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第21項 「怪獣好き、 旅立つ」

 

 成人として認められた。

 これで俺は自分の行動を好きに決められる。

 職業も、 生き方も、 住む場所でさえも。

 俺だけの意思で決められるのだ。


 俺は『魔物博士』になる為に、

『魔物図鑑』を作ると決めた。


 これは俺の夢だ。

 しかし最近まではその理由も何をすればいいかも曖昧だった。

 それがやっと明確化した。


 俺の魔物への興味は、 前世の怪獣好きから来てきる。

 今だってそれは変わらない。


 しかし今は、

 魔物の脅威を知った。

 魔物を恐れる人々を知った。

 そして、 恐るからこそこの世界の住人が魔物に関わらないようにしていると知った。

 魔物の事を皆詳しく知りたがらないのだ。


 知らないと言うのは恐怖だ。

 幽霊を恐れるのと同じだろう。

 しかし魔物は幽霊と違って目に見え、 そこに存在している。

 危険だが動物と変わらない。

 ならば知識さえあればその恐怖も方向性が変わる。

 だからこその『魔物図鑑』なのだ。


『魔物図鑑』を作る為には当然魔物を知らなれけばいけない。

 ならば直接魔物と出会い調べるしかない。


 けどこの辺りにはスライムしかいない。

 多くの魔物と出会う為には、 街を出るしかないのだ。

 世界中を巡るしかないのである。


 だから成人になる必要があった。

 この街を出る為に。


 何にせよその資格は得る事が出来た。

 後は街を出て旅を始めればいい。


 ......とは言っても、

 いきなり今日明日出る訳にはいかない。

 色々と準備が必要だからな。

 その件に関しては先生から話があるそうだ。

 それを待つとしよう。



 という訳で、

 今は一先ず日常を過ごすしかない。

 そして今日からはそれにプラスだ。


 今は朝。

 二人に成人として認められた次の日の朝だ。

 俺は自室の机に向かって座っていた。


 机の上には紙とペン。


 ペンはインクをペン先につけて書くタイプ。

 前世で、 海外の昔の描写で見たようなものだ。


 紙は普通だが、 どうにもゴワゴワとして厚手だ。

 表面も少しボコボコしている。

 材質は分からないが製造過程の問題だろう。


 この世界では、 紙もペンもインクも別に貴重なものじゃないようだ。

 本を作り、 重版するとなると別のようだが。

 コピー技術はないからな。

 本を作り増やすとなると全部手書きという訳だ。


 どうにもこの世界の技術には偏りがある。

 魔術を利用しているからか、

 それとも技術の発展の仕方なの問題か。

 まぁ今はそんな事どうでもいいか。



 俺は今、 『魔物図鑑』の制作に早速取り掛かっている。


 とは言っても今はメモ程度だ。

 まずはスライムについてを纏めようとしているのである。


 さて何を書こうか。


 やはり全長や体重は必要だろうか。

 生態は必要不可欠として。

 今回は混沌スライムやハグレの事も書かねばなるまい。

 後は挿絵なんかもあると分かり易いか。

 しかしあまり長過ぎても読みにくいだろうから纏めなければ。


 うん、 いい。

 好きな事を考えていると思考が回りやすい。

 今日はこのままスライムの章を完成させようか。


 そんな感じで意気揚々と筆を走らせていた時。


「ライブル! 朝の訓練の時間だぞ! 」


 あっさりとそれは中断された。


 ◇◆◇


 成人しても俺の日常は変わらない。

 プラスで『魔物図鑑』に着手し始めたくらいか。

 まぁ昨日の今日だから仕方ない。

 旅立つ目処も立ってないしな。


 そういう訳でいつも通り朝の稽古だ。

 しかしどうにもモードはいつも通りではなかった。


「......っ! シッ! ヅァ!! 」

「ちょ! 父さん! 待っ......待てよおい!! 」


 激しい。

 父の攻撃が激しい。

 端的に言うと手加減がない。

 これでも手を抜いてのかもしれないが、 本気だ。

 その証拠に無駄口を叩かない。

 いつものように叱るような助言もない。

 俺は避けるだけで精一杯だった。


 本気の『技』が飛んでくる。

 伸びる攻撃。

 飛んでくる斬撃。

 それを出し惜しみなく使ってくる。

 コイツ、 俺を殺す気なんじゃないか?


