第24項 「怪獣好き、 運を味方につける」
2022/03/11 00:51
※挿絵追加
男は槍を構えていた。
いや、 構えていると言うよりは前に突き出してるだけだ。
別にこう、 腰を落とすとかそういう訳じゃない。
直立のままただ腕を上げて槍をゴブリンに向けているだけだった。
どう見ても隙だらけだ。
けどこの並々ならぬ自信と、 溢れ出る雰囲気はなんなんだろう。
俺は男から目が話せなかった。
ハグレは警戒している。
威嚇態勢をとって男を睨んでいる。
ゴブリンではなく、 男に対してだ。
コイツは何を感じているんだろうか。
「あれ? そっちから来ないわけ? 」
男の態度は軽薄だ。
ゴブリンを、 魔物を前にしてもそれは変わらない。
舐めてるのか、 それともそれだけの実力者なのか。
男は全身に鎧を纏っている。
銀色の鎧。
所々に装飾や模様が施されている。
この世界の防具はまだあまり見ていないが、 それが高いであろう事は分かった。
素材はなんだろう。
鉄か? 銀か?
それにしては男は重さなど感じないように軽々と動いている。
胸元回りが大きく膨らんだ胴体部分。
腕や脚も鎧のパーツで包まれ、
かなり重量があるように見えるのだが。
男の髪は金色だった。
金髪で前分けの少し長い髪。
それが夜風に揺れたり、 たまに暇そうにかき上げたりしている。
目は切れ長だがタレ目。
口元は常にヘラヘラと笑っている。
なんだろうな、 怪獣と違う既視感を覚えるな。
前世の若者みたいだからだろうな。
ギャル男やチャラ男と言ったか。
俺が男の容姿を観察している間、
向かい合った両者はどちらも動かなかった。
ゴブリンは男の余裕の態度を警戒しているように見える。
男は逆にゴブリンから何かを仕掛けてくるのを待っているようだ。
だが戦いが始まるのも時間の問題だろう。
何にせよこれはチャンスだ。
状況が変わった。
レナを救出出来る可能性が高くなったのだ。
さっきまではこの場に俺一人だった。
ハグレもいるが、 出来る事が限られるだろう。
相手の数が分からない為、 一人と一匹では対応しきれない可能性があった。
ただゴブリンを全滅させるだけなら何とかなったかもしれない。
しかし向こうには人質がいる。
それを盾にされたり、 もしくは腹いせに殺されでもしたら意味がない。
だから踏み切れずにいたのだが、
男の登場によって状況が変わった。
人数が増えれば出来る事も増える。
それにこの男は一人で来た。
本来なら多くの人数を要するであろう事に一人で向かって来たのだ。
そうなると実力者の可能性が高い。
本当にただのバカの可能性もあるが、 その時はその時だ。
手数が増えた事には変わらない。
ならばやる事は一つ。
この男を仲間に引き入れる。
どこの誰だかは知らないが、
レナを救出する為に必要なら、
俺はそれを利用する。
相手には申し訳ないが、 別に悪い事をしようとしてる訳じゃない。
それにコイツもここにいるという事は、
目的はゴブリンの討伐か人質の救出だろう。
やる事が同じなら不利益もない筈だ。
男を仲間に引き入れる事は決まった。
ハグレに話すとあまり乗り気ではないようだったが、 納得はしてくれたようだ。
コイツはあの男をどうにも警戒している。
何をそんなに構えているのだろうか。
まぁいい。
やる事が決まったら、 後はどう引き入れるかだ。
どうする。
俺も加勢するか?
