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第28項 「怪獣好き、 平原に赴く」

 


 夜になった。

 と言ってもそのまま宿にいた訳ではない。


 俺たちは今、 街道を『リトナ村』から北上している。

 リトナ村とは、 俺たちがさっきまでいた村だ。

 ラッキーに出る時に言われるまで知らなかった。

 そんな余裕もなかったしな。


 そしてこの街道の名前は、 『ビヨルフ街道』。

 アータム国、 そしてビヨルフ領の最南端であるモォトフの街......の先の海岸から、

 王都まで伸びている街道だ。

 その名の通り、 この領地と同じ名前をしている。


「ビヨルフ領とビヨルフ街道、 その由来を知ってるかい? 」


 馬車に揺られながらラッキーが語り出す。

 ドヤ顔で、 出来る男風に。

 と言っても、 彼は後ろでのんびりしてるだけだ。

 馬車を操っているのは俺だ。

 正確に言えば馬の姿をしたハグレだ。

 そんな状態で何故仕事をしてる風に喋れるのか。


 いや、 そう言えばラッキーはそれでいいんだった。

 彼は常識や知識の面でのサポートを条件に仲間入りしたんだった。

 ならばそれを語る為にドヤ顔をしても別段おかしくはない。


 まぁその話は知っているんだが。

 先生に教わったんだが。

 というかかなり有名な話なんだが。

 レナも知ってるんだが。

 隣で「知ってるけど? 」みたいな表情をしてるんだが。


 でも俺たちはそれを口にしない。

 ここで彼の優越感を邪魔しても誰も得しないと分かっているからだ。

 何故なら、 さっきも似たような状況で、

「知ってるよ」、

 と答えたらへこまれたからだ。

 今はやっと立ち直って何事もなかったかのように語り出したからだ。


 よかったな、 ラッキー。

 俺たちは同じ失敗を繰り返さない、 空気の読める新成人だ。

 存分に語るがいいさ。


 俺たちはなんとなくラッキーの扱いを理解し始めていた。



 ビヨルフ。

 それは英雄の名だ。

 そして開拓者の名でもある。


 1000年前の大きな戦争の頃。

 彼は最強の戦士だった。

 しかしその強大な力は敵味方に恐れられていた。

 あまりにも強い彼をよく思っていない者も多かった。


 そんなある日、 彼は罠に嵌められる。

 家族を人質にされ捕まり、 とある山奥に幽閉されたのだ。


 ビヨルフは耐えた。

 自分が捕まる事により家族が助かるならと、

 幽閉も、 拷問も、 八つ当たりのような仕打ちも耐えた。

 耐え続けたのだ。


 しかしある時、 彼は知ってしまった。

 ビヨルフを捕まえた事で用済みとなった家族が殺されてしまっていた事を。


 彼は怒った。

 拘束など簡単に破り、 その場にいたものを皆殺しにした。

 駆けつけた多くの敵の援軍も皆殺しにした。

 そしてその先、 強力な魔術を使った。


 それによって幽閉されていた山はほぼ消滅。

 平地になった。

 それが今のビヨルフ領だという。

 俺の住んでいた山はその名残らしい。


 それでも彼の怒りは収まらなかった。

 が、 ある時彼は大陸の最南端にある海を見た。

 そしてその美しさに心打たれ、 怒りを鎮めたと言う。


 それからビヨルフはその海の近くに街を作った。

 それがモォトフだ。

 そしてあの美しい海を多くの人間に見てもらおうと、 王都から海へ街道を作った。


 暫くはそのままモォトフで生活を続けていた彼だが、 ある時街にアータム国の王がやってきた。

 その時に彼は悟る、 多くの人を殺した罪を償う時が来たと。


 彼は王と共に海岸に行き、 罰を受ける覚悟を示した。

 しかし王は、 その美しい海に魅入られそれを拒否した。

 そして彼にこの地を領地として与えそこで生き、 この美しい景色を守る事で罪を償うようにと命じたのである。


 これが、

 ビヨルフ領とビヨルフ街道誕生のお話だ。



 この話は、 この地に住む者なら小さい頃から聞かされ知っている。

 御伽噺風に語られ、

 ビヨルフの悲しく壮絶な運命、

