表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/61

第13項 「怪獣好き、 怒る」

 

 全て悟った。


 これは俺のせいだ。


 調べた事が間違っていたのだ。


 スライムは温厚?

 縄張りに入らなければ襲ってこない?


 全て嘘っぱちだ。

 そもそもその通りだとしたら討伐する必要はない。

 魔物を嫌うこの世界の人間が、 自ら関わろうとしない筈だ。

 少し考えれば分かる事なのに......。

 俺は、 魔物を調べる事が出来るという己の欲のせいで、

 目を曇らせていたのだ。


 こんなにもスライムが増えているのもそうだ。


 この国では、 秋に多くの生き物が繁殖期を迎える。

 スライムもそうだったのだ。


 いつもはモードが全て駆逐していたんだろう。

 しかし俺が嘘をついたせいでそれを出来なかった。

 だから、 俺が逃がしたスライムが増えたのだ。


 そして森の中だけでは餌が足りなくなった。

 だから人里に降りてきた。


 そんな事、 そんな事!

 少し考えれば分かるじゃないか!!


 その時、

 俺の足が一歩後退した。


 その状況に恐怖しているのは間違いなかった。

 しかしそれ以上に、

 俺は自分の犯した失敗の重圧に耐えられなくなっていたのだ。

 つまり、 俺は責任から逃げようとしたのである。


 一瞬だが、 前世の出来事が走馬灯のように......。


「きゃああああっ!! 」


 だがそれは遮られた。

 近くに今正に女性が襲われようとしていた。


 俺は思考を振り切り彼女の元へと走る。


 それは決して善意ではないのだろう。

 考えるのをやめるのに利用したのだ。

 事実はどうあれ、 自分でそう感じてしまった。



 走りながら近くに落ちていた木の破片を拾う。

 どこかの家が破壊された跡だろう。

 それを剣に見立てて構えながら駆ける。


 剣技をモードから習った訳ではない。

 しかしただの打撃では決定打に欠ける。

 いつもはスライムを逃がす為に素手で戦ってはいるが、 今は人を助けなければいけない。

 少しでもダメージを与えたかった。

 ただ殴れればいい、 そのぐらいのつもりだった。


「うわぁああああっ!! 」


 悲鳴にも似た声で叫ぶ。

 自分の色んな気持ちを誤魔化すように。


 何とか女性が襲われる前に間に合う。

 しかしスライムは飛びかかろうと身体を跳ね上がられていた。


 女性とスライムの間に割って入る。

 そこでスライムに向けて思い切り木の破片を横に振った。

 身体に染み付いた特訓の成果は皆無だった。

 それはただの野球のバッティングのような動きだった。


 おかげで攻撃は真芯を捉えられなかった。

 スライムの真ん中より少し上部に当たり、 地面に撃ち落とす事しか出来なかった。

 野球で言えばピッチャーゴロ。

 しかしダメージは確実に入っている。


 そして、 女性とスライムには確実に距離が出来た。


「早く逃げて!! 」


 振り返り女性に叫ぶ。

 彼女は一瞬の放心の後、 転がるように立ち上がってその場から消えた。


 一先ずあの人は助けられた。

 安堵の気持ちが湧いてくるが油断はしてられない。

 俺はすぐさまスライムに視線を戻す。


 スライムは、

 俺の攻撃で上部が抉られ、

 その場でのたうち回っていた。


 そしてゆっくり静かになり、

 動かなくなった。


「......殺してしまっ......」


 そう言いかけて、 言うのが怖くなった。

 心に激しい動揺が走った。

 しかしそんな甘い事を言ってられない。


 助ける為に仕方なかった。

 助ける為に仕方なかった。


 そう何度も言い聞かすが、

 心臓が激しく脈打って落ち着かない。


 俺は初めて生き物を殺した。

 その事実に押し潰されそうになり、 逃げ出したくて堪らない。


 だが、 そういう訳にはいかない。

 俺はそれを受け入れなきゃいけない。


 だから俺は。

 スライムが絶命するまで。

 じっと彼を見守る事にした。


 こんな時に悠長な、 とも思う。

 しかしそれが命を奪った責任だと腹を括る。

 せめて命絶えるまで、 そう覚悟した。



 ......だが、 そうはならなかった。



 欠損した筈の、

 木の破片で叩き潰した筈の身体が、

 元に戻っていったのだ。


「っ!? 再生している!? 」


 そうとしか思えなかった。


 でもそんな馬鹿な!

