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第5項 「怪獣好き、 遭遇する」

 

「......」

「......」


 帰り道は終始無言だった。

 屋敷を出てから森に戻るまで一切の会話がない。

 父は元々必要な事以外......必要な事も喋らない人物だから仕方ないが、 気まずい。


 帰路は街道の途中、 森に差し掛かった。

 ここからまた獣道で喋る余裕なんかない。

 家に戻っても特訓が始まるだろうしそんな暇もないだろう。

 言うなら今しかない。


 言うなら......?

 俺は何を言おうとしてるんだ?

 いや、 そんなの分かりきっている。

 謝るんだ。

 もう少し素直にいう事を聞くべきなんだ。

 それを切り出すには、 今しかない......!


「......お父さんは、 なんで僕に協力してくれるの? 」


 無理だった。

 いきなりその話題で切り込む事は出来なかった。

 そもそも父親に対してどうやって素直になればいいのか。

 前世では俺は素直だったのか?

 そこら辺の記憶も曖昧でどうにもいい手段が思い浮かばずこういう結果になった。

 しかし切り口としては悪くない筈だ。

 ここから何とか会話を誘導して......。


「......子供の為に親が何かしたいと思うのは変か? 」


 ......やめだ。

 難しく考えるのはよそう。


 確かにこの男は酷い。

 殴ってくるし特訓でもよく殺されかけている。

 しかし不器用なだけなのだ。

 俺の知らない所でも俺の為に動こうとしてくれているのだ。

 その無償の愛に、 俺は敬意を持たなくちゃいけない。


「お父さん。 僕はちょっと生意気だったみたい。

 これからお父さんのいう事、 その......なるべく聞くようにするよ」


 自分でも恥ずかしくなるくらいに不器用だ。

 もっと素直に、 もっと上手く言えないのだろうか。

 しかしこれでいい。

 男同士の家族なんてこんなものだ。

 これでも伝わるんだ。

 俺はそう信じている。

 そしていずれはもっと素直になれる日が来るかもしれない。


「......」


 父は無言で街道から横に逸れる森の方を向いている。

 少しは心に届いたのだろうか。

 もしかすると何か言葉を纏めているのかもしれない。

 だから俺は、 そんな父の隣に立って出方を待った。


「この辺りや森や山にあまり魔物がいないのは、 俺やランラークが定期的に駆除を行い圧力をかけているからだ。

 余っ程の事がなければ......繁殖を見逃していたりしない限りは魔物に会う事もないだろう」


 なるほど。

 ......なるほど?

 いや確かにこの情報は重要なものだ。

 しかし俺の話となんの関係が?

 またコイツこっちの話を聞かずにテキトーな事を......待て待て、 それじゃあ何も変わらない。

 俺は少しはこの男を信じようと決めたんだ。

 もう少し話を聞いてみるべきだ。


「だからもし出会うとしたら......人間の狩りにも臆さない、 、 そして人間の手を逃れてきた相当の手練だろうな」


 うん、 やはり何を言いたいのか分からない。

 そもそも主語がないのだ。

 何の話をしているんだ。


「という訳でだ」


 混乱している俺をよそに、 モードが少しだけ森に踏み込む。

 そして振り向き言った。


「一人で家まで戻って来い」


 なるほど、 そういう事か。

 ......どういう事だ!?

 おいおいちょっと待て。

 この険しい森とあの断崖絶壁を一人で登れと!?

 流石にそれは無理な話だ。

 そして今の口ぶり......まさか、 まさかとは思うが......魔物、 出るのか?


「これからは俺の言う事、 なるべく聞くんだろう? 」


 やられた。

 俺の善意を逆手に取られた。

 まさかこんなにも性格が悪い奴だとは......!


「ちょっと待っ......あ」


 止めようと思ったらもう居ない。

 降りる時と同じスピードで......いや、 それ以上のスピードで駆け抜けて行く背中が見える。

 降りる時はセーブしていたな。

 いやそうでもしなければ俺は振り落とされていたのだろうが......そんな事はどうでもいい!


 辺りを見回す。

 何度見ても俺一人だ。

 残されたのは目の前にある未開拓の森だけ。


 街に戻り、 ランちゃん先生に匿ってもらうか?

