完全に復習に割かれていた。

 モードを拘束し、 勝ったと思い油断が生じていたんだろう。

 時間にすれば十数秒。

 決して長い間気を逸らしていた訳じゃない。

 だがこの男にとってはそれで十分だったのだろう。

 モードは、 『グロウ』の効果で強化された芝の拘束を、

『カット』の効果で強化された剣で切り裂き、

 脱出していた。


 そしてそのまま。


「爪が甘い」

「っ!! 」


 剣をそこら辺にほおり投げて、

 殴られた。

 集中が切れていた俺は対処が間に合わず、

 顔面に綺麗に右ストレートを食らってしまったのだった......。


 ◇◆◇


「全く。 勝ったと思って油断し過ぎだ」


 仰向けで寝転がり立ち上がれない俺。

 それを見てモードが呆れ顔で言う。

 ぐうの音も出ない。


「刃物を持ってる相手に草で拘束してどうする。

 そういう時は切れないものでどうにかしてこい」

「全くその通りで」


 しかし手も腕も拘束してたんだけどな。

 そもそもどうやってそれを抜けたのだろうか......。

 まぁ何にせよ、 こういう時のモードのアドバイスは的確だ。

 いつもこうであって欲しいんだが。


「魔術は、 ランラークに習ったのか? 」


 感心しつつも内心で愚痴をこぼしているとギロリと睨まれた。

 やばい。

 これは先生を含めて怒られるパターンか。


「ぼ、 僕が無理を言って頼んだんだよ」


 それを聞いてモードはため息をつく。

 一応だが先生の名誉は守らないとな。

 この感じ無駄かもしれないが。

 これはやはり叱られるのを覚悟して......。


「......まぁ今のは悪くなかった」


 ん?

 今なんて言った?


「攻撃手段を持たないなりに機転を効かせたな。

 俺だけを頼らずに生き残る術を学ぼうとしているのは評価出来る」


 予想外だ。

 まさかモードからそんな言葉が出るとは。

 この10年間そんな事はなかった。

 もしかすると、 もしかしなくても。


「父さん、 僕の事を褒めた? 」


 聞くとモードの顔が真っ赤になった。

 面白い。

 こんな反応も初めてだ。

 もっと何か言えばもっと面白いんじゃないだろうか。

 そんな事を考えながらニヤニヤしていると。


 モードは無言でほおり投げた剣を拾っていた。


「顔がやかましい! さっさとランラークの所に行け!!