 暴走からの改心、

 そしてそれを許す王の懐の深さなどが強調されているものだ。


 まぁ物語のテーマとしては、

『許し合う大切さ』などを子供たちに教えるものではあるが、

 その実態は、 ビヨルフを許した王の偉大さを伝えたいのだろう。


 俺から言われせればどっちもどっちだけどな。

 まぁそんな事は今はどうでもいい。



「悲しくも、 優しい歴史だね......」


 ビヨルフの物語を話し終えたラッキーは、 悦に浸っていた。

 それは言葉にした事とは裏腹にそれを語れる自分に酔ったものだろう。

 何ともまぁ楽しい奴だよ、 お前は。



 さて、 そろそろラッキーの自分酔いには飽きてきた。

 このままではこっちが馬車に酔いそうだ。


 当然ながら、 俺たちはラッキーの話を聞く為に馬車に乗っている訳ではない。


 俺からの提案、

 彼の有用性を確かめる為だ。


 その為に彼は俺たちを連れ出したのだが。

 一体何処に向かっているんだろうか。

 早く目的地についてほしいものだ。


 ◇◆◇


 それは今日の昼間、 に遡る。

 作戦会議の後、 ラッキーがこう提案してきたのだ。


「夜にビヨルフ平原に行こう! 」


 ビヨルフ平原とは俺たちが馬車で駆けている平原の総称だ。

 街道、 村や街、 山や川以外をそう呼ぶ。


 俺はこの提案に首を傾げた。

 何もない平原に、 しかも夜に何の用事があるというのだろうか。

 その様子を見てラッキーが苦笑する。


「ほら、 ライブルが僕が何か出来るか知りたがってただろ? 」


 それを聞いて自分の発言を思い出す。

 一晩かけて落ち込んだり立ち直ったりと心境穏やかではなかった為すっかり忘れていたのだ。


 俺の願いを覚えていてくれた事は嬉しいが、 何だか今更なような気がする。

 昨夜の俺は少し変だったし、 八つ当たりのようなものだったのも否めない。

 ここは追々確かめていくという事で無理に今知る必要はないのかもしれない。


 そんな事を考えていると、 表情から思考を読んだのかラッキーが口を開いた。


「魔物について教えてあげようと思ったんだけどなぁ」

「!? 」


 正直に言おう。

 それで心が動いた。

 しかし横でレナが呆れた顔をしていたので考え直す。


 冷静になれ、 俺。

 魔物には最近痛い目に合ったばかりじゃないか。

 決して浮ついた気持ちで向き合ってはいけない相手なのは分かっているだろう。


 魔物は人類の天敵。

 少しでも対抗する為の『魔物図鑑』。

 それを忘れてはいけないんだ。


 ......しかし、 しかしだ。

 ラッキーの言う魔物が初めて見る相手ならどうだろう。

 魔物図鑑完成の為に必要な接触ではないだろうか。

 そうだ、 そうなのだ。

 これは決して浮ついた気持ちではない。


 スライムやゴブリンの時は覚悟もないまま不意打ちだったから遅れを取った。

 だが今回は違う。

 最初から魔物に会うと決めて行くんだ。

 準備も出来る。

 覚悟も出来る。

 それだけ余裕があれば、 殺さずとも済むかもしれない。


 よし、 これだ。 これでいこう。

 こんな風に考えての結果だよ、 とレナに伝えれば納得してくれる筈だ。


 いや無理だ。

 というか違うんだ、 そんな打算的な事じゃないんだ。

 そしてさっきからレナの視線が痛い。


 俺がそんな風にまごまごと考えていると、

 ラッキーが、

「これは戦闘での連携の確認も兼ねてるから」と、

 救い船を出してくれた。

 それでレナは渋々ながら納得してくれたのだった。


 ナイスラッキー。

 流石は参謀。

 団長として非常に鼻が高い。


 これで正当な理由を手に入れ魔物に会いに行く事が出来る。

 違う。

 ラッキーの有能性の確認と、 団の連携の練習が出来る。

 とても有意義な時間になりそうだ。


 決してそこにやましい気持ちはない。

 決してだ。



 こうして俺たちはビヨルフ平原に魔物を探しに行く事になった。

 俺は色んな意味で昂り身を引き締めて。

 そして直ぐに、

 戦闘が前提なの?

