幕間 「暇嫌い、 歓喜する」
『不運のラック』。
ラック・イズベルタはとある貴族の家に産まれた。
イズベルタ家は大きな一族の分家である。
その一族は常に権力争いをしており、 彼の家もその渦中にあった。
常に本家を乗っ取ろうと策を講じていた。
その策の一つが、 子供に『祝福』を与える事だった。
選ばれたのはイズベルタ家の三男。
当主にはなれないが、 権力争いに利用出来ると考えたのである。
『祝福』にはリスクを伴う。
与えられる『魔言語』とは相性があり、
例え適合しても身体が単純に耐えられない可能性もある。
だから三男である彼に『祝福』を施したのだ。
死んでも家に影響がない故に。
選ばれた魔言語は、
幸運を意味する『ラック』。
彼自身に、 そして家に、
幸福が訪れるようにと願いを込めてのものだった。
その思惑は成就する。
三男が『ラック』になってからと言うもの、 イズベルタ家には金が舞い込んで来るようになった。
家に都合のいい事が起こり、 分家の中でも優位な立ち位置に上り詰めていった。
このまま行けば本家に手が届く。
そこまでの地盤を固めた時、 ある出来事が起こった。
本家がラックを養子として迎えると言ってきたのだ。
当然イズベルタ家はこれを拒否。
一族の覇権を手に入れられる駒を本家に渡すつもりはなかった。
ラックはイズベルタ家において都合のいい存在。
いるだけで富や名声が舞い込んでくる。
そんな彼を手放すメリットがなかったからだ。
当然本家はそれを許さなかった。
様々な手を使ってラックを手に入れようとした。
しかしその度に、 彼の運によって、 防がれてしまったのである。
そこで本家は考えた。
やり方を変えたのだ。
ラック本人にモーションをかけるようになったのである。
本家の人間は言葉巧みに彼を誘った。
「もっといいものを食べさせてやる」
「欲しいものはなんでも買ってやる」
そんな甘い誘惑に唆され、
ラックは次第に本家に興味を持っていく。
この頃から、 イズベルタ家に影が差し始めた。
ラックの能力は運。
当然ながらそれをコントロールする事は出来ない。
しかし法則性はあった。
はじめは「イズベルタ家が幸運に恵まれる」ものだと思われていた。
しかし実際には、 「ラック自身が幸運に恵まれる」というものだった。
つまりは彼の都合のいいように運勢が傾くのだ。
それに気づいた時にはもう遅かった。
ラックの興味が本家に移った事により、
イズベルタ家自体の運が傾いた。
そしてあっという間に没落してしまったのだ。
こうして、 ラックは本家へと引き取られた。
彼が5歳の時の出来事である。
◇◆◇
しかしなんやかんやあって、
ラックは本家にも興味を失う。
彼を養子にした家の運も尽きた。
その影響でお取り潰し。
本家の人間は様々な不幸に合い血筋が絶えた。
そこに至るまで僅か八年。
生き残ったラックは、 没落しても細々と残っていたイズベルタ家に戻った。
そしてその運の巡り合わせか、
長男次男は死亡し、
13歳で成人を迎えたラックが当主となる。
これが彼の生い立ちだ。
◇◆◇
ここまでの13年の人生が、
彼の人格形成に大きな影響を与える。
ラックは何事にも興味を持たない少年として育った。
何故なら、 願った事は努力せずとも叶ってしまうからだ。
当然上手くいかない事もある。
しかし最終的にはラックに利益のある形で成果が残るのだ。
全てはその『運』のおかげ。
剣術を習わなくてもどんな相手にも勝てるし、 勝てずとも傷を受ける事もない。
家に金がなくなれば、 なんらかの形で手に入るし、
頭を使わなくてはいけない場面では偶然にも思いついた事で型がつく。
全ては『運』によるもの。
『運』が全てを解決してくれる。
そんな状況で誰が努力などしようと思うのだろう。
努力をしないという事は、 何かに全力で打ち込む必要がないという事。
全力を注ぐものがなければ興味も湧いてこないのだ。
こうして、
『運』に人生を左右された少年は、
どんな事にも興味を持たず、
何もしようとしない自堕落な成人へと成長したのである。
......。