 使うならもっと魔術について学んでこい!! 」


 そして剣を振り回しながら襲ってくる。

 うん。 やっぱ父親失格だなコイツ。


「ハハハハ! 行ってきます! 」


 しかし悪い気はしない。

 この10年なかった事を引き出せた。

 返り討ちにはあったが、 今回は俺の勝ちと言っていいだろう。

 初めての白星だ。


 俺は上機嫌のまま庭から飛び降り山を下った。

 今の俺には、 下山にもうモードの助けは必要なくなっていた。


 ◇◆◇


 崖を駆け森を抜け街道に出る。

 要した時間は10分程度。

 もう口うるさい父親とタイムがさほど変わらなくなっていた。


 ここ数年。

 俺は一人で家から先生の屋敷まで出掛けている。

 早朝の特訓と死の帰宅路のおかげで鍛えられ、 十分に身体の基礎が出来たからだ。

 今では殆ど息を切らさずに昇り降りが出来る。

 ただ、 昇り降りするだけならば、 だが。


 街道で立ち止まり振り返る。

 高い木々のおかげで薄暗い森が見える。

 ここは奴の縄張りだ。


 傷だらけのスライム。

 モード同様、 アイツにもまだきちんと対処が出来ていない。

 そこは10年間かけても変わらず、 やられて父に助けられている毎日だ。


 ちなみに街に向かう時は奴は出てこない。

 活動時間帯が昼以降なのだろうか。


 ......まぁ今は奴の事はいい。

 というか目の前に現れる時以外は考えないようにしている。

 何故かと言うと好奇心が抑えられないからだ。


 この10年で前世の記憶も少しずつ鮮明になってきた。

 しかしそれは怪獣に関してに限っての話だ。

 だから魔物の事を考えだすと妄想が止まらなくなる。

 いても立ってもいられなくなるのだ。


 くそ。 結局モードや先生の読み通りになってしまった。

 魔物の事を教えてくれないのも、 知識を少しずつ与えてくるのも功を奏している。

 きっとどちらも多ければ多い程俺の起爆剤になるからだ。

 思いのままに街を飛び出し魔物を探し殺されてしまうだろう。

 しかしなんでここまで自制が効かないのか。

 もしかすると本当に俺は『転生者』で、 魔物に関わる事が目的でそれを促されているんだろうか。


 いや、 今考えるのはよそう。

 屋敷に行って授業を受けなければ。

 モードの言う通りになるのは癪だが、 今日は魔術について学び直したい。

 あのクソ親父を負かす事もそうだが、 きっと魔物について調べる時にも役に立つ。


 俺は気持ちを切り替えると街道を駆けた。


 ◇◆◇


 森を抜けた街道から街までの距離は短い。

 しかしその間にもここが元の世界とは別の世界だと改めて認識させられる。


 街道の周りには草原が広がっている。

 正面にはモォトフの街とその裏手にある屋敷のある森。

 それが北側。

 東西には果てしない草原が広がり、 遠くに山や森も見えるがそんなに近くはない。

 背後、 南には先程抜けてきた森と俺の住む山が見える。

 モォトフは西大陸シウェニストのアータム王国の最南端の街だそうで、 山の向こうは海だそうだ。

 まぁ山が高すぎて、 俺の家のある場所からでも海は視認出来ないのだが。

 ちなみに森の先まで続く街道は海まで続いているらしい。

 いつか行ってみたいものだ。


 石が積まれた壁を抜け街に入る。

 入口のすぐ近くは居住区だ。

 今日も平人、 獣人、 鱗人が分け隔てなく和気あいあいと過ごしている。

 他の街や国では人種の違いで差別や迫害もあるそうだが、 この街にはそれがなく平和だ。


 平和と言えばこの辺りには街を脅かす脅威は少ないようだ。

 入口近くに居住区がある所からそれが伺える。

 野党や魔物の襲撃が多いなら住民をこんな所に住まわせないだろうしな。

 おかげで開放的で入りやすく親しみやすい街の印象を与えられてるようだ。

 まぁこんな田舎に客が来るのかは怪しいが。


 居住区を歩き中央広場がある商業区に向かうまでに住民に声を掛けられた。

 今では俺は一種の注目の的だ。

 領主に気に入られたモードの息子。

 それだけでも住民の興味が引かれるんだろう。


 モードはこの街の守護者だ。

 魔物や野党が現れれば街を守る役目を担っている。

 ランラーク辺境伯に依頼を受けたり自分で見回りをして魔物を駆逐したり......そのおかげで街は平和でいられる。

 だからモードはあんな性格の割に人気者だし、

 その息子の俺を大切に扱ってくれる。

 俺なんかに興味を持つのはその影響もあるんだろう。

 おかげで毎日食べ物やなんやのお土産を貰う。

