第22項 「怪獣好き、 困る」
故郷から旅立った日の夕方。
問題が発生した。
金がない。
◇◆◇
遡ること数時間前。
俺たちは隣村に到着した。
初めての故郷以外の村に興奮しつつ馬車を降りる。
見渡す風景はモォトフの街とは全然違っていた。
先ず村の外観が違う。
村全体が魔術で作ったであろう石の壁に覆われている。
これ自体はモォトフでも変わらないが、 高さが違う。
俺の身長の二倍はあった。
その壁はぐるり村を囲み、 一定間隔に見張り塔の様なものがそびえ立ち、 そこに見張りがいた。
街道が直結する街の入口は、
これまた大きな木の扉で守られていた。
その前には見張りが二人。
軽装ではあったが、 手には槍を持っていた。
彼らに話しかけ中に入れてもらう。
モォトフの街から来たと告げ、
ランちゃん先生から貰った通行証を見せると快く扉を開いてくれた。
開く方法は魔術。
原初魔術で地面を動かし、 観音開きでこちら側に開いた。
こうでもしないと動かない程に重いんだろう。
中に入ると視界に飛び込んで来たのは数人の男たちだった。
彼は外の二人と同じように槍を持ち、
俺たちを観察するようにこちらを見ている。
そして暫くして近くの小屋に引っ込んだ。
どうやら入ってすぐは警備の者たちの待機場らしい。
その小屋が左右に建てられ、 中には槍を持った男たちが数人待機していた。
小屋からは村の外周の壁に合わせるように木の柵が続いている。
壁と柵の間には街道のように整地された道がある。
柵の内側は畑だ。
様々な野菜や穀物が育てられていた。
この辺りの気候は比較的暖かい。
だから作物も育てやすいのだろう。
畑や柵から視線を前に戻す。
街道と同じ道が真っ直ぐ続いている。
そのまま馬や馬車を引いて進もうとすると警備の人に止められた。
どうやら馬車や馬は入口近くで預けなければならないらしい。
見れば近くに馬小屋があり、 何頭か馬がいた。
俺はそこに馬と馬車を預けた。
これで本格的に村の奥へ進める。
村や街についてから最初にする事。
それは先生から教わっている。
まずは宿を探すのだ。
何をするにせよ拠点を最初に確保しなければならない。
俺は警備の人から宿の場所を聞き、 部屋をとる事にした。
レナも一緒に行くかと聞いたが、 彼女は馬車からで待っていると言う。
「大丈夫? 傷が痛むの? 」
心配になって問いかけても彼女は首を横に振るだけだった。
よく見ると少し怯え震えているようにも見える。
理由を聞いたがやっぱり教えてくれない。
表情も相変わらず変わらないので判断し辛い。
ここまでに来るまでに何回か微笑んでくれたが......そう簡単には心の傷は癒えないという事か。
にしても馬車から出たからないのは分からないが。
魔物が出るかもしれない外の方が元気そうだった。
この村に何かあるのだらうか。
傍に居たかったがまずは宿をどうにかしないと。
落ち着ける場所に入れは彼女の症状も少しはマシになるかもしれないしな。
まずは一人で宿に向かい、 後で迎えに来るとしよう。
「ハグレ、 レナを頼む」
俺は、 二頭いる馬のうちの一頭に、 そう小声で声をかけた。
この馬車は一頭引き用だ。
そしてモォトフから連れて来た馬も一頭だった。
つまり俺が話しかけているのは馬じゃない。
ハグレだ。
スライムが変身した姿だ。
村に近づいた時、 コイツの処遇に困った。
外に居てもらうのも可哀想だが中に入れる訳にもいかない。
モォトフの街は特にだったが、 この村でも魔物嫌いは多いだろう。
高い壁は遠くからでも見えた。
それが魔物から村を守る為のものだというのも予想出来た。