もし、 世間一般的な人間がこういう状況に置かれたら、
誰しもその現状に甘えこのまま生きる事だろう。
しかし彼は、
ラック・イズベルタは違った。
男は他人より少し頭が良くて、
少し、 頭がおかしかったのである。
彼は確かに努力はしなかった。
普通は努力が必要な事は彼には不要。
逆に考えれば、
どんな努力も彼の『運』の前では徒労と終わってしまうのだ。
何故なら努力して手に入れた成果が、 成長が、
『運』に与えられた結果を上回る事がないからだ。
そこで彼は考えた。
自分は努力せずとも最善の結果に行き着ける。
だったら他人が努力する分の労力を別の事に回せばいいと。
しかし如何なる労力も彼の前では『運』には勝てない。
何かを積み上げ成果として現れるようなものであってはダメだ。
そして考え、 行き着いた結果が、
知識を得る事だった。
しかしただの知識ではダメだ。
魔術や武術、 そして何かしらの専門分野ように、
知識を積み重ねて新たな発見を見つけてしまうものは『運』が発動すればまた意味がない。
もっと不変で、
当たり前のようにあって、
『運』の影響を受けないものでなければならなかった。
そしてラックはその条件に当てはまるものを見つける。
それは、
世界の常識だった。
『運』はラックの都合のいいような成果をもたらす。
しかし世界の常識など変えようがないし、
何よりラックにとってはこの上なく、
どうなろうとどうでもいいものであった。
こうして彼は、 常識について学ぶようになる。
そしてそこに自分の思考を委ねて行く。
常識では当てはまらない自分が、
常識の知識に染められていく。
ラックにとって、
それがなんとも皮肉で、
なんともアンバランスで、
生まれて初めて満たされていくのを感じた。
この男、
他人より少し頭が良くて、
少し頭がおかしいのだ。
◇◆◇
学んでいくうちに、
彼は常識にも種類があると知った。
地域での常識。
種族での常識。
職業での常識。
ラックは全ての常識を知り、 己の血肉にしたいと考える。
しかしそれには自分の行動範囲では限界があった。
世界に散らばる様々な常識、
それを全て知る為には世界を巡らなければいけないと思うようになったのである。
そして、 この世界にはそれに打ってつけの職業があった。
それは、 『冒険者』である。
『冒険者』。
それは所謂何でも屋だ。
彼らは金になる仕事があると聞きつければ、 世界のどこへでも赴く。
詳細の説明は今は省くが、
とにかく自由な職業なのだ。
ラックはその自由さに目をつけた。
そして、 冒険者になり世界を自由に回る事を決めたのである。
そうとなれば行動は早かった。
持ち前の運も味方し、
当主としての立場はそのままで、
その役目を丸々生き残っていた弟に押し付けたのである。
当主に特段固執するものはなかったが、 いざという時何かに使える。
ラックは悪知恵も持ち合わせていた。
こうして彼は冒険者になり家を飛び出す。
14歳になる前の事だった。
◇◆◇
ラックは世界中を回った。
......とまではいかなかったが、
西大陸シウェニストの殆どの地域を制覇していた。
行く先々で仕事を受け旅の資金を稼ぎつつ、
一年をかけて大陸を回ってのである。
これは異常な早さだ。
当然彼の運が手助けしたのは言うまでもない。
冒険者の仕事には様々な種類がある。
魔物退治。
失せ物探し。
人探し。
宝探し。
罪人の捕縛。
その他雑用等々。
ラックにとってはどれも経験したことのない仕事だったが、
全ては持ち前の運のおかげで解決出来た。
それも彼の都合のいいように。
勿論ラックはほぼ何もしていない。
だから強くなったり経験で何かを培った訳でもない。
それでも彼はよかった。
「運も実力のうち」。
それがラックの信条だったからだ。
それに経験は積めずとも場馴れする事は出来た。
雰囲気や知識だけなら並の冒険者へと成長したのである。
そしていつの間にか、
彼は優秀な冒険者として有名になっていた。
しかし当然それを面白く思わない者たちもいる。
他の冒険者たちだ。
彼らは本当の実力を伴わないラックを卑下した。
運任せの仕事を馬鹿にした。