先程は驚いて固まってしまったが、 今は冷静さを取り戻した。
もう動けるようにもなっている。
姿を現して共闘を提案するべきだろうか。
いや、 それなら姿を隠したままサポートをする方がいいかもしれない。
そしてその後姿を現し、 助けたような印象を与える。
その方が仲間に引き入れ易いかもしれない。
安易だが恩を売るんだ。
......。
なんだろうか。
俺ってこう、 卑怯だな。
別に元々性格がいいとは思ってもいないが、
それにしても今は顕著だ。
こんなにも簡単に他人を利用しようとする性格だっただろうか......。
あ、 そうか。
分かった。
今は譲れない事が出来たからだ。
この世界に来て大切なものが増えたからだ。
それが今はレナ。
俺の唯一の人間の友達。
その子の命が今脅かされようとしている。
それを守る為になりふり構っていられないんだ。
ハハ、 おかしな話だ。
前世では、
他人にも、
仕事以外の何事にも、
興味のなかった俺。
それが誰かの為に何かをしようとしている。
大切な人の為に、 他人を利用しようとしている。
こんな事があるなんてな。
これがいい事なのか悪い事なのか。
今の俺には分からない。
でも確実に変化している。
自分が変わっている。
それに気づいた時、
俺はむず痒くも、 嬉しかった。
......と。
浸ってる場合じゃない。
今は目の前の事に集中しよう。
この男を仲間に引き入れる。
それでレナを救えるなら。
「来ないなら僕から行くよぉ! 」
色々かんがえているうちに、
痺れを切らしたのか男の方が動き出した。
遂に、 戦闘が始まる。
むぅ、 考え過ぎて出ていくタイミングを見失ったな。
ここはやはり影からサポートして後から姿を現すしかなさそうだな。
という訳で俺は一先ずこのまま様子見をする事にした。
お手並み拝見だ。
男は槍を後ろに下げ走り出す。
次の瞬間。
男の姿が消えた。
そして、
「ぐぇっ!! 」
ゴブリンたちの断末魔が聞こえた。
俺は自分の目を疑った。
開いた口が塞がらなかった。
男は目にも止まらぬ速さでゴブリンに斬りかかり、
なんと一撃で見張りを倒してしまったのだ。
......と、 思ったがそうではなかった。
男は消えたのではない。
物凄いスピードで動いた訳でもない。
ちょっと走って、 ゴブリンの目の前でコケただけだった。
今は地面にめり込むように突っ伏している。
「ぐぇっ!! 」という声はゴブリンの断末魔ではなかった。
男がコケた時に出した情けない声だった。
俺は、 再び自分の目を疑う。
開いた口をもっと大きく開けてしまった。
当然ながら別の意味だ。
驚きを通り越して呆れていた。
「あれぇ? おかしいなぁ」
男は顔を上げ不思議そうにそんな事を言う。
それを言いたいのはこっちの方だ。
当然ゴブリンたちと目が合う。
そして顔を互いに見合わせ、 何やら相談した後、
槍を構え男に襲いかかった。
当然の結論だ。
「わっ! わっ! ちょっと待って!! 」
対する男は急いで起き上がるも、
体勢を立て直し切れずに尻もちをついて後ずさりしていた。
何とも滑稽な姿だ。
そして、
「誰か助けてぇ!! 」
と情けない声を上げるのだった。
......やれやれ。
予定とは違うが助けに入るか。
俺は『インビジブル』を解き、
男に加勢したのだった。
◇◆◇
結果から言おう。
ゴブリンには逃げられた。
俺が姿を現した途端、 巣の奥に引っ込んでしまったのだ。
人間側の人数が増え警戒したんだろう。
俺の戦力なんて分からないだろうに。
それでも未知数だから仲間でも呼びに行ったのか。
何にせよ頭のいいヤツらだ。
ちなみに助けた男はと言うと、
目の前でニコニコしながら座っている。
「いやぁ! 本当にあんがとね! 助かっちゃったよぉ! 」
男は嬉しそうにそう言ってきた。
腰を抜かしたまま、 頭も下げずに軽薄なままでだ。