だからどうするべきか悩んだのだが......ハグレは自発的に動いてくれたのである。
その結果が馬への変身だ。
一見すると本物と見分けがつかない。
判別方法は身体に残った傷だった。
これは変身では消せないらしい。
それでも馬にしか見えないのは変わりないが。
何はともあれ、
ハグレの機転のおかげで村には考える事もなく入る事が出来たのである。
流石はあの二人の仲間だ。
きっと彼らも旅をしていた時もこうしていたんだろう。
そう考えると、 ハグレは旅の先輩だ。
俺はすっかりコイツを信用していた。
ハグレに声をかけた後、 俺はその場を離れた。
ヤツに任せておけば大丈夫だろうとは思うが後ろ髪を引かれる。
レナはスライムに襲われ尻尾を失った。
そのスライムと彼女を残して二人きりにしていいものかと思ったのだ。
当然、 ハグレの同行についてはレナにも説明した。
先生たちの昔の仲間であり、 街を守ってくれていた事も話した。
彼女はそれを聞いて受け入れてはくれたが、 明らかに納得しきれていないようだった。
魔物の危険性は俺も知っている。
だからレナが納得出来ない気持ちも分かる。
しかしハグレは街を守っていた。
他のスライムとは違う。
そしてそれは俺の思い込みではなく、 先生から聞いた事実だ。
だから危険性はないのだが......そう簡単な話ではないだろう。
彼女は『魔物恐怖症』だ。
最初から魔物に偏見のなかった俺とは違う。
正直無理をさせているだろう。
そう考えるとハグレを連れて行かない方がいいのだが。
この先どんな魔物に会うか分からない。
俺が敵わないヤツもいるだらう。
そんな時に少しでも戦力があった方がいいのだ。
だからハグレの同行は必要に感じる。
それに彼女は自分の意思で俺に着いてきた。
確かにスライムと一緒に旅をする予定などはなかったが、
そうでなくても俺といれば魔物と関わる事になる。
それはレナも知った上での事だ。
その事は旅の前に話したし、 納得もしてくれた。
ならば今の状況も少しづつでも受け入れてもらうしかない。
そう、 これは必要な事なのだ。
......。
これは押し付けなのだろうか。
レナの気持ちを考えていない行動なのだろうか。
......ダメだ。 また悪い癖だ。
勝手に深く思考し、
自分の都合のいい方向や、
はたまた悪い方向へと考えてしまう。
この際ハグレの同行や、
ヤツとレナの状況は置いておこう。
今はどうする事も出来ない。
時間が解決してくれるかもしれない。
それにレナは自分で馬車に残ると言った。
ハグレもその場に残るだろうと分かった上でそう言ったのだ。
だったらその決断を信じるしかない。
俺はそう思う事にした。
それにしても。
嫌いな魔物と一緒に居ることを選ぶ程、
レナは村に入るのが嫌なのだろうか。
理由が分からないし話してくれない。
無理に聞くつもりはないが、
俺はまだまだレナの事を知らないようだ。
◇◆◇
レナとハグレも馬を馬車ごと馬小屋に残し、
俺は畑を抜ける。
抜けながら周りを見回す。
非常に見通しがよかった。
後ろには馬小屋は警備小屋。
横には畑。
前には村の中央。
それらを観察し、 やはりこの村が魔物を警戒してるのが分かった。
壁や警備小屋は当然ながら、
この畑の広がってる様子さえ魔物対策なのだ。
畑は当然作物を育てる所だが、
同時に建物がなくて隠れる場所がない。
もしも魔物が村に侵入した時に見つけやすくする為に、
そして村の主要部に入り込む前に倒す為に、
この場所に畑が設けられているのだ。
まぁ全部先生の受け売りなんだが。
畑を抜けると人が増えた。
とは言ってもモォトフの街よりはいない。
この村は明らかにモォトフよりも小さい。