何もしない彼を罵った。
それは僻みでしかないだろう。
けれど彼らの立場を考えればそうなっても仕方がない。
冒険者たちは、
命を賭け魔物と戦い、
より報酬の高い仕事に挑めるようになる為に、
日夜努力し鍛錬をしている。
そして少しでも運が悪ければ死ぬ。
当然のように死ぬのだ。
その危険性がないラックを良く思う者などいないのは当然である。
ラック自身はその事を気にも留めていなかった。
しかしいつしか根も葉もない噂が流れるようになる。
ラックが関わった家は没落するとか、
一緒に仕事をこなした冒険者は不幸になるとか、
そういういったものだ。
そんな噂が流れても彼はやはり気にしなかった。
というか半分以上が本当なので仕方がないと思った。
家の事はそうだし、
一緒に仕事をした冒険者も、
自分に運が回った事で死んでしまったり、
何故か報酬が自分にしか支払われなかったりする時もあったからだ。
彼も彼なりに申し訳ないとは思っていた。
しかし全ては『運』のせいなのでどうしようもない。
彼らは運が悪かったと、 ラックはそれ以上気にしてはいなかった。
結果、
彼の態度が改善しないので噂はどんどん大きくなり、
一人歩きし、
いつしか彼は、
『不運のラック』と呼ばれるようになっていた。
不運なのは彼ではなく、 彼に関わる者たちの事だが。
これにより風評被害で受けられる仕事が減った。
それでも金に困るほどではなかったし、
『運』込みの実力は認められていた為大きな仕事も貰えた。
結果的に何も変わらなかったので、
やはりラックは何も気にしなかった。
◇◆◇
こうしてラックは冒険者として生き、
行く先々で新たな常識を吸収していった。
それは彼が望んだ事だったし、
他の大陸での常識ももっと知りたいと思っていた。
しかしだ。
彼にとって、 学んだ常識はいつしか酷くつまらないものに思えるようになっていた。
知識を得る事自体は相変わらず楽しかった。
しかし内容はそうでもなかった。
始めの頃は『運』の左右されない常識に興奮を覚えていたが、
なんの刺激のない常識は次第に飽きてしまったのである。
どこに行っても自分は嫌われ者で。
どこに行っても魔物は恐れられている。
個体数の多い平人は他の人種を迫害し、
どこもかしこも自由を常識によって縛られていた。
別にそれ自体はどうでもよかった。
ただ、 常識が作り出している現状が、
拘束されているような窮屈感が、
彼には堪らなくつまらなかった。
それでもラックは常識を知ろうとする事は変わらなかった。
それに染まる事も止めなかった。
ただ一つ変わったのは、
刺激を求めるようになった事だ。
常識を知り、
それが抗えない不変なものだと知り、
それでも、 その常識を打ち破る、
そんな刺激を、
自由を、
彼は求めるようになった。
勿論自分自身はそんな存在であった。
でもそれではダメだった。
ラックは最初から頭のネジが外れている。
破天荒が常識を破ってもなんの面白みもないのだ。
博識で常識を知っており、
その常識に縛られつつも、
それを打ち破る存在。
彼は他人にそれを求めるようになった。
そんな人物を探すようになった。
探せば何人かその候補に出会えた。
今も付き合いがあり、 近くでその人物の見ていた事もあった。
今は訳あって離れてはいるが。
というよりそこに居られなくなったのだが。
そんなこんなで彼は、
自分に刺激を与えてくれる人物を探し続けていた。
そんな時彼は出会ったのだ。
ライブル・アンウェスタに。
◇◆◇
二人の出会いは偶然だった、
いや、 『運』の導きだったのだろう。
きっかけはとある村での仕事の依頼。
ゴブリンの救出と拐われた村人の救出に多額の報酬が出ると聞きつけたラックは、 その村に向かう。
ちょうど手持ちの金がなくなりかけていたからだ。
その村で仕事を受けようとしたラックだったが、
偶然にもまだ人が集まっていなかった。
そこで彼は考えた。
一人で解決して報酬を独り占めしようと。
言い訳ならいくらでも出来る。
捕まってる村人の事を考えればいても立ってもいられなかったとか、
これ以上ゴブリンによる被害が増えるのを防ぎたかったとか、