 そうこうしているうちに、

 俺はモードの攻撃で吹き飛ばされてしまった。

 隠し持っていた小石に基本魔術をかけ、

 形を平べったくし強度を増した事で致命傷にはならなかったが、 無防備なら死んでいただろう。


「このクソ親父! 殺す気か!! 」


 だから当然そんな憤りも湧いてくる。

 彼に対する罪悪感もあったが、 そんな事も一緒に吹っ飛んでしまった。

 ......もしやそれが目的か?


「それぐらいで死ぬなら街から出ない方がいい」


 前言撤回。

 明らかに煽って来ている。

 これはあれだ。

 昨日俺に負けそうになった腹いせだな。

 これは言われっぱなしは腹が立つ。

 なので言い返してみる事にした。


「父さんこそ、 俺にやられそうになるくらいなら引退した方がいいんじゃないの? 」


 しまった。

 思ったよりもムカつく言い方になってしまった。

 これは今度こそ殺される。


 そう思ってモードの顔を見ると、

 意外にも驚いたような顔をしていた。


「......ライブル。 お前皮肉が言えたのか」


 どんな反応だ。

 俺だって皮肉くらい言う。

 しかも今のはめちゃくちゃストレートな嫌味だったと思うが。

 ......いや、 違うか。

 今のが皮肉どうこうではなく、

 確かに俺はそんな事を言ったことがなかったかもしれない。

 特に父に対しては。


 思い返せば、 俺は片意地を張っていたのかもしれない。

 中身が大人だからと、

 別の世界の住人だからと、

 目の前を見ずに前世の自分を見て、

 それを否定したり変えようとしていたのかもしれない。


 しかし昨日気づいた。

 そんなのは無駄だ。

 勿論自分をせいちょうさせようとは思うが、

 そんなものは直ぐにどうにかなるものじゃない。


 俺は前世の自分を受けいれ、

 そして今の自分も受け入れた。

 今の俺が正にライブルなのだ。

 その影響だろう。


 その一端は目の前の人のおかげでもある。


「そう? 大人になったからじゃない? 」


 でも恥ずかしいのでそれを素直に言わない。

 これもまた自分を受け入れた結果なのだろうか。


 モードもそれ以上追求せず微笑み、


「そうか」


 とだけ返してきた。

 なんだかやっと本当に親子になった気がした。

 この人はなんだかんだ父親で、 大人なのだ。


「だがやられそうになったというのは取り消せ。 当然手を抜いていたからな」


 しかしその父親の威厳もその発言で地に落ちる。

 大人でもないな、 俺と同じ子供だ。

 でもそれが嬉しくて、


「いやだね! 」


 そう言ってモードに飛び掛った。

 訓練の再開である。


 父は口には出さないが、

 彼が本気なのは俺を成人として認めたからだろう。

 だから本気で稽古し、

 そして子供扱いしなくなった為、 口うるさく言わなくなったんだろう。

 見て学べという事か。


 ならば丁度いい。

 モードからは教えてくれなかったが、

 あの伸びる攻撃やなんかを覚えられれば役に立つかもしれない。

 今日はそれを盗まれせ貰うとしよう。


 そんな事を考えていると。


「ちなみに俺の『技』は俺にしか使えないぞ」


 と出鼻を挫かれた。

 だからムキになって試してみたが本当に出来なかった。

 どうやったら攻撃が伸びるんだ。

 魔術を使ってる様子もない。

 コイツ本当はスライムなんじゃないか?