 森で出会ったスライムにそんな傾向は見られなかったのに!


 また心がザワつくが、 そんな暇はない。


 再生したスライムが、 明らかにこちらに敵意を向けてきている。

 それだけじゃない。

 他のスライムも集まって来たのだ。


 囲まれた。

 俺は完全に敵と認識された。

 今度は違う意味で腹を括るしかない。


「『オブザービング』! 」


 魔術をかけ観察力を高める。

 いくら火の手が上がって明るいとはいえ今は夜だ。

 擬態能力が高いスライム相手ではすぐに見失ってしまう。


 何とか気持ちを切り替え、 スライムたちを観察した。


 前方に二匹。

 左右に一匹ずつ。

 後方に一匹。

 計五匹。


 色は様々。

 対応する魔術をそれぞれに向かって使ってる暇はない。

 それなら......!


「はぁっ!! 」


 飛びかかって来た後方の一匹を避け、 回し蹴りを喰らわせる。

 同時に後ろが空いたので少し距離を取った。


 魔術が使えないなら物理攻撃で対応するしかない。

 そうしながら対策を考えるんだ。

 それしか手はない。

 しかし、 いつまで持つか......。


「っ!? てやぁっ!! 」


 考えてるうちに他のスライムたちが襲ってくる。


 前方の二匹をしゃがんで躱し、 下から同時に木の破片で切りつける。

 そのまま前に転がり、 左右の二匹の飛びかかりをジャンプして回避。 着地の時に両足で踏み潰す。

 あまり接触してはいられない。

 すぐさま後方に距離を取る。


 避け、 攻撃し。

 躱し、 攻撃する。

 これを繰り返す。


 着実にダメージは与えられてる筈だ。

 しかしすぐさま、 さっき見た再生が起こる。

 これでは本当に有効打を与えられているか分からない。


 そうこうしているうちに、 俺は近くの家の壁へと追い詰められた。

 コイツら、 連携して俺を追撃している。

 やはり森で出会った時とは何かが違う。


 そして不可解な事はもう一つ。

 最初に攻撃したスライムがいない。

『オブザービング』で周囲を見回しても、 擬態している様子もない。


 逃げたか?

 一匹減ったなら好都合だが......。


 そう思った時だった。


 視界の端に植木鉢があった。

 この家の人が庭で育てている植物だろう。

 それだけだ。

 それだけなのだが。


 それが、 急に俺に飛びかかって来たのである。


「何!? 」


 思わず声を上げる。

 しかし身体は訓練のおかげか自動的に反応してくれた。

 半身をずらして、 回避。

 そのまま木の破片で地面に叩きつけたのである。


 そしてその植木鉢は、 スライムへと姿を変えた。

 ......いや違う。 スライムに()()()のだ。


「姿を変えていた?! 」


 そうとしか言いようがない。

 コイツはさっきまで確実に植木鉢だった。

『オブザービング』で観察力を上げてるのだ、 見間違う筈がない。


 これはもう擬態の域を超えている。

 これは、 『変身』だ。


 そこで俺は理解した。

 このスライムたちはもう、 俺の知ってるスライムじゃない。


 繁殖期のせいか、

 それとも魔力を吸って進化したのか。

 いずれにせよ。

 このスライムたちは、 明らかに質が上がっている......!


 どうする、 どうする!


 俺は五匹のスライムの猛攻をいなしながら思考を巡らせる。


 コイツらには今までの戦法は通用しない。

 少なくとも物理攻撃でどうにかなるレベルじゃない。

 魔術を使おうにその隙がない。

 そしてこのままでは俺の体力が尽きる。

 ジリ貧だ。


 考えれば考える程に焦り始める。


 どうしたら、 どうすれば!