 と不安を過ぎらせる事になった。


 ◇◆◇


 リトナ村は夕方に出発した。

 もうすっかり日は落ちている。


 暗闇の中を進む馬車。

 本来なら何も見えない所ではあるが、

 馬車の前方に取り付けた松明と、

 全員にかけた『オブザービング』のおかげで司会は確保出来ている。


 オマケに馬車を引いているのはスライムであるハグレだ。

 魔力を感知出来るコイツにとっては夜はあまり関係ないのかもしれない。

 いざとなれば俺も魔力の目を使うつもりだ。


 ......そうそう。

 予想通りだが、 放ったらかしにしていたハグレは拗ねていた。


 いや正確にはどうかは分からない。

 ただ、 馬の姿のままそっぽを向かれたり、

 鼻息やヨダレを飛ばされたり、

 終いに後ろ足で蹴られそうになったくらいだ。

 拗ねているかどうかは分からない。


 いや確実に拗ねてるな。

 だって今も時折こっちを見て冷やかな目線を向けてくるし。

 それとも馬の目って皆こうだったか?


 けど一方的に恨まれても困る話だ。

 そっちが人間に化けられないのが悪いんだからな。

 俺ばかりが気を使うのはおかしい。

 たまにはそっちもこっちに合わせるべきである。


「っ?! ヴェ?! ペッ!! 」


 そんな感じでハグレを見つめていると、 泥が飛んで来た。

 ヤツは蹴り上げたものだ。

 絶対わざとだろ。

 覚えておけよこの野郎。



 まぁそんなこんなで俺が馬車を操り......もとい、

 ハグレが馬車を引いてビヨルフ街道を進んでいる。


 目的地はよく分かっていない。

 ラッキーに「とにかく北上してくれ」と言われたのでそれに従っているだけだ。

 その本人はさっきから知識自慢をしている。

 しかも内容は割と有名で俺たちも知っているようなものばかりだ。

 本当に役に立つのだろうかこの人。


 もう辺りは真っ暗だ。

 秋の夜風は少し肌寒い。

 俺はローブを着ているからいいが、 レナは少し薄着だ。

 鎧を着込んでいるラッキーは別にどうでもいいだろう。

 しかしあの金属は冷たくないのだろうか。

 いや、 それよりもレナだ。


 彼女は今回、 団を組むに当たって服装を新調した。


 レナの服装はここに来るまでワンピースだった。

 それを変え、 上半身は厚手のシャツの上に皮のプロテクターを装着している。

 こっちの言い方をするなら皮の鎧だ。


 下半身は()()()()()を重視した厚手の短パン。

 腰には太めのベルト、 後ろ側には俺がした()()が施してある。

 そして彼女の横にはラッキーから譲り受けた槍。


 つまりは、

 レナも戦闘に参加出来るように装備を整えたのである。


 今のレナには尻尾がない。

 尻尾がなければ戦う所かまともに立つ事も歩く事も出来ない。

 しかし彼女には()()()()()()()()()()

 その為の装備だ。

 その為に......いや、 今はそれよりも、 この気温だ。

 これは寒いだろう。


 彼女は鱗人だ。

 鱗人は爬虫類の見た目をしている通り、 変温動物の体質を有している。

 変温動物は自分で体温の調節が出来ない。

 まぁこの前世の知識は時代と共に変わってきているから正しいとは言えないが、

 実際鱗人......得にカゲト族はそうらしい。

 レナは平人の見た目をしているのである程度は体温調節は出来るらしいが、 それでも苦手なようだ。

 だからこうも気温が下がっては体調が心配になってくる。


 俺はローブを着ている。

 これを渡そうか。

 ローブの下の長袖だ。

 ならばこれを渡しても俺が風邪を引くという事はないだろう。


 まぁレナなら変に気を使いそうだが。

 彼女は優しいからな。

 でもここまでの服装なら嫌がりはしない筈だ。


 俺はラッキーに目配せをした。

 その意図に気付いたのか頷いてくれる。

 だからローブを脱いで声を掛けた。


「レナ、 これを......」

「レナちゃん! これを着るといいよ! 」


 するとラッキーは俺の声を遮った。

 そしてローブを受け取る......事なく、

 コートをレナに渡していた。


 ちょっと待て。

 そのコートどこから出した。

 鎧の中にでもしまっていたのか?