そして何故嬉しそうなのか。
少しは申し訳ないとかないのか。
なんだかイライラしてきたな。
......いや、 そんな事を思ってはいけない。
もしかしたら恐怖でまだ混乱しているのかもしれないしな。
この男の放つ空気のせいで軽い感じにはなってはいるが、
実際危ないところだった。
助けに入るタイミングを間違えれば殺されていただろう。
それに元々助太刀する予定だったのだ。
つまりは予定通り。
こっちが勝手にイライラするのは理不尽というものだろう。
「たまたま間が良かっただけですよ。 それよりも......」
俺はテキトーに話を合わせ、 そのままこちらの話題に流れを変えようとした。
当然ながらレナを助ける協力を得る為だ。
ここにいるという事はゴブリンの巣に用事があるという事。
男は一人で来た。
人数が増えるというのは悪い話ではないだろう。
それにさっきのがこの男の実力なら、
一人で入れば殺されかねない。
勝手に一人で挑んで死ぬのなら自業自得だしどうでもいいが、
そのせいでレナや捕まっている人たちに影響が出るのは困る。
戦力的にも、 そしてかき乱されない為にも、
男と共に行動する必要がある。
そしてそれは向こうにとっても利益がある訳だ。
だからその話をしようとした。
しようとしたのだが。
「じゃ、 そういう事で! 」
と告げてゴブリンの巣へと向かって行ってしまった。
おいおい。
いつの間に立ち上がっていたのか。
そして何が「そういう事で」なのか。
と言うか助けたんだからもう少しこう、 あるだろ。
礼は言われたが心が篭ってなかったし。
何と失礼な奴だ。
......じゃなくて。
このまま行かれたら困る。
色々困る。
「ちょ、 ちょっと待ってください!! 」
俺が慌てて呼び止めると、
男は「んー? 」と気の抜けた感じで振り返った。
良かった、 足は止められた。
しかしなんでこう緊張感がないんだ。
「まだなんか用? 」
男は当然の疑問をぶつけてくる。
こっちからしたら、 そっちの行動が疑問だらけなのだが。
何にせよ会話のきっかけは掴めた。
後は協力を取り付けるだけだが、 いきなり頼んでいいものだろうか。
今更になってどう話せばいいか迷ってしまう。
それに俺はコイツの事を何も知らない。
強さも分からない。
そうだ、 先ずは情報を得よう。
その話の流れで協力を頼むかどうか判断すればいい。
よし、 いいぞ。
後はそこにどう繋げるかだが......。
こういうのはどうか。
「あの、 一人で入ったら危険なんじゃ......今も殺されかけてましたし」
うん、 我ながらいい切り出しだ。
返答によっては相手の情報も聞き出せるし、
自然な流れで一緒に中に入る事も提案出来る。
このまま会話を続けよう。
「ん、 大丈夫。 俺ツイてるからさ! 」
ダメだった。
というか返答の意味が分からなかった。
ツイてる?
何かが付属してるって事か?
違うか。
幽霊にでも取り憑かれてる?
それとも単純に幸運と言ったのか?
ノリが分からない。
何にせよ他の話題で釣らなければ。
「......えっと。 これも何かの縁ですし、 自己紹介とお互いの目的を話しませんか? 」
結局絞り出して出て来たのはこの言葉だった。
相手が落とした財布を拾って、 そのままナンパするテンションだ。
これじゃ怪しさ満点だろう。
男は当然ながら固まっていた。
「んー? 」と首を傾げて考えている。
彼の目には俺が変質者に見えてるかもしれない。
そして考えた末に、 男はこう言った。
「いいけどさ、 進みながら話さない? あの見張り、 仲間連れて戻って来ちゃうんじゃん? 」
「あ、 はい」
俺はその正論に頷くしかなかった。
そして、 この男が俺よりも離れしてる事が分かった。
とりあえず情報は得た、 良しとしよう。
そう、 決して振り回されてる訳じゃないのだ。