 そんな事を思っていると山を降りる時間になっていた。


 ◇◆◇


 その後も日常は変わらない。


 午前中は屋敷で先生の授業を受け、

 午後は山を登って帰る。

 変化があるとすれば、 午後にもモードとの訓練が待っているという事か。


 ハグレを倒し、 自力で山を登って帰れるようになった為、

 モードは本当に午後にも訓練をするといってきたのだ。

 正直朝のような調子だと思うと気が重い。

 気が重いが楽しみだ。

 今日こそぶっ飛ばす。

 違うか。


 さらに変化があるとすれば授業の内容だろう。


「さぁ♡ 今日から出し惜しみせず何でも教えるわよ!♡ 」


 先生はやけにやる気だった。

 それに比例するように、 授業に今まで以上に力を入れてくれるようになったのだ。


 この前までは、 先生は与える知識を制限していた。

 しかし俺が世界を回りたいと言った事で、

 それに合わせた知識や常識を教えてくれるようになったのである。

 もしかすると、 俺が『転生者』だという不安もなくなったのかもしれない。

 何にせよ有難い話だ。


 ◇◆◇


 授業が終わると昼食だ。

 モードを交えて三人で飯を食う。

 相変わらず豪華な食事だ。

 授業の内容が一気に濃くなった為、 正直栄養価の高い食事は有難い。

 訓練もよりハードになったし、 いい栄養補給になる。


 しかし今日はただ食うだけでは終わらなかった。

 昨日の今日という事もあり、

 俺の今後について話す事となった。


「それで、 大人になったリーブちゃんの要望だけど......。

 強くなりたくて? 勉強したくて? レナちゃんも助けたくて? それで世界中の魔物に会いたい......だったかしら?♡ 」


 先生が指折りしながら俺が昨日言った事を挙げる。

 そしてチラリとこちらを見て、 ニヤリと笑った。


「随分欲張りさんねぇ♡ 」


 からかうようなその表情と口調。

 しかしそれに対し俺は何も言えない。

 本心とはいえ勢いで言ってしまった感はある。

 若気の至りのようなものだ。

 今更ながら恥ずかしくて顔が赤くなるのが分かった。


「それにしてもこんなの一遍に叶えられるかしらねぇ♡ 」


 この人は意地悪だ。

 いつも俺をからかう。

 そして今日は特に意地悪だ。


 別に全部を一気に叶えようとなんて思ってない。

 一つ一つ、 確実に積み重ねていけばいいのだ。

 それに別に先生たちに頼るつもりもなかった。

 成人し、 自分で生き方を選べるようになったのだから、

 世界を巡りながら考えるつもりでいた。

 旅に必要な事や物を教えてもらうぐらいのつもりでいた。


 話題に出すという事は心配してくれているんだろう。

 しかしそこまで世話になる訳にはいかない。

 だから自分で何とかすると、 二人に言おうとした。

 が、 先に先生が口を開いた。


「ところがどっこい♡ どうにかなっちゃうのよねん♡ 流石は私♡ 」

「......え? 」


 いつも通り驚かされ素っ頓狂な声を出してしまう。

 どうやらこの人には妙案があるようだ。

 相変わらず先回りが上手いな先生は。

 この感じからするに、 昨日俺にああ言われる事を予想してたみたいだ。

 段々怖くなってくる。


「ね?♡ モードちゃん♡ 」

「......」


 どうやらそれについては父も知っている事のようだ。

 何故か仏頂面で目を眉間にシワを寄せてはいるが。

 それに対して先生はウキウキ顔である。


 モードはあまり納得していないようだ。

 危険な方法でも提示するつもりなのだろうか。


 そんな事を考えていると、

 先生がモードに目配せをする。

 すると父は深くため息をしてから口を開いた。


「ライブル。 お前に一人の女性を紹介する。 その人の弟子になれ」


 相変わらず言葉が足りないが流石に理解した。

 新たな師匠を紹介してくれる、 という話のようだ。

 それに補足するように先生も口を開く。


「私たちの古い仲間でとっても凄い魔術師がいるの♡ その子は魔術も知識もとんでもなく才能があって私たちじゃ足元にも及ばないわ♡

 その子の元で学べばリーブちゃんは夢にグッと近づけると思うのよね♡ 」


 先生にそのまで言わせる人物か。

 一体どんな人なのか気になるな。