人口もそれに比例しているだろう。
畑より内側はモォトフでいう商業区の様な場所だった。
しかし店が数件ある程度。
小さな村にはそれ以上は必要ないのだろう。
ここより南は療養施設のモォトフしかないしな。
旅人も来ないのだろう。
それでも規模は違うがモォトフとあまり違いはない。
あるとすれば、 宿がある事だ。
宿は直ぐに見つかった。
これなら道を聞く必要もなかったのかもしれない。
宿に入る前にその先の村の風景を見る。
ここより先、
村の中心は居住区だろう。
民家のようなものが立ち並んでいる。
モォトフとの違いは、
そのほとんどが平人用の木造の家だという事だ。
というか獣人や鱗人の家はないんじゃないか。
各街や村で個性があるのかもしれない。
その先にはまた店が数件立ち並び、
またその先は畑、
そしてその先は警備小屋に馬小屋、
そして壁と扉だ。
つまり南側と同じ配置という事だ。
特質して見るものはない。
しかし店の品揃えは少し気になる。
腹も空いてきたし、 屋台で売られている食べ物も気になる。
少し覗いてみるか......。
......。
いかんいかん。
ハグレはともかくレナを待たせる訳にはいかない。
俺は誘惑を振り切ると、 宿に入った。
しかしここで問題が発生する。
◇◆◇
「一泊一人で金貨一枚だ」
「......え? 」
宿代が恐ろしく高かったのである。
俺はその言葉に目を丸くした。
値段を告げてきた店主は不機嫌そうにこちらを見ている。
「金貨一枚、 ですか? さ、 流石に高すぎませんか? 」
「あぁ? 文句があるなら出て行きな」
聞き間違いだと思って確認すると、 凄むようにそう言われてしまう。
接客態度が悪過ぎだろう。
しかしこの値段では泊まる事は出来ない。
俺は渋々宿屋から出た。
「んー......? 」
そして首を傾げ宿の入口を見た。
俺の認識が間違っているのだろうか。
この世界の金については先生から当然学んでいる。
地域によって違うが、 西大陸シウェニスト硬貨が用いられている。
通貨はなく、 金貨何枚、 といった形で値段を表すようだ。
シウェニストの硬貨は、
高い順に、
金貨、 銀貨、 銅貨、
である。
ちなみに、
銅貨百枚で銀貨一枚、
銀貨百枚で金貨一枚、
で計算されるらしい。
勿論使い方もモォトフで経験済みだ。
成人祝いという事でモードから貰った金で旅の準備をしたのである。
成人しても親の脛を齧っているようで気が引けたが、
この世界では自分で働き金を稼げるようになるまでは、
例え成人していてもそれが普通のようだった。
その時の買い物では、
服や武器、
そして旅の必需品を買った。
これも先生の授業の一環だった。
服は、
ローブが銀貨十枚。
長袖のシャツと伸縮素材のような長ズボンのセットで銀貨十枚。
武器は、
ナイフが銀貨五十枚。
必需品は、
薬草が銅貨五枚。
松明が銅貨十枚。
保存食(干し肉)が銅貨二十枚。
包帯などの医療用具が合わせて銀貨三枚。
等々、 といった感じだった。
ちなみに、
防具の鎧などもあったが、
アンウェスタ流は攻撃を避けダメージを受けないのが基本。
だから攻撃を受ける前提の鎧などは必要なかった。
そもそも重くて動けなくなるしな。
そして武器も然り。
カウンターをしやすいように、 軽くて扱いやすいナイフを選んだ。
まぁ勿論これも先生の助言のおかげであるが。
それはさておき。
このモォトフの買い物から察するに、
日本円に直すと、
銀貨一枚=千円といった所か。
ならばこの宿の値段は、
金貨一枚=十万円......!?
そんな高級ホテルには見れないが......。
もしかしてモォトフの物価が安すぎるのか?