決して。
多分。
「僕はラック。
ラック・イズベルタ。
ラッキーって呼んでくれよ! 」
「......。 俺はライブル。
ライブル・アンウェスタです。 よろしく、 ラッキー」
俺は『ラッキー』の言葉に引っかかりつつ、
差し出された手を握り握手をし、
洞窟の中への進んだのだった。
◇◆◇
二人でゴブリンの巣である洞窟を進む。
ハグレは外に置いて来た。
と言うか、 ラッキーの前に姿を現した時もヤツの『インビジブル』は解いてない。
魔物は嫌われているのが普通だ。
いきなり目の前にスライムが現れたらそっちがターゲットになってしまう可能性がある。
それに、 魔物と一緒にいる人間なんていい印象を受けないかもしれない。
だからハグレには馬車の辺りで待機してもらう事にした。
洞窟の中はジメジメしていた。
奥に川や水源でもあるのだろうか。
オマケに暗い。
どうにも本能的に不安と焦燥感のような不快感を覚える。
湿気はどうにもならないが、
視界は『オブザービング』と魔力の目で何とかなった。
勿論それをラッキーにも掛けてやる。
「すっげぇ! 暗いのによく見える!! 」
彼はその効果に感動していた。
だが煩いので注意する。
すると素直に静かになった。
単純だが悪い奴じゃないのかもしれない。
そして喜ばれると悪い気はしなかった。
だからそのまま『インビジブル』も掛けてやる。
途中にあった水溜まりで効果を確かめるラッキー。
これでまた騒いだのでまた注意した。
そしてまたシュンと静かになる。
単純と言うより馬鹿なのかもしれない。
そしてやっぱり悪い気はしなかった。
俺たちはそのまま、 洞窟を壁伝いに進んだ。
視界は少しは良くなっているとはいえまだ暗い。
魔力の目がないであろうラッキーなら余計な筈だ。
かと言って松明を焚いて見つかる訳にはいかない。
だから壁伝いに進み、 少しでも視界の悪さを補おうとしているのだ。
壁に沿って進めば、
少なくとも方向感覚を失ったり、
いきなり壁にぶつかったりはしないからな。
「ねぇねぇ! ライブルは魔術師なの? 」
さっきの注意を忘れたように、 ラッキーはそう問いかけてきた。
少し声のボリュームを下げているから気にかけてはいるようだが。
俺はどうすれば魔術師と名乗っていいか分からないと答える。
するとラッキーは、 本人が魔術師だと名乗ればそうなると教えてくれた。
そういうものなのだろうか。
ならばそうだ、 と返すと、
彼は凄いと目を輝かせていた。
多少の魔術ならコイツも使えるだろうに。
何にせよちょうどいい。
彼の興味が俺に向いている。
今なら話を聞いてくれるだろう。
俺はそのまま自分の話をした。
モォトフの街から王都アータムリアを目指して旅をしている事。
村にゴブリンの影響で宿泊出来なかった事。
同行人がゴブリン攫われ、 巣まで追い掛けて来た事。
そこら辺をかいつまんで語った。
「へぇ、 そうなんだ。 大変じゃん」
ラッキーは「ふーん」とか「そっか」と相槌を打った後、
そう他人事のように返してきた。
いやまぁ実際他人事なんだが。
もっとこう、 ないのだろうか。
魔術師のぐたりとは明らかにテンションが違う。
つまらなさそうという訳ではないようだが、
どう見ても興味はなさそうだった。
俺はその態度を見てムッとしてしまう。
どうにもコイツには振り回されっぱなしだ。
ランちゃん先生を思い出す。
いやもっとタチが悪いのかもしれない。
まぁいい。
何にせよ俺の話はした。
この流れで共闘を頼めそうだが......。
しかし俺の話ばかりしていても失礼だろう。
「俺の話はしました。 次はラッキーの話を聞かせてください」
そう思って話を振ったのだが、
どうなもつっけんどん態度になってしまった。
やっぱり調子が狂う。
そんな俺を見てラッキーがニヤニヤ笑う。
なんだ? 何か変な事を言ったか?