 焦りが苛立ちに変わり、

 苛立ちが絶望に変わっていく。


 このままでは、 確実に魔力を吸われる。

 それだけならまだいい。

 きっと食い殺される。


 そんな事に思考が埋め尽くされていく。


 しかし。

 絶望に恐怖が混じり始めた頃、 状況が変わった。


 急に、 本当に突然。

 スライムの攻撃がやんだのだ。


 そして彼らは、

 俺に興味が無くなったように、

 姿を消した。


 今度は近くで変身して身を隠してる様子もない。

 一匹残らず去って行ったのだ。


 俺から魔力を吸えないと思ったのか。

 それとも新しい餌を見つけたのか。

 何にせよ、 殺されなかった。


「助かった、 のか? 」


 そう言葉にした瞬間緊張の糸が切れる。

 冷や汗が一気に溢れ、

 力が抜けてその場にへたりこんだ。

 安堵のため息が漏れる。

 俺は異常な安心感に包まれた。


 しかし。


「ぎゃああああっ!! 」

「いやぁぁっ!! 」


 それはほんの一瞬だった。


 助かったのは俺だけだ。

 事態は全く変わってない。

 他の人たちを、 助けなければ......!


 俺は悲鳴がした方に駆け出そうとして......止めた。

 闇雲に突っ込んでも今の二の前だ。

 今は何をすべきか考えるべきだ。

 そう思える程に頭は冷静になっていた。


 襲われてる街の人を助けるのは変わりない。

 しかし逃げ場がなければまた襲われるだけだ。

 こういう時どうするべきか、 決まりがあった筈だ。


 ......そうだ! 先生の屋敷だ!


 何かあったら屋敷に避難するようにと、 先生は常日頃皆に言っていた。

 ならばそこを目指せばいい。


 街を駆けながら、 屋敷に避難するように声をかける。

 既に向かってる人も多いだろう。

 俺はその人たちをスライムから守ればいい。


 そうだ、 魔術を使うなとも言わなければ。


 魔力はスライムの餌だ。

 魔術を使えば格好の的だ。

 特に好物の属性には何よりも優先して飛びついてくる。


 この街の、 この世界の住人は魔物の知識がない。

 屋敷に向かう事は分かっていても、

 魔力がスライムの餌とは知らないだろう。

 逃げる為や抗う為に魔術を使う事は十分に考えられる。

 それだけは止めさせなければ。



 やる事は決まった。


 思えば俺は街の入口からほとんど動いてない。

 ここから虱潰しに住人に声を掛けて回ろう。

 その時に、 何が起こっているのかも把握するよう努めよう。


 よし! やるぞ!