そう思って近くの屋台を見ると、
ホットドッグみたいな食べ物が銀貨十枚で売られていた。
同じようなものがモォトフでは銀貨一枚以下で買えたような気がしたんだが......。
やはりモォトフの物価が安いのか?
しかし隣村でここまで差がつくのだろうか。
そしてここはまだビヨルフ領だ、
この物価の差を、 領主である先生は知っているのだろうか。
まぁそれは俺には関係のない事なのかもしれないが。
正直泊まれなくはない。
モードから貰いすぎな程に貰ったからな。
あれだけ買い物しても懐に余裕はある。
内訳は、
金貨一枚、 銀貨八十四枚、 銅貨六十七枚。
日本円に換算すると、
十八万 四千 六百七十円、
といった感じだろう。
これだけあれば十分だと思っていたし、
先生も豪遊しなければ余裕で一ヶ月の旅ぐらいなら持つと言っていた。
一体どういう事なんだろうか。
俺は訳も分からず、
自分一人で判断する事も出来ず、
馬車へとトボトボ足取り重く戻ったのだった。
◇◆◇
「それはおかしいよ。 相場の値段じゃない」
俺のモヤモヤをレナがあっさりと解消してくれた。
流石は商人の娘である。
彼女の話では、
ビヨルフ領の宿の相場は、
一泊一人銀貨三枚だそうだ。
北に行きビヨルフ領の境界に近づく程値段は上がるとらしいが、 ここまで値段が跳ね上がるのは異常だと言う。
流石におかしいと思い、 警備の人に事情を聞いてみた。
その人は無愛想でピリピリしていたが、 答えてくれた。
その雰囲気だけでも何かあったのは明白だが。
どうやら最近、 この村は魔物に襲われたらしい。
その際、 男は何人か殺され、
女は何人か連れ去られたのだという。
そして村の金目のものを盗み逃走したと言うのだ。
俺はそれを聞いて言葉が詰まった。
つい二ヶ月前にモォトフがスライムに襲われたのを思い出してしまう。
警備の人たちがピリついていたのはも頷ける。
そして彼らの心の中には、 その傷がまだ残っているのだろう。
「配慮の無いことを聞いてしまってすみません」
俺が謝ると、 その警備の人の雰囲気が少し和らいだ。
そっちも大変だっただろうと言ってくれた。
礼儀を欠かなければきちんと話してくれるようだ。
当たり前だが。
そしてモォトフの事はこっちにも伝わっているらしい。
おかげで同じ境遇同士で親近感を覚えてくれたようだ。
俺が原因だとは口が裂けても言えない。
少し打ち解けたところで、 彼は物価の高騰についても話してくれた。
この村では今、 魔物に連れ去られた人たちの救出隊を募っているらしい。
住人だけではそれは不可能だからだ。
しかし何にせよそれには金がいる。
だから村全体でやり過ぎなぐらいに色んな値段を引き上げてるらしい。
通常の売上以外の金を救出隊の報酬に回す為だそうだ。
男は申し訳なさそうに教えてくれた。
それは領主の許可なくやっていい事なのか?
そんな事も思ったが流石に聞ける空気ではなかった。
礼を言って再び場所に戻る。
事情を説明するとレナが青い顔をしていた。
この村に来てから調子が悪そうだが悪化してるように見える。
理由を聞いても話さないので、 俺は彼女の手を握る事しか出来なかった。
さて、 どうするか。
宿には泊まれない。
レナも調子が悪そうだ。
しかし無理をして先に進んだり、 モォトフに戻るのも無理そうだ。
そのうちに夜になってしまう。
夜は魔物が出やすいと聞く。
そんな中を調子の悪いレナと共に抜ける訳にはいかない。
ここは無理をして宿に泊まるべきか?
手持ちの金でも泊まれない事はない。
レナも俺と同じぐらいの金額は持っている。
しかし先の事を考えて無駄遣いは出来ない。
彼女だけでも宿を使ってもらうか?
