第12項 「怪獣好き、 前夜祭に向かう」
いよいよ明日は成人の義の日だ。
街は朝から慌ただしくなる。
それぞれの家が子供の為に何かしら行動を起こすのだ。
そうもなるだろう。
中には何軒か共同で、
中には領主である先生に協力してもらい、
その儀式を行う。
毎年恒例のものだ。
しかし良く考えれば凄い話だ。
毎年どこかの家で成人の義が行われるという事は、
毎年成人する13歳の子供がいるという事。
モォトフの街はそこまで大きな街じゃないし、
人口も多い訳ではない。
それでも毎年誰かが13歳を迎えるというのは不思議な話である。
......まぁ種は分かっている。
そんなに難しい話じゃない。
実はこのモォトフ、 越してくる家族が多いのだ。
毎年季節の変わり目ぐらいに何軒かの一家が移住してくる。
しかも必ずと言っていい程子供がいる家族だ。
だから毎年どこかの家で13歳を迎える子供がいるのだ。
だがそうなると人口が増えないのはおかしい。
それにもちゃんと理由がある。
実は増えた分だけ引っ越していく家族も多いのだ。
勿論住み続ける家族もいるが、
大概の家は子供が成人すると越して行っていたりする。
だからこの街の住人は13年サイクルぐらいで入れ替わっていたりする。
......まぁそれを全部見てきた訳じゃなく、 先生に教えられたのだが。
けどやっぱり先生も肝心な事を教えてくれない。
何故こんな事になっているのか、 決して話そうとしないのだ。
まだ引っ越して来る理由は予想出来る。
この領地は税が安い。
それを目的にやってくる人も多いだろう。
子供がいるとなれば余計な出費を抑えたいところだろうからな。
しかし出ていく理由は?
税が理由ならこのまま住み続ければいいのに。
それとも定期的に引っ越すのがこの世界では普通の事なのか?
先生曰く、
「ここは避難所なの」
だと言う。
意味が分からない。
税を他の領地で払えなくなった人たちの避難所という事か?
はぐらかされるよりタチが悪い。
まぁいい。
分からない事は今後知っていけばいいんだからな。
とにかくだ。
明日は成人の義当日。
朝から慌ただしくなる。
しかしその慌ただしさは、 実は前の日の夜から始まる。
成人の義は三日間かけて行われる。
まず、 今日の夜から祭が始まる。
要は前夜祭だ。
明日に向けて英気を養ったり気合いを入れつつ、 どんちゃん騒ぎをして街全体を活気で満たすのだ。
そして明日は当日。
一日かけてそれぞれの家で儀式が行われる。
活気はそのままだが、 街全体が緊張感で満ちる。
最後は明後日。
後夜祭。
儀式の日の夜からまた宴を始め、 次の日の夜までまたどんちゃん騒ぎを続ける。
儀式を終えた者たちを、 結果関係なく労う為だ。
まぁ結局はあれだ。
皆祭りが好きだという事だろう。
それだけ田舎の街には娯楽が少ないのだ。
◇◆◇
そんな日でも俺のルーティンは変わらない。
山を降り。
授業を受けて。
......正確には自習をする。
「いよいよ明日が本番ね♡ 」
「はい! 」
当然レナも一緒で、 先生はレナに付きっきりだ。
「レナちゃんはお化粧本当に上手くなったわね♡ 後は街を出て本格的に師匠を探しなさい♡ それに......尻尾も逞しくなっちゃって♡ それならお父様との儀式も問題ないわね♡ 」
これじゃどちらの為の授業か分からない。
「えへへ! 先生とリーブのおかげですよ! 」
しかしレナの笑顔を見るとそんな事どうでもよくなる。
そして儀式前の最後の授業、
先生は結局儀式の内容を教えてくれなかった。
モードに聞けの一点張り。
俺の方もどうでもよくなられてないか心配だ。
◇◆◇
屋敷がある森を抜け、 街に戻り、 そして街道がある森の方へ向かう。
途中見た街の景色はいつもとはやはり違った。
皆浮き足立っていて、 今夜からの準備に忙しい。
それだけ楽しみにしてるという事だ。
成人の義は、 13歳だけのお祭りではないのである。
「えへへ! 明日が楽しみだなぁ! 父さんを早くギャフンと言わせたいもん! 」
勿論当事者であるレナも浮かれている。
そして当然のように勝てるつもりでいる。
「ねぇねぇ! 今夜一緒に前夜祭回ろうよ! 」
「えぇ? 大事な日の前日の夜にいいの? 」
「だからこそいいんじゃない! この日ぐらいしか楽しみないんだもん! それに明日は楽勝だしね! 」
ふむ。 少し調子に乗り過ぎではないだろうか。
人というのはこういう時に足元をすくわれやすい。
ここは一つ忠告を.......。
「リーブだって同じ気持ちでしょ? 」
「......うん」
結局俺は何も言えなかった。
◇◆◇
二人で森に入る。
そしてスライムを調べ、 倒し、 逃がす。
マーキングも忘れない。
もはや俺たち二人に、 この森の普通のスライムは敵ではなくなっていた。