そんな人道的な事を言えばいい。
そしてなんの迷いもなく、
そしてなんの準備もせずに、
ゴブリン討伐へと向かった。
そこからはとんとん拍子。
テキトーに歩いていると、
偶然にもゴブリンの巣を見つけたのだ。
入口近くに馬車はあったが、 どうやらそれはゴブリンが奪ったものだった。
やる事は変わらない。
報酬を独り占めする。
その為に見張りのゴブリンに挑んだ。
彼は槍を武器として使っていた。
しかし槍の訓練など受けた事がないし、
自分で練習した事もない。
だがそれでも大丈夫だった。
槍を振るえば勝手に敵が刺さってくる。
今まではそれで何とかなってきた。
しかし今回は違った。
槍にゴブリンは刺さらず、
代わりに自分がコケた。
「ぐえっ!! 」
と情けない声を上げ、
「あれぇ? おかしいなぁ」
と初めてのピンチに戸惑った。
けどそこはやはり『幸運』の持ち主。
近くに隠れていた先客に助けられ事なきを得たのである。
その男、
ライブル・アンウェスタ。
彼の印象は、 ラックにとっては気にも止めないものだった。
何処にでもいる普通の男だった。
なんだか焦っているように見えたが。
それぐらいの印象だった。
本来ならそこで終わりだ。
ラックは彼に関わる事無く先に進もうとしていたからだ。
勿論礼儀として礼は述べたが、
その程度の存在だった。
他人と関わるとろくな事がない。
『運』の事で僻まれ面倒臭い事になる。
それがラックには分かっていたからだ。
それに、 この男が常識を覆してくれる存在だとも思わなかったのだ。
だからこのまま予定通り一人で巣に入ろうとしたが、
そうはならなかった。
ライブルが食い下がったのだ。
男は何故かラックの事を知ろうとしていた。
正直めんどくさかったが、
何かの『運』の巡り合わせなのかもしれないと、
この男が自分にとって都合のいい存在かもしれないと、
話だけでも聞いてやる事にした。
◇◆◇
ゴブリンの巣である洞窟を進みながら話をする。
ライブルは冒険者ではなかった。
だからラックの事を知らなかった。
『運』を利用しようと近づいて来たのかと思ったが、 そういう訳ではなさそうだった。
しかし結果は同じだ。
ライブルはラックを利用しようとしたのである。
それには彼自身を気づいていた。
ライブルの話によれば、
幼馴染がゴブリンに拐われそれを助けに来たのだと言う。
だから協力を要請された。
ラックの『魔名』にも気づいており、 その能力を知っての事だ。
その願いをラックは食い気味に了承する。
正直めんどくさかったのだ。
やろうとしている事は変わらない。
自分もゴブリンを殺し、 村人を助けに来たのだから。
でもこの男は自分を利用しようとしている。
その事実は変わらない。
報酬ついでに助けてやるか。
そのぐらいの気持ちだった。
確かにライブルはラックを利用しようとしていた。
しかしそこに邪な気持ちはなく、 ただレナを助ける為だった。
それはラックも理解している。
だが、 ラックにとっては、
邪であろうとなかろうと同じだった。
自分の『運』に巻き込まれる存在。
そういう見方でしかなかったのだ。
それにどうせこの男もロクな目に合わない。
自分に都合のいい『運』に巻き込まれ痛い目を見る。
ラックはそれぐらいの気持ちでライブルの同行を許した。
◇◆◇
ライブルへの印象が変わり始めたのは少し進んでからだ。
この男がそれなりに優秀な魔術師だったからである。
本人は自分が魔術師であるという自覚はないようだったが。
入り口にいたゴブリンは逃してしまった。
だから奥から何匹かのゴブリンは外へと向かっている。
しかし二人はそれを見付かる事なくやり過ごしていた。
それはライブルの魔術のおかげだった。
詳しくは分からないが、 敵に見つからないような魔術を使っているようだった。
同時に、 暗い視界を確保出来る魔術もだ。
ラックはこんな魔術は見た事がなかった。
正直驚いて興奮した。
しかしその程度だ。
ライブルの使った魔術は知らないが、
冒険者には似たような事が出来る者もいた。
だから特段珍しいものではなかった。
ライブルの印象が、