「えー? どうしよっかなぁ」
あ、 これおちょくられてるヤツだ。
俺が振り回さらるのを見て楽しんでるなコイツ。
流石にムカつくな。
「あぁ! ごめんごめん! ちゃんと話すってばぁ! 」
明らかに不機嫌そうな表情をしてしまった。
すると流石に申し訳ないと思ったのか、 ラッキーがそう続ける。
......いや、 そんな風には思ってないなコイツ。
まだ顔がニヤけてやがる。
......まぁいい。
俺だってこの世界で成人を迎えた大人だ。
これぐらいは流してやろう。
ムカつくが。
俺は釈然としない気持ちのまま、 ラッキーの話に耳を傾けた。
◇◆◇
話の途中で何匹かのゴブリンが奥からやって来た。
恐らくさっきの見張りに呼ばれたんだろう。
今は擬態して姿は見えないが、 声を出せばバレる。
ラッキーに話の中断を促し、 ゴブリンをやり過ごす。
こんな事が何度かありながら、 俺はラッキーの話を聞いた。
しかしなんて事はない。
俺の予想は当たっていた。
ラッキーは、 あの村で仕事があると聞きつけてやって来たそうだ。
内容はゴブリン討伐と住民の救出。
報酬は中々に高いらしい。
しかし来たはいいものの、
この仕事は大人数用のもので、
ラッキーが着いた時には殆ど人が集まってなかったらしい。
そこでコイツは考えた。
一人で解決すれば報酬を独占出来るんじゃないかと。
そしてその足で巣まで来たそうだ。
......何とも短絡的な話である。
何と言うか、 やっぱりおバカなんだろう。
あの実力でよく一人で来ようと思ったものだ。
この世界の人間は皆こうなのだろうか。
「流石に無理だと思わなかったんですか? 」
「思わないって。 だって絶対大丈夫だからね」
「けどさっきは殺されかけてたじゃないですか」
「でも何とかなったじゃん 」
いくら何でも黙っていられなかったので聞いてみた。
しかし揺るぎない自信満々の返答が戻ってきただけだった。
何とかなったのは俺のおかげなんだが。
「あ、 今『俺のおかげなのにぃ』とか思ったでしょ? 」
「......」
図星をつかれ何も言えなくなる。
本当にムカつくなコイツは。
「まぁ確かにライブルのおかげなんだけどさ、 それも俺の実力の内っていう計算なんだよね。
ほら、 僕ってばツイてるからさ! 」
またこれだ。
しかし引っかかる所はある。
もう少し探りを入れるか。
「ツイてるって、 例えば? 」
「今の状況がそうじゃん! 僕、 殺されかけて生きてるんだよ? 」
ラッキーの話によれば、
そもそもこんな所で人に出会う事が奇跡、
死にかけた所を助けられ、
そしてこうやってゴブリンの巣を進んでも見つかってない、
それが幸運の証だと言うのだ。
何を言ってるんだ。
全部俺のおかげじゃないか。
俺がここにいるのはレナを助ける為だし、
ラッキーを助けたのだって協力を仰ぐ為、
そして今見つかっていないのは『インビジブル』の効果だ。
俺の行動の結果だろう。
......と、 思ったが。
確かに彼の言う事は一理ある。
俺の行動はあくまで俺主観の話だ。
向こうからすればそれを予想出来る筈なんかない。
ラッキーの立場から見れば、
一人でゴブリンを退治しに来たら偶然先客がいた。
ゴブリンに殺されそうになったら助けてくれた。
先客のおかげで見つからずに済んでいる。
という事になる。
これが運がいい以外になんだと言うのか。
それにラッキーの言葉を裏付ける事は他にもある。
それは、 彼の名前だ。
「ラッキー、 君の名前はもしかして......『魔言語』なのではないですか? 」
「わぉお! ご名答! 流石は魔術師だね! 」
何が流石なのかは置いといて、
俺の予想は当たった。
『ラック』という名前を聞いた時から引っかかっていた。
『ラック』とは恐らく『Luck』。
直訳すれば『幸運』という意味の英語だ。
つまり彼は魔言語の名前を付けられた『魔名』を持つ人物なのである。
それなら彼のツキがいいのも頷ける。
『魔名』。
魔言語を人の名前として用いた場合にこう呼ぶ。
魔名を持った人間は、 その魔言語から何らかの影響を受け、 特殊な能力等を持つらしい。
例えば、
火に関する名前を付けられれば、 火で身体が燃えなくなったり、
速い等の意味の言葉を用いれば、 足が速くなったり、
そんな感じらしい。
ならば誰もが『魔名』を使えばいいとは思うのだが、
