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第2項 「怪獣好き、 鍛える」

 

 次の日。

 俺は何故かぶっ飛ばされていた。

 場所は自宅の庭。


「どうした! 避けも防ぎもしないんじゃあっという間に魔物に殺されるぞ! 」


 遠慮なく攻撃してくる人物の名は、

 モード・アンウェスタ。

 俺の父だ。


「ちょ、 ちょっと待ってよ! おとうさん!」


 庭に敷き詰められた芝生のような植物の上をゴロゴロと転がった俺に対し、 父が追撃してこようとしたので必死にそれを止める。

 彼はそれを聞いて振り上げた剣を止めた後。


「......集中しろ! 」


 構わず振り下ろしてきた。


 殺される。

 そう思いながら必死に攻撃を避ける。

 3歳児でも危機を感じれば動けるものだ。

 間一髪、 さっきまで俺のいた場所にモードの剣が叩きつけられ地面が少し割れた。 命中していたらどうなっていたか安易に想像出来る。

 殺される。 理不尽に殺される。


 俺はそこからモードを止める事も忘れ死ぬ気で逃げ回った。

『魔物博士』になると決めたのに死んでたまるか。


 ......そう。 俺は『魔物博士』になりたいとモードに言ったのだ。

 なのに何故こんな事になっているのだろう。

 この理不尽な殺人未遂は、 俺が動けなくなるまで続いた。


 ◇◆◇


「......はぁ、 はぁ」


 もう動けない。

 長い時間逃げ回ったと思ったが1時間も経っていないだろう。 日があまり傾いていない。

 子供の体力は無尽蔵だというのはどうやら嘘のようだ。 ......3歳児だから仕方ないか。


「だらしない奴め。 昨日あれだけ啖呵をきったクセに......その程度の覚悟だったのか? 」


 死ぬ覚悟で言ったつもりも、 勢いよく啖呵をきったつもりもない。

 そもそもそうだとしても何故理不尽に攻撃されなければならないのか。


「おとうさん、 なんでこんな事、 するの? 」


 息を切らしながら何とかそう問い掛ける。

 するとモードは自信満々に答えた。


「お前を鍛えると決めたからだ! 」


 話にならない。

 何故勝手にそう決められたのか。

 聞きたかったのはどうしてそう決めたかだ。 理由までしっかりと説明して欲しい。


「さぁ再開だ」


 そうこうしているうちにモードは剣を構え直した。

 おいおい本気か?


「ちょっとまって! どうしてそう思ったか教え......」

「うるさい!! 」


 どこまで理不尽なのか。

 今世ではとんでもない親を引き当ててしまったらしい。

 何にせよこのままでは本当に殺せる、 何とかしなければ。

 ......こうなれば、 使いたくなかったが最終手段だ。

 俺は大きく息を吸い込み、 そして叫んだ。


「わーん!! 話を聞いてよ! おとうさん!! 」


 なるべく可愛く、 甘えるように。 泣き叫ぶように。

 くっ。 今は3歳児とはいえ、 いい大人がこんな泣き喚くなんて恥ずかしくて仕方ない。

 だから使いたくなかったのに。

 しかしこれで通用しなければ俺は本当に死ぬ。

 いや、 通じる筈だ......何故なら。


「.......」


 この男、 子供のおねだりにはめっぽう弱いからだ。

 それを証明するようにモードの動きが止まる。

 よし! 成功だ! 睨んだ通りだった!

 そして彼はそのままポツリと呟いた。


「先に話を聞かなかったのはお前だろう」


 ......はい?

 何を言ってるんだこの男は。

 俺はさっきから話を聞こうとしている、 なのに一向に対話をしてくれなかったのはそっちじゃないか。

 少なくとも今世の記憶の中で父の話を聞かなかった時なんて......あ。

 昨日か、 昨日のあれか。

 俺が怪獣と魔物について聞いて語ったあれか。

 もしかしてその時の事を根に持ってるのか?

 もしかすると、 拗ねているのかコイツは?


 ちらりとモードの顔を見る。

 すると頬を膨らませるおじさんがそこにいた。


 拗ねてる。

 確実に拗ねてる。


 えぇ......これは俺が悪いのか?

