第26項 「怪獣好き、 巡らせる」
「それじゃ前向きに検討してねぇ! 新婚旅行は邪魔しないからさぁ! 」
ラッキーはそう言って部屋を出て行った。
とある置き土産を残して。
それは、 旅に同行したいというものだった。
◇◆◇
俺たちはラッキーの話を聞いた。
聞いてしまった。
貴族の家に産まれ、 家督争いの為に『祝福』を受けた事。
それに飽き飽きして家を飛び出した事。
世界の『常識』を知る為に旅をしている事。
簡単に纏めればこんな感じだ。
恐らく中々に波瀾万丈な人生なのだろうが、
彼は面白いおかしく、 まるで物語を語るように話していた。
そしてそんな彼の半生を語られてはこちらも話さない訳にはいかなかった。
そんな流れだった。
レナに許可を取り、 俺たちの事も話した。
モォトフの街から来た事は昨日教えていた。
だから何故そうなったのかを語る。
レナの尻尾を元に戻す為。
魔物図鑑を作る為。
強くなる為。
それらを可能に出来るかもしれない人物に弟子入りする為に、 王都を目指している事。
それをなるべく簡潔に話した。
モォトフの街が療養施設だという事は言っていいか迷ったが、
先生にも誰にも止められてないし、
レナも止めなかったので話した。
それを聞いたラッキーはうんうんと相槌を打っていた。
とても楽しそうに。
そして魔物図鑑に関してかなり興味を持ったようだった。
やっぱり君たちは面白いとも言っていた。
そしてその後に出て来た事が、
「旅に同行させて欲しい」、
という事だった。
理由を聞くとこれまた楽しそうに彼は語った。
二人は旅の初心者のようだから助けてあげたいと思った。
話を聞いてもっと助けてあげたいと思った。
特に魔物図鑑には感心した。
自分ならその手伝いが出来る。
そんな感じだった。
彼の申し出に、 いきなりの事で俺たちは困惑した。
だから少し二人で考える時間が欲しいと返した。
そして今に至る訳である。
◇◆◇
「ふぅ......」
またため息が出た。
今日何度目だろうか。
昨日から色んな事が起こり過ぎている。
祭りのようないい事もあったが、
それを含めてかなり疲れた。
頭も回らない。
レナも同じなのか俯いている。
チラリと見える顔が赤いような気がする。
調子が悪いのだろうか。
今はそっとしておいた方がいいのかもしれない。
さて、 これは中々に重要な問題な気がする。
しっかり考えなければ。
整理しよう。
俺たちは今、 昨日出会ったばかりの男に旅の同行の誘いを受けた。
今悩んでいるのはその返答だ。
誘いを受けるか否かの答えを出さなければ。
さてどうしたものか。
もしかしたらそんなに悩む必要はないのかもしれない。
しかし俺にとっては初めての経験だ。
旅自体もそうだが、 ほぼ見ず知らずの相手と同行するかというのもどう扱えばいいのかすら分かってない。
普通の旅人なら二つ返事でOKを出す所かもしれないが、
俺としてはどうしても悩んでしまう。
まぁだから、
見ず知らず相手だから、 と突っぱねてしまうのは違う気がする。
それにそれを防ぐ為にお互いの話をした可能性だってある。
その事を盾に、 「もう他人じゃないでしょ?」と言われればぐぅのねも出ない。
とすれば何を持って判断するべきなのだろうか。
人柄か?