 俺は自分の頬を両手で叩くと、

 混乱しそうな、 罪悪感に押し潰されそうな気持ちを何とかきりかえ、

 その場から走り出した。


 その時にはもう、

 レナの事を考える余裕はなかった。


 ◇◆◇


 まずは居住区を回る。

 多くの家はスライムの襲撃を受け半壊していた。

 穏やかで賑やかな昼までの街からは想像も出来ない惨状だった。

 しかし、 そこに気を取られてばかりはいられない。


 住民に声をかけつつ、

 誰かを襲っていたり俺に襲いかかってくるスライムに対応する。

 そして皆を逃がして回った。


 その中で、 何となく状況を理解する。


 スライムはとんでもない数が街に押し寄せて来てるようだった。

 どこを見てもスライムで溢れかえっている。

 その数、 数百ではきかないだろう。

 1000匹を超えるそれが街で暴れている。

 あくまで目算だが。


 その中にはマーキングされているスライムも当然いた。

 しかしおかしい。

 明らかに数が多い。


 俺のマーキングしたスライムは多くて50程度。

 だがどう見ても100匹以上存在する。

 これはどういう事なんだろうか。


 この疑問は直ぐに解決する。


 スライムたちは魔力を吸っている。

 奴らは魔力を吸うと身体が少し大きくなった。

 そしてその状態でさらに吸うと......分裂した。

 分裂したのだ。


 スライムが増える要因。

 それは交配と、 魔力からの自然発生だけだと思っていた。

 実はそれだけでなく分裂もするという事が分かったのだ。

 森で見かけなかったのは吸った魔力が足りなかったからだろう。


 そして更に驚きなのは、

 分裂する前のスライムにマーキングがあると、

 分裂して生まれたスライムにもマーキングが引き継がれるという事だ。


 つまり、 つまりだ。

 スライムが増える要因。

 それは、

 魔力から自然発生する『新たな個体』が生まれる方法と、

 交配して『次世代の個体』が生まれる方法と、

 分裂して『同一個体』が増殖する方法、

 この三つがあるという事なのだ。


 しかもだ。

 自然発生と交配は増えるのにある程度の時間が要するのに対し、

 分裂は魔力さえ吸えば一瞬で増殖する事が出来る。

 そこから考えるに、 スライムはどんな環境でも、 例え一匹になろうと絶滅しない為に進化したと考えられる魔物という訳だ。


 これは大発見である。


 森の中でこの事実に気づいていたらきっとはしゃいでいただろう。

 だが今は流石にそんな気分ににはなれない。


 思った事と言えば、

 このままではスライムが無尽蔵に増え続けるという事。

 はしゃぐ所か絶望しかない。

 何とかしなければ。


 ◇◆◇


 分かった事と言えば他にもある。

 それは住民の怯えようだ。


 俺は何人もの街の人をスライムから助けた。

 それは親しいとは言えなくても顔見知りばかりだった。

 だから当然声を掛けた。

 何かしら情報が欲しかったのだ。


 だが。

 彼らは助けられても、 呆けているか怯えているだけだった。

 何を聞いても答えてくれなかった。

 それでも避難の事や魔術を使ってはいけない忠告を伝えると、 縋るように屋敷へと駆けて行った。

 誰もかしこもだ。


 別にお礼を言われたい訳ではなかった。

 しかし顔見知りが目の前で必死に戦い、 そして助けられたというのに、

 礼も言わずに逃げ出すだろうか。

 いくら毛嫌いしている魔物に襲われたとはいえ、 そこまで怯えるのだろうか。


 そして彼らを見ていると他の違和感も覚えた。


 スライムに対し逃げている者がいる。

 それは当然だ。

 スライムの攻撃から、 魔術や盾や壁を使って身を守ろうとする者もいる。

 そしてそれも当然だ。


 しかし、 しかしだ。

 応戦し、 武器を取って魔術を使って戦っている者は誰もいなかったのである。


 確かにこの街の住人は、 近くに潜んでいるスライムの知識すら殆ど持ち合わせていない。

 だからとんでもなく強い怪物だと思っているのかもしれない。

 そうでなくとも未知の相手は怖いものだ。


 しかしだからと言って応戦しないなんて事はあるのか?


 それだけじゃない。

 誰も街を守ろうとしないのか?

 そして隣人を守ろうとしないのか?


 家族で逃げている姿は見かける。

 しかし襲われてる他の住人の事は無視している。

 いや、 無視と言うよりは見えていない。

 そこまで混乱するのか?


 それに明日は成人の義の日。

 今夜は前夜祭だ。

 一年に一度の、 街の人誰もが楽しみにしているお祭りだ。

 それを邪魔されて、 街を破壊されて。

 怒りの一つも湧いてこないのか?

 反撃は出来ずとも、 抗おうとはしないのか?