 悪い、 よな。


「昨日は話を聞かなくてごめんなさい」


 俺は素直に謝った。

 外見は3歳児でも中身は大人だ。

 そして俺は聞き分けのいい大人だ。

 自分の都合で語りまくった俺が悪い。

 何かを話そうとしていたのに聞かなかった俺が悪い。

 俺は間違いを素直に認められる大人なのだ。


 ......しかしそれだけでここまで拗ねるおっさんがいるだろうか。

 もしかすると他の事で怒ってて盛大な勘違いの可能性も......。


「分かればよし! 」


 当たってた。 正解だった。

 コイツ俺よりも子供っぽい大人だぞ。

 俺は呆れたが......その屈託のない笑顔につられて笑ってしまった。

 ......やっぱり、 なんだかんだ親子という事なんだろう。


「......さて。 じゃあ話をしようか。 『転生者』よ」


 そう切り出したモードは、 その場に胡座をかいて座り二カリと笑う。

 しかしその雰囲気はさっきまでとまるで違う。

 襲いかかってきていた時の荒々しさとも、 拗ねてむくれていた時の気持ち悪さ......じゃなくてお茶目な感じとも違う。

 まるで別人のように、 彼から落ち着いた雰囲気が漂ってくる。

 それは。 俺に、 ライブルに日々向けられていたものとも違った。


 俺の今世の記憶......ライブルの部分が少し怖がっている。

 襲われた事も含め、 今までとは違う父の様子にビビってしまったんだろう。


「......む。 うーーん。 やり過ぎたか......」


 それに気づいたのか、 彼は頭を掻きむしって俯いてしまった。

 やはりモードは子供に甘い。 少し後悔しているようだ。


 彼は少し考えた後に立ち上がると、 倒れている俺を抱え上げ肩車をした。

 驚きと恥ずかしさはあったが抵抗出来る元気がない。

 だから素直にそれを受け入れる。


「その、 なんだ。 まずはだな......この世界に、 ようこそ」


 彼はそう言いながら自宅の庭の端まで歩き、 ()()()()()()()()()()で立ち止まった。


 そう、 ここは断崖絶壁の上。

 家は山の頂上にあるのだ。

 そこから、 ここら辺一帯の景色が見渡せた。


「......っーー! 」


 声にならない声が漏れる。

 表情が弛み、 口と目が大きく開くのが分かった。

 俺は、 目の前の景色に感動したのだ。


 何処までも広がる地平線。

 この世界も丸いのだと示すように空との境目は曲線を描いている。

 近くには大小の山の岩肌が立ち並び、 遠くには森や草原が見えた。

 高い建物もコンクリートジャングルもそこにはない。

 麓に少し大きな街があるくらいだ。

 見た事もない鳥が空を飛び、 知らない生き物が地を駆けている。 あの中には怪獣も......魔物もいるかもしれない。

 まるでそこはテレビでよく見た外国の自然豊かな景色。

 しかしそれとは似て非なる景色だった。

 それを見て俺は確信する。

 ここは俺が前世で暮らしていた世界とは違う。

 文字通り異世界に生まれ変わったのだと、 そう完全に理解出来た。

 一つの疑問が解消された瞬間だった。


 ......いや、 そんな事はどうでもいい。

 それは今世の俺、 ライブルにとっては見慣れた景色の筈だった。

 しかし前世の記憶を取り戻した俺にとっては、 新鮮で感動的なものだった。

 ここに、 沢山の怪獣......魔物が住んでいるのだと思うと胸が踊った。

 モードは、 これを見せたかったのか。

 彼なりに、 『転生者』である俺の事を歓迎してくれたのかもしれない。


「......おとうさん。 綺麗な景色だね」


 思わずそんな言葉が漏れた。

 そして。


「おとうさん。 ぼくの事、 『転生者』の事を教えて? 」


 そう、 素直に聞いていた。

 モードが昨日、 記憶を取り戻した俺に最初に話そうとした事だ。

 彼は何も言わなかったが、

 肯定するように、 俺を肩車したまま家の方へと歩きだす。

 俺は、 そんなモードの姿に、

 確かに父の存在を強く感じた。

 彼の優しく強いその肩と腕と頭に、 威厳のようなものを覚えたのだった。


「あだっ!」

「あ、 すまん」


 しかし彼が入口の天井に俺の頭をぶつけたので、

 その威厳はドジ親父に切り替わったのだった。


 ◇◆◇


 家に入ると、 汗を湯を沸かして流し着替えた。

 その後居間に戻ると、 モードにテーブルにつくように言われた。

 居間と言ってもこの家には寝室とトイレと風呂場以外にはこの部屋しかない。 キッチンと食事とその他諸々を過ごす生活スペースだ。

 促されたのはいつもの食卓を囲むテーブル。

 俺は自分用の椅子によじ登り腰掛けた。


 座るとモードは紅茶 (のようなもの)を木のコップに注いでくれた。

 それを一口飲み、 その温かさにほへぇと脱力する。

 味? 今世の記憶のせいで慣れてしまった為になんの疑問も抱かないが......別段美味しい訳では無い。 ミントガムのような味がする茶だった。


 モードはミント茶 (仮)を自分の分も用意して反対に腰掛ける。

 そしてそのままゆっくりと語り出した。


 彼は、

 自分には学がないから世界の全てを知ってる訳では無い、

 と前置きをした上でこう話す。


 転生者。

 それは他の世界からの生まれ変わり。

 何十年何百年に数人程度現れるらしい。