それならば大分怪しい気がする。
まずあの差別発言だ。
謝ってはくれたが許した訳ではない。
アレだけでも俺の彼に対する印象は最悪になった。
きっとレナもそうだろう。
それに同行したい理由もそうだ。
助けたい、 興味を持ったというのは建前だろう。
本当にそう思ってくれたのなら、
特に魔物図鑑に興味を持ってくれたのなら嬉しいのだが、
例えそれが本当だとしてもその奥の本心があるように思える。
それは彼が語ってくれた半生から伺える。
ラッキーが旅をする理由、 それを解釈するなら、
恐らく『暇つぶしの刺激を求める旅』だ。
己に与えられた祝福のおかげで、 なんでも自分の都合のいいように事が進む。
だから刺激を求め旅に出た。
常識を学んでいる理由は分からないが、 きっとそれだけでは彼の刺激を満たせなかったんだろう。
そこに現れたおかしな二人組。
ならば刺激を求めてそこに飛びつく、 というのは自然な流れでは無いだろうか。
そんな理由ならば向こうの暇つぶしに付き合わされるなど真っ平御免だ。
......まぁ今のはあくまで予想だし、
例え事実だとしても何も持たない俺の僻みでしかないだろうな。
しかし一つの目理由、 差別発言に関しては筋が通っている。
これなら十分断る理由になるだろう。
よし、 断ろう。
違う価値観の者同士が一緒に居てもトラブルしか生まない。
それは避けるべきだ。
そうラッキーに伝えよう。
「えっと、 リーブ、 大丈夫? 」
そう考えが纏まった所でレナに声をかけられた。
「ずっと一人で難しい顔してて......抱え込んじゃダメだよ? 」
それを聞いて少し冷静になる。
そうだ、 昼間言われたばかりじゃないか。
レナの問題はあくまで彼女自身の問題だ。
俺とラッキーは価値観が合わない、 それは事実だが、
その当事者の彼女を無視して答えを決めるのはよろしくない。
そしてまた悪い癖だ。
自分一人で考えてた。
ごめん、 レナ。
「ごめん。 レナはどう思う? 」
俺自身の考えは纏まった。
だから今度はレナの番だ。
一言謝罪を入れてから問いかける。
すると彼女は、 少し考えてから口を開いた。
「私は、 同行させてもいいと思う」
予想外だった。
てっきり即答で嫌がるかと思った。
正直何を考えているか分からない。
ならば理由を聞かねばなるまい。
「なんで? だってアイツはレナの事を......」
「だからそれはもういいってば」
最後まで言いかけた所で止められる。
理由は分かってる。
それはもう済んだ話だ。
謝罪も受けた。
そしてレナ自身がそれでいいと言っているんだ。
俺がどう思うかは勝手だが、 それを蒸し返しレナに押し付けるのは良くない。
分かってる。
分かってるが少し感情的になってしまった。
反省だ。
俺は今の言葉を後悔し、 反射的に俯いてしまった。
「......リーブ、 いい? 」
それを見かねてかレナが続ける。
「あの人の言っていた事は本当なの。
私たち鱗人はウロコって呼ばれるのが普通。 それは確かに差別的な意味合いかもしれないけど、 そこまで考えてない人だっている。 アダ名くらいの感覚で呼ぶ人もいるの。
私は前にいた所でも、 モォトフでだってそれを経験してる。 鱗人やカゲト族にとっては普通の事なの。
それに一々腹を立ててたり悲しんでたりしてたら持たないって。
だから大丈夫。 慣れてるから、 ね? 」
彼女はそう優しく教えてくれた。
だがその表情は明らかに影があった。
「ねぇレナ。 君が最初街に居たがらなかったのはそのせい? 」
「......」
その表情を見て、 俺は先日の事を思い出した。
今の話し、 彼女の表情からその可能性が高い。
しかしレナは視線を答えなかった。
それが答えなのだろう。
しかし、 アダ名感覚か。
俺をリーブと呼ぶのと同じだというのか。
違う気がする。
例えば学校のクラスで、 『バイ菌』というアダ名の生徒がいたとしよう。
呼んでいる子供たちに悪気はない。
そして呼ばれてる本人も別にそれをイジメだとは思っていない。
ならばそれは正当なアダ名なのだろうか。
いや違う。 違うだろう。
