第31項 「怪獣好き、 奇声を上げる」
手の中で蠢くナメクジ。
それを見つめる三人。
異様な光景だ。
けど感慨深いものがある。
俺は発見したのだ。
アンデッドの正体を。
「ねぇ、 これって凄い事なんじゃない? 」
レナが伺うように聞いてくる。
俺は頷きつつも、 ラッキーに確認をした。
少なくともラッキーは知らなかった事実だという。
それを聞いて思わず頬が綻ぶ。
気持ちが上がってくる。
もしかするとこれは世紀の発見かもしれない。
そんな思いが頭を過ぎった。
「これで、 勝負は俺の勝ちだろ? 」
調子に乗ってそんな事を聞いてしまう。
でもいいだろこんな時ぐらい。
正直勝負どうこうはどうでもいいのだが、
誰かに確認してこの発見を再認識したいのだ。
「......はいはい。 流石にこれは負けを認めるしかないね」
そんな浮かれ気味の俺を見てラッキーが苦笑する。
だが、 確かにそう認めてくれた。
「っよし! 」
思わずそんな声が洩れた。
ガッツポーズまでしている。
どうやら自分で思っていたより嬉しいらしい。
レナもおめでとうと声を掛けてくれた。
いつぶりだろうか、 自分の事でこんなにも嬉しいのは。
いつも失敗ばかりだったからな。
たまにはこういうのも悪くない。
というか、 毎回こう上手くいって欲しいものだ。
「で、 君の勝ちでいいんだけどさ」
そんな事を考えているとラッキーが声を掛けてくる。
相変わらず苦笑しながら。
何か言いたげだ。
変な勝負を持ち掛けて悪かったとかそういう話かもしれない。
気にしなくていいのに。
俺としては色んな事を気付かされて......。
「コイツらどうにかしてくれない? 」
......思い出した。
今はアンデッドの群れに囲まれてるんだった。
ラッキーは呆れていたのだ。
恥ずかしい。
◇◆◇
状況を整理しよう。
まず目の前のアンデッドたちだが、 再び二人に対処に当たって貰っている。
俺が少し考えを纏める為だ。
三人で固まり、 二人に向かってくる敵を押し返して貰っている。
申し訳ない気持ちが、 二人が俺の意見を聞きたいと率先してそうしてくれているのだ。
ならば仕方ない。
俺は予想も含めた話を二人に語った。
アンデッド。
その正体はナメクジだった。
この世界にナメクジがいるのかは分からないし、 そもそもナメクジじゃないかもしれない。
だからこの軟体動物を『不死虫』と仮称する事にした。
ゾンビや骨人間はこの不死虫の集合体だった。
つまりは擬態だ。
スライムの擬態とは少し違うし、 変身とも合体とも違う。
多くの個体が寄せ集まり、 自分たちよりも強い存在に見せていたのだ。
集団擬態とでも言うのだろうか。
何故その姿がゾンビや骨人間だったのか。
そもそも何故擬態する必要があるのか。
詳細は不明だが、 何かしら意味がある筈だ。
まぁそれは置いておこう。
今重要なのはそこじゃない。
正体が判明した事でさらに分かった事があるからだ。
まず不死身の理由だ。
それは怨霊が死体に取り憑いたからじゃない。
切られても再生し倒れなかったのは、 不死虫にとってそれが致命傷じゃなかったからだ。
切っても不死虫がバラバラに離れただけ、 各個体を倒した訳じゃなかったのだ。
そりゃくっつければ再生する訳だ。
そして塩が効く理由もこれで分かった。
本当にナメクジなのかどうかは置いといて、
塩はナメクジにとって最悪の武器になる。
水分を奪われて死んでしまったんだろう。
別に霊を塩で清めるとかそういう話ではなかったのだ。
まぁそんな感覚は元日本人の俺だけの話しだろうが。
俺はそこまでを一気に語った。
恐らくこれまでになかったくらいテンション高く。
しかし聞きたいと言ったのは二人だ。
きっと興味津々に聞いて......。
「......」
「......」
二人は無言だった。
いや正確には攻撃したり避けたりで声は洩らしてるんだが。
そりゃそうだ、 今は戦闘中だもんな。
それどころじゃない。
まぁラッキーは避けてるだけだが。
しかしそれだけじゃない。
「まだ語るのか?」 という感じの呆れた表情をしている。
そして次の言葉を待っている。
「それでこの後どうすればいい? 」と言いたげに。
ですよね。