 モードも以前からそうだったらしいが......なるほど、 金の使い方も知らないクセに生活が出来ていたのはその為だ。


 しかし決して英雄を持て囃し甘やかしている訳でもない。

 そのぐらいの事をして街を守って貰わないと彼らは困るのだ。


 ここ数年で理解したが、

 この世界の、 少なくともこの街の人間は本当に魔物を嫌っている。

 前に少しでも魔物について知ろうと街中の人間に聞き込みをした事があるが露骨に嫌な顔をされ誰も答えてくれなかった。

 特にそれが顕著に表れるのが魔物を退治する時。


 ここら辺一帯の魔物は本当に弱い。

 身体能力の基礎が高いこの世界の住人なら、

 大人の男であれば簡単に倒せてしまう。


 しかし魔物を倒すのはモードやランラーク辺境伯だ。


 俺も現場を見た訳ではない。

 戦いには連れて行ってもらえずいつも留守番だからな。

 最近では街の人の家に預けられる事も多かった。

 けどだからこそ住民の様子や話を見て聞けた。


 彼らは魔物が出ると家に閉じこもる。

 事が終わるまで出てこない。

 自分の街なのに他人任せなのだ。


 しかし彼らを責めることは出来ない。

 この街ではこれが普通なのだ。

 それ程までに魔物は嫌悪され、

 関わる事を拒絶されるのだ。


 この10年で俺はそれを学んだ。

 でもまだ足りない。

 魔物と関わる為に、 もっと多くの、 この世界の事を知らなければ。


「リーブぅ! 」


 そんな事を考えながら広場に入ると、 一人の少女に声を掛けられた。


 長く鱗に包まれた尻尾と緑色のショートヘアーがチャームポイントの鱗人の少女。

 彼女との関係もこの10年の成果だ。


「やぁレナ」


 名をレナ。

 同い年という事で仲良くしてもらっている。

 彼女の父はこの広場で果物屋を営んでおり、 レナはその手伝いをしている。

 だから屋敷に向かう時に必ずと言っていい程話すのだ。


 彼女との会話は貴重だ。

 先生とは別の視点でこの世界、 この街の事を知れる。

 何より鱗人という違う人種の意見を聞けるのがありがたい。

 そして......前世で避けてきた他人との関わり、

 そのリハビリには彼女との関係は打って付けだった。

 今日も今日とてリハビリと情報収集を兼ねてレナと会話する。


「毎日勉強熱心だねぇ」

「そういうお願いだからね、それに僕は楽しいし」

「勉強なんてつまらなさそうなのに......。

 あ、 でも計算はお店の役に立つかな」

「レナは十分出来るじゃないか」

「簡単なのしか出来ないよ。

 ねぇ! 今度一緒に勉強しに行ってもいいかな?」

「レナは先生から化粧を教えて貰いたいだけだろ?」

「えへへ、 バレた?」

「でもま、 聞くだけ聞いてあげるよ」

「え!? 本当!? 」

「でも授業料は相当高いんじゃないかなぁ」

「もう! リーブの意地悪! 」

「あはは、 ごめんごめん」

「もう! あ、 そうだ。 成人の儀の話なんだけど......」


 他愛のない会話が続く。

 生前はこういったものも疎ましいと感じていた。

 金を稼ぐ上で必要なもの以外はしたくなかった。

 しかし案外、 こちらが心を開けば向こうも応えてくれるものだ。

 そういう事を学ばせてくれたレナには感謝している。


 しかし......彼女を見ていると鱗人にも興味が湧いてくる。


 鱗人は爬虫類が二足歩行しているような人種だが、 容姿は様々だ。

 爬虫類をそのまま人間にしたような......蜥蜴人間、 蛇人間、 そんな見た目の者も多いが、

 平人のように柔らかい肌の部分が多い鱗人もいる。

 別にハーフという訳ではないらしい。

 レナもそうだ。


 両親はどちらも蜥蜴型の鱗人だが、

 レナの見た目はどちらかと言うと平人に近い。

 平人と同じく柔らかい皮膚に全身を包まれ、

 鱗があるのは顔や身体にポツポツと言った感じで一部と、

 平人で言う尾てい骨の辺りから伸びた緑色の尻尾だけだ。

 それ以外は平人と変わらない。

 突然変異やハーフかと思ったが、 鱗人の中では珍しい事ではないらしい。


 うーーん、 奥深い。

 怪獣には爬虫類型のものをいた。

 きっと魔物にもいるだろう。

 好奇の目で見ては失礼だと分かっていつつも、

 魔物と関連付けて考えてしまう。


 例えばこの服の下はどうなっているんだろうか。


 普通、 鱗人はその硬い皮膚や鱗で服が破けないように皮などで作った服を着ている。

 しかしレナの場合は平人が着ているようなさほど頑丈でないものだ。