 そう思っていたのが顔に出たのか、

 先生は更に詳しく教えてくれた。



 名前は、

 レイチェル・シーメインド。

 昔二人と旅をしていた魔術師だそうだ。

 そして魔術の腕は超一級。

 攻撃魔術も回復魔術も多彩に操ると言う。

 巷では『魔法使い』と『魔女』とか言われているらしい。


 魔法使いは御伽噺の存在と聞いていたが、

 どうやらそれほど迄に魔術を極めているかららしい。

 魔女という通り名は気になるが。

 悪い人なんだろうか。

 まぁそんな人を紹介するとは思えないが。


 しかしその二つの通り名は伊達じゃない。

 彼女は『転生者』でない為新たな高等魔術を生み出せる訳じゃないらしいが、

 魔言語の意味を理解し、 二つ以上の魔言語を組み合わせて使えるというのだ。

 だから俺がレナを治療する時の姿は、 その人にダブったと言う。


 更に言えば、

 彼女は魔言語を二つ以上の使っても簡単には魔力がなくならないらしい。

 実際に経験した身としては、 それを聞いただけで凄さが分かる。


 話を聞く限り彼女は天才気質だ。

 しかし努力も研究も怠らないという。

 だから魔術の知識だけでなく、 様々な分野の知識を吸収しては魔術に活かしているという。



「どう?♡ 悪い話じゃないでしょ?♡ 」


 得意気に話す先生の言葉に頷く。

 どうやら先生はこの人物の事が好きなようだ。


 確かに先生が薦めるだけの人物であるようだ。

 これなら、 強くなる事も、 知識を学ぶ事も、 レナの治療も果たせるかもしれない。


 しかし俺の一番の目標は『魔物図鑑』の完成だ。

 魔物に関わる事が出来なければ意味がないのだが......。


 俺はその事について聞いてみた。

 すると。


「その点は大丈夫よ♡ 」


 それだけ返された。

 だから詳細を聞こうとすると、


「その点は大丈夫よ♡ 」


 何故か同じ言葉を繰り返された。

 心做しか、 笑顔の奥に脅迫じみた迫力を感じる。

 え? これ以上聞くなって事か?


 俺は目線でモードに助けを求める。

 それに気づくと、 またため息をついて口を開いた。


「俺は正直アイツが好きじゃない。 だがお前には一番合っている師だとも思う。 だからランラークの言葉を信じていい」


 ふむ。

 モードがここまで言うのだから信用してもいいんだろう。


 それにしても父はそのレイチェルという人物が余っ程苦手なのだろう。

 いつも仏頂面の彼がさらに不機嫌そうだ。

 同じ仲間でこうも先生と反応が違うのか。

 益々興味が湧いてきた。


 そこまで話した時点で、

 先生は俺にどうするかを尋ねてきた。

 いくら師二人の推薦とはいえ、

 最終的には成人した俺が決めるのだと言う。


 正直色々気になる所はあるし、

 先生の掌の上で踊らされてる気もした。


 しかし断る理由もないので快諾する。


 寧ろ全て自分で決めなきゃいけないのに、

 ここまで面倒を見てもらって申し訳ないくらいだ。


 俺の返答を聞いて先生は喜んだ。

 そして弟子入りまでの手順を教えてくれた。


 レイチェルの住んでいる場所は、

 アータム王国の王都『アータムリア』。

 俺はここに新たな師匠に会いに行く事になった。

 ここからは一ヶ月程の道のりだ。


 出発は二ヶ月後。

 先生から推薦状のようなものをレイチェルに送り、

 その返事が返ってきてからだという。


 それ迄に世界の常識を叩き込み、

 旅の準備をさせるらしい。


 やはり分かっていたかのような手際の良さだ。

 それとも昔旅をしていた経験からの行動だろうか。

 何にせよ、 俺は全力でやるだけだ。

 準備も、 旅も、 その後も。


 こうして昼食兼話し合いは終わった。

 俺の人生において重要な決定だろうが、 あっさりと済んでしまった。

 何とも言えない気持ちである。


「さてと♡ じゃあここからは旅立ちと師匠紹介の条件を話すわね♡ 」


 帰りかけていたところで先生がそんな事を言ってくる。

 なるほど。 気前よくトントン拍子で話を進めたのはこの為か。

 代わりに俺に何かをさせたいらしい。

 相変わらず抜け目がない。


 条件の内容は実に簡潔だった。

 一人旅に同行させたいらしい。


 目的はなんだ?