今はアンデッドや不死虫の生態なんかどうでもいいですよね。
知りたいのはその対処法ですよね。
分かってる、 分かっているさ。
でも仕方ないだろ語りたくなったんだから。
これはもう病気の域だろうな。
でも安心して欲しい。
ちゃんと対処法は......。
「結局何もないのかい? それなら塩をばら蒔いて......」
「っ!? やめろ!! 」
ラッキーが痺れを切らして塩を使おうとしたのでそれを止める。
せっかちな奴だ、 少し待って欲しい。
塩を使う事は不死虫たちを殺すという事だ。
自分ルールの話になるが、 まだコイツは人間を殺していない。
以前は知らないが、 少なくとも俺の前では。
だったらコイツらを殺す道理がない。
特に前回は殺してしまったんだ、 これ以上無意味に殺す訳にはいかないのだ。
「だったらどうするのさ? 早くしてくれないかな」
ラッキーも流石に疲れたのか少し不機嫌だ。
言葉にトゲがある。
いやお前は避けてるだけだろとか思ってはいけないのだろう。
とにかく早急な対応を求められてる。
ならば行動で示すか。
俺は返事をするよりも早くその場の地面を掘った。
土の原初魔術を使ってその場を少しくり抜いたのである。
地面に穴が空いた。
そして、
「見てくれ! 」
二人にその穴を覗かせたのである。
「え? これって......」
「うわっ! 気持ち悪ぅ! あ、 でもこうなってるって事は......」
反応はそれぞれだったがどうやら理解してれたらしい。
そう、 ここは。
「ここは不死虫の巣だったんだ! 」
穴の中には大量に蠢く不死虫。
それが地面の下に広がっている。
恐らく、 ここら辺一帯だ。
俺が手に持っていた不死虫も、 馬車の近くを掘って見つけたものだ。
「......でもだからなんだって言うのさ? 」
ラッキーは当然の疑問をぶつけてくる。
そりゃそうだ。
ここが巣と分かったからと言って、 この後の対応には繋がらない。
しかしそれを説明する為にはもう少し情報を共有したい。
「ここにアンデッドが居るってなんで知ってたんだ? 」
「え? なんでそんな事......」
「いいから」
「......冒険者の間では有名だからね。 夜にこの辺りを通るとアンデッドに出くわすって」
「他の場所には出ないのか?」
「出ない」
「リトナ村への被害は? 」
「ない。 アンデッドはここから動かないんだ」
なるほど。
おかげで知りたい事は知れた。
これで答えが出せる。
「二人とも聞いてくれ」
その声に、
レナは戦いながら、
ラッキーは避けながら耳を傾ける。
俺はそんな二人に命令を飛ばした。
「ここから逃げるぞ! 」
「「え? 」」
二人の声が重なる。
だから俺は分かりやすいように付け加えた。
「ここは不死虫の巣だ! 俺たちはヤツらの縄張りに入ってしまったから襲われてるんだ! だからここから離れれば襲って来ない!! 」
今度は二人で顔を見合わせている。
まだ分からないか。
俺はその理由を掻い摘んで説明した。
ヒントはさっきのラッキーからの情報だ。
アンデッドはここを通った時しか現れず、
他のエリアには出没しない。
そしてゴブリンのようにリトナ村を襲う訳でもない。
ならばの答えは一つ。
アンデッドはこの場から離れないんだ。
ここに巣がある為に。
恐らくヤツらはそれを守る為に人間を襲うんだ。
もしくはアリジゴクや蜘蛛のように罠を張っているのかもしれない。
あるいは人間を殺すという魔物の本能の為か。
どちらにしろヤツらのテリトリーに入ったから襲われたのだ。
だったらそこから出ればいい。
アンデッドはこのテリトリーからは出るような行動は取っていないようだ。
なら逃げても追ってこない可能性が高い。
だからここな逃げる。
その一択だ。
後は二人が納得してくれるかだが......。
「殺さなくていいの? 」
話を聞いた上でレナは当然のように聞いてくる。
これは仕方ない反応だろう。
俺たちはアンデッドを確実に殺す方法を知っている。
それなのに何故逃げるのかと疑問なんだ。
これに対しては少し話をしてなんとか説得出来た。
レナは付き合いが長いし話をつけやすい。
しかしラッキーはどうだろうか。
ふと、
彼の方を見るとこっちを見てはいなかった。
何か別のものに意識が向いている。