 おかげで身体のラインもよく観察出来る。

 ならば身体には鱗が少ないのだろうか。


「......何よ、 エッチ」

「あ、 ごめん」


 どうやら見過ぎていたようだ。

 鱗人とは言え年頃の少女だ、 申し訳ない事をした。


「別にいいけどね。

 どうせリーブはエッチな目じゃなくて、 鱗人の事を知りたくて見てるんだって分かってるし」


 しかし彼女はそんな俺を許してくれた。

 そしてお見通しか。

 けどこれも信頼関係を築けている証拠だな。


「ま、 まぁ! リーブにこぉんな親切な鱗人なんて他にはいないと思うし! 私でよかったら鱗人の事教えてあげてもいいけど! 」


 そしてこれこそがその結果だ。


 それぞれの人種はそれぞれの考え方や特徴に過干渉しない。

 少なくともこの街では。

 それは上手く共存してる証だろうが、

 逆を言えば他人としての適正距離を取っている。

 これがこの世界に置いて普通なのかどうなのかは分からないが......少なくとも、 レナはそんな距離感を度外視して俺と仲良くしてくれているのだ。


 しかしだからと言ってなんでも聞いていいものだろうか。

 俺の常識と言うものは当てにならないからな。


「......どんな事なら聞いていいの? 」


 一応問いかけてみる。

 レナは自信満々に「なんでも! 」と答えてくれた。

 まぁ俺にとっては答えになってないんだが。


 でもここまで言ってくれてるんだから何か聞こう。

 魔物との違い、 そしてこの世界の人種をもっと知る為のチャンスだ。


 じゃあ何を聞くべきか......。

 流石に、 「服の中はどうなってる? 見せて」などとは言えない。

 この世界でも当然変態扱いされるだろう。

 ならば......。


「それじゃあ一つだけ教えて」


 俺はそう言いながら彼女の耳元に顔を近づた。

 レナは最初その距離感に驚いたようだっだが、

 おっかなびっくりといった感じで「このレナちゃんになんでも聞きなさい! 」と受け入れてくれた。

 恥ずかしそうにしながらも友達思いの健気な姿、

 優しい子だ。


 だから俺は、

 彼女を気遣いつつ、

 そっと耳元で問い掛けた。


「鱗人の出産って、 卵を産むの? 」


 これは非常に重要な話だ。

 爬虫類と言えば卵生の生物。

 しかし鱗人は人間。

 ならばどうやって出産し子供を育てるのか?


 鱗人が卵生ならより爬虫類に近い生き物となる。

 しかし鱗人の女性には乳房がある。

 ならば母乳で子供を育てるのか?

 すると爬虫類ではなく卵生でもないという事になる。

 いや待てそもそも俺の世界の常識など......。


「......」


 以前から気になっていた事を聞いた後、 レナは黙ってしまった。

 何故だろうか、 身体がワナワナと震えている。


 そして悟る。

 この10年で培ってきた危険察知能力が告げる。

 これは、 やってしまったと。


「......リーブの!! 馬鹿ぁああああ!!!! 」


 次の瞬間、 レナがクルリと回った。

 恥ずかしくて背中を向けて逃げようとしているのかもしれない。

 いや、 それなら良かったがそうじゃない。


 彼女は鱗人だ。

 俺たち平人には無いものがある。

 彼らはそれを自分の武器と考えている。


 そう、 尻尾だ。


 長くて硬く、 そしてしなやかな尻尾が、

 レナの回転の後に遅れてやってきた。

 そして俺の顔面に横から直撃し、

 俺をぶっ飛ばす。


「ぶぼぉっ!!?? 」


 変な声が出てしまった。

 完全な不意打ちだ、 対処出来なかったのだから仕方ない。

 そのまま俺は近くの壁に叩きつけされる。

 少女の力とは思えない。

 全ては尻尾の力。

 そりゃ武器にする訳だ。

 これが鱗人。


「もうリーブなんて知らない!! 」


 ああ、 怒らせてしまった。

 どうやら鱗人にとってレナにとってはNGな話題だったようだ。

 まだまだこの世界の勉強が足りないな。

 ......いやそれだけじゃない。

 俺が生前避けてきた人付き合いの経験不足のせいもある。

 それを含めて、 やはり俺は学ばなきゃいけないらしい。


 その為には、 俺と仲良くしてくれる同世代のレナとの関係をこんな事で絶たせる訳にはいかない。

 普通に申し訳ないと思うしな。


 俺はボロボロの身体をなんとか気合いで動かすと。

 プリプリと怒って離れていくレナを追いかけたのだった。



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