 分からない、 また分からない。


 これは俺が戦えるからそう思えるのだろうか。

 スライムの事を知っているからだろうか。

 この世界では、 これが普通なのだろうか。


 俺はまだ、 やっぱりこの世界の事を知らないのだ。



 何にせよとにかく情報が欲しい。

 少しでも、 現状について。


 俺はその後も居住区を周り、

 生活用品を利用して水の魔術を使い消化をし、

 会話が出来る人がいないか探した。


 ◇◆◇


 居住区は一通り避難も消化も済んだ。

 もう皆を屋敷への避難に向かっている。

 俺は商業区へと駆ける。


 逃がした住民たちは途中またスライムに出会うだろうが、 その時はまた助ければいい。

 進行方向は同じなのだから。



 噴水の広場に出た。

 状況は居住区と同じだ。

 遠目から見ても分かったが、 店がスライムに襲われ住民たちが逃げ惑っている。

 一つ違うのは、 噴水に多くの青スライムが群がっている事だろうか。


 いや、 もう一つ違う事があった。


「早くしろ! 伯爵様の屋敷に逃げるんだ! 」


 自分が逃げるよりも、 他の皆を避難させようとしてる人がいたのだ。

 そしてそれはよく見知った人だった。


「ポーシィさん! 」

「リーブ!? なんで山から降りて来た! 危険だ、 帰れ! 」


 駆け寄り声を掛けたその人は、 何よりも先に俺の心配をしてくれた。

 優しい人だ。


 この人はポーシィさん。

 ミゲル・ポーシィ。

 レナの父親だ。


 この街で雑貨屋を営む商人の一人。

 彼らの中でリーダー的な存在だ。

 ランラーク先生からの信頼も厚い。

 ちなみにレナはレナ・ポーシィと言う。


 ポーシィさんはレナと違って、 全身を鱗に包まれた鱗人だ。

 まぁこちらが鱗人の正しい姿なのだが。

 見た目はコモドオオトカゲに近い。

 それが二足歩行している。

 さらに大きな尻尾とのバランスを取るために常に少し前屈みだ。

 そして指には鋭い爪がある。

 顔はトカゲだが表情は分かる。

 それでも平人とは全体的に大きく違う。

 レナが異質な鱗人だというのがよく分かる。


「何ボサっとしてるんだ! 早く帰れ! 今夜はモードさんもいないんだろう?! 」


 ポーシィさんは普段から声を荒らげる事が多い。

 しかし今はそれが顕著だ。

 きっと余裕がないんだろう。

 でもその中に優しさを感じる。

 俺はホッとしていた。

 それにこの人になら話を聞けそうだ。


「僕は父さんの代わりに来たんです! 何が起こったか聞かせてください! 」


 俺はこう切り出して、 彼から情報を引き出す事にした。

 嘘は、 ついてない。



 ポーシィさんの話では、 スライムはいきなり現れたという。

 きっかけは分からないと言っていたが、 その時の状況を聞いて予想する事は出来た。


 スライムが押し寄せて来る直前、 街では前夜祭の盛り上がる時間帯に差し掛かっていた。

 酔った人たちによって松明を集められ、 少し大きめのキャンプファイヤーを始めたのである。

 そして祭りを盛り上げる為に皆基本魔術を使い、 隠し芸のように披露していたとか。

 原因はこれだ。


 森では既にスライムが増えていた。

 奴らはその魔力に引き寄せられたんだろう。


 しかしこのぐらいなら毎年の事だという。

 だとすればやはり、 元々を辿れば俺がスライムを見逃したせいだ。

 いつもならモードが駆逐していた筈だろうに......。


 ......ダメだ。

 落ち込んでいても何も原因は変わらない。


 ポーシィさんの話では、 商業区の避難もほぼ完了していると言う。

 彼のおかげだ。


 ならば後はやる事は一つだろう。

 人的被害を心配する事がないのなら、 ここからスライムを少しづつでも駆除していけば......。


「さぁリーブ! 後は俺たちだけだ! 逃げるぞ! 」


 俺は耳を疑った。

 身を呈して他の人の避難を優先したこの人でさえこう言うのだから。

 流石に苛立ちを覚えた。


 待て、 落ち着け。


 彼らにとってスライムは未知の敵だ。

 しかも毛嫌いしている魔物だ。

 何よりも人命を優先し、 街を放棄する事だっておかしくはない。

 きっとポーシィさんたちだって苦渋の選択の筈だ。

 それを攻める事は出来ない。


 何より、 これは俺のせいなのだから。


「......ポーシィさんは逃げて。 」


 このままでは俺の責任を、 俺自身への苛立ちを、 この人に向けてしまう。

 そう思い、 一人で戦う事にした。


 これは街の人誰も望んでないものかもしれない。

 街なんかよりも人の命があればいいのかもしれない。


 でも、 俺が責任を負わなければいけないのだ。

 勿論死ぬつもりはないが。


 こんな時モードが居てくれたら。

 そんな事を考える。


 奴は街の守護者。

 対スライムのスペシャリストだろう。

 きっとこの状況に適したやり方をしてくれる。

 そう思ってならない。

 どうしてこんな時に居ないのか。


 それにランラーク先生はどうしたのか。

 街がこんな状況だというのに何をしているのか。

 領主がそれでいいのか。

 まさか真っ先に逃げた訳じゃないだろうな。


 ......ダメだ。

 悪い事ばかり考えてしまう。

 他人のせいにしてしまう。

 これは俺の責任。

 俺が一人でやらなければならない事なんだ。


 だから誰にも頼らず、 誰のせいにもせず。

 俺が......。


「リーブ! お前までレナみたいな事を言うんじゃない!! 」

「......え? 」


 思考が止まる。

 今、 この人はなんと言った?


