第1項 「怪獣好き、 語る」
『怪獣博士』。
前世での夢を取り戻し、 今世でそれを叶えると決めた。
ここから俺の新しい人生が始まる。
しかし決めたはいいものの、 何をすれば怪獣博士になれるんだろうか。
まずはそれを知るところから始めるしかないようだ。
「かいじゅう、 博士? それはどういったものなんだ? 」
父に全く同じ事を聞かれて答えられない俺。
どうにも夢を叶えるというのは一筋縄ではいけないらしい。
そもそも父は何故、 俺を『転生者』と認識した途端、 『何をするか』等聞いてきたのだろうか。
「まずその、 かいじゅうって言うのはなんなんだ」
父は更に聞いてくる。
何を言ってるんだ、 貴方だって見たじゃないか。
「おとうさんがぼくの目の前で倒してたやつだよ」
それを聞いて彼はふと考え何かを思い当たったようだ。
「あれは魔物だ。 『転生者』は魔物をかいじゅうと呼ぶのか? 」
ああそうか。 あれが魔物と言うのか。
魔物、 モンスター。
怪獣と同じく空想上や伝説の生き物。
元の世界では神話や昔話なんかが元になったゲームや漫画に出てくるものだったか。
俺はそこら辺に触れた事がない為知識はないが、 それがそういうものだとは知っている。
怪獣に概念が似ていたから無意識にアンテナを立てていたんだろう。
しかしだからこそ、 無意識にそれ以上知ろうとしなかったのかもしれない。
怪獣を、 思い出すから。
「つまりお前は『魔物博士』になりたいという事か?」
「......どうなのかな? 」
「いや俺に聞かれても......」
父の問いに首を傾げると同じ仕草を返された。
前世の記憶が戻ってもやはり親子という事か。
しかし困った。
俺はこの質問の答えを断定出来ない。
怪獣=魔物かどうかが分からないからだ。
うん。 まずはそこのすり合わせが必要だな。
俺はまず、 怪獣とはなんぞやと父に説明する事にした。
「いや、 そういう話をしたい訳では......」
父が何か言いかけたが構わず語り出す。
俺はこの時、 久しぶりにワクワクしていた。
前世では忘れていた感覚を取り戻したのだ。
時空を、 生死を超えた情熱が爆発したのである。
怪獣。
空想上の生き物。
人類の脅威。
彼らはそんな存在だ。
俺は自分の前世には架空の生物に憧れていたと前置きをし語り始める。
しかし説明するにあたり、 一言に怪獣と言ってもそれだけでは線引きが難しかった。
等身大のヒーローが戦う怪人も怪獣と言えるのか?
宇宙から侵略してきた宇宙人は?
否! そうじゃない。
実際のところは知らないが、 俺にとっては違うのだ。
怪人も宇宙人も極論を言えば『人』だ。
決して怪獣ではない。
怪獣は人とは違う方法で生きている。 動物と同じなのだ。
それよりも凶暴で脅威なだけ。 人間とは違う生き物なのである。
そうなると伝説上の生き物も怪獣だと言ってもいいのかもしれない。 それなら......。
いつの間にか説明は自問自答へと変わっていた。
こんなに難しく考えた事はなかったかもしれないが、 幼い頃の俺はこんな感じだったのだろう。
段々と、 前世の記憶が、 特に怪獣が好きだった頃の気持ちが鮮明に思い出されていく。
俺はその調子で口と思考が動く限り語り続けた。
ふと父の方を見ると、 彼は口をあんぐり開けて固まっていた。
しまった。 語り過ぎたか......。
いやきっとそうじゃない。
生まれ変わってから俺は何かを語る事なんてなかった。 それどころか、 こんなに一気に喋った事もないだろう。
『転生者』というのがこの世界でどんな存在なのかは知らないが、 喋り始めて一年足らずの息子がこんなにも流暢に熱弁をしていたら驚くのも無理はない。
それに気づくと俺は少し冷静になれた。
だからそれ以上ダラダラと語らずに纏めの一言を父に伝える事が出来た。
「独自の生態系を持つ、 動物でも人でもない種族の総称......かな? 」
それを聞いてさらに口を大きく開ける父。
む、 言い方が固過ぎたか......調整が難しい。
しかし一言に纏めたのは効果があったらしく、 父は少しの思考の後、 呟くように口を開いた。
「なるほど。 それなら魔物と同じなのかもしれない......」
ほう。 実に興味深い話だ。
この世界に長年生きている男がそういうのだから間違いないだろう。
しかしそこまで聞くと、 俺も魔物の事を知りたくて堪らなくなっていた。
何より怪獣=魔物なのかをハッキリしなくてはいけない。
「いやだからそういう話よりも先にだな......」