思考に集中していた俺が言える事じゃないが、
もう少し集中して欲しいものだ。
俺は再度逃げていいか確認した。
勝負はもう着いているのだ。
俺の目的も一先ず達成出来たしここに残る意味もない。
だからラッキーも承諾してくれるといいのだが。
「......勿論、 僕は構わないよ」
彼はこちらを向かないままそう答えた。
受け入れてくれたのは有難いが、 顔を見せないのは何故だろうか。
しかしその原因は直ぐに判明する。
「僕も流石にあれを相手にしたくないからね」
ラッキーの視線の先。
そこにソレはいた。
ゾンビだ。
正しくそれはゾンビだった。
不死虫が集まった姿だ。
それは昨日今日とで見飽きる程見ている。
だけどその時、
ソレに気づいた俺とレナは、
ソイツから目が離せなかった。
そのゾンビは、 巨大化していたのである。
圧巻。
正に圧巻だった。
その巨体に比べれば俺たち三人はちっぽけだ。
20m近くはあるだろうか。
俺たちはその姿に気圧され動けなくなってしまっていた。
見れば、
その巨大ゾンビへと、
他のゾンビや骨人間が、
不死虫たちが、
集まり更に大きくなっているではないか。
そうか、 遅かったのか。
俺たちはここに居過ぎたのだ。
スズメバチは、
巣に近づく者に対し、
カチカチと音を立てて警告すると言う。
それ以上巣に近づけば攻撃すると。
先程迄のアンデッドの群れは正にそれだったのだ。
警告してきていたのだ。
これ以上ここに留まれば本気を出すと。
それでも俺たちは引かなかった。
だからこういう事になってしまったのだ。
なるほど、 なるほど。
アンデッドを相手にする場合、
さっさと塩で倒すか、
もしくはさっさと逃げるしかないという訳か。
勉強になった。
しかし、 しかしだ。
これが不死虫の生態か。
実に素晴らしい。
合理的な行動だ。
やはり魔物はいい。
けど何故この世界の魔物は大きくなるのか。
戦隊モノの怪人か。
いやそんな事はどうでもいい。
巨大になられると困る。
非常に困る。
発作が出てしまう。
いや既に出てきている。
こんな風に大きいと、
重ねてしまうではないか。
似ている怪獣と......!
その瞬間、
俺の前世の記憶の『怪獣図鑑』がスパークした。
不死身怪獣 フランケンフルト
全長:20m
体重:200t
化学の力で生み出されてしまった悲しき怪獣だ。
某国が戦争に勝つ為に開発した人工心臓が放射能の影響を受け生物化、 巨大化したものである。
実は心優しい怪獣で人間を他の怪獣から守ろうとするが、 中途半端な進化のせいでゾンビ化してしまう。
その為怪獣と人間双方から攻撃の対象となるも、 人間を守りその命を落とす。
ちなみにかの有名な『怪獣王カジラ』を生み出した映画会社が日米合作で作り上げた映画に登場する怪獣である。
「うわぁああああっ!!!! 〇×△□あぎょばらぶぎょぶばぁああああっ!! 」
「「!!?? 」」
思わず奇声を上げてしまった。
そのせいで固まっていた二人が驚いてこちらを見ている。
不審者を見る目で。
仕方がないだろう。
だってフランケンフルトだ。
あの怪獣シリーズの怪獣だ。
俺は怪獣と名のつくものはなんでも好きだ。
あの会社のもその会社のも『ハイパーマン』のも好きだ
でもコイツは特別なんだ。
あのT社の怪獣だぞ?
しかも怪獣が総出演するお祭り映画ですら出てこないレア怪獣だぞ?
テンションが上がらない訳がない。
だってその理由は大人の事情で......。
「リーブ!! 」
「ぐぼぁっ!? 」
気づけば俺はレナに吹き飛ばされていた。
槍尻尾の柄の部分で。
死んだかと思った。
でも本当にそう思ったのはその後だ。
レナと俺との間に、 フランケンフルトの巨大な拳が振り下ろされた。
彼女は攻撃を察知し助けてくれたのだ。
「何ボーッとしてるの! 」
怒られた。
当然か。
寧ろ感謝しなくちゃいけないだろう。
「でもおかげで助かったよ。 先にこうなる事を察知して叫んだんだろ? 」
ラッキーが尻餅をついた俺を起き上がらせながらそんな事を言う。
違うんです、 完全に喜びの奇声です。
「それで! どうするの!! 」
レナが余裕なさげに叫んでいる。
この中で状況に追いついていないのは俺だけだろう。
どうする?