 いや待て。 そうしたらどうなる?

 モードに殴られる? 笑われる?

 それだけならいい。


 ほら見ろ、 お前の覚悟はその程度。

『魔物博士』なんかなれる筈がない。


 そう言われて二度と夢を追わせてくれないのがオチだ。


 ......そうだ。 思い出した。

 前世でもそうだった。


 もっと現実を見ろ。

 役に立つ事を目標にしろ。


 そう言われて『怪獣博士』の夢を諦めさせられたんだ。

 あれは確か親父に言われたんだ。

 あの時はこんな試すような事もされていない。


 それに比べて今はどうだ。

 逆に考えればこれはチャンスだ。

 モードはモードなりに俺を見定めようとしている。

 もしかすると特訓の一環なのかもしれない。

 機会を与えられている。

 これを乗り切れば、 きっと何かが変わる。

 自分の覚悟を試す時なんだ、 ライブル!


 そうとなれば取るべき選択は一つだ。


「やってやろうじゃないかぁ!! うぉぉおおおお!! 」


 俺は気合いの雄叫びと共に、 森の中へと突っ込んで行ったのだった。


 ◇◆◇


 暫く走った所で冷静になって立ち止まる。

 無策に駆け抜けて行っても無駄に体力を使うだけだ。

 まずはどうするか作戦を立てるべきだろう。


 考えろ。

 幾らあの鬼畜親父でもむざむざ息子が死ぬ様な事はさせまい。

 ならば必ず俺でも可能な帰る為の手段がある筈なんだ。

 一先ず周りを観察し、 考えその方法を探そう。


 俺は周りを見回した。

 前世では見た事もない木や草で埋め尽くされている。

 当然ながら道は獣道すらない。

 まるで富士の樹海のようだ。

 木々の背は高い。

 俺の身長がまたまだ低いせいもあるが、 これでは家が上にある崖の方向も直ぐに分からなくなりそうだ。

 空を木の枝や葉が隠している為、 太陽の位置も分からない。

 まぁ分かっても家がどっちの方角にあるのか知らないし、 そもそも方角という常識がこの世界で通用するか分からない。

 当然崖も目視では確認出来ない。

 ならば上を見て探す方法は無しだ。

 ならば......。


「あった! 」


 足元に新しい足跡が続いているのを見つける。

 それは俺の進行方向に伸びていた。

 これはモードの足跡だ。

 敢えて残したのかそうでないのかは分からないが、 これを辿れば家に帰れる。

 少なくとも森からは出れる筈だ。

 勿論行きの時に残された少し時間の経った足跡も近くにあった。

 これは街道の方に伸びている為参考にはならないが......来た方向と向かう方向を判断する材料にはなる。


 行ける。

 俺はそう確信した。


 この世界の人間の体力や足腰は前の世界の者の比ではない。

 例え三歳児でもこの森を抜けるだけなら可能だ。

 それは特訓の中で死に物狂いで動いた為に実感がある。

 これならば行ける。

 問題は森を抜けた後の崖をどうやって登るかだが......。

 やめよう、 今考えても無駄だ。

 もしかすると森を出るとモードが待っていてくれるかもしれない。

 可能性は極めて低いがそれも視野に入れておこう。


 何にせよ今は森抜けに集中だ。

 油断すると川や谷に落ちる可能性もあるからな。

 それだけ視界が暗くて悪い。

 お前にジメジメして地面が少しぬかるみ体力を持っていかれる。

 無駄な事に意識を向けている場合ではない。


 俺は自分の頬を叩いて気合いを入れると、 足跡を辿って歩き始めた。

 慎重に、 慎重に。

 あらゆる危険を想定して。


 後は魔物に出会わなければいいのだが。

 ......いや出会うだけならいい。