「あ、 ありがとう」


 レナも同じ事を思ったのか複雑そうな表情をしている。

 コイツなんなんだ。

 俺の意図を汲み取ってくれた訳でもないし色々ツッコミどころが多すぎる。

 ......まぁいいか。

 レナが寒くないのならそれで構わない。

 俺は気にしない事にした。


「ま、 すぐに動いて暖かくなるから必要ないんだけどねぇ」


 しかしそうも言ってられなくなる。

 ラッキーが気になる発言をしたからだ。


 彼はそのまま馬車を止めるように言ってくる。

 言われるままにハグレに止まってもらったが、 目的地についたのだろうか。

 という事は戦闘が始まる可能性がある。

 そう思うと無意識に身体に力が入った。


 周囲を見渡す。

 何もない。

 ここは街道の上だし、 周りはさっきまでと同じ平野だ。

 てっきりゴブリンの時のように魔物の巣に行くものだと思っていたが。

 こんな所に魔物がいるのだろうか。

 油断するつもりはないが、 何だか拍子抜けだ。


 とりあえず馬車から降りる。

 警戒は怠らない。

 レナは馬車の中で()()()()()()

 俺たちは経験がないからこそより気を引き締めなければならない。

 それはお互い頭の中にあった。

 しかし何もない。

 どうしろと言うのだろうか。



「道中、 なんでビヨルフの話をしたのか分かるかい? 」



 不意にラッキーがそう問いかけてきた。

 彼も馬車を降りて来ていた。

 いつの間にか隣にいる。

 いつも通りのように見えるが、 ピリピリとした緊張感を放っている。

 彼も警戒しているようだ。

 しかし、 何に対してだ?


 まさか、 この人気のない場所で俺たちを殺す気とか?

 旅に同行するだの、 手助けするだのと言うのは全部演技で、

 俺たちを殺して金品を奪う為の作戦だったとか?