 というか誰を連れて行けばいいんだ。

 まさかモードじゃないだろうな。

 お目付け役という事だろうか。

 それじゃ成人した意味がない。


 先生に問いかけると先ずは紹介すると言う。

 どうやらこの場にいる人間ではないらしい。

 一先ず安心した。

 しかしそうなると誰なのだろうか。


「入って来ていいわよ」


 先生は少し真面目なトーンで誰かを部屋に招き入れる。

 恐らず同行人だろう。

 ずっと部屋の前で待たせていたのか。


「失礼します」


 そう言いながら入って来る人物の声には聞き覚えがあった。

 そしてその姿にも。


 緑色のショートヘア。

 無表情であまり生気のない瞳。

 身体の所々にある疎らな鱗。

 両腕で身体を支える二つの松葉杖。

 レナだった。


「同行人はレナちゃんよ。 今回の紹介はレナちゃんの治療も兼ねてるの。 それもリーブちゃんのしたい事の一つでひょ? だからしっかり守って」


 先生はほぼ強制のようにそう告げる。

 しかし言ってる事は筋が通っていた。


 なるほどそういう事か。


 俺はレナを治療する方法を学び、 その知識や技術を持ち帰って来るつもりでいた。

 だが本人を連れて行くとなればその手間が省ける。

 だから俺に拒否する権利もなければ、 断る理由もない。

 これが条件と言うのなら受け入れよう。


 俺はこの条件を受けるつもりでいる。

 先生たちからしても決定事項なのだろう。


 けど問題は別にある。


「レナ、 いいのか? 」


 それはレナ自身の意思だ。


 先生と彼女がどう話をしてこうなったのかは分からない。

 勝手に決められたのなら俺は同意する事は出来ない。

 それに、 旅となれば危険も付き物だろう。


 勿論俺はレナを全力で守るつもりだ。

 しかし守り切れるとは限らない。

 そして尻尾を失い歩けないレナがまともに旅が出来るのだろうか。

 そして、 レナ自身はそれを分かっているのだろうか。

 だから俺は聞いたのだ。


 そんな俺の懸念を知ってか知らずか、

 レナは俺から少し視線を外して答えた。


「リーブが、 良ければ、 一緒に行きたい。

 その意味は、 分かってるつもりだから」


 目線は合わない。

 遠慮して控え目に答えているようにも見える。

 しかし、 その瞳の奥には確かに決意を感じた。

 ただ生気のない目には見えなかった。


 その意味は分かってる。

 俺はその言葉を信じて、

 この話を受け入れる事にした。



 こうして俺は、

 レナと王都アータムリアへ旅立つ事となった。

 出発は二ヶ月後。

 それまでに出来る限り、

 学び、

 鍛え、

 準備する事になった。


 俺はレナと二人で話がしたかったが、

 何故か避けられた。


 まぁいい。

 出発する迄には時間がある。

 色々話したい事はあるし腰を据えたい。

 また別の機会にする事にしよう。


 こうしてその日は解散になった。


 ◇◆◇


 そして次の日から旅に向けての準備が始まった。


 モードは早朝と午後に訓練をしてくれた。

 ほぼ殺し合いのような訓練を。

 本気で殺されそうになったし、

 本気で殺してやろうかと思うほど腹が立った。

 でも俺は確実に強くなった。


 午前は先生から授業を受けた。

 この世界の知識と、 旅に必要な知識を叩き込まれた。

 時には必要な物を街に買いに行く時間に当てられたりもした。

 相変わらずランちゃん先生は軽いノリだった。

 でも確かに、 真摯に授業をしてくれた。


 こうしてあっという間に月日が流れる。

 旅に向けての様々な準備は順調だったが、 気になる事もあった。


 その一つは、

 あれからハグレに会っていない事。


 俺との戦いは先生からの指示だったんだろうが、

 あれ以来出てこないのは何とも言えない気持ちだ。

 もしかすると俺は、 ハグレをライバルと思っているのかもしれない。


 そしてもう一つ。

 レナにも会えない事だ。


 会えないというか避けられてる。

 旅についての事など話したかったのに。

 もしかして嫌われてしまったのだろうか。

 浜辺の時に情けない姿を見せてしまったからだろうか。

 こっちに関しては本当にモヤモヤする。


 その二つの気がかりが解決しないまま、

 あっという間に二ヶ月が過ぎてしまった。


 ◇◆◇


 出発の日。

 俺とレナは街の北の出口にいた。


 旅立ちは街の皆が見送ってくれた。

 正直恥ずかしい。

 でも嬉しかった。


 アレからレナとはまともに口を利いてない。

 というよりも今日になってやっとまともに顔を合わせられた。

 話しかければ二、 三会話はしてくれる。

 しかし話は広がらない。

 なんでか目を逸らされる。

 態度的には嫌われてる訳では無さそうだが。

 うーーん。 一体どういう事だろう。


 まぁ難しく考え過ぎても仕方ない。

 これから一ヶ月、 嫌でも一緒に居るんだ。

 その間に打ち解けられるだろう。