どうもそう簡単な話ではないようだ。
まず、 『魔言語』を使い理解出来る物が少ない。
それこそ魔術を学んだ者だけだろう。
そして魔術師の中でも『魔言語』を使って名付け出来る者も少数だという。
更に言えば、 この名付け行為には相当の金がかかると言うのだ。
それと極めつけに、 『魔名』には相性があり、 名付けの際に身体にも負担が掛かるらしい。
『魔名』を付けた途端に健康だった赤子が死んでしまう、 という例もあるのだとか。
そういった背景から『魔名』を持つ者は多くはない。
『魔名』を付ける理由は様々だ。
金持ちや貴族が自分の子供に力を与える為に付けたり、
身体の弱い子供を救う為に最後の望みで、 借金をしてまで名付けてもらう、
等があるが、 何にせよ誰もが『魔名』を持てる訳ではないのだ。
ちなみに、
『魔名』を持つ者を『魔名持ち』、
『魔名』を名付ける行為を『祝福』と言う。
ここまで全て先生の受け売りだ。
この背景から何となく彼の事は想像出来る。
恐らく家は金持ちなんだろう。
装備も豪華だしな。
どこかの貴族だろうか。
まぁそれはいい。
重要なのはラッキーの能力だ。
その『魔名』、
そして彼の口ぶりからして、
『幸運』の能力を持った魔名持ちなんだろう。
だとすればやはり協力をお願いしたい。
その類まれなる幸運を活かせば、 レナや住民の救出も困難ではないかもしれない。
よし、 思い立ったが吉日だ。
「ラッキー、 実は......」
「あー、 最後まで言わなくても分かるって! その幼馴染を助けたいんでしょ? 任せて、 協力する!
俺もどうせ村の捕まってる人助けに来た訳だしねぇ! 」
ラッキーは俺の言葉を遮るようにそう言った。
提案される事を知っていた感じだ。
まぁ俺の話を聞けば予想は出来るだろうが、
二つ返事で受け入れるあたり、
こういった状況に慣れているんだろう。
そして自分の運に絶対的自信を持っているんだろうな。
何にせよ、 俺はこうして協力者を得たのだった。
◇◆◇
何度目かのゴブリンとのすれ違いをやり過ごしつつ先に進む。
どうやらこの洞窟は中々に広いようだ。
まだ捕まってる人にも、 ゴブリンの溜まり場のような所にも行き着いていない。
それは幸運なのかどうなのか。
早く助けたい気持ちがあるが。
さてどうしたものか。
ラッキーの協力は取り付けられた。
しかし彼の強さは外で見た通りだ。
戦力として数えていいものか。
あの時はたまたま失敗しただけで実は強いとかそういう事はないだろうか。
なさそうだ。
ちょこちょこ出る発言から「運」に頼りきってる節がある。
もしかすると、 槍を持ってはいるがまともに扱えないかもしれない。
見れば、
鎧には傷一つない。
つまりはまともに戦闘をしていないのだろう。
新品という可能性もあるが、 そうじゃないだろうな。
ラッキーは場馴れしている。
という事は何度もこういった状況を潜り抜けて来てる筈だ。
それでも戦闘の形跡があまりないという事は、
きっとその持ち前の運でどうにかしてきたんだろう。
今はそれに賭けるしかない。
場馴れか。
魔物に臆しないところを見ると、 ヤツら相手にもやり合ってきたんだろう。
恐らく何度も殺してきた。
......俺も覚悟しなくてはな。
混沌スライムの時は何とか殺せた。
あれは必死だったからだ。
覚悟がどうこうという話じゃない。
まだ魔物を殺す事に躊躇はある。
というか、 生き物自体殺すのにだ。
でも今回はそれを目の当たりにし、
そして自分の手にかける事になるだろう。
レナを、 救う為に。
きちんと向き合わなくてはな。
大丈夫、 ルールは決めた。
人間に手を出してないゴブリンには手を出さない。
逆に人間に手を出してるヤツには躊躇しちゃいけない。
そこを間違っちゃいけないんだ。
......と、 今は俺の覚悟はいい。
決めたルールに従えばいいだけだ。
それよりも、 今は作戦を考えなければ。
向こうは頭がいい、 無策じゃ自殺行為だ。
俺はそう考え、 ラッキーと話し合おうとした。
その時だった。
「あれ? 道が分かれてるじゃん」
ラッキーの言葉で意識をそちらに向ける。
言葉通り、 行く手は二股になっていた。
どちらに進めばいいんだろうか。
ここは慎重に......。
「ま、 こっちかな! 」
考えようとした矢先、
ラッキーは迷わず右側の道を選び進み出した。
おいおい!