「自分の『運』を利用しようとする者」から、
「自分の都合のいい結果も得る為に『運』が用意した便利な存在」に変わっただけだった。
◇◆◇
分岐点を幾つか越える。
これはラックの『運』で正解を選び続けた。
ライブルはそれに驚きっぱなしだった。
会話はあまりない。
ゴブリンに見つかってしまうというのもあったが、
どちらもあまり口を開かなかったからだ。
始めのうちはライブルの魔術に興味を持ったラックが話しかけていたが、
次第にそれもなくなり口数が減った。
ライブルの方は最初のうちは質問をしていたし、
作戦を立てようと必死に話しかけていたが、
「僕の『運』があれば作戦なんて必要ないよ」
とラックに言われ、 何も言わなくなった。
それにライブルは緊張していたのである。
ゴブリンを殺すかもしれない展開に、
失敗出来ない状況に、
とてつもないプレッシャーを感じていたのである。
ラックも緊張している様子には気づいていたが、
何故そうなっているのかまでは分からなかった。
◇◆◇
暫く進むと、 二人は洞窟の最奥に辿り着く。
ここでラックのライブルへの印象が更に変わる。
二人が行き着いた場所はゴブリンの住居だった。
そこには半径50m程のドーム状の広い空間があり、 幾つかの家のようなものが建っていた。
一見すると人間の集落のようだった。
それを見てライブルの決心が鈍る。
ゴブリンは人間と変わらない生活をしているように見えたからだ。
あくまでその集落の外観を見ての話だが。
それでも、 これから殺そうとする相手に対する迷いが生じるには十分だった。
そこで気づく。
自分の決めていたルールなど意味がない事に。
人間に手を出したゴブリンは殺す。
そう決めていたが、 それをどうやって判断すればいいのか。
そして、 そうだと分かってもこうして生活をしているヤツらを殺せるのか。
そう思ってしまったのだ。
ライブルは現実から逃避するように視線を映す。
しかしその行為がまた彼を迷わせる。
その視線の先、
そこはゴミ捨て場だった。
だがただのゴミ捨て場じゃない。
骨があった。
一目見て人骨と分かるものが転がっていた。
ゴブリンは確実に人間を食べている。
その事実を知り、 ライブルはどうしていいか分からなくなってしまった。
対するラックは動じてなどいなかった。
集落を作る魔物も、
人骨も、
冒険者にとっては当たり前の光景だったからだ。
彼は気にせず先に進む。
ゴブリンを見つけ、 殺す為に。
ライブルはそれについて行くしか無かった。
二人の思考はバラバラだった。
片方は、
ゴブリンに出会ったらどうしたらいい、
殺すのか、 逃がすのか、
そればかり考えていた。
もう片方は、
どんな『運』でゴブリンが死ぬのか、
ライブルはそれにどう関わるのか、
そんな事を考えていた。
しかし、 どちらの思考も無駄になった。
ゴブリンはもう既に、 全滅していたのだ。
さっきの場所からは見なかったが、
道端に、
家の裏に、
家の中に、
多くのゴブリンの死体が転がっていた。
少し調べて分かった事だが、 この空間には毒ガスが充満していた。
それも、
空気よりも重く地面付近に溜まるタイプだ。
二人はずっと立っていたので影響はなかったが、
身長の低いゴブリンたちはモロに吸ってしまったのである。
結果は全滅。
この居住区にいる全てのゴブリンが死に絶えた。
(こんなもんかぁ)
ラックは正直拍子抜けだった。
ゴブリンと戦闘になる事は流石に想定していたし、
その中でどうライブルが動くかを楽しみにしていたからだ。
それがなかった事で退屈してしまったのである。
しかし、 そんな彼の興味はすぐに別に移った。
そのライブルにだ。
◇◆◇
ライブルは、 一つの家の中で立ち尽くしていた。
そしてゴブリンの死体を見つめていた。
拳を握り締めながら。
その視線の先には、 三匹のゴブリンが横たわっていた。
二匹が大きく、 一匹が小さい。
大きいゴブリンたちは、 小さいゴブリンを守るように抱え、
三匹一緒に死に絶えていた。
親子だった。
家族だった。
この家には彼らの暮らした跡があった。