 いや流石に考えすぎか。

 いくらなんでもこの状況はコイツに不利すぎる。

 だが彼の『祝福』を考えれば出来ない訳じゃ......。


「この地では多くの人間がビヨルフに殺されたって言ったよね? 」


 問いかけに反応しないでいると、 ラッキーは話を続けた。

「殺された」という単語に思わず身構えてしまう。

 まさか本当に......。


「その時に殺された人たちはさ、 別に皆が皆、 彼を恨んでいた訳じゃないんだ。 雇われただけの人もいたんだよ」


 ラッキーの言葉の意図を理解出来ない。

 何が言いたいのか分からない。


「だからさ、 そんな人たちは理不尽に殺されたと思って、 浮かばれてない訳。 死んでも魂が浄化されてないんだ」


 だから、 何だと言うんだ。


「だからさ。 こうして毎晩蘇ってくるんだよ」

「え? 」


 情けない声が出た。

 でもそれはラッキーの言葉を理解出来なかった訳じゃない。

 ()()()()()()()()()からだ。

 これを見たら誰もが理解するだろう。


 地面が蠢いていた。

 俺たちの周りを囲むように、 地面が。

 そしてそこから手が生えてくる。

 手だけじゃない。

 腕が、 肩が、 身体が、 顔が、 上半身が、 下半身が。

 至る所から現れたのだ。


 そして奴らは俺たちの目の前に現れた。


 それは、

 ゾンビと、

 骨人間だった。


 ◇◆◇


『アンデッド』。

 それがコイツらの総称だそうだ。

 肉がついてようが骨だけだろうが『アンデッド』。

 つまりは魔物だ。


 相変わらずネーミングや区分が雑すぎる。

 名前を付けたヤツに文句を言いたい。

 いやそれよりも今文句を言いたいのはもっと別のヤツだ。


「ラッキー!! 前もって説明してくれ!! 」


 状況を整理しよう。

 ラッキーがここに俺たちを連れて来たのは、

 このアンデッドに引き合わせ魔物の知識を見せつけ、

 更には戦闘の練習をする為だった。

 つまりは最初の予定と変わらなかったのである。

 勿体ぶるから変な勘ぐりをしてしまった。


 いや確かに勘違いしたのは俺だ。

 そこは別にラッキーに非はないのかもしれない。

 しかしいきなりゾンビの復活を見せられる身にもなって欲しい。

 軽くホラーだ。

 というか本格的にホラーだ。

 普通に怖い。


「いやぁごめんごめん! 君たちの驚く顔が見たくてさぁ! 」


 そしてこれである。

 本当に刺激に貪欲なヤツだ。

 ムカつくからぶん殴ろう。

 けどそれは今じゃない。

 今はそれどころじゃないんだ。


 一先ず今は奴らの情報が欲しい。

 俺はラッキーに知ってる事を全部話すように怒鳴った。

 簡潔に頼むと睨んだ。

 絶対に許さないからな。



『アンデッド』。

 その存在自体は俺の前世の記憶と対して変わらなかった。

 死んだ人間の肉体が、 なんらかの方法で蘇り不死者になった存在。

 その「なんらか」の部分は誰も知らないらしいが、

 さっきラッキーが言っていたように、 浮かばれなかった者の魂が乗り移ってこうなっていると言う。


 にわかには信じがたい話だ。

 だってそれはもう悪霊の類じゃないか。

 本当に魔物なのか?