 念願の魔物との対面、 研究しようとしてる身としては願ったり叶ったりだ。

 問題は見つかった時。

 襲われたら一溜りもない。

 だから出会わない方がいいのだ。


 あーーあ。 魔物、 出てこないでくれよー。

 本当にー、 本当に出てこないでくれよー。


 そう心のどこかで願ったのが悪かったのか。


「あ」


 それは到達に、

 俺の前に現れてくれ......現れてしまった。


 草の影から飛び出してきた何か。

 俺はそいつと目が合う。


 魔物だ。


 そう確信する。

 前世では見た事もないような奇っ怪な生物。

 一目でそうだと認識出来る。


 俺は、 あれ程焦がれていた魔物に出会ったのだ。


 しかし俺は、 コイツに見覚えがあった。

 熱に浮かさせ前世の記憶を取り戻したあの日、

 モードが瞬殺した魔物だ。

 勿論同一個体の筈はないので同じ種族だろうが。


 それにしても本当に奇っ怪な見た目だ。

 全身ゼリーやグミのようにプルプルした存在。

 エメラルドグリーンの色。

 手足はなくまるで単細胞生物。

 その丸だか半液状の身体には顔なのかそのような模様のようなものがある。


 俺にはアニメやゲームの知識はない。

 もしあったならば近しい魔物を思い浮かべたかもしれない。

 だがしかしそれがない俺には検討もつかない訳で......。


 そうこう考えてる間も魔物との睨み合いが続いている。

 襲ってくる様子はない。

 しかし魔物に会ったらどう対処すべきなのか。

 前世の知識から、 野生動物によっては目が合った途端に威嚇と取られ襲いかかって来るものもいる。

 しかしコイツはそうでないとすると......逆に目を離すと危ないかもしれない。

 現に向こうはこっちを見たまま動かない。

 ならば今のうちに観察し、 少しでも突破口を見つけるべきか。


 だが何故だろうか。

 コイツを見ているとどうにも懐かしいというか親近感が湧いてくる。

 まるで慣れ親しんだ旧友にあったような......。

 もしや俺の少ないファンタジー知識の中に該当する魔物が?

 そうも思ったがその既視感の理由は直ぐに判明した。


 怪獣だ。


 勿論俺の中で魔物=怪獣と定義付けているがそういう事ではない。

 このフォルム、 前世で見た怪獣に似ているものがいるのだ。


 あれは確か......。

 30年以上続く、 『ハイパーマン』という巨大ヒーローを筆頭に受け継がれる『ハイパーシリーズ』に登場した一匹。

 その名を確か.......。


 そうだ!

 アメバリアンだ!

 宇宙微生物怪獣 アメバリアン!


 俺は記憶の中の怪獣図鑑、

 その中でも『ハイパーシリーズ』の怪獣を纏めている、

『ハイパー怪獣図鑑』の情報を頭の中から引っ張り出した。


『宇宙微生物怪獣 アメバリアン。

 身長:0m~50m

 体重:0t~1万8千t

 別の惑星に済む宇宙アメーバが、 宇宙船や地球のエネルギーを吸収し巨大化、 怪獣化した生物。

 一欠片でも細胞が残っていればたちまち再生する厄介な怪獣だ! 』


 確かこんな感じだった気がする。


 身長体重が曖昧なのは、

 エネルギーを吸収し、 分裂や形状形態変化をするからだ。

 実際作中では、 未開惑星を探索していた宇宙シャトルに付着し地球に来訪。 その宇宙船や地球のエネルギーを吸収し大きくなったり増えたり変化したりして地球を大混乱に陥れた。

 直ぐに再生する為に倒すのに難儀したが、 最後は擬似エネルギーを餌におびき寄せ一つに合体させ、 『ハイパー兄弟』の八番目の戦士『ハイパーマン8』の必殺技によって葬られたのだが......。


 まさか、 コイツもそんな能力を持っているのか?