人食いの魔物でも、 愛を持って暮らしていた。
それがライブルには分かったのだ。
彼はそれを知り、 何が正しいのか分からなくなってしまった。
そして、 自然と涙が溢れた。
ラックはその様子を見ていた。
そして驚きを隠せなかった。
(魔物が死んで、 悲しんでる......?! )
それは、
ラックがどこを回っても見た事のない事だった。
常識ではあり得ない事だった。
魔物は危険な存在であり、 人間の天敵。
死んで喜ぶのは当然。
それが常識だった。
しかしその常識は、 目の前で簡単に破られていた。
しかもだ、
ライブルはゴブリンに幼馴染を拐われている。
それでも悲しむ事が出来るなんて。
ラックにはない思考だった。
そもそもこの世界にはない思考だ。
そして思った。
この人物こそが、
自分の求めていた、
常識を打ち破ってくれる存在なのではないかと。
◇◆◇
そしてラックの思いは確信に変わる。
それは別の空間で捕まった人たちを見つけた時だ。
捕まった村人たちは他の空間にいた。
住居と同じようなドーム状の場所だったが、
こっちにはガスが発生していなかった為皆無事だった。
そこにいたのは女性や子供ばかりで人数は10名程だ。
そして『幸運』な事に、
偶々その場所にそれだけの人数を乗せられる馬車が数台あり、 馬も対応する数がいた。
馬車を操れるものも村人の中にいた。
当然これはラックの『運』のおかげだ。
特段本人も驚く事はなかった。
問題はこの後だ。
村人たちを馬車に乗せ洞窟の外へと向かわせる。
ラックはライブルに対し、
『インビジブル』を彼女らにも使うよう指示した。
更に馬車や馬ごと擬態しろとも。
彼の狙いはこうだ。
これで外に行ったゴブリンにも見つからない。
もし見つかったとしても馬車で突撃すれば殺せる。
見つからなくても突撃して殺せる。
殺せなくてもあの毒ガスで全滅する。
脱出とゴブリン討伐を同時にこなすつもりだったのである。
それはあまりにもずさんな作戦だった。
けどラックは自分の『運』を信じた。
ゴブリンを全滅させ、 村人を救出しないと報酬が貰えない。
逆に言えばそれをクリアすれば報酬は独り占め。
そんな自分に都合のいい展開に運が転ぶと信じてやまなかったのだ。
実際ライブルもそれに乗るしかなかった。
それが一番彼女らを助けられる可能性の高い方法だった
だから言う通りにする。
自分の魔力が枯渇する寸前まで。
こうして、 二人は住民を逃がす事に成功したのだ。
住民を逃がすと二人だけが残った。
いや、 正確にはもう一人いた。
レナだった。
彼女はライブルと共に行く為にその場に残っていたのだ。
ラックも彼女がライブルの幼馴染だろうと直ぐに気づいた。
しかし特段レナには興味を示さなかった。
松葉杖を持っているのが気になったくらいだ。
だがラックは、
なんの気なしに、
レナに近づいた。
普通に挨拶するつもりだった。
けど彼は気づいてしまった。
レナの鱗に。
この時の彼女は、
偶然にも、
化粧が落ちていた。
鱗人である証拠を隠せていなかったのだ。
それを見たラックは言う。
「うわ、 『ウロコ』じゃん! 気持ち悪っ! 」
そう悪びれる事もなく、 笑顔で。
その時その場の空気が変わった。
レナ自身は俯いていた。
以前住んでいた所でも差別はあったし、
モォトフでも全くなかった訳ではなかった。
だから慣れていた。
傷つきはするが慣れていた。
しかし、 ライブルは違った。
彼の変化に、 二人は気付かない。
だからラックは空気を読まずに続けた。
「まさかウロコが幼馴染な訳ないよねぇ? あ、 もしかして奴隷だっ......」
それは別に彼の本心ではない。
差別するほど鱗人に興味があった訳ではなかった。
だが、 それまで培って来た『常識』が、
彼を染めたこの世界の『普通』が、
それを言わせたのだ。
けど最後まで言い切れた訳ではない。
その前に中断されていた。
ライブルの拳によって。
「っ?! 」
ラックは何が起こったか分からなかった。
しかし驚いて一瞬放心した。
その間にライブルが叫ぶ。
「レナは俺の大切な友達だ!! 」
耳を疑う。
ウロコが友達?