「どう? これくらい冒険者の常識だよ? 」


 そしてドヤ顔を見せるラッキー。

 この状況でよくそんな余裕があるものだ。

 まぁ彼の『幸運』の祝福があればピンチなんてないのだろうが。


 ......なんにせよだ。

 ラッキーは確かに魔物の情報を持っていた。

 魔物の事を全く知ろうとしなかったモォトフの人たちとはかなり差がある。

 これは魔物図鑑作成に大いに役立つだろう。


 それはいい、 それは分かった。

 正直ラッキーを見直したし、 夢に近づけて興奮気味だ。

 もっと話を聞きたいところである。

 けど流石に今はそれどころじゃない。


 知識については十分に見せて貰った。

 ならば次は予定していた戦闘の練習に頭を切り替えなければ。


「ラッキー! どうしたらいい!? 」

「とりあえず打ち合わせ通りでいいんじゃない? 」


 俺の余裕のない問いかけに対し、 ラッキーは余裕だ。

 流石は場馴れしてると言いたいが、 こんな状態では腹が立つ。

 しかし他に方法はないので言う通りにするしかない。


「それじゃあ、 頼む! 」

「はいはぁい! 」


 俺の号令にラッキーは気の抜けた返事をし、

 そのままアンデッドの群れの中に走って行った。



 打ち合わせ、 それは作戦会議の時に行われて。

 所謂戦闘時の陣形についての決め事だ。


 俺たちはそれぞれ得意不得意がある。

 それを活かし補うような布陣を作り上げたのである。


 先ずは前衛、 前に出るのはラッキーだ。


 彼は魔物との戦いは慣れている。

 だから真っ先に飛び込んでもらう事にした。

 一番危険な役目だが、 特に嫌がりもせずに従ってくれた。

 そりゃそうだ。

 ラッキーには『幸運』の祝福があるからな。

 その証拠に、


「よっ! ほっ! 」


 アンデッドたちからの攻撃を華麗に避けている。

 いや別に華麗じゃない。

 幸運のおかげで、 どう動こうと当たらないだけだ。

 彼は何も考えず逃げてるだけである。


 それでいい。

 何せラッキーの役割は、 『引き付け役』なのだから。


 魔物は人間を襲う習性がある。

 人間が目の前に来れば必ず襲うのだ。

 その習性を利用し、 絶対に攻撃が当たらないラッキーを突っ込ませる。

 当然魔物はラッキーを襲う、 しかし攻撃が当たらない。

 ならばと躍起になって意識がラッキーに集中する。

 しかし当たらない。

 こうなってくると群れの場合集団で彼を狙い始めるだろう。

 それでも当たらない。

 正に堂々巡りだ。


 向こうからすれば癇癪を起こしそうな状態だろう。

 しかしそれこそが俺たちの狙い。

 その役割にラッキーは打ってつけなのである。


 しかし当然ながら、 避けているだけでは魔物を倒せない。

 ラッキーの槍はレナに譲ってしまった。

 一応俺の持っていたナイフを渡したが、 それだけでは全ての敵を倒す事は出来ないだろう。

 勿論彼にそれを期待してもいない。

 その役目は、 他の者が引き継ぐ。


 そこで、 俺の出番だ。


「『グロウ』!! 『疾風(ゲール)』!! 」


 そこら辺に生えている草を毟り、 高等魔術を放つ。


疾風(ゲール)』。

 その名の通り疾風を操る魔術だ。

 それを使って『グロウ』で成長させた草をアンデッドに飛ばす。


 ただ草を風で飛ばしただけと侮るなかれ。

『ゲール』に寄って飛んで行った草は、

 ゾンビの肉を断ち、

 骨人間の骨を切断した。


「よし! 」


 思わず声が出る。

 魔物に効果がある事は予想していたが、 成功するとやはり嬉しい。

 同時に、 相手を傷つけた罪悪感も湧き上がってくるが、 今は気づかないフリをしておこう。


 この魔術のコンボは前世の子供の時の記憶を参考に作り出した。

 木枯らし吹く季節に短パン姿。

 その時に剥き出しの脚に飛んでくる葉っぱや砂には「いたた」と顔をしかめたものだ。

 時折傷になったりもした。

 それを高等魔術として何十倍もの効果にしたのだ。

 我ながら中々いい発想だと思う。

『草カッター』とでも名付けておくか。


 この『草カッター』、 実は『石槍』の派生でもある。

 どんな環境でも近い魔力消費、 そして同じような効果の魔術を行使出来るように考案したのだ。


 正直この平原でも石槍は使える。

 だがその元になる石ころはそう多くは転がってない。

 けどどうだろう。

 草カッターの元になる草はそこら中に生えているじゃないか。


 つまりは、 こうしてそこら辺に転がってるものを元にする攻撃魔術のコンボを多く作りだせば、

 如何なる環境でも対応出来るようになる。

 更に言えば、 何処でも手に入れ易いものなのでストックするのも簡単。

 その為の派生なのである。


 俺はこの派生のシリーズを、

『道端魔術』と名付けた。

 ......誰にも言うつもりはない。


 と、 今は自分のネーミングセンスの無さに落胆してる場合じゃない。

 目の前のアンデッドに集中しなければ。


 見れば、

『草カッター』は確かにダメージを与えてるようだった。

 脚や腕を確実に切り落としていた。

 しかしそこは『不死者(アンデッド)』、 それだけでは致命傷にはならない。

 動きは鈍くなったものの、 変わらずラッキーに攻撃を仕掛けていた。

 更に攻撃を食らった何体かは俺の方に意識を向けてきてきる。


 だがそれでいい。

 僅かにでも隙を与えるのが俺の役割。

 本命は、 俺じゃない。


「レナ! 準備はいい!? 」


 俺の問いかけに、 彼女は馬車を飛び出す事で答えた。


 本来なら松葉杖無しでは立てないレナ。

 それは尻尾を失ったからだ。


 それでも、 彼女は立っていた。

 二本の足で。

 松葉杖無しで。


 正確にはそれだけじゃない。

 レナの腰には、

 本来尻尾が生えていた部分には、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが、 彼女を支えているのである。


「行けそう? 」

「......うん」


 問いかけに、 レナは自分の感覚を確かめるように間を置いた後頷く。

 そしてそのまま、 何も言わず駆け出して行った。


 速い。

 モォトフ近くの森でスライムをスライムを狩っていた時の事を思い出す。

 彼女は取り戻したのだ。

 その時の戦闘力を。

 尻尾を腰から引きずる事によって。

 それを見て感慨深い感情が込み上げてくる。


 レナはあっという間にラッキーの近くにまで辿り着いた。

 そして彼に気を取られてるヤツや、 俺がダメージを与えたヤツらに攻撃を仕掛けて行く。


 回転。

 レナは腰を低く落としてクルリと回る。

 すると遠心力で槍が放り回される。

 アンデッドは、 その餌食になり次々と倒されていった。


「あは、 アハハハハ!! すごい! すごいよ!! 」


 レナは笑っている。

 少し怖いぐらい。

 その高ぶりで、

 その喜びで、

 楽しそうに笑っていた。


 彼女が本当は何を思っているのかは分からない。

 でも俺は、 それでもよかった。

 一時的にでも彼女の尻尾を取り戻し、

 少しでも彼女の活力を呼び覚ませるなら、

 俺はそれでよかったのだ。


 あの時強引だと分かっていても、

 ()()()()()()()()()()()()()()()