このフランケンフルト相手にどうするかという事だよな?
そんなの決まってる。
「ハグレぇぇええええ!! 」
逃げるに決まってる。
最初からその一択だ。
俺の呼び声で離れたところにいたハグレが駆けつけてくれた。
馬車ごと。
三人でそれに乗って緊急離脱する。
俺たちは、 その場で暴れ回るフランケンフルトが小さくなっていくのを見つめていた。
ヤツは追いかけて来なかった。
とりあえず一つの仮説は立証されたのだった。
◇◆◇
朝になった。
俺たちは宿に戻って早々倒れるように寝た。
他の二人はそうだったかは分からないが、 少なくとも俺はそうだった。
疲れた。
一番何もしていないくせに申し訳ない気持ちになる。
でも身体は重かったし頭もぼーっとする。
昨夜の件があまりに衝撃的だったからかもしれない。
流石に思い返しても怪獣大好きテンションにはならなかった。
とりあえず冷静にはなったようだ。
部屋を出ると、 他の二人もほぼ同時に出てきた。
顔を見合わせ苦笑する。
タイミングが同じだった事よりも、
「あれはヤバかったね」と言った感じの雰囲気だ。
なんか気まずい。
「さて。 じゃあ僕の秘密を一つ話そうか! 」
そのままの流れで朝食を食べに行くと、 ラッキーが唐突にそんな事を言い出した。
なんのこっちゃと固まっていると、
「勝負したでしょ」とレナに脇を小突かれた。
そう言えばそうだった。
しかしあんな結末で俺の勝ちでいいのだろうか。
まぁ確かに勝利条件は満たしていたし、
吹っかけてきた本人がそれでいいというのだから良いのだろう。
「それじゃあ発表するよ! 」
食事が届いたのも受け取りつつ、 耳を傾ける。
正直あんまりどうでも良いのだが。
何故かレナは興味津々のようだが。
「実はね! 僕はチェル......レイチェルさんの依頼で君たちを迎えに来たのさ! 」
「......」
「......ええぇぇぇぇええええっ!!?? 」
唐突な話だった。
レナなんかびっくりして立ち上がり叫んでいる。
すぐに他の客の視線に気づき座ったが。
顔が真っ赤だ。
しかし対する俺は冷静だった。
驚きはしたが声を出す程じゃない。
予想は出来た事だ。
そもそも俺たちの旅に同行する理由が弱かった。
確かに彼は俺たちに刺激を求めていただろうが、 にしたって飛躍し過ぎていた。
あれは本来の理由に加え、 面白そだからというのが加わった結果だろう。
ラッキーとレイチェルさんがどういう関係かは知らないが、
コイツが素直に他人の言う事を聞くようには見えない。
恐らく、 俺たちが彼の欲求の満たせるような存在じゃなかったら、
会えなかったとでも言うつもりだったんだろう。
うん、 ラッキーっぽい。
その後詳細を聞くと正にその通りだった。
分かりやすい奴だ。
しかしゴブリンの洞窟で俺たちに会えたのは本当に偶然だと言う。
これが『幸運』の為せる技か。
そのお陰で彼が俺たちに興味を持てたのだから良いのだが。
しかし何故迎えなど寄越したんだろう。
手紙にはそんな事書かれてないようだったが。
理由は単純だった。
王都アータムリアには住民の紹介でしか入れないらしい。
先生からもらった通行証ではダメなのだ。
これには首を傾げた。
そんなもの手紙と一緒に送ってくればいいのに。
というか先生はそれを知っているんだろうか。
連絡の行き違いか、
それとも何か他に理由があるのか。
ラッキーはそれについて知らない様子だったので深く追求はしなかった。
「それじゃあお互いの手腕も分かった事だし、 早速王都に向かおうか! 」
ラッキーはドヤ顔だ。
結局コイツの掌の上で転がされていた訳か。
腹は立つが納得だ。
最初から俺たちの実力を確かめ連れて行くつもりなら、 これまでの行動も理解出来る。
その上で正体を明かしてもいいと思ったんだろう。
俺から吹っかける事も多かったとは思うが、 そこら辺は彼の『幸運』の導きによるものなのかもしれない。
しかし出発か。
この話振りだとこのまま村を立つ流れだろう。
確かにモォトフを出て今日で四日目だ。
手紙は一ヶ月で届くらしいが、 旅になるとどのくらいで着くのが普通か分からない。