『転生者』が存在する時は決まって世界の何かしらの転機となり、 彼らは必ず何かしらの目的を持って生まれて来るのだと言う。


 そうか。 だからモードは俺の目的について聞いてきたのか。

 この世界の人にとって『転生者』は世界の命運を握る存在のようなものなんだろう。

 にわかには信じがたいが、 異世界でこちらの常識を当てはめてもしかたない。

 そして持っているであろう使命を知りたいのは当然の事だ。


 しかしそうなってくると、 俺が『転生者』であるかどうか疑問が出てくる。

 生まれ変わった事は事実だが、 世界の運命なんて背負いたくはない。

 そもそもそんな使命なんて持っていない。

『魔物博士』になりたいという夢だけだ。

 期待されても困るしこの世界の人にも悪い。

 だがそうなってくると、 俺がこの世界に生まれ変わった意味はなんだ。

 案外思い出していないだけで、 他の人間も輪廻転生のように人生を繰り返しているのか? だから俺も別に特別じゃあないとか。

 それとも本当に『転生者』で、 まだ使命に目覚めてないだけなのか。

 ......なんだかいきなり大きな疑問にぶつかってしまったな。

 もしかすると、 『魔物博士』になりたい等と言っている場合ではないのかもしれない。

 俺はいったいどうしたら......。


「まぁ、 俺は『転生者』だどうだなど、 どちらでもいいんだがな」


 モードはミント茶を啜りながらぶっきらぼうにそう口にする。

 じゃあなんであれだけ気にしていたのか、 とも思ったが正直少し気が楽になった。

 きっと俺が思い悩む表情でも見せてしまったんだろう。 父の気遣いといつやつか。

 子供というのは親の言葉に左右される事が大きい。 どうやらこのライブルもそうらしい。

 思えば俺も生前......なんだったか。


 親に影響を受けたような気もすれば、 そうじゃない気もする。

 まぁ死んで別人に生まれ変わったから当たり前なのかもしれないが。

 かと言って、 記憶を取り戻したことによりライブルと乖離してる部分もある。 まるで赤の他人を操ってその人生の役割を演じてるような気分だ。

 やった事はないが、 RPGをプレイするとはこういう感覚なのだろうか。


「お前は、 『魔物博士』になりたいんだろ? 」


 おっと。 思わず考え込んでしまった。

 そう声を掛けてくるモードはいつになく心配そうだ。

 彼の心遣いを無駄には出来ない。


「うん」

「それは使命だからか? それともお前の夢......前世からやり遂げたかった事なのか? 」

「......分からない。 まだ自分が『転生者』なのかも。 でもかいじゅ......魔物のことは知りたい! 」


 だから質問には素直に答えた。

 分からないの本当だし、 魔物の知識が欲しいのもそうだ。

 それだけはハッキリしていた。


「......まぁ俺はどっちでもいいんだがな」


 だからどっちなんだ。

 そして何故微妙にニヤけているんだ。

 素直じゃないのかなんなのか。


 彼はそのニヤけ面のまま頭を撫でてきた。

 悪い気はしない。

 これが父親の包容力というものなんだろうか。

 どうにも前世の記憶が曖昧だ。

 父にそんな事をされたような、 されなかったような。

 しかし何故だろう。

 モードを見ていると母親の方を思い出す。

 どちらにしろ記憶は朧気だが。


「お前のしたい事なら、 息子のしたい事なら協力してやる」


 そんな俺には、 モードのその言葉が頼もしく感じられた。


「魔物の事を知りたければ、 まずはこの世界の事を知れ。 世界を自分の目で見て知れ」


 彼は真っ直ぐ俺の目を見て言ってくる。

 不思議とそこから視線を逸らす事が出来ない。

 言葉の意味を理解出来てない筈なのに、 妙に納得させられる。


 魔物を知るには世界を知る、 か。

 そうだ。 俺はまずはこの世界の事を知るべきなんだ。

 魔物はこの世界の一部、 そういう事なんだろう。


「世界を周り、 魔物と渡り合えるようにお前を鍛えてやる。 明日からはまた厳しくするぞ。 今日はもう寝ておけ」


 俺はその言葉をいつの間にか受け入れていた。

 この父が言うならそうなんだろう。

 そう思えていた。

 言葉の意味は分からない。

 結局肝心な事は教えて貰ってない。

 だけどそれでも納得させてくる説得力が、 彼の言葉から伝わってきたのだ。


 ......が。


「あ」


 コップを片付けようとしたモードがそれを落とす。

 木のコップなのに綺麗に割れた。

 そうだ、 この人はドジだった。

 その瞬間目が覚めたように、 モードから威厳も説得力も感じなくなる。


 コイツ、 何かしら理由をつけて俺を鍛えたいだけなんじゃないか?


 そうモヤモヤしながら、 その日は眠りについた。


 こうして言いくるめられたような押し切られたような形で。

 俺の修行の日々が始まったのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 怪獣と異世界転生を織り交ぜた、斬新な設定。 [一言] はじめまして。ツイッターから来ました。 怪獣や戦闘の描写が丁寧で良いと思いました。 主人公の心的描写もよく書かれていて、主人公がとても…
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