第4項 「怪獣好き、学ぶ」
「さささぁ♡ 高級な紅茶に高級なクッキーよぉ♡ 遠慮せずに食べて食べてぇ♡ 」
俺とモードは、
辺境伯ランラーク・ビヨルフ・モォトフ・イングラシゥスに怒涛のように招き入れられ客間にいた。
あれはもう歓迎というより人攫いだ。
メイドや執事たちも囲むように俺たちを誘導していたし、 組織ぐるみの犯行だろう。
まぁ冗談はさておき。
テーブルを囲むように座る俺たち三人。
そこは客間とはいえプライベートな部屋なのか、 お付の人もいない。
差し出された紅茶は明らかにミント茶 (仮)だ。
恐らくモードは彼、 彼女? から貰ったものを家で出していたんだろう。
そしてクッキーは見るからにクッキー。
そこら辺は前の世界と変わらないらしい。
「あらぁ食べないのぉ? モードちゃんは兎も角としてぇ、 ライブルちゃんはそのくらいの歳で遠慮を覚えちゃダメよぉ?♡ 」
ねちっこい喋り方でグイグイ勧めてくるランラーク辺境伯。
しかし俺も中身は大人だ。
出されたものにいきなりがっつくようなガキじゃない。
「......! 」
その時、 テーブルの下でモードちゃんから蹴りが飛んできた。
結構大きなテーブルで、 座ってる位置も離れているのにどうやって蹴ったのだろう。
何にせよ相変わらずの家庭内暴力だが、 今回ばかりは意味があるのだろう。
少しは子供らしくしろ、 という事か。
「い、 いただきまぁす! 」
俺はなるべく笑顔で紅茶とクッキーに手をつけた。
表情が引きつってるのが分かる。
普段は何も考えずとも子供っぽくなるくせに、 意識すると強ばってしまうのは困りものだ。
「あらあらぁ♡ ライブルちゃんも成長したのねぇ♡ 人見知りや緊張を覚えるなんてぇ♡ 」
最もランラークは疑う素振りも無さそうだが。
とりあえず仕方がないので高級な紅茶とやらと一口飲む。
やはりあのミント茶だ。 表情がさらに引き攣る。
しかしクッキーの方は美味しかった。
モードの用意してくれる食事は、 山菜や狩った獣などが主な為甘味に飢えていたのかもしれない。
けど元の世界のものよりも甘さが控え目でパサパサしている。
材料や違ったり砂糖が貴重だったりするのだろうか。
それとも俺が知らないだけで前世にもこんなクッキーがあったとか......まぁ今はどうでもいいか。
......それにしても。
まさか辺境伯がこのような人物とは。
オールバックの金色の髪にゴツゴツした男らしい顔立ち。
しかしそれに対し全身は細身で厚すぎない筋肉美を体現している。
顔は厚化粧ながらくどくはない。 不思議と不快感は感じない。
あまり前世の記憶でも詳しくはないが、 辺境伯と言うからには貴族なんだろう。 位は伯爵の中でも上の方だったか......これでこの世界にも貴族が存在する事が分かった。
服装は貴族らしく煌びやか。 鮮やかな刺繍に豪華なボタンやカフス。 ロココ調、 と言うのだろうか。
とにかく全身が派手で、 一言で言うなら美しい人物だ。
まぁ何にせよこの人......オカマである。
いやいいんだ別にオカマでも。
前の世界でも性の多様性に対しては柔軟な世の中になっていたじゃないか。
俺は柔軟な大人だ、 そこら辺にも勿論適応している。
他人の評価を見た目と第一印象で決めてはいけない。
この人だってまだどんな人間か分からないじゃないか。
「フフ♡ 我慢してたのねぇ♡ 沢山食べてねぇ♡ 」
ほら見ろ。 子供好きで優しそうな人じゃないか。
こんな風に善意を向けられたら俺もそれで返さなければ。
そうだな、 ここは一つ子供らしくいくとするか。
「伯爵様のクッキーの方が美味しそうだね! 一つちょうだい!! 」
俺はそう言いながらランラークの分のクッキーに手を伸ばした。
するとどうだろう。
ほら、 彼は天使のような笑顔を見せて......。
「っ!! 」