もしかしたらもう押しているかもしれない。
ならば今すぐにでも出発するべきだろう。
しかし、 どうにも心残りがある。
それをそのまま残しておいていいのだろうか。
......いや、 これは俺の旅だ。
レナには悪いが俺のペースで進めていい筈だ。
ならば提案ぐらいしてもいいだろう。
「もう少し留まって、 アンデッドを観察したい」
そう言うと二人は目を丸くしていた。
レナに関しては「また悪い病気が出た」と言わんばかりに呆れている。
「理由を聞いていいかい? 」
「......このままアンデッドを放置すれば、 また誰かが襲われるかもしれない」
ラッキーの質問にそう答えたが、 そんなのは建前だ。
勿論それも正当な理由だ。
アンデッドの真実は俺たちしか知らない。
このままでは同じ事が繰り返されるだろう。
それはどうにかするべきなのだ。
当然反論は出た。
「放っておいても今までなんとかなってきた」、
「塩を使えば簡単に倒せるのは変わらない」、
「あんな巨大なのそれ以外では倒せない」、
そんな意見が出た。
俺はそれに対し、
「そうじゃない」と答える。
そう、 そうじゃないのだ。
所詮は俺のわがままなのだ。
俺はアンデッドを魔物図鑑に載せたい。
俺の、 俺らしい魔物図鑑に。
それには倒し方どうこうは二の次だ。
ヤツらの、 生態がもっと知りたいのだ。
まだ分からない事が山ほどある。
それを知りたい。
それにこのままじゃアンデッドは狩られっぱなしだ。
こっちから出向きでもしない限り無害なヤツらが可哀想じゃないか。
今回は、 スライムやゴブリンの時とは違うのだ。
人間の都合で一方的に殺して良いものじゃない。
それもどうにかしたい。
何度も言うがこれは俺のわがままだ。
しかしこれをしなきゃ俺が魔物図鑑を作る意味がない。
怪獣が好きで、
魔物が好きな俺が、
この世界の人間とは違う視点で出来る事なんだから。
俺はこの気持ちを素直に話した。
誤魔化しても良かったが今更な話だし、
これから旅を続けていく上で結局バレる。
だから話した。
レナは完全に引いていた。
でも「もうこうなったリーブは止められない」と受け入れてくれた。
持つべきものは理解のある友人だ。
ラッキーには拒否されると思ったが、
「団長が決めた事なら」とアッサリ許可を出してくれたが、
その顔は明らかに怖いもの見たさでワクワクしていた。
コイツの場合、 誰かに頼まれた事よりも刺激優先なんだろう。
俺も結構めんどくさい病気を持っていると思うが、 彼も筋金入りだ。
こうしてアンデッドの調査が始まった。
◇◆◇
その後結局十日滞在し調査に当たった。
モォトフを出てから合計で二週間だ。
一ヶ月の半分は使ってしまった。
宿は相変わらず無料で部屋と食事を提供してくれるが、
そろそろ店主の視線が痛くなってきた。
出発する時はいくらかは宿代を払ったほうがいいかもしれない。
しかしそんな状態になるほどの見返りはあった。
新しい発見があり、 何をすべきか分かった。
調査を振り返るとこうだ。
最初の三日間はひたすらアンデッドを観察した。
それによって多くの事実が判明する。
まずはアンデッドの行動時間だ。
当たり前の話だが夜行性だった。
昼間に同じ所に行っても襲われる事がなかったのである。
ヤツらは地面の下で、 バラバラの不死虫の状態で眠っていた。
夜になっても基本地面からは出て来ない。
そこに人間が近づくと、 ゾンビやアンデッドの合体して這い出てくる。
人間以外には反応しない。
一度ハグレだけで巣の上を通ったが襲われなかった。
馬車にも無反応だ。
しかし中に俺たちが乗っていると反応した。
『人間を排除する』と言う大昔の命令のせいなのだろうか。
つまりここから、
「夜に人間が巣に近づかなければ安全」という事が証明されたのだ。
次に分かったのは餌だ。
ヤツらの餌はやはり人間だった。
と言っても正確には違う。
その場に埋まっていた、 ビヨルフに殺されたであろう者たちの死体を喰らっていたのだ。
死体と言ってももう1000年も前のものだ、