俺はそこら辺の裏路地ででも寝ればいい。
なんならこのまま馬小屋に置いた場所の中で過ごすという手もある。
それが一番安全か......。
そんな事を考えていると、
ずっと押し黙っていたレナが口を開いた。
「村の外に出たい」
この一言で野宿が決定した。
◇◆◇
さっきまでいた村より少し北の地点。
街道のすぐ脇に俺たちはいた。
日が落ち始めている。
今夜はここで野宿だ。
レナは村にいる事を極端に嫌がった。
魔物が出現するかもしれない夜の外を選んだのだ。
理由はやはり話してくれなかった。
街道の脇。
まるで休憩所のような生えている木の傍で野営の準備をする。
草や木の枝を集め、 基本魔術で火を起こし焚き火にした。
馬車は馬ごと気に繋ぐ。
基本魔術を使い、 土と石でカマクラのようなドームを作り、 その中にレナを座らせた。
「......ふぅ」
彼女の口から安堵の溜め息が洩れる。
そう言えばモォトフに住んでいた鱗人の家は岩で作ったものだった。
レナの実家は店も兼ねている為木造だが、 こっちの方が落ち着くかもしれない。
俺は干し肉を取り出し、 火で炙った。
それをレナにも渡し、 モクモクと食べ始める。
正直食事としてはどうかと思うが腹には溜まる。
どちらかと言うと酒が合いそうだ。
「......」
「......」
沈黙が続く。
気まずい。
レナは結局何も話してくれない。
しかしこのままではまずいだろう。
聞いた方がいいのだろうか。
そんな事を考えていたら、 視界の端でハグレが干し肉を食っていた。
いつの間にか変身を解いていたようだ。
と言うか魔物が苦手なレナの前で堂々と戻るなよ。
それに、
スライムの主食は魔力じゃなかったのか?
......。
気になる。
図鑑には書かなかった生態だ。
これは付け加えて方がいいのだろうか。
いかんいかん。
今は魔物の事をどうこう考えてる場合じゃない。
レナに話を聞かないと。
せめて何か会話しないと。
しかし何を話せばいいのか。
きっかけを掴めずにいると、
「スライムって魔力を食べるんじゃなかったっけ? 」
先にレナが口を開いた。
どうやら同じ事を考えいたようだ。
これはチャンス、 とばかりに話を広げようとしたが、
「私の尻尾も美味しかったのかな? 」
その言葉に固まってしまった。
相変わらず表情はあまり変わらない。
俺はレナが何を考えているのか分からなかった。
「フフ、 ごめん。 今のは意地悪だったね」
しかし彼女はその後直ぐに微笑んだ。
僅かではあるが確かに微笑んだのである。
そこから場の空気が緩んだ。
そして彼女はポツポツと語り始めたのである。
レナの故郷の事。
そこをゴブリンという魔物に滅ぼされた事。
それは自分のせいだという事。
そのゴブリンを通りすがりの誰かが倒してくれた事。
恐らくあの村を襲ったのはゴブリンだろうという事。
だから話を聞いて怖くなった事。
内容はとても穏やかなものではなかった。
でも彼女は、 思い出を語るかのように話してくれた。
表情は変わらないが穏やかだった。
強がっているのかもしれないが、 彼女が相当のものを背負って乗り越えようとしているのが分かった。
話を聞き終わった後、 思わず俯いてしまう。
自分が恥ずかしい。
レナは俺と同じような境遇だったのだ。
でも彼女はそれと向き合い、 立ち直ろうとしている。
二ヶ月しか経っていないスライムの事さえ、
自分の尻尾の事さえ、