あれ、 おかしいぞ。
俺は座っていた椅子から後ろに吹き飛ばされている。
というか顔が痛い。
これはあれだ、 殴られたな。
「テメェこのクソガキぁあ!! 人様の物には手を出すなとそこのおっさんに教わらなかったのかゴラァ!! 」
さっきまでの美しさは何処へやら。
辺境伯は鬼の様な形相で俺を睨んでいる。
殴ってきたのも当然コイツだ。
前言撤回。
やはりこの男もモードの知り合いだ。
ライブルの記憶の中で、 辺境伯は父の仲間だったと聞かされた覚えがある。
どんな仲間だったか知らないがどうせろくでもない集まりだったんだろう。
「ご、 ごめんなさい......あんまりにも美味しそうだたったから......」
「......うふん♡ いいのよん♡ でも自分の分があるんだから他人の食べ物を取ったら......ダ・メ・だ・ぞ♡ 」
今から可愛くキメられても遅い。
そもそも可愛くない。
第一印象どころかセカンドコンタクトも最悪になった。
もはや嫌悪感しか抱かない。
俺は殴られた頬を抑えながら席に戻る。
こんな事をしてる場合じゃない。
モードがこのタイミングで彼の元を訪ねたという事は、 恐らく色々教えてくれるのはランラークなのだろう。
だとしたらこれ以上悪い印象をこちらから与える訳にもいかないだろう。
全ては『魔物博士』になる為。
俺は目的の為なら手段を選ばない男なのだ。
「すっかり打ち解けたようだな」
静かに茶を啜っていたモードが口を開く。
どうせなら一緒に目を見開いてその誤解塗れの解釈を見直してほしい。
貴方の息子は今暴力を受けましたよ。
DV父には無意味な事かもしれないが。
クソ野郎。 とっと消えてくれないかなコイツ。
「では後は任せた、 ランちゃん」
嘘です。 行かないで。 この人と二人きりにしないで。
というかなんだその呼び方は。
お前らどんな関係なんだ。
「あらぁもう行っちゃうの? どうせなら見学してけばぁ?
♡ 」
よしいいぞオカマ辺境伯。
そのままアホ父を引き止めろ。
「ここにいても俺にはお前の話は理解出来ん。 昼過ぎには迎えに来る。 あ、 昼飯は俺も分も用意しておけ」
しかしモードはそれだけ言い残し部屋を後にした。
図々しくも昼食をご馳走になる事を強要して......。
◇◆◇
「改めまして自己紹介ねぇん♡
私はランラーク・ビヨルフ・モォトフ・イングラシゥス♡
モードちゃんからお願いされて貴方の教師をする事になったわぁ♡
辺境伯ってそれなりに偉い立場だけどぉ♡ 特別にランちゃん先生って呼んでねん♡ 」
モードが帰ると早速本題に話が進んだ。
どうやらコイツは俺の家庭教師になるらしい。
まぁ押しかけているのはこっちだから家庭教師とは違うか。
「ねぇねぇライブルちゃん♡ 折角教師と生徒の立場になるんだしぃ♡ 親愛の意を込めて『リーブちゃん』って呼んでもいい?♡ 」
勝手にアダ名を付けられた。
正直どうでもいい。
しかし教えてもらうからにはこちらも礼儀を示さなければな。
勝手に呼んでくれ、 と言うのが本音だがここは子供らしく礼儀正しく返答を......。
「勝手に呼んでくれ」
しかし口から漏れたのは本音そのものだった。
「......どうやらまずは躾が必要らしなぁ! クソガキぁあ!! 」
殴られた。
また殴られた。
いい加減にして欲しい。
けどなんでこの人の前では自動的に子供らしくならないのだろうか。
また疑問が増えた。
「......よろしくお願いします。 ランちゃん先生。 僕の事はリーブちゃんと呼んでください......」
椅子に座り直した俺は力に屈してしまった。
授業が始まる前からこれでは先が思いやられる。
「そうそう♡ 折角これから毎日顔を合わせるんだもの、 仲良くなりましょ?♡ 」
一方的に仲を悪化させようとしてるのはそっちだと思うが......ん?
今なんて言った?
毎日?