 甘い考えだろうか。


 そんな事を考えながら、

 皆に見送られ街を出る。


 有難い事に、 街の皆から馬車と馬を一頭プレゼントされた。

 まともに歩けないレナとどうやって旅をしようかと思っていた所だったので、 非常に助かった。

 これでレナに負担を掛けずに済むし、

 通常の何倍もかかると思っていた旅路が、

 寧ろ短縮出来そうだ。

 本当に有難い。


 レナは荷台に乗ってもらった。

 俺は御者として馬を操る。

 ここら辺のスキルは先生の授業で習っていたから何とかなった。

 もしかすると、 このプレゼントすらも先生の案なのかもしれない。

 そう考えた方が納得がいく。


「さてと♡ 見送りもこの辺りかしらね♡ 」


 そんな先生は俺の隣に座っていた。

 皆は街の外までは来なかったが、 先生だけはここまで見送りしてくれたのだ。


 ちなみにモードはいない。

 朝軽く挨拶した程度だ。


『二度と会えない訳じゃない』


 そう言った父の背中が印象的だった。

 せめて見送りにくらい来いと腹は立つが、

 男の親子なんてこんなものなのかもしれない。

 信頼の証と受け取っておこう。


 帰ろうとする先生に礼を言っていると、

 進行方向にある小高い岡の手前に何かがいた。


 ソイツには見覚えがあった。


 俺は先生と目配せをし、

 レナに馬車に残って貰ってソイツに近づいた。


 緑色の傷だらけのスライム。

 ハグレだった。


 最近見ないと思っていたのに、 まさかこんな所で会うとは。

 俺を追い掛けて来たのか?

 まさか仕返しに来たのだろうか。

 姿を見せなかったのも力をつけていた為とか。

 十分考えられる。


 そんな事を考えていると、 先生が楽しそうに笑った。


「アハハ♡ どうやら着いて行きたいみたいね♡ 」


 俺はその言葉に驚く。

 どうやらハグレは旅に同行したいらしい。

 何処でそう読み取ったのか分からないが、

 ハグレと契約しているらしいし、 先生には分かるんだろう。


 しかしいいのだろうか。


 俺個人としては、

 何故かコイツにマイナスな感情は生まれないし、

 あれだけの強さだから心強い。

 着いてきたいなら勝手にそうすればいいと思ってしまう。


 ......いや、 正直に言えば。

 嬉しかった。

 ライバルに認めて貰えた。

 喧嘩ばかりしていた相手と友達になれた。

 そんな感覚に陥っていたのだ。


 だがそんな個人的な感情は抜きにして、

 ハグレは森を守ってきた先生の仲間だ。

 コイツが居なくなって街は大丈夫なのだろうか。


 先生に聞いてみるとあっけらかんとしていた。

 どうやら、 ハグレが旅立てば契約が切れるらしい。

 つまり先生自身がスライムに手を出せるようになるのだ。


「これで私もスライムをぶっ殺せるわぁ♡ 」


 過激な発言と猟奇的な笑顔は置いておくとして、

 この調子なら大丈夫そうだ。

 そもそもモードがいるんだからな。



 こうして。

 俺は故郷を旅立つ事となった。


 旅のお供は、

 尻尾と表情を失ったカゲト族の少女、

 傷だらけのスライム、

 そして馬が一頭である。


 この時俺は、 その異質なメンバーに何の違和感も覚えていなかった。

 ハグレの事を、 魔物嫌いのレナにどう話そうか、

 なんて呑気に不安になっていたくらいだ。


 しかし俺はこの先目の当たりにする。

 鱗人が、

 スライムが、

 この世界でどういう扱いを受けているかを。


 俺の旅は、

 期待を胸に、

 前途多難で始めるのだった......。


 ◇◆◇


 ちなみに。

 スライムの図鑑はこの二ヶ月で完成していた。

 上手く纏めるのに苦労はしたが、 案外あっさり出来た。

 分かりやすくランクもつけてみた。

 まぁ今は比較対象がいないのでなんとも言えないが。

 一応挿絵も描いてみた。


 内容はこうである。



 種族:スライム


 強さランク:E~A


 全長:0.3m~10m

 体重:3kg~3t(推定)


 亜種:

 各基本属性に対応した、 青、 赤、 緑、 黄、 茶。

 合体した混沌スライム。 特殊個体の傷だらけ。


 繁殖方法:

 交配、 自然発生、 分裂。


 生態:

 魔力を餌とし、 色に応じた属性の魔力を特に好む。繁殖期になるとその個体数を増やし、 縄張りの魔力が足りなくなると人里を襲う。 その目的は主に繁殖の為。


 能力:

 窒息を狙って顔にへばりついて来るぞ! 色んなものに擬態したりするから見つかりにくい! 魔力を吸うと進化して、 変身や分裂、 合体も覚えるから要注意だ!


挿絵(By みてみん)


 ......。

 色々拙いところが目立つが、

 挿絵は壊滅的だな。

 怖。 グロ。 似てない。

 もっと練習しよう。


 ◇◆◇


『スライムの章』


 ー完ー



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