冗談交じりで話せるようになっているのだ。
浜辺での言葉に説得力がある訳だ。
その強さに感服し、
同時に自分の弱さを恥じた。
俺も、 いつまでもこのままじゃいけないのだ。
レナを腫れ物扱いするように接していてはダメなのだ。
ちゃんと、 前を向かないと。
そこから俺たちは、
二ヶ月間の気まずさを埋めるように話をした。
本当に他愛のない話だった。
レナは表情は変わらないが普通だったし、 気まずいと思っていたのは俺だけだったのかもしれない。
正直内容は覚えていない。
ランちゃん先生の事とか、
モォトフの街の事とか、
そんな事だったと思う。
それぐらい当たり前の会話だったのだ。
話してる最中に時折レナが微笑む。
俺はそれ見て、 ドキドキする程に嬉しかった。
友達とは本当にいいものだ。
その話の流れで、
レナはどうやらハグレにそれ程苦手意識がない事を知った。
やっぱり俺の気の使いすぎだったようだ。
それどころか面白いだの、
かわいいだのと言っていた。
俺は寧ろそっちの気持ちの方が分からなかった。
そして話の中心のハグレはというと、
相変わらず干し肉を食っていた。
コイツも腹が減っていたのか。
それにしてもコイツも不思議なスライムだ。
先生たちの仲間だったとはいえ、 普通のスライムとかけ離れすぎてやしないか。
これは研究せねばならないな。
......だから今はレナと話す時間だって。
俺は彼女に意識を戻す。
そこでふと疑問を覚えた。
「ゴブリンを怖がるのに、 何で村には居たくないんだ? 」
その問いを聞いたレナの顔が曇る。
まずい、 質問をミスったようだ。
「それは、 話したくない」
彼女はそう言うと俯いてしまった。
俺がその様子にアタフタしていると、
「でも直ぐに分かると思うよ」
顔を上げてそう呟いた。
その表情は悲しそうだった。
◇◆◇
それは突然の出来事だった。
カマクラの中では再び気まずい沈黙が流れている。
何とか空気を戻そうと考えていると、
干し肉を食っていたハグレが、
ビクッと震え、
外に飛び出したのだ。
何事かと思い、 中からカマクラの外を覗く。
そこには、 猫のように全身の毛を逆立て (ているように見える体勢で)、
何かに向けて威嚇しているハグレがいた。
そこでピンと来た。
魔物がいるのかもしれない。
俺は目の魔力制限を解き、 外に出た。
外は既に真っ暗だった。
焚き火もいつの間にか消えかけており、 明かりとしては頼りない。
視界はほぼ暗闇だ。
何も見えないが、 魔力の流れは見える。
その為に制限を解いた。
辺りを見回す。
特に怪しい様子はない。
......と、 思ったが。
ハグレが威嚇してる先にそれはいた。
馬の背中に何かが乗っている。
生き物だ。
人型なのが魔力の形でギリギリ分かる。
一人だ。
人にしては小さいように見える。
人だとしても幼児サイズだ。
ソイツは、 木に繋がれている馬の手網を解こうとしていた。
馬を、 盗むつもりなのか?
「ひっ!? ご、 ゴブ、 リン......! 」
気づけばすぐ後ろまでレナが近付いきていた。
彼女は怯えながらそう口にする。
ゴブリン。
奴がそうなのか。
俺には見えないがレナには見えているようだ。
鱗人は平人よりも夜目が効くのかもしれない。
......と、 そんな悠長な事を考えてる暇はない。
ゴブリンは馬を盗もうとしているように見える。
何の為にそうするのかは分からないが、 止めなければ!