「あら、 モードちゃんから聞いてないの? 今日から毎日午前中は私の特別授業♡ 午後はモードちゃんとの特訓かしらねぇ♡ 」
最悪だ。 地獄だ。
こんな事ならわがままなんて言わなきゃ良かった。
俺はただ『魔物博士』になりたいだけなのに......。
でもまぁ文句を言ってもしょうがない。
色々と教えて貰えるならそれに越したことはないんだ。
ここは素直にランちゃん先生に従おう。
そう、 素直に。
子供らしく、 そして礼儀正しく。
さらに誠意を見せよう。
でないといつか殺されそうだ。
「......それにしても。 モードちゃんはいつから教育熱心になったのかしらぁ。 こんな三歳の子供に教師だなんて......まぁその分の見返りも......ウフフ♡ 」
報酬の話を漏らすとランちゃん先生はヤラシイ笑顔を見せてくる。
この感じ、 金じゃないな。
そもそもウチは貧乏、 相手は金持ち。
逆にこっちが貰いたいぐらいだ。
だとすると見返りと言うのは.......。
ーーっ!!
考えるのはやめよう。
父としても、 おっさんとしても、 モードのそんな姿は想像したくない。
それよりもここは誠意の見せ所だ。
あの父親は肝心な事をいつも話さない。
きっとランちゃん先生に対してもそうなんだろう。
ならばここは子供がケツを持とう。
自分の誠実さとダメな父のフォローを同時にやってのける俺はなんと優秀な事か。
「それは僕が『転生者』だからだと思います。 中身は三歳児じゃなくて大人なので」
「......はい? 」
空気が変わった。
俺の言葉にランちゃん先生が固まる。
勿論、 真面目な方向にだ。
あれ? 言ってはまずかったか?
......そう言えば『転生者』は世界の命運を握る人物だった。
そしてそもそも俺は『転生者』なのかすら怪しい。
重要な話を不確定要素込みで話すのは判断を間違えたか......。
「......詳しく話して」
しかしもう今更取り消す事は出来ない。
ランラーク辺境伯のオカマ口調が消えた。
これは話すしかあるまい。
俺は、
自分が違う世界からの生まれ変わりで前世の記憶が曖昧な事、
その記憶から『魔物博士』になると目標を持った事、
それを聞いた上でモードが特訓をするようになり、 知識を得る為にここに送りこまれた事、
等を掻い摘んで語った。
◇◆◇
「......なるほどぉ。 そういう事ねぇ」
全てを話終わるとランラーク辺境伯はそう漏らした。
俺の話に慣れたのか受け入れたのか、 表情も口調もオカマのものに戻っている。
「それでモードちゃんは......」
そして何やらブツブツ言っている。
やはり話したのはまずかったのだろうか。
「うん、 よし! 決めたわぁ♡ 」
俺が不安そうに見つめていると、 彼は意を決したように明るい笑顔を見せてきた。
何がどうなったのか知らないが、 己の中で納得したんだろうか。
「まぁでも色々話すその前に一つだけ助言させてねん♡ 」
助言?
何に対しての事だろうか。
「これから先、 モードちゃんと私以外には『転生者』とか『生まれ変わり』だなんて絶対に言わない事! 」
あ、 やはりまずかったのか。
「なんでですか? 」
「単純な話、 悪用されるからよ」
『転生者』とは言わゆる希望の象徴だと言う。
だから『転生者』が現れたとなればその力や能力にあやかろう、 もしくは利用しようとするものがいるらしい。
現にその名を語り詐欺行為をする集団もいるそうだ。
そしてそれだけでは無い。
『転生者』が現れるタイミングは世界の変革期。
つまり必ず何かが起こるという事。
平和に暮らしている人達からすれば不安の種でしかない。
そこに詐欺師の行いも加われば胡散臭く、 本物だとしても疎まれる存在らしい。
「なんだ。 単純に嫌われ者なんだ」
「そう言わないの。 『転生者』を神の使いとして崇める人達もいるんだから」
嫌われてるのか好かれてるのかどっちなんだ。
まぁ何にせよ面倒事に巻き込まれるのはまちがいないようだ。
これは忠告通り黙っておくのが得策だろう。
それにしても......。
「お父さんはいつも肝心な事を教えてくれないんだから......」
思わず本音が漏れる。
ランちゃん先生の事は信用しているから敢えて言わなかったのかもしれないが、 下手すれば俺は転生者詐欺の片棒を担がれていたかもしれない。
親としてどうなんだそこら辺は。
「あらぁ。 モードちゃんに不満? 」
「そりゃそうですよ! あの親父ったらねぇ......! 」
そこから俺の愚痴タイムが始まる。
だって仕方ないだろう。 理不尽のオンパレードだ。
対した理由も分からず特訓させられる。
魔物の事は教えてくれない。
勉強は他人任せ。
不満が出ない訳がない。
それに対してこの辺境伯はいい人だ。
こんな俺の愚痴を黙って聞いてくれている。
あの父には不満しかないが、 この人を紹介してくれたのは褒めてやってもいい。
こうして俺は、 彼に吐き出す事の出来なかった愚痴を吐き出せた。
思えば見ず知らずの世界に勝手に飛ばされたんだ。
これぐらい言ったってバチは当たらないだろう。
「......なるほどねぇ」
その証拠にほら、 ランちゃん先生は俺の話に賛同的だ。
同調してくれてるに違いない。
ならば、 ならばだ。
父が何を教えるように彼に頼んだかは分からないが、 ここがチャンス。
そもそも俺は魔物の事が知れればいい。
この世界の事も知りたいがそれは二の次。
魔物の事を最優先で教えて貰えるように頼もう。
だから俺は。
「ランちゃん先生! 僕は魔物の事を知りたいです! 『魔物博士』になりたいんです! だから......魔物の事を最優先で教えてくれませんか! 」
素直に彼にそう頼んだ。
きっと話の分かるこの男なら理解して......。
「ダメね」
......は?