本人や周りがどうあれ、 『バイ菌』などというアダ名はいいイメージで付けられる訳がない。
誰かに、 どこかに必ず欠片でも悪意がある筈だ。
そして本人も気付かぬ間に傷ついている筈だ。
それを良しとするのはおかしい気がする。
要は倫理や道徳、 そして『常識』の問題だ。
道徳的にそんなアダ名が許させる筈がない。
しかしそのクラスでの『常識』がそれをねじ曲げてしまっているんだ。
それが普通になってしまうのがおかしいんだ。
だったら......。
「ねぇリーブ。 その普通がおかしいとか思ってない? 」
「......」
「やっぱり」
どうやらレナは俺の心が読めるようだ。
いや分かりやすいだけだろうが。
でもだからなんだと言うのだ。
おかしい事はおかしい。
ならば正さなければならないだろう。
「リーブ。 そうやって思ってくれるのは嬉しいの」
やはり心が読まれているようだ。
俺の思考を遮るように続ける。
「でもね、 リーブ一人がそう思ったって行動してくれたとしたって『普通』は変わらないの。
寧ろそんな考えを持ったリーブが異端だって爪弾きにされちゃう。 私はそれ、 嫌だなぁ。
だから必要なんじゃない? あんな感じの『普通』の考えを持った人が」
言いたい事は分かる。
でも納得は出来ない。
それに俺だって、 この世界で13年間生きてきて学んだ事がある。
「俺だって『普通』や『常識』は分かるよ。 モォトフで見て、 先生から学んだから」
すかさずレナに言い返されるが、 俺と黙っちゃいない。
ここは引けない。
「モォトフの街や伯爵様は特殊なの。 そのままの知識で世界を回るのは危険だと思うな」
「だからと言って、 俺はあの発言や考え方は許せない」
「ほら、 だからだよ」
「俺の何がいけないんだ? 」
「いけない訳じゃないよ。 寧ろ嬉しいの」
「だったら! 」
「でもその考え方はね、 きっといつかこの先大きな衝突を産むよ? 」
「俺は別にいい」
「それに私が巻き込まれてもいいの? 」
「......」
言い負かされた。
それを持ち出されては何も言えなくなってしまう。
所詮は俺のひとりよがり、 いつか誰かを巻き込みトラブルを起こす。
そういう事か。
「ごめん。 卑怯な言い方だったね」
レナは謝ってくれた。
勿論さっきの言い合いが全て彼女の本心という訳じゃないだろう。
しかし響いた、 ショックだった。
俺のやり方は間違っているのか。
「リーブ」
再び項垂れた俺を見て、
レナは松葉杖を使ってベッドまでやって来てくれた。
そして隣に座り、 両手で俺の両頬を包んで顔を上げさせる。
彼女はそのまま、 僅かだが微笑んでくれた。
「私はね、 リーブに考え方を変えて欲しい訳じゃないんだよ? 寧ろずっとそのままでいて欲しいんだ」
そう照れ臭そうに言うレナ。
顔が近い。
互いの息がかかりそうだ。
何故だかドキドキする。
「リーブには『普通』や『常識』に染まって欲しくないんだ。
でもだからこそ、 近くにああいう人を置いておいた方がいいんじゃないかな? 『常識』に染まったあの人が。
そこら辺はあの人に押し付けて、 リーブはそのままでいればいいんだよ。 そうすれば色んな事も難しく考えなくていいんじゃない?
それがあの人の言ってた利点だと、 きっと」
レナの顔が近い。
平人の中ではかなり可愛い部類であろう彼女の顔が。
そう言えば、 鱗人の中ではレナの顔はどういう部類に入るのだろうか。
やっぱり可愛いのかな? それとも.......。
じゃなくて。
そうか、 利点か。
流石はレナだ。
案外打算的に話を聞いて考えていたようだ。
俺は感情的になっていた為話半分だったのに。
ええと、 なんだったっけか。
ラッキーは、
同行の話をしてきた時、 一緒に自分を連れていくメリットを語っていた。
一つは、 自分が様々な常識を知っている事。
田舎から出て来た世間知らずの俺たちには、 常識人の大人の同行が必要だろうという話だ。
二つ目は、 自分が冒険者だからという事。
西大陸の殆どを回った冒険者であるというラッキー。
その経験やコネや顔の広さ、
そして魔物に対する知識が、
旅や魔物図鑑作成に役に立つだろうという話だ。