 いや流石にそこまで空想と混同してはいけない。

 モードや先生の話曰く、 この世界では実体験こそものを言う。

 俺がこの場でアメバリアン (仮称)の能力を引き出し知らなければ。


 その為にはこのまま膠着状態を続けている訳にもいかない。

 突破口を見つける為にもアメバリアン (仮称)に行動してもらわなければ。

 ならば少々危険だがこちらから動こう。

 なに、 あれだけモードから死ぬ気特訓を受けているんだ。

 倒せずとも攻撃を避けて逃げるくらいは出来るだろう。

 納得しきれないまま受けているんだあの特訓の成果を少しでも発揮出来ればいいのだが......。


 それにしても。

 よく見ればこのアメバリアン (仮称)、 顔 (?)中が傷だらけだ。

 それなりに強い魔物しかこの辺りにいないと言った父の言葉を彷彿とさせる程の風格を漂わせている。

 そしてその時気づく。

 コイツに感じていた既視感は怪獣に関してだけの事じゃない。


 顔が傷だらけ。

 目付きが悪くも見える。

 つまり、 どことなくモードに似ているのだ。


 そう自覚するとなんだか腹が立ってきた。

 魔物はいないと言ったくせに、 よりによって強そうなのに出会ってしまった。

 嬉しくもあるが最悪だ。

 そんな気持ちが俺に焦りを生む。


 もう少し慎重に動けばよかった。

 しかし早く帰ってあの親父に文句の一つでも言ってやろうと思ってしまった為に身体が先に動いた。

 確かにそれは予定していた動きだが、 心の冷静さがついてきていない。

 悪手だった。


 相手の行動を誘う為にわざと視線を逸らす。

 そしてそのまま一歩踏み出した。

 目の端で魔物が動いたのが見えた。

 ここまでは想定内だ。


 しかし、 俺の予想以上に奴の動きが素早かった。


 アメバリアン (仮称)は俺の顔に飛び掛って来た。

 冷静なら特訓の成果により避けられたかもしれない。

 しかし俺の心は先に進む事に囚われていた。

 森を抜けて崖を登りモードに文句を言う。

 そればかりが頭にあり最初は持っていた警戒の気持ちが薄れていた。


 その結果、 魔物は俺の顔へと取り付いたのだった。


 まるでヘドロが顔にへばりついたような不快感、

 そしてぬるま湯を浴びたような温かさが同時にやってくる。

 しかし次の瞬間に気づく。

 息が出来ない。


 アメバリアン (仮称)は俺の顔全体を包むようにへばりついている。

 まるで風呂や温水プールで溺れているよう感覚。

 途端にテンパってしまう。


 何とか引き剥がそうと魔物の身体に手を伸ばす。

 しかし半液状の相手は掴み所がない。

 剥がせない。


 やばい。 やばい。

 そればかりが頭の中を巡る。


 近くの木に魔物を打ち付けてみた。

 自分の頭が痛いだけだ。

 頭を振ってみる。

 余計に苦しくなるだけだ。

 地面に擦り付けても殴ってみても変わらない。


 次第に視界が暗くなる。

 酸欠により意識を失いかけている。


 そこでまた実感した。


 ああ、 死ぬ。

 と。


 そう思った次の瞬間には、

 俺は闇の中へと落ちていった。


 ◇◆◇


「......ぶはぁっ!? 」


 目が覚めた。

 どうやら死ななかったらしい。

 そこは見慣れた景色。

 自宅の庭だった。


「やっと起きたか」


 目の前に顔中傷だらけの何かが、 寝ている俺を覗き込んでいる。

 思わず慌ててその場から離れたが、 それはアメバリアン (仮称)ではなかった。

 モードだ。


「まったく。 あの程度の魔物に殺されかけるとは......」


 どうやら俺はモードに助けられたらしい。

 予想通り森の外で待っていたんだろう。

 流石に今回ばかりは素直にならねばと礼を言おうとしたがやめた。

 そもそも全部この男のせいだ。


「お父さん、 僕は魔物に殺されかけたよ? 」


 口に出たのは嫌味。

 当然だ。 大切な息子をあんな所に置き去りにしたんだからな。

 しかし次のモードの言葉にハッとする。


「そうだ。 魔物はそういう生き物だ」


 理解する。

 己の考えが甘かったのだと悟る。

 モードはそんな俺に続け様に言った。


「これで分かっただろう。 魔物は人の天敵だ。 危険だ。

 半端な覚悟で近づけば今度こそ死ぬぞ? 」


 だからもう変な夢を見るのはやめろ。

 そう言いたいんだろう。


 しまった。

 モードに有利な状況を作ってしまった。

 これでは何も言い返せない。

 彼の特訓すら無駄にしているようなものだ。


「魔物と出会って何を感じた? 」


 真剣な表情のまま父が問いかけてくる。


 何を感じた?