 レナの腰にラッキーの槍を装備させたのは俺だ。

 それは昨日の夜、 レナに松葉杖で吹き飛ばされた時に思いついたものだった。

 その時思ったのだ。

 尻尾に変わるものが腰から伸びていれば、

 アンバランスな彼女の重心を支えられるようになるのではないかと。


 本当はこうやって前線に出すつもりはなかった。

 陣形を決める時にこれを提案したのは、

 戦闘中にレナが自分の足で逃げられるくらいには動ければ、

 とその程度の考えしかなかった。

 彼女にこれ以上魔物との戦いで傷ついて欲しくなかったからな。


 しかしレナはそれだけでは納得しなかった。


 その方法を使って立てるようになるなら、

 松葉杖を使った回転攻撃でそれを思いついたなら、

 きっと自分も戦える筈だと言い張ったのだ。


 当然俺は止めた。

 レナは止まらなかった。

 ラッキーは見てるだけだった。

 なのでレナを止めるのを手伝ってくれ睨むと、

「とりあえず試してみればいいんじゃない? 」と無責任な事を言い出した。


 そう言われてはどうしようもなかった。

 言い出しっぺの俺に、 それを拒否する権利はなかった。

 だから試すだけ試す流れとなったのだ。


 レナの装備を買う時に、 それに必要なものを買った。

 頑丈で太めなベルトと、 加工する為の金属を少々。

 そしてそれらを魔術で加工し、 ベルトの腰の部分に槍を着脱できるようにしたのである。


 結果は見ての通り。

 レナは立つどころか、 自由に動き回れるようになった。

 自由自在に操れた尻尾とまではいかないが、

 その代わりとなる物を手に入れたのである。


 こうしてレナは、

 俺たちの団の最高戦力となったのだ。



 そんな事を思い出しつつ、 意識をレナに向ける。

 バッタバッタとアンデッドを薙ぎ倒していた。

 どうやら上手くいってる。

 彼女の参戦で、 俺たちの陣形が完成したのである。


 役割を纏めよう。


 ラッキーは前に出て敵を引きつける『囮役』。

 俺は後方で敵の動きを妨害する『補助役』。

 レナはそこをついて攻撃を仕掛ける『トドメ役』だ。

 これが今の俺たちが出来る最大限の陣形だ。


 まぁ正直問題点は多い。

 ラッキーは攻撃に関してからっきしだし、

 俺もサポート役に過ぎない。

 レナにばかり重要な役割が偏ってしまっているのだ。


 しかし逆に言えば穴がある分、 臨機応変に対応出来る布陣であるとも言える。


 ラッキーは『幸運』を用いれば敵を倒す事も可能だろう。

 そして俺のサポートは『キュア』を使えば回復も出来るし、

『シャイニング』のような強力な高等魔術を使えばトドメ役にもなれる。

 それに俺はアンウェスタ流の使い手、 接近戦だって出来ない訳じゃない。

 それらを状態を見て使っていけばいいのだ。


 でもまぁ、 それを使う時は余程の場合だろう。


 ラッキーの攻撃は『幸運』に左右される。

 彼にとって都合のいい事が起こったとしても、 俺たちに都合がいいとは限らない。


 そして俺に関しては、 レナから前に出る事を止められている。


「リーブは直ぐに無茶するから死んじゃうかもしれない。

 それに魔物を殺す事にも躊躇いがある。

 だから私がリーブの分も戦う」


 との事だ。


 ......正直言い返したい事は沢山あるが、 その通りだった。

 どうしても俺は捨て身になりがちし、

 未だに魔物はなるべくなら殺したくない。

 俺が死ねばその分不利になるし、

 躊躇をすれば殺される確率が上がる。

 だから何も言い返せなかった。


 こんな時にまでお姉さん風を吹かせなくていいのに。


 まぁ何にせよそこら辺は最後の手段だ。

 そうならないように立ち回ればいい。

 レナが怖いしな。


 幸いにも今回は楽勝そうだ。

 今のままレナに任せれば大丈夫だろう。

 申し訳ないが。


 だが今悩んでも仕方ない。

 楽勝と言っても気を抜けばやられるだろう。

 だから俺はサポートに徹しつつ、

 折角与えてもらった機会なので図鑑に活かせる情報を探すとしよう。


 こうして戦闘は続けられた。


 ◇◆◇


 しかしそうは甘くはなかった。


 もう二時間以上戦っている。

 だが一向に敵の数が減らない。


 それもその筈だ。

 相手は『不死者(アンデッド)』、 死ぬ事がない。

 つまり倒せない。