 お前まで、 レナみたいな事......?


 まさか。

 まさか......!


「......レナは、 今どこに? 」


 何故今まで考えもしなかったんだ。

 あのレナが、 素直に逃げたとでも思ったのか?

 あの子は俺と一緒にスライムについて知った。

 そして彼女には戦う力もある。

 それでも逃げてる可能性もあったが、 レナの性格からして......それぐらい、 予想出来ただろう。


「......皆を逃す為に、 魔物と戦っている」

「!? 」


 やっぱり、 やっぱりだ。

 他の誰が逃げても彼女は逃げずに戦ってるんだ。


 スライムの知識を得たから......いやそれだけじゃないだろう。

 きっと彼女も罪悪感に駆られたんだ。

 自分がもっとスライムを倒していたらと、

 そう思ったに違いない。


 それも、 俺のせいだ。

 俺が彼女を巻き込んだから。


 いやでも待て落ち着け。

 レナならきっと大丈夫だ。

 彼女は俺よりも強い。

 スライムなんかに負ける筈がない。

 きっと今頃誰かを逃がしている。

 だから大丈夫、 大丈夫なんだ。


 思考が混乱する。

 自分に大丈夫と言い聞かせながら、 最悪の自体も考えしまう。

 そして彼女に戦える知識を与えてしまった罪悪感を誤魔化そうとしている。

 知らなければ逃げていたかもしれないと。

 しかし、 知っているからこそ戦って生存確率が上がるのだと。

 後悔と言い訳の間をさまよっている。


 ダメだ。

 余裕がない。

 自分とこの状況と逃げるだけの街の人に怒りが湧いてくる。

 誰のせいでもなく俺のせいなのに。


 ダメだ。

 あと一言何か言われたらキャパオーバーする。

 早くこの場を離れなければ。

 でないと......。


「リーブ。 俺と一緒に逃げるんだ! 」

「!? 」


 ダメだ。

 ダメだダメだダメだダメだ。


 人には適材適所がある。

 ポーシィさんは街の皆を逃がした。

 そして俺を逃がす為にこう言ってくれている。

 決して保身の為じゃない。

 そんな事は分かっているのだ。


「今、 なんて言った? 」


 分かっているのに。


「自分の娘が戦ってるんだぞ? 」


 止められない。


「レナが戦ってるのに! 自分だけ! 俺たちだけ逃げるのか! 一人の女の子に戦わせておいて!! 」


 それは自分の罪悪感を、 ポーシィさんにぶつけているだけだ。


「街の人誰も戦おうとせず! 逃げるんだけなのか!! この卑怯者!! アンタも戦え!! レナと一緒に戦え!! 」


 それが分かっているのに止められなかった。


「そ、 それは......出来ない」

「なんだと!? 」


 ポーシィさんは震えていた。

 大の大人の男が本気で震えていた。

 でもそんな事を気にしてる余裕も優しさも俺にはなかった。

 理由など考えず、 怒りの矛先を、

 自分から分かりやすい目の前の相手に切り替えていた。

 卑怯者はどっちだ。


 俺はそのまま。

 怒りに任せ。

 彼に殴り掛かった。

 ......が。


「あら、 随分な言いようね」

「!? っぐぁ!! 」


 殴られた。

 殴られたおかげで止まれた。

 それはポーシィさんにじゃない。

 今現れた第三者にだ。

 この声、 この口調、 この拳。

 俺は、 この人を知っていた。


「知らない事とはいえ、 他人に嫌がる事を強要するのは......いけないのよ? ねぇ、 リーブちゃん」


 それは、 ランラーク先生だった。


 俺の怒りは収まっていなかった。

 しかし、 しかし。

 止められた事に。

 この人が現れた事に。

 この人の存在の大きさに。


 俺は、 安堵したのだった。



本日もご覧頂きありがとうございます!

宜しければ、 ブックマーク、 星評価をして頂けると幸いです!

皆様の応援が力になります!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