 明確な死のビジョンだ。

 俺は奴に恐怖し......いや、 違うな。


 俺は。

 あの魔物に怪獣を重ねた。

 その瞬間、 前世の子供頃の熱い気持ちを取り戻した。

 滾った。

 興奮した。

 嬉しかった。

 楽しかった。


 確かに魔物は危険な生物だ。

 人の天敵だ。

 油断をすれば殺される。

 それは身をもって体感した。


 だけど、 だけどだ。

 そんな死を隣り合わせにした状況でも、 俺は生を実感した。

 馬鹿げているかもしれない。

 狂っているのかもしれない。

 でも思ってしまったんだ。


 もっと、 魔物の事を知りたいと......!


「ふふ、 今更無駄か」


 モードは苦笑していた。

 俺の緩んだ表情を見て、

 自分の息子は頭がおかしいと呆れたんだろう。

 だがどこか、 嬉しそうだった。


「......これから毎日、 同じ事をする」


 ????

 どういう事だ?

 馬鹿な事はやめろと諌められる訳じゃないのか?


「午前中はランラークから世界の事を学べ。

 午後からは森からこの家に一人で帰って来い」


 ああ、 そういう事か。


「お父さんとの特訓は? 」

「一人で帰ってこれたら考えよう」


 本当にこの父親は不器用だ。

 でも理解した。

 モードは、 俺を信じてくれているのだ。

 俺のやろうとしてる事を本当に手助けしようとしてくれているのだ。

 やり方は確かに強引かもしれないが、 それだけは確かだ。

 それが、 例え自分の過去を否定するかもしれない事でも。


 目頭に熱いものが溢れてくるのを感じ、 慌てて顔を逸らす。

 思えば前世でこんな経験はなかったかもしれない。

 未だ薄ぼりやりした記憶の中、 前の父には否定された事の方が、 信じてもらえなかった事の方が多い気がする。

 ならば何故、 そんな両親の為に金を稼いでいたんだろうか。

 今はまだ、 思い出せない。


「どうだ? やるか? 」


 ここにきてモードが意思確認をしてきた。

 今までそんな事なかったのに。

 俺は顔を両手で覆いゴシゴシと熱いものを拭うと、

 精一杯の笑顔で返した。


「うん! 望むところだよ! 」


 こうして、

 俺はモードを、 父を本当の意味で信じてみる事にした。

 彼が俺を信じてくれているように。


 ◇◆◇


 次の日から早速決まったばかりのカリキュラムで日々を過ごす事となった。


 午前中はランちゃん先生の元で勉強し、

 午後は森と崖を抜け家を目指す。


 とは言っても父との特訓が全く無くなった訳では無い。

 街に向かう前、 少しだけ手合わせが入る。


「攻撃を見る事だけに頼るな! 筋肉の動きや予備動作から次の動きを予想しろ! 殺気を感じられるようになれ! 」


 モードの言ってる事は相変わらずむちゃくちゃだが、

 彼の思いを知った俺は素直になった。


「無理言わないでよアホぉ! そんなの普通の人間に出来る訳ないだろばかぁ! もう少しコツを教えてよ鬼ぃ! 」


 ......少しだけ、 素直になった。


 早朝の特訓が終わると街へ下る。

 俺は相変わらずモードの背中にへばりついている。

 毎回恐怖を感じるが......早く慣れたいものだ。


 街につくと街の人に挨拶しながら屋敷に向かう。

 ランちゃん先生に街の人を紹介してもらい、 顔なじみも出来た。


「リーブ! 今度うちの店の商品買ってけよ! いつもモードさんにはお世話になってるからなぁ! 特別にうちの母ちゃんオマケにつけてやる! なんてな! 」

「リーブ君! おはよう! 今日もはくしゃく様の所に行くの? いいなぁ! 私もお化粧の仕方教えて欲しい! え? だって可愛いじゃない! 」

「なぁリーブ。 君のお父さんと伯爵様はどんな関係なんだ? 」

「リーブちゃん! 伯爵様とモードさんの事だけど......そこに、 愛があるのよね? きゃーー!! 」


 実に個性豊かな面々だ。

 そして辺境伯のせいでリーブが定着してしまった。


「あらぁ♡ いらっしゃい♡ リーブちゃん♡