 倒したと思っても立ち上がってくる。

 身体の部位を欠損しても無理矢理くっつけて向かってくる。

 こんなのどうやって倒せばいいのか。


 ラッキーの言葉を思い出す。

「戦闘での連携の確認も兼ねてる」。

 確かに相手が何度も立ち上がってくるなら反復練習になるだろう。


 それにしたってやり過ぎだ。

 彼もアンデッドを知っていたならこれぐらい想定出来ただろう。

 一体何を考えてるのか。


「ああもう! しつこい!! 」


 レナは相変わらず戦闘中は気性が荒くなっていた。

 それと同時に焦っているんだろう。

 俺も同じだ。

 このままではこっちの体力や魔力が切れる。

 そうなれば全滅まっしぐらだ。


 そんな中でラッキーは余裕そうだった。

 まるでどうにかなると言わんばかりに。

 そしてその予想は的中する。


「連携の確認はこれぐらいでいいかい?! 」


 少し離れたところでラッキーが叫ぶ。

 そして確信した。

 彼はこの状況を抜け出す方法を知っている。


 俺がそれを信じて頷くと、 ラッキーは馬車を指差した。


「荷物の中に粉の入った袋があるから! それを風の魔術でここら辺一帯に撒き散らして! それぐらい出来るだろう! 」


 その言い方に少し苛立つが、 今は従うしかない。

 馬車に戻り、 ラッキーの荷物を漁る。

 その中には確かに粉の入った袋があった。

 中身はなんだ?

 確かめたいが時間がない。


 直ぐに外に出て魔術を使う。

 それは高等魔術ではないただの基本魔術。

『ゲール』を覚える際に使えるようになった風を操る魔術だ。


 空気の流れを発生させ、 粉を宙へと舞い上がらせる。

 そしてそのまま下降気流を作ってアンデッドたちに粉を降り注いだ。


 すると、 どうだろう。


 いくらダメージを与えても復活したアンデッドたちが、

 苦しみ、 その場に倒れていくではないか。


 つまりだ。

 アンデッドを殺したのである。

 ヤツらは二度と立ち上がらず、

 煙のように崩れて風の中に消えて行った。



 暫くすると、

 平原は夜の静けさを取り戻していた。

 あれだけいたアンデッドは一体も残っていない。

 身体が崩れ去り灰のようになったので死体もない。

 だからさっきまでの出来事が嘘のようだった。

 狐に化かされたような感覚だ。


 俺もレナも、 何が起こったか分からず放心していた。

 手には粉の入った袋。

 それだけが夢ではなかったと実感させてくる。


 思考を巡らせる。

 何をしても倒せなかったヤツらを、

 撤退の素振りもなかったアンデッドを、

 どうやって殺したんだ?


 答えがあるとすればこの粉だ。

 何か特殊な物なのか?

 しかし何かが引っかかる。

 そしてある事と結びついた。


 アンデッド、 浮かばれない魂が乗り移った魔物。

 つまり霊的な何か。

 それに効果的だった粉。

 そこから導き出される答え。

 前世で()()()()()()()()()()考えつく正体。


 俺は袋に残っていた粉を手に取り、 舐めた。

 人体によくない物の可能性もあったが、 それ以上に確信があった。

 それは間違っていなかった。


「しょっぱい」


 塩だ。

 粉は塩だった。

 アンデッドは塩で清められ、 消滅したのだ。

 成仏したとも言えるかもしれない。

 日本とは関係ないこの地で、 その日本人の常識がまかり通った。

 信じられないが事実だ。


「いやぁ! 上手くいったね! こうなるって分かってたけどね! 」


 ラッキーが白々しい態度で戻ってくる。

 やはりコイツは知っていたんだ。

 こうなる事も想定済みだったんだ。

 何の為に? 決まってる。


「どう? 僕、 少しは役に立つでしょ! これで魔物図鑑も一歩進んだ訳だし......認めてくれるよね? 」


 全ては俺たちに認めさせる為だ。

 俺の疑問に答えを出したのだ。


 最初から彼の掌の上で踊らされていた。

 これがラッキーのやり口。

 そしてこれが冒険者の......ラッキーの知識だ。



 この時俺は悟った。


 ラッキーは俺の何枚も上手で、

 彼や冒険者の知識があれば、


 魔物図鑑など必要ない事を。




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