彼は同行のメリットとしてこの二つを提示してきた。
一つ目に関しては、
言い方も腹が立ってその時は必要ないと思っていたが、
レナの話を聞けば確かにとも思える。
モォトフの街しか知らない俺。
鱗人であるレナ。
そんな二人が世界を回るの為には『常識』を知った人間が必要なのかもしれない。
悔しい話だが。
それに、 将来魔物を観察する為には世界中を回る必要がある。
そこまでレナを巻き込むつもりはないし、 ラッキーなんて以ての外だ。
だったら今のうちにこの世界の『常識』を、
一人ででも回れるようにしておく必要があるのだ。
長い目で見ればより必要な事に思えてきた。
レナ様々だ。
そしてそう考えると二つ目にもかなりメリットがあるだろう。
彼は冒険者らしいからな。
冒険者。
所謂この世界の何でも屋だ。
世界中を飛び回り、 失せ物探しから宝探し、 そして魔物退治まで請け負う職業なのである。
彼らは『冒険者組合』というものに所属し、 そこから仲介を受け仕事を貰う。
確かに何でも屋だが、 その大きな存在理由として、 魔物退治が挙げられる。
つまりは対魔物のプロフェッショナルという訳だ。
まぁこれも先生から聞いた話だが。
そう考えれば、
彼の言った経験やコネは旅に役に立つだろうし、
魔物の知識は魔物図鑑に活かせる。
勿論これはラッキーと先生に聞いた話から想像したものだ。
実際に彼の実力を見て確かめるしかないだろうが。
何にせよだ。
この二つの利点は確かに悪い話じゃない。
寧ろ願ったり叶ったりか。
流石はレナだ。
俺が感情的になっていた時、
自分も怒ってもおかしくないのに冷静に利点について考えていた。
頼もしい限りである。
これからは一人で考えず、 ちゃんとレナに相談しよう。
そう思えた。
そして、 答えは決まった。
「うん、 分かった。 彼を連れて行こう」
踏ん切りがつくとなんだかスッキリした。
レナもそれを感じてか、 少し微笑んで「それがいいよ」と返してくれる。
本当はほぼレナが出した答えなのにな。
俺が決定してしまって申し訳ない気もする。
いや、 でもいいんだ。
これは俺のワガママを叶える為の旅だ。
責任は俺が取らなくちゃな。
兎に角、 返事は固まった。
このままラッキーに伝えようと思ったが、 いつの間にか夜も老けていた。
話すのは明日にする事にして、 レナは自分の部屋に帰る事にした。
松葉杖に慣れてきたとはいえ、 レナはまだ上手く歩けない。
手を貸して部屋に送ってやる。
しかしこれもどうにかならないものか。
俺の負担は別にどうでもいいんだが、 レナがずっとこの調子じゃ可哀想だ。
何か手はないだろうか。
最終的には尻尾を生やす事を目指すが、 それまでずっとこれじゃあ不便で仕方ないだろう。
そこら辺も考えていかなきゃな。
「それじゃおやすみ、 リーブ」
レナを彼女のベッドに座らせ、 部屋を出ようとしたら声を掛けられた。
こっちからも挨拶を返したが、 ふと気になる事が頭を過ぎった。
それはラッキーの去り際の何気ない一言だ。
でもそれを聞いてからレナの態度が少し変わった気がする。
気の所為かもしれないがそうじゃないかもしれない。
あの言葉でレナがラッキーを信用しようと思ったのかもしれないしな。
「レナ、 一つ聞いていいかな? 」
部屋を出ようとした俺がそんな事を聞いたのでレナはキョトンとしていた。
俺はその顔に向けて質問をぶつける。
「新婚旅行は邪魔しないって、 どんな意味だったのかな?
」
素直に聞いた。
何の他意もなく。
でもどうやら聞かない方がよかったらしい。
それを聞いたレナの顔が、
キョトンから、 みるみる真っ赤になり怒った表情になったからだ。
あ、 やばい。
そう思った時には遅かった。
彼女は松葉杖を使って立ち上がり、
そして片方の松葉杖を軸にクルリと一回転し、
もう片方の松葉杖で俺の顔を思い切り殴ってきたのだ。
「ぐぼぉあっ!! 」
俺は変な声を上げながら部屋の外に飛ばされた。
理不尽だ。
いやこっちに原因があるのか。
でも分からないからやっぱり理不尽だ。
「リーブの!! ばかぁぁああああっ!! 」
そしてそんな事を叫び、 扉を勢いよく閉めるレナ。