魔物の事を聞くとそう返された。
焦れったい。 何故俺が怪獣の事で我慢しなくてはならないのか。
俺はそこで引かなかった。
子供のようにしつこく聞いた。 実際子供だしな。
けど向こうは少なくとも俺を実年齢の子供ではないと分かっているから引かなかった。
でもそれでも聞いた。 ワガママを言った。
すると父は結局話してくれた。
なんだかんだ自分の子供は可愛いらしい。 やっぱり父親だ
前世の俺の親もこうだったんだろうか。
まだそこまでは詳細には思い出さない。
だからそこは一先ず置いておいて、 少し嬉しそうにニヤケながらも困り顔の父の話を聞く。
「魔物というのはそうだな。 人の、 人族の敵だ」
魔物。
野生動物とは違う、 人を襲う事を一番の目的とする生物。
父はそう話し出す。
動物はこちらから危害を加えたり特別な理由がなければ、 警戒して人を襲わない。
しかし魔物は人を見かければ問答無用で襲ってくる。 むしろ人を探して襲おうとするやつもいるらしい。
姿は様々、 つまり種族は沢山いるという。
人を襲う理由は分かっていない。 しかしそういうものだというのは間違いないらしい。
人型のものもいるがそいつらも人族にはならないとか。 決定的に違うのは人を襲うかどうかだ。
そして魔物は人とは違う生態系で、 種族によっても生活スタイルが違うらしい。 それぞれが独立した生物なのだと言う。
そして何より、 人の天敵だ。
俺はそんな話を食い入るように聞いていた。
何も発さず、 ただ頷いていた。
きっと目を輝かせていた事だろう。
怪獣だ。
頭の中にはそれだけが浮かんでくる。
確かに確実な差異はある。
しかし人に恐れられていると考えれば根本的には同じだ。
サイズも様々だと言うし、 巨大なものもいると言う。
何より、 俺がさっき定義した怪獣の『独自の生態系を持つ動物でも人でもない種族の総称』にも合致する。
怪獣だ。
魔物=怪獣なのだ。
俺は自分の心が踊るのが分かった。
「そんなに魔物なんかの話が楽しいのか? 」
父はそんな俺を見て、 呆れたように笑っていた。
しかしどこか嬉しそうだ。
息子の楽しそうな姿を見て感慨深いのかもしれない。
しかしその心情は複雑だろうな。
なんせ中身はただの子供ではなく、 今までの息子とは違うだから。
......もしかすると俺は、 彼を苦しめているのだろうか。
「それで? 話を聞いた上で、 それでもお前は『魔物博士』になりたいのか? 」
彼は最初と同じような質問を投げ掛けてくる。
何をするのか、 その問いかけの延長だ。
話が俺の事に戻った。
それは『転生者』としての俺に対する質問だ。
しかし、 どうにもまだ俺を息子として見てくれているらしい。
果たしてこのままこの人の元にいていいのだろうか。
その優しさにそんな事を考えてしまう。
「ライブル」
名を、呼ばれた。
「ごちゃごちゃ考えてないで、 話せ」
俺はその言葉に。
現世の息子としてなのか。
前世の取り戻し切れてない親の記憶を思い出したのか。
素直に従ってしまった。
「ぼくは......『魔物博士』になりたい......! 」
「......そうか」
父はそれ以上何も言わない。
俺も言葉が見つからない。
沈黙が続いた。
気まずい。 何か話さなくては。
そう思い口を開こうとした時、 部屋のドアがノックされた。
「待っていろ」
父はまた一言だけそう放つと部屋を出ていく。
「......はぁあああああ」
思わず大きな溜め息が漏れた。
気づけば、 俺はシーツを強く握り手に汗をかいていた。
全身に力が入っており、 溜め息と共にそれが抜けていくが分かる。
俺は緊張していたのか......。
部屋の外から話し声が聞こえる。
父と、 相手はこの屋敷の主のようだ。
その会話の中で。
「俺はライブルを鍛える」
そんな言葉が聞こえたが、 理由は分からなかった。
そう、 今の俺には分からない事だらけだ。
前世の記憶を取り戻したが、 本当に生まれ変わったのだろうか?
『転生者』とは?
そもそもここは本当に別の世界なのか?
魔物。 それをこの目で見たから間違いはないと思うが......。
俺には、 魔物以外には知らなければいけない事が沢山あるようだ。
「ライブルが......」
父がまた俺の名前を呼んでいる。
そう、 俺はライブル。
ライブル・アンウェスタ。
今世での名だ。
父が呼んだ俺の名前を噛み締めつつ、 ベッドから部屋の窓の外を見る。
そこには桃色の花弁が風で舞っていた。
季節は春。
その日は俺の、 ライブルの。
3歳の誕生日だった。