平人である彼の?
そんな常識は、 ラックの中にはなかった。
確かに今までもいるにはいた。
しかし圧倒的少数派だ。
そしてこんなにも堂々と言えるような事じゃない。
普通は隠す事だ、 恥じる事だ。
魔物に近い見た目をしたウロコは迫害される、 嫌われる。
それが『常識』だ。
ライブルはその常識を簡単に打ち破ったのである。
ラックは衝撃を受けた。
殴られた事自体は大した事がない。
魔力切れ寸前のフラフラの状態だった為、 力が全然篭っていなかったのだ。
だがそのパンチは、 確実にラックの心に届いた。
常識を打ち破る存在が目の前にいる。
それだけで彼は興奮を沸き立たせたが、
更に高揚させるものがあった。
(殴られた? この僕が? 『運』を飛び越えて......?! )
彼は今まで攻撃を受けた事がなかった。
全てその『幸運』が避けてくれるからだ。
しかしこの時は違った。
ラックは、 生まれて初めて拳を受けたのである。
(彼には僕の『運』が効かない? そんな事があるのか? もしかして『常識』を無視する程突き抜けた存在だから? いやもしかするとこれも『運』の導きなんじゃ? 『常識』を打ち破るような存在に会いたいと願ったからこういう形で会わせた? なら殴られた事すら僕に都合がいいって事? それとも......)
一瞬のうちに様々な思考が脳内を飛び交った。
しかし考えても分からなかった為に思考停止。
そしてある感情に行き着く。
(この人、 面白っ! )
ラックはライブルに興味を持ってしまったのだ。
常識を打ち破る姿が、
『運』すらも越えてくる気迫が、
堪らなく面白いと。
かっこいいとか、
凄いとか、
怖いとか、
喧しいとか、
そういうのではなく、
面白い。
ライブルに対する印象がそれで埋め尽くされていた。
そして思う。
彼をもっと知りたいと。
次は何をしてくるのかと。
見れば、
ライブルは再び拳を振り上げていた。
そして何やら叫んでいる。
(次はどうなる? また殴られる? それとももっと別の何かが? )
ラックの心は期待で満ちていた。
それに応えるようにライブルは叫ぶ。
「もう一度言ってみろ!! その時はお前を......」
しかしそこで力尽きる。
魔力切れで気絶したのだ。
だが、 それすらもラックの予想を越えていた。
自分の思い通りにならない存在に歓喜していた。
そして決めたのだった。
この男について行こうと。
こうして。
『不運のラック』、 ラック・イズベルタは、
最高の暇つぶしを見つけたのだった。
いつもご覧いただきありがとうございます!
ブックマークも評価も本当にありがとうございます!
皆様の応援が力になっております!
ストックに追いつきそうな為、 次回からは二日に一回の投稿とさせていただきます!
ごめんなさい! 一日お待ちを!