こんな夜中に周りに申し訳ない。
レナは悪いけど悪くないです。
俺のせいです、 恐らく。
レナが去った後、 俺は殴られた頬を押さえながら立ち上がった。
涙が出てくる程に痛かったが、
それよりもレナが松葉杖を上手く使えるようになった事に感心していた。
俺ってズレてるな。
やっぱりラッキーの提案を聞く事にしたのは正解だったんだろう。
そしてその瞬間、
レナの動きを思い出し、
閃いた。
俺は上機嫌で微笑みつつ、
他の部屋の客から文句を言われながらも、
やっぱり嬉しくて笑って部屋に戻った。
それは、
この短い間に、
『二つ』の事の糸口を見つけられた嬉しさによるものだった。
◇◆◇
次の日の朝、 俺たちは二人でラッキーに話をしに行った。
彼は宿屋の一階にある酒場兼食堂で朝食を取っている所だった。
メニューは、
硬そうなパンに、 ベーコンのような肉を焼いたものと、 スクランブルエッグらしきもの。
どこの世界も朝食というものは変わらないらしい。
俺から言わせれば欧米風だが。
本当に欧米かどうかはさておき、
ラッキーが食べてるそれはかなり食欲をそそられる。
パンは硬そうだが大きく、 空いた腹を満たしてくれるだろう。
ベーコンはカリカリに焼けてて肉汁を溢れさせている。
若い身体には最高の誘惑だ。
そして極めつけのスクランブルエッグ。
一見ベーコンに劣るようにも見えるが、 そのふんわりとした見た目が味の濃い肉を中和してくれるだろう。
そしてそれらが合わさった匂い。
美味しそうに食すラッキー。
全てが俺を刺激する。
つまり、 簡単に言えば腹が減ったのである。
隣を見ればレナも涎を垂らしていた。
彼女のカゲト族てしての、 トカゲてしての本能が刺激されているのかもしれない。
トカゲが何を食うのかは知らないが。
そしてかなり失礼だな俺。
ごめん、 レナ。
まぁ兎にも角にもこんな光景を見せられたらたまったもんじゃない。
俺たちも同じものを注文し席につく。
当然のように朝食もタダだった。
村人を救ってくれたお礼の続きなんだろう。
しかし事を解決したのはラッキーだ。
レナも被害者だったしこれぐらい甘えてもいいと思う。
けど俺は何も今回何の役にも立ってない。
なんだか申し訳気持ちになる。
......と、 思ったが。
よくよく考えればラッキーも何もしてない。
運が良かっただけだ。
そのラッキーが朝食のサービスを受けているのだ、
俺もそれを受けて然りというものだろう。
うん、 そういう事にしておこう。
全てはラッキーの幸運の祝福のおかげなのは分かっているが、 そういう事にしよう。
だって腹が減っているんだもの。
料理が運ばれてくる。
俺たちはそれを無言で食べた。
美味かった。
そう言えばモォトフの街を出てからまともな食事はこれが初めてだ。
初日の夜は干し肉だったし、
そこから丸一日何も食わずで、
そして昨夜は祭りの出店で買い食いのようなもの。
それも美味かったのは間違いないが、
こうして食卓を囲んで皿に乗っている食事を摂ると、
自分が人間だった事を思い出す。
ありがとう、 宿屋。
ありがとう、 主人。
ありがとう、 朝食。
ありがとう、 その素材たち。
その命は無駄にしない。
そんな全てに感謝しつつ、 俺たちは朝食を平らげた。
そして満足気な表情を浮かべ部屋に戻ろうとした時、
「......君たち、 何をしに来たんだい? 」
正気に戻された。
◇◆◇
「いやぁ! 嬉しいなぁ! でも受けてくれると思ってよぉ! 」
本題に入り、 ラッキーの同行を許可する話をした。
と言うよりもお願いだ。
こっちは同行して貰って助けて頂く立場なのだ。
「こちらこそよろしくお願いします、 ラッキー。
俺たちみたいな未熟者に手を貸してくれるなんて......本当に有難い。 感謝の言葉が足りないくらいですよ」
だからなるべく下手に出る。
こういった事でトラブルを起こしたくはないからな。
これで最初の礼儀としては十分だろう。
......と、 思ったが。
それを聞いたラッキーはなんとも複雑な表情をしていた。
そして呆れたように口を開く。
「堅いなぁ、 ライブルは。 本当に成人したばっかなの?