肉は無いし骨だって原型を留めてはいない。
しかし不死虫はそれを食べていた。
本当に少しづつ、 1000年かけて食べていたのだ。
そして食べたものを分解し、 排泄物として土に還していた。
つまり不死虫は、 死体を分解し土に栄養を与えていたのである。
もしかするとここに畑を作ればいい栄養になるのかもしれない。
だが餌はそれだけとは限らない。
試しに宿で出た食事を与えてみた。
すると不死虫は肉や骨を食べていた。
つまりは肉食。
人間が襲われるのはこのせいもあるのだろう。
けど逆に言えば、 食事は肉や骨ならなんでもいいのだ。
そしてもう一つ分かった事があった。
それは不死虫は食べた物に、 合体して擬態するのだ。
肉や骨を与えた所、 ゾンビや骨人間の中に、
豚や鶏が混じっていたのである。
滑稽な光景だったが、 これも大発見だ。
つまり餌に関して分かった事は、
「食べた物に擬態し、 それは人間でなくても構わない」、
という事である。
これらを、 俺たちは三日間掛けて調べ上げた。
本当は生き物調査などもっと長期間で行うものだろう。
しかしいくら何でもそれ以上時間は掛けられなかったし、
俺の知りたい事、 そしてやりたい事を成す為には十分な情報だった。
後は考え実行するのみ、 そういう段階に至った。
◇◆◇
四日目。
この日は話し合いに当てた。
しかし直ぐに纏まった。
正直、 この時点で魔物図鑑に載せられるだけの情報は手に入れていた。
それでも留まり、 話し合いをしたのはやりたい事があったからだ。
それは、 「アンデッドと人間が関わらないようにする方法」を考える事だ。
アンデッドは俺の知る今までの魔物とは違う。
こちらから出向かない限り襲っては来ない。
ならば双方が関わらないようにすればいいのだ。
その一つの手段として、 物理的に距離を開ける事が話し合いの中で提案された。
その方法が、 不死虫の巣の引越しである。
勿論スライムのように、
繁殖期になり餌が足りなくなれば人里を襲う可能性もある。
だからこそ距離を離す必要があったのだ。
当然離れただけでは意味がない。
そこが餌場として役に立たないなら安住もしないだろう。
無論人里近くも論外だ。
なのでこの時話し合った議題は二つ。
どうやって引っ越すかと、
何処に引っ越すかだ。
これを三人で頭を突き合わせて考えた。
「どうやって」、 に関してはレナの案が通り直ぐに決まった。
と言ってもそれは方法と呼ぶにはあまりにも単純なものだった。
提案はこうだ。
不死虫が寝ている昼間の隙に、
俺が魔術を使い土を掘り、
それを馬車に乗せて運ぶ。
安直だ。
というかそれしか方法がない。
他には思いつかなかった。
なのでこの方法が通った。
やり方も大した事はない。
土の原初魔術でその場を掘り、
基本魔術で不死虫入りの土を馬車に乗せればいい。
原初魔術だけでは掘る事は出来ても移動する事は出来ない。
だから「人の力」を加えた基本魔術で馬車に乗せる。
この二つのサイクルを繰り返せばいい。
魔術を使う俺と、 馬車を引くハグレに負担が掛かる方法だが、
これは俺のわがままだから俺が頑張るのは当たり前だ。
申し訳ないがハグレには付き合ってもらおう。
こうして運搬方法は決まった。
後は場所だ。
これは少し決まるのに時間が掛かった。
けどラッキーの提案で一気に解決した。
人里から遠く、
餌場になり得て、
人間が通る事の少ない場所。
それを提示してくれたのだ。
正直、 俺はこれにはあまり乗り気ではなかった。
その場所を知っていたからだ。
しかし他にいい案も出て来ない。
そしてこれだけ条件を満たしてる場所は他には無いだろう。
だから俺はその提案を受け入れた。
その場所がせめて有効に活用出来るのだと自分に言い聞かせて。
こうして話し合いは終わった。
時間にして数時間。
朝食時から初めてお昼前には終わったのである。
不死虫の巣の引越しは明日からという事になった。
明日からは忙しくなる、 主に俺とハグレが。
なのでその日は身体を休め明日からに備える事となった。
その日のうちに、 俺は覚悟を決めた。