いくらなんでもテキトー過ぎじゃないか?
俺は慌てて彼を止める。
すると不思議そうな顔で振り返った。
「何? 」
何? じゃない。
テキトーに選んで罠だったり、 ゴブリンの溜まり場にでも行き着いたらどうするつもりなんだ。
俺はもう少し考えようと提案した。
しかしラッキーは吹き出すように笑うと、
「アハハハ! 大丈夫だって! 俺の運を信じてよ! 」
そう言うのだった。
確かに、
今はコイツの運に任せた方がいいのかもしれない。
その幸運の魔名に身を委ねた方が。
しかし確証はない。
根拠もない。
でも失敗出来ない。
失敗すれば、 レナが死ぬ可能性がある。
そんな状況で運に頼っていいのだろうか。
「だから大丈夫だって! 」
俺が悩んでいると、 ラッキーがポンと肩に手を置いてきた。
「僕を信じてよ! 悪いようにはならないからさ! 」
何故だろうか。
俺はその根拠のない言葉に酷く安心していた。
正解も分からない状況で、 「大丈夫」と言われたからだろうか。
......そうだな。
ここで難しく考えて時間をとってもしょうがない。
必要な知識から正解を導きだし即座に判断する、
それが俺のスタイルだった筈だ。
まぁ今は運任せな訳だが、 変わらない。
彼の運も、 俺の知識......手数の一つとして考える事にしよう。
失敗したらその時考えればいいんだから。
「分かった」
俺はその提案を飲み、 右側の道を進んだのだった。
◇◆◇
また結果から言おう。
大丈夫だった。
ラッキーの言う通りだった。
と言うか、 全てが解決した。
あの道を進んだ結果、 全てがいい方向に動いたのだ。
結果。
全ては結果だ。
ラッキーの言葉に従った結果、
レナを含む人質を全員救出出来た。
そして、 ゴブリンは全滅した。
それが、 結果だ。
全てはいい方向に動いた。
彼の運のおかげだ。
でも俺は、 どうしてもそれがいい結果だとは思えなかった。
いや結果はいい。
過程が、 そして彼の言動が。
俺はどうしても飲み込みきれなかった。
正直多くは思い出したくない。
でもこの言葉だけは頭に残っている。
耳から離れない。
それは、
ラッキーがレナを見た時の言葉だった。
「うわ、 『ウロコ』じゃん! 気持ち悪っ! 」
この言葉が、 今後の俺に大きな影響を与えていく事になる。
こうして、 俺のゴブリン退治は終わった。
何も覚悟しないまま、
乗り越えないまま、
肩透かしで、
終わったのだ。
残ったのは心のモヤモヤだけ。
これが彼との。
『不運のラック』との、 出会いだった。
◇◆◇
『
種族:ゴブリン
強さランク:E
全長:0.8m
体重:10kg(推定)
亜種:
調査中。
繁殖方法:
調査中。
生態:
人間や馬などを食べる。 人間を遅い、 男は殺し女は攫う。 恐らく餌や苗床にする為。 集団生活をする。 金品を好んで盗む。 詳細は引き続き調査中。
能力:
非常に頭のいい魔物だ! 弱そうだからって油断するとしてやられるぞ! でも弱いから一体一体確実に倒そう! 数には数! こちらも大人数で対処しよう!
』
『ゴブリンの章』
ー完ー
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皆様の応援が力になっております!