ていうかさ、 こういうのはもっと軽く柔らかくいかないと。 これから背中を預け合う仲間になる訳だし、 もっと肩の力を抜いてよ」
む、 そういうものなのだろうか。
最初の挨拶は失礼のないようにと思ったのだが。
これは俺が他人との距離感を測るのが苦手なのか、
それとも冒険者とはそういうものなのか、
どうにも難しいところだ。
「それにほら、 いつまでも敬語で他人行儀じゃなくてさ、 気軽に話してよ。 仲間なんだから」
そして続く彼の発言にどうにも構えてしまう。
しかし郷に入っては郷に従えだ。
俺もその言葉に習うとしよう。
「分かった。 よろしく、 ラッキー」
「ああ。 よろしく、 ライブル」
フランクになった俺を見てラッキーが微笑む。
そのままどちらともなく握手を交わす。
「これからは僕に任せって! 運でなんでも乗り切っちゃうし、 そうじゃなくても経験と知識と常識で助けてあげるからさぁ! 」
そう自慢げにしつつも優しく微笑んでくれるラッキーは実に頼もしかった。
しかしとても胡散臭かった。
彼の本心は分かっている。
ただの暇つぶしだ。
物珍しい俺たちを間近で見ていたいだけだろう。
まぁ善意もゼロという訳ではないだろうが。
けど別にそれはいいのだ。
例え彼が俺たちを自分の為に利用しようとするのは構わない。
だったら俺たちもラッキーを利用するだけの話だ。
昨晩レナの言ったように、
俺たちには経験豊富な仲間は貴重な存在だろう。
本来ならそれ無しで王都まで向かう予定だったのだからな。
ならばその手助けを存分に頼るべきなのだ。
だがそうなるときちんと確かめなければならない。
ラッキーの利用価値を。
「なら早速聞いてもいいかな? 」
俺はにこやかにそう問いかけた。
勿論本心からの笑みじゃない。
営業スマイルというやつだ。
それを感じ取ったのか、
ラッキーは苦笑しつつも、
「どうぞ 」と受け入れてくれた。
だから遠慮なく続ける。
「君が何が出来るのか知りたい。
『運』抜きで」
それはあまりにも抽象的なお願いだった。
でも彼ならこれで分かる筈だ。
自分が、 値踏みされている事を。
ラッキーの『幸運』は強力だ。
それだけで俺たちにとってメリットは大きいだろう。
しかしどうにも不安要素が多過ぎる。
『運』という事はコントロール出来るものではないだろう。
そして話を聞く限り半自動的に発動している。
しかも、 ラッキーに都合のいいようにだ。
つまりはラッキーにとってはいい事であっても、
その運がもたらしたか結果が俺たちにとって都合のいい結果になるか分からない。
だからこの『幸運』はあくまでオマケと考える事にする。
つまりだ。
ラッキーを仲間にする本命は、 その知識や経験の部分という訳だ。
だとしたら俺たちは知る権利がある。
いざ旅を引き連れてから、
俺やレナの持っている知識と大差ないと分かっても困るからだ。
だから今ここでその有用性を確かめるのがベストなのである。
まぁつまりは、
「旅に着いてきたかったらいいとこ見せてみろ」、
って事だ。
下手に出る?
礼儀を見せる?
旅の同行を頼んで来たのは向こうだ。
そして彼は、 これからは仲間だと言った。
だったらもう下手に出る必要はないだろう。
これは、 向こうの望んだ事なんだから。
......。
我ながら性格が悪いと思う。
でも必要な事なんだ。
それは分かっているが、
俺は今、
レナの顔が見れない。
どんな風に思われているのか、 怖い。
なんにせよ情けないな、 俺は。
「君、 中身はおじさんなんじゃないの? 」
ドキッとした。
何を言われた?
落ち着け、 今のはラッキーの言葉だ。
見ればラッキーが苦笑しつつも、楽しそうだ。
俺が予想外の事を言ったから面白いんだろう。
焦った。
別に俺の心を見透かされるのはいい。
けど、 『転生者』なんじゃないかとバレたかと思った。
当然そんな事はないだろう。
俺の意地悪い対応に、 大人の汚さを見たから皮肉を言っただけの筈だ。
『転生者』はこの世界で有名だ。
様々な思惑で、
利用しようとする者、
抹殺しようとする者、
そんな輩がいると聞く。
俺は『転生者』ではない。
しかし前世の記憶を持っているのは確かだ。
それがバレたら言い逃れが出来ない。
その時初めて理解した。
街の外では、 今まで以上にそれを隠さなくてはいけないという事を。
そして思った。
俺はずっと自分を隠して生きていかなきゃいけないのか?
隠す。
それは前世の事だけか?
それとも......。
「うん、 分かったいいよ」
「え? 」
一瞬なんの事を言われたか分からなかった。
でも直ぐに俺の言葉に対する返答だと気づく。
「任せてよ。 僕がどれだけ優秀か君たちに見せてあげようじゃないか! 」
ラッキーは意気揚々としていた。
俺の予想外の反応を楽しんでいるのかもしれない。
......。
落ち着け、 気持ちを切り替えろ。
ラッキーは俺を『転生者』と思った訳じゃない筈だ。
今は彼を見極める事に集中するんだ。
そう自分に言い聞かせつつも、
俺の思考はボヤけていた。
それでも、 やるしかない。
この男を利用する為に見極めるのだ。
こうして、 俺たちは新たな仲間を迎える事になった。
しかし俺の頭はそれどころじゃなかった。
そんな俺を見て、
レナが何か考えてる事に、
俺は気づかずにいたのだった。
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