◇◆◇
五日目。
俺たちはある場所に立っていた。
岩場にある洞穴。
ゴブリンの巣だった場所だ。
俺たちは、 ここを不死虫の引越し場所に決めたのだ。
ここなら条件は満たされている。
第一に人間が寄り付かない。
第二に、 ここには餌になる死体がある。
ゴブリンと、 食われた人間の。
これはラッキーの提案だ。
彼はどうせなら利用しようとこの場所を候補に上げだのだ。
正直乗り気ではなかった。
ラッキーの言う、 ゴブリンの死を利用するというのはどうにも気が引けた。
けど考えた。
これも自然のサイクルのうちの一つなのかもしれないと。
そもそも不死虫は死体を食べて生きている魔物だ。
その不死虫がゴブリンの死体を食べたって環境を掻き回す事にはならないだろう。
それに、 毒ガスが充満しているこの洞窟内では、
どんな生き物もヤツらの死体を食べる事が出来ない。
土に還れないのだ。
それを俺たちが手を加えるだけで成す事が出来る。
毒ガスの発生源を防ぎ、 不死虫をここへ運べばいい。
それだけで自然のサイクルを回せる。
こんなのは人間のエゴなのだろう。
しかしゴブリンたちを全滅させてしまったのは俺たちのせいだ。
だからこれはせめてもの償いなのである。
これが正しいかは分からない。
でもそれで全て丸く収まる。
少なくとも、
不死虫と、
人間と、
俺の気持ちが。
そう自分に言い聞かせ、 俺は昨日覚悟を決めたのである。
こうして作業が始まった。
はじめにラッキーに先行してもらい、 毒ガスの発生源を見つけて貰う。
このガスは下に溜まる為人間の身長なら影響はないし、
彼の『幸運』があれば万が一の事もないだろう。
ラッキーが洞穴を探している間、
俺とレナはゴブリンに殺された馬の墓を作った。
モォトフの皆に貰った馬のだ。
今はハグレがその代わりを務めている為、
ラッキーに正体がバレないように今のうちに済ませるしか無かった。
ありがとう、 ごめん。
それだけの気持ちを込めて供養した。
その後すぐにラッキーが戻って来た。
一発でガスの発生源を見つけたのである。
流石は『幸運』だ。
ガスは洞窟の一角の岩場から漏れていた。
俺はそれを金の基本魔術で塞いだ。
漏れ出すかもしれないが、 どうせ不死虫入りの土で洞窟ごと塞ぐんだ、 問題は無いだろう。
次に、 俺たちはゴブリンを探した。
やはり全て死んでいた。
ガス発生源に行くまでにも見つけたが、 それも含め全部。
俺はヤツらにも墓を立てる事にした。
幾ら何でもこのままでは可哀想だ。
どうせ土に埋もれるが気持ちの問題だ。
レナは特に文句も言う事なくそれに付き合ってくれた。
色んな意味で俺の行動に慣れたんだろう。
もしかしたら呆れるのも通り越して諦めているのかもしれない。
後で何かお礼をしなければいつか見放されそうだ。
それを見てラッキーは明らかに嫌そうな顔をしていた。
仕方ない事だ。
普通の人間なら嫌悪する魔物の墓なんて作らないだろうからな。
だから俺からは何も言わなかった。
けど、
「流石にそれは気を使いすぎだよ。 魔物相手にそんな事する必要はないって。 沢山の人間を殺したんだ、 土に還してあげるだけで十分だよ。 それにレナまで手伝って......やっぱりウロコの考えてる事は......」
「黙れ」
そんな風に言われたので口を挟んでしまった。
どの部分に苛立ったのかは分からないが、 とにかく腹が立ったからだ。
もしかすると全部に対してなのかもしれない。
レナは気にしている様子はなかったがそう言う問題じゃない。
ラッキーは一瞬たじろいだが、
すぐに呆れた顔をして、
結局付き合ってくれた。
彼は知っている常識を並べただけだ。
そんなのは分かってる。
その証拠にこうして最終的には手を貸してくれた。
彼もなんだかんだ不器用なのかもしれない。
それが終わると、 今度は食われてしまった人間の墓を作った。
ゴブリンと違って人数が分からない為、 骨のゴミ捨て場になっていた所に大きいのを一つだけだが。
非常に申し訳ないがこれぐらいしか出来ない。