 今日も授業を始めましょう♡ 」


 屋敷ではいつも明るくねちっこいランちゃん先生ことランラーク辺境伯が迎えてくれる。


 授業の内容は約束通り魔物以外の知識、

 この世界の事についてのものだ。


 いきなり大きい事から知ると頭がパンクするからと、 ランちゃん先生は身近な事から教えてくれた。

 そんなに俺は馬鹿に見えるのだろうか。

 いや、 もしかするとあまりに一気に教えてしまうと家でも飛び出すと思っているのかもしれない。

 今の所そんなつもりはないんだが。


 しかしそんな中でも知れた事は多い。


 まずこのモォトフの街がある場所。

 この世界には四つだけ大陸があるらしい。

 モォトフは西側に位置する大陸、 『シウェニスト』の中の街だそうだ。

 何処から見て西と位置づけてるのかは知らないが、 この世界の中心には何かあるのだろうか。


 西大陸シウェニスト。

 そこは、 『アータム王国』という国の領土らしい。

 つまりここは、

 西大陸シウェニストの中の、

 アータム王国の中の、

 ビヨルフ領モォトフ、

 という事だ。


 ビヨルフ領とはランラーク辺境伯が管理する領地。

 彼の本名はランラーク・イングラシゥス。

 ビヨルフは国から与えられた領地の名前、

 モォトフは彼が住む街の名前から取られているそうだ。

 領主になると名前が長ったらしくなるらしい。

 ならば俺がこの地の領地になれば、

 ライブル・ビヨルフ・モォトフ・アンウェスタになるのか。

 長くて嫌だな。


 他にはこの世界に住む『人』、 人種についても学んだ。

 と言っても、 この領地に住む人種のみだが。


 この領地には大きく分けて三つの人種がいるらしい。

 それが、 『平人(へいじん)』『獣人(じゅうじん)』『鱗人(りんじん)』だ。


 平人は俺たちの事。

 平地に住む人という意味らしい。

 獣人は街にいた二足歩行する獣の事。

 鱗人は同じく街にいた爬虫類のような人の事だ。


 ちなみに鱗人は『ウロコ』とも呼ばれるらしいが、 それは差別用語に当たるそうだ。

 他にも種族だの部族だのあるらしいが、 そこら辺を学ぶのはもう少し先になりそうだ。


 午前中はそんな調子で授業を受け、 午後は森を駆ける。


 あの傷だらけのアメバリアン (仮称)は、 俺に恨みでもあるのか毎日出てくる。

 そして何回出会っても奴には勝てない。

 いや最初から勝つ気はないのだが......会ったら最後、 やられてしまうのがオチだ。

 毎回殺されかけモードに助けられ、 家の庭で目を覚ます毎日を繰り返している。

 父の午後の特訓を受けられる日はいつになるやら。


 そうそう。

 自分が出会った魔物という事で、 先生がアメバリアン (仮称)について名前だけは教えてくれた。

 なんとあの魔物、 アメバリアンではないらしい。

 当たり前か。


 あの魔物の名前は、 『スライム』と言う。

 もう少し生態について調べてみたいが、 今の俺にその余裕はない。

 いつの日か、 必ず俺の知識に加えてやる。


 こうして、 俺の日常は過ぎていく。


 先生は言う。


「知識は力よ。 そしてその力をどう使うかはリーブちゃん次第♡ 」


 モードは言う。


「何があっても生き残る事だけを考えろ。 生きていれば勝ちだ。 その方法を学べ」


 そして二人は言う。


「「学んだ事を活かせる目標を作りなさい」」


 目標。

 それは『魔物博士』になる事だ。

 ......いや、 きっとそれだけじゃ足りない。

 もっと明確な目標が必要だ。

 魔物博士になる為には何が必要か。

 俺はその答えを日々の中で見つけなければならない。


 目まぐるしくも穏やかな毎日。

 俺に与えられた、 二度目の人生。

 取り戻した夢の為ならなんでもしよう。

 そうやって、 一日一日努力を積み重ね、

 あっという間に季節は巡った。



 はじまりの章

 ー 完 ー



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