断られた? 何故だ?
俺を話を親身になって聞いてくれてたじゃないか。
「モードちゃんから頼まれたのは、
『ライブルに世界の常識を教えて欲しい。 魔物の事は教えるな』
って事。
最初は意味が分からなかったわ。
でも『転生者』だと聞いてモードちゃんの考えを理解して同意し、
リーブちゃんの愚痴を聞いてさらに決意したわ。
貴方にはまずこの世界の事を知ってもらう。
全てはそれからよ」
ランラーク辺境伯は真面目な顔でそう語る。
どうやら本気のようだ。
でも何故だ。
何故魔物の事は頑なに教えてくれないと言うのか。
「別に魔物の事だけを知りたい訳じゃないんです! この世界の知識だって勉強しますし、 修行だって受けます!
だからせめて、 ランちゃん先生の知ってる魔物の知識くらいは......」
「私も始めはそれぐらいはいいと思ったわ」
「ならどうして! 」
「......流石にモードちゃんから、 魔物が人の天敵だって事は聞いたわよね? それだけ魔物に近づくのは危険なの」
それは聞いた。
聞いた上でお願いしている。
そもそもだ。
別に俺は魔物と対峙したい訳でも直接会いたい訳でもない。
怪獣だってそうだ。
存在しない相手に会えるはずがない。
だから知識でそれを埋めたいのだ。
知識から妄想を膨らまし、 それがどういう生物か考察したい。
それだけなのだ。
それが俺のなりたい『怪獣博士』......『魔物博士』なのだ。
......そうだ! 知識を埋めたいなら別に誰に教わらななくてもいいじゃないか!
さっき部屋に入った時に気がついた。
ここには本がある。
この世界にも本が存在しているのだ。
勿論文字は読めないが覚えればいい。
ならば俺が次にとる手は一つだ。
「図鑑! 図鑑はないんですか! 教えて貰えないなら僕が自分で調べれば......」
「そんなものは存在しないわ」
「......え? 」
俺の提案はあっさりと否定されてしまった。
もう一度聞き返す。
ここにないならお金を貯めて自分で買うと。
しかしそういう事ではなかった。
この世界に、
魔物の事を纏めた図鑑というものが存在しないのだ。
植物図鑑はあるらしい、
動物図鑑もあるらしい、
なんなら武器や防具の図鑑もあるという。
しかし魔物図鑑は存在しない。
何故だ。
魔物は人間にとって倒すべき相手なんだろう?