「い、 行かないで!! 」
が、 駆け出そうとしたところでレナにしがみつかれた。
見るからに怯えて混乱している。
明らかに普通の状態じゃない。
しかしこのままでは馬が盗まれる。
馬なしでは馬車が引けない。
馬車がなければレナを連れて行けない。
レナには申し訳ないが、 あっちが優先だ。
「大丈夫。 中に隠れてて」
俺はなるべく優しくそう言うと、 彼女をカマクラの中に戻した。
そして振り返り馬の方に駆け出す。
近づくと向こうも俺に気づいたようだ。
魔力の流れでそれは見えた。
しかし動作を止めようとしない。
俺に何か出来ると思っていないのか。
なら今がチャンスだ。
油断しているうちに止める。
俺は走りながら地面の小石を拾った。
そして石槍を作るべく魔術を使おうとした。
その時だった。
「きゃああああっ!! 」
背後から悲鳴。
レナの声だ。
慌てて振り返ると、
レナが何者かに捕まっていた。
少し距離が離れてしまってるのでよく見えないが、
魔力の流れでギリギリそれが判別出来た。
しまった。
馬の方は囮か。
どうやらゴブリンは頭がいいようだ。
まんまとしてやられた。
そこで思い出す。
魔物は何よりも優先して人を襲うのだ。
馬なんか欲しい筈がない。
俺は慌てて方向転換しレナの方に向かった。
今ならまだ間に合う。
それに、 こんな所で捕まえたところで隠れる場所もない。
大丈夫、 助けられる。
脳裏に混沌スライムの時の事を思い出しつつ、
それを振り払うように地面を蹴った。
ここまではカマクラを出てから一分も経っていない出来事だ。
遅れはとったが対応は間に合う。
そう思いレナの方に駆ける。
しかしその時違和感を覚えた。
ハグレが居ない。
僅かに振り向くと、 ヤツは馬の方向に向かっていた。
そちらは囮だと言うのに。
だがすぐに、
ハグレの判断が正解だと気づく。
二手に分かれてそれぞれを撃破するべきだったのだ。
そう分かったのは、 全てが終わった後になる。
「ヒヒーン!! 」
レナに向き直り走っていると、 背後から馬の鳴き声が聞こえた。
そして俺の横を、
馬と馬に乗ったゴブリンと、
馬車が走り抜けて行った。
その後をハグレが追いかける。
そこでハグレがこれを警戒していたのを理解した。
馬を盗もうとするのは、 レナを捕まえる為の囮だった。
しかし、 レナを捕まえようとする奴も囮だったのだ。
そして、 どちらも本命だった。
ゴブリンの目的は、
レナを捕まえ、
馬と馬車を奪い、
レナを回収し逃げる事だったのである。
そう気づいた時には、 全てが遅かった。
「リーブっ!! 」
レナが恐怖に顔を歪ませながら俺に手を伸ばしてくる。
俺は手を伸ばし返すが、 届かない。
彼女はゴブリンに小脇に抱えられていた。
ソイツのサイズはレナの半分程だ。
それでも軽々と彼女を抱え、
馬車に飛び乗った。
叫ぶレナ。
追う俺とハグレ。
しかし虚しくも馬車が遠ざかって行く。
そして直ぐに、 その姿は暗闇の中に消えてしまった。
俺は追い付けないと悟り、 その場に膝を落とした。
......。
やられた。
完全にしてやられた。
振り回され、 手の平の上で踊らされた。
その結果、 全てを失った。
「嘘、 だろ......嘘だ! クソっ!! 」
俺は動揺し、
現実を受け止め切れず、
叫んで、
地面を叩くしか出来なかった。
こんな事なら金などケチるんじゃなかった。
嫌がるレナを引っ張ってでも宿に泊まるべきだった。
襲われた時、 もっと周囲を警戒すればよかった。
魔力の見える目だけでなく、 『オブサービング』も使うべきだった。
もっと冷静に考えるべきだった。
今更、 そう思っても遅い。
俺はあまりの自分の不甲斐なさに、
怒りのままに叫び、
そして駆け出した。
馬車が見えなくなった方向に。
そして転び、 泣いた。
金がない。
そんなのどうでも良かったのだ。
俺はそれ以上のものを失った。
友達を、 連れ去られてしまったのだ。
その現実が、
秋の夜風と共に、
冷たく俺の心を冷やした。
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