きっと自分たちを食ったゴブリンの墓を作る俺を恨んでいる事だろう。
それでも、 俺はその人たちの冥福を祈る事しか出来ない。
結局この日は、 墓づくりで終わってしまった。
本格的な引越しは六日目からになる。
◇◆◇
次の日から粛々と作業が始まる。
昼間のうちに不死虫の巣に行き、
魔術で土を掘り、
馬車で運んだ。
それを一日に何回も繰り替えす。
やってしまえば簡単な事だ。
時間は掛かったが、
9日目には洞窟に全ての不死虫を送り届けられた。
これでもう、 ヤツらと人間が邂逅する事はないだろう。
なんて事はない。
残ったのは疲れだけだった。
達成感があったかどうかは分からない。
俺たちは最後に洞窟の目の前で祈った。
入口までほぼ土で埋まってしまった洞窟にだ。
二人が何を思ったかは知らないが、
俺は複雑な気持ちだった。
それでも、 覚悟して進まなくてはいけない。
そうそう。
これは余談だが、
この計画自体は上手くいったが、
平原の土をかなり移動してしまった為に元不死虫の巣の場所に大穴が出来てしまった。
どうしようかと思っていた矢先、
不死虫が残っていないかとその場をスコップで掘っていたラッキーがやってくれた。
なんと温泉を掘り当てたのだ。
地下に源泉でもあったのだろうか。
もしかするとあの洞窟の毒ガスもこの地熱の影響かもしれない。
詳しい知識がないので分からないが。
なんにせよ相変わらずの『幸運』である。
これまたどうしようかと思ったが、
これはリトナ村に報告した。
魔物の為にあれこれやっていたとは言えなかったので、
アンデッドを退治したら湧き出たという事にした。
苦しい言い訳だったが村の人はそれで納得してくれた。
あっという間に温泉施設を建設する三段が立てられたようだ。
きっと後に温泉の村として栄える事だろう。
俺たちはその功績を称えられ、 さらに英雄扱いされた。
宿屋の主人もニンマリである。
これなら金を払わなくても大丈夫そうだ。
結局そんな事があり、 落ち着いたのは十日目。
モォトフを出てから丸々二週間。
次の日に俺たちはリトナを立った。
もはや思い残す事はない。
こうして俺たちは再び旅立った。
新たな仲間を加え、
自分の気持ちを認識し、
最初の目的の為に。
まだ納得しきれない所もある。
しかし得られるものも多かった。
全ては上手くはいかない。
これからもそうだろう。
でも俺はその度に覚悟しよう。
自分の夢を叶える為に。
レナを失わない為に。
自分の心に正直になって。
そして背負うんだ。
図鑑に載せる魔物の生態ごと。
それが、 俺のしたい事だ。
馬車が、 平原を駆ける。
三人を乗せて。
一匹が引っ張り。
次の目的地に向けて......。
◇◆◇
『
種族:アンデッド
強さランク:E (通常時)
C (巨大合体時)
ランク外 (不死虫単体時)
全長:2m弱 (通常時)、 20m (巨大合体時)、 10cm (不死虫単体時)
体重:10kg〜100kg (通常時)、 200t (巨大合体時)、 5g(不死虫単体時)
正体:
不死虫という軟体動物が集団擬態した姿。 腐乱死体や人骨と姿は様々。
繁殖方法:
交配。
生態:
肉食。 主に生物の死体を好む。 死体が集まる場所の地下に巣を作り、 通りかかった人間を襲う。 その目的は、 巣を守る為と捕食の為。 食べたものによって姿が変わる。 弱点である「塩」。 かければ全滅させられる。 しかし巣から離れれば追って来ない為わざわざ倒す必要は無い。 攻撃してしくるのは警告の意味でもある。 それを無視すると巨大化する。
能力:
切ってもバラバラにしても死なないぞ! でも本当は家族思いの魔物! 逃げるのが一番! あんまりしつこいと巨大化するぞ! 小さい時の攻撃は強く無いが、 集団で襲われたら大変だ! さらに巨大化されると一撃でやられてしまうぞ! 逃げるのが一番だが、 いざという時は「塩」を使おう!
通常時:
巨大合体時:
不死虫単体時:
』
アンデッドの章 ー 完 ー
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