なら何故存在しないんだ。
「それだけ嫌悪されてるのよ、 魔物はね」
ランラーク辺境伯はそう語る。
魔物は人間の天敵だ。
奴らに家族を、 仲間を、 仕える人を殺された者は多いそうだ。
だから魔物を知ろうとする者など、 理解しようとする者など誰もいない。
倒した方は研究される。
しかしそれを文献に残そうなど考える酔狂な人間は存在しない。
彼はそう教えてくれた。
そんな馬鹿な。
いくら脅威の相手だからってそれを知ろうとしないなんて。
『知る』という事は、 同時に対策を得るという事だ。
そうすれば天敵相手に有利に立ち回れる。
仕事だって人間関係だってそうじゃないか。
前の世界の人間は、 そうやって動物にも災害にも対応出来るように工夫した。
それを、 この世界の人間は否定してるというのか。
しかし......覚えはある。
いくらそれが必要だとしても嫌いな相手の事など知りたくはない。
関わらなければ済む話だからな。
前世の俺がそうだった。
と言っても、 俺は魔物側の立場だ。
仕事ばかりし、 金を稼ぐ事だけに熱中していた俺は他人との関わりを避けていた。
仕事上の付き合いは合っても友人はいなかった。
そしてそんな俺を、 周りは疎み遠ざけた。
薄ぼんやりした記憶の中にそんな事を思い出す。
そうか、 それだけ。
これは他人を受け入れようとしなかった俺への罰なのか。
それとも......。
「それだけ違うのよ。 リーブちゃんのいた世界とこの世界は」
俺の表情から何かを察したのか、 ランちゃん先生はそう教えてくれた。
文化の違い、 まさかここまでとは......。
「......昔ね、 一人のある人がいたの」
打ちひしがれる俺に、 ランちゃん先生はさらに語る。
◇◆◇
その人物は。
魔物に家族を殺された。
そして魔物を恨むようになった。
だから人間の為に魔物を根絶しようと戦った。
そしたら今度は、
人間であった『転生者』に利用され仲間を失った。
その人は全てを失くした。
だから自分以外の何かと関わるのをやめた。
しかしその人に、 新しい家族が出来た。
全てを捨てた筈のその人は、 今度はその家族の為に何かをしようとしている。
家族の為になる事をしようとしている。
その人物は、 家族の為に過去のしがらみを乗り越えようとしているのだ。
◇◆◇
このタイミングで何故こんな話を?
そうも思ったが、 まさか。
その人と言うのは......。
「ねぇリーブちゃん。 私は貴方の前の世界を知らない。
でもこの世界を知る一人として言わせてもらうとね?
リーブちゃんは、 この世界を甘く見過ぎているわ。
そして、 なんでも一人で出来ると思ってる」
現実を叩きつけられた俺の心に追撃が入る。
正にその通りだ。
俺は結局、 新しい世界に来て忘れた夢を取り戻そうとしても、
その夢を忘れさせた前世の自分のままでどうにかしようとしていた。
前世の自分を、 常識を貫こうとしていた。
それで新しい世界で何が得られると言うのだろう。
「だからね、 そんな貴方に私から与えられる助言は二つよ」
しかしそんな俺にもランちゃん先生は優しい。
その言葉を素直に聞こうと思えてくる。
「一つ。
魔物の事を知るのはいいけど、 まずはこの世界の事を知る事。 焦らず勉強しなさい。 じゃないとすぐに死ぬわよ? 」
至極当然の話だ。
この世界でこれから生きていく為には必要な事だ。
それに魔物の事を知るなら奴らに近づかなくてはいけないらしい。
その為に何が必要か、 何を覚えなければいけないか知る必要がある。
きっと武器や防具も必要だろう。
魔物に会う為に旅もしなければいけないかもしれない。
その為には地理を知らなくてはいけない。
他にも、 金の使い方稼ぎ方、 どんな人種がいるのか、 どう関わっていくべきなのか、 この世界の常識......俺はそれらを何も知らないのだ。
「そして二つめ。
貴方の一番身近な人ぐらい、 少しは信じてあげなさい」
「っ! 」
反論したい事はあった。
あんな暴力親父の何を信じればいいのかと。
しかし何も言い返せなかった。
あの話がもし、 モードの事を言っているのだとしたら。
俺は奴に恨まれるべき『転生者』で、
父が根絶やしにしたい『魔物』の事を学ぼうとしている。
それなのに、 あの男は......。
俺は自分の浅はかさを呪った。
何が中身は大人だ。
親を信じるという三歳児が出来る事もしていないじゃないか。
だがモードも悪い。
何も説明せず、 何も語らない。
中身が大人だと知っているのにそれだ。
この件は俺だけのせい、 では無い。
しかし、 しかしだ。
少しぐらいは信用してやろう。
そう、 思えた。
その日の授業はそこで終わった。
昼になりモードがやって来たからだ。
俺たちは辺境伯家で昼食をご馳走になり、
父と顔を合わせるのも気まずいまま屋敷を後にした。
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