キリのいい所でレナを街に送る。
すると彼女は街の入口で立ち止まった。
「......ねぇリーブ。 夜、 一緒に回ろうよ」
俺は首を傾げる。
その話はさっきした筈だ。
「今日じゃなくて明後日! 後夜祭! 」
なるほどそっちか。
しかしどこまでお祭り気分なのか。
流石にこれは俺も黙ってはいられなかった。
「こらこら。 子供がそう何日も夜出歩くもんじゃないよ」
「......父さんみたいな事言うのね」
ぐうの音も出なかった。
所詮中身はおっさんという事か。
「でもね、 ふふ。 もうそんな事気にしなくていいんだよ? 明後日には私たち、 大人になってるんだから! 」
それにしてもやはりこの子は自分の力を過信している。
課題を簡単に乗り越えられる気でいる。
それ自体はいい事かもしれないが、 やはり過信はいけなき。
ここはやはり精神的年上として言ってやらなければならない。
「いいかい、 レナ。 少しは緊張感を......」
「そういう事じゃないよリーブ! 」
何故か遮られた。
そういう事じゃないとはどういう事か。
俺はそれを聞き返そうとしたが......。
「私たちもう、 子供じゃないんだよ? 」
その言葉に気圧されてしまった。
言葉自体じゃない。
その、 彼女から真っ直ぐ飛んでくる気迫。
それに圧倒されてしまったのだ。
決して強い言葉じゃない。
どちらかと言えば懇願のように感じる。
しかしその中にある本気さ、 覚悟。
そういったものが俺に反論を許さなかった。
そんな雰囲気だった。
だから俺は。
「......分かった。 後夜祭を一緒に、 だね」
と、 承諾するしかなかった。
結局俺は、
レナの過信を諌める事も、
言葉の意味も分からぬまま彼女と別れた。
これを後に後悔する事となる。
◇◆◇
レナを家に送り、 再び森に入る。
そしてハグレに挑んだ。
結果はいつもと変わらず惨敗。
いつまでも奴の窒息攻撃を回避出来ない。
流石に焦る。
確実に強くなり、 そして戦闘中も頭が回るようになってきたのに。
どんな手を使ってもハグレに勝てない。
こいつをどうにかする事が成人の義の課題だったらと思うと、 更に焦りが増す。
当日は明日だ。
焦りながら窒息させられ気を失う。
しかしそれでも思考は止まらなかった。
何がいけないのだろうか。
ハグレの討伐が課題だと仮定して考えてみよう。
まず一番は実力だ。
他のスライムは楽勝にどうにか出来る。
というか、 通常のスライムなら訓練を積んでいない街の人でも、 一匹なら倒せるだろう。
スライムとはそれぐらい弱い魔物だ。
しかしハグレは段違い。
体感的に、 100倍ぐらい強い印象がある。
こんなのどうにか出来るのはモードぐらいではないだろうか。
ならばだ。
そんな相手を俺が倒せる訳がない。
ならばそんな相手を実力だけで倒そうというのは無理な話だ。
モードや先生は大事な事を話してはくれないが、
俺の実力を見誤るような人たちじゃない。
そしてそれはハグレに対してもだろう。
だったら実力だけでは無理だと分かっている筈だ。
それならそれ以外で倒す方法を考えろという事か。
モードは言う、
生き残る為に考えろと。
ランラーク先生は言う、
知識の使い方を考えろと。
そういう事ならば今のやり方は間違っていない筈だ。
二人からそれを学び、 そして自分で考え工夫している。
だがそれだけでは圧倒的に時間が足りない。
ならば他の可能性を考えてみよう。
後思いたる節があるとすれば......覚悟か。
正直、 魔物を殺すという事にまだ抵抗がある。
その甘い気持ちがハグレを倒せない理由かもしれない。
いやそうじゃない筈だ。
俺は少なくとも、 ハグレだけは倒さなきゃ殺さなきゃと思っている。
奴を殺す覚悟なら出来ている。
それだけじゃ足りないのだろうか。
ダメだ。
考えれば考える程にドツボにハマりそうだ。
これは目を覚ましたらもっと考えなければな。
夢現の中そんな事を思う。
しかし結局は気絶中の思考だ、 どこまで覚えてるかなんて当てにならない。
いやでもこれだけは覚えておこう。
モードに聞くんだ。
俺の儀式の内容はなんなのかと。
◇◆◇
「今夜から明日の夜まで家を空ける」
「は? 」
目を覚ますといきなりそんな事を言われた。
コイツは明日がなんの日だかわかっているのだろうか。
「国からの依頼だ、 断れん。 儀式の事はランラークに任せてある、 安心しろ」
安心出来るか。
先生は真逆の事を言っていたぞ。
......しかしこればっかりはどうしようもないのかもしれない。
モードはモォトフの街の用心棒だ。
基本自分の判断で行われる見回り以外は、 ランラーク辺境伯の依頼で仕事をする。
しかしたまにアータム王国からの依頼もある。
国からの依頼とあって強制力も強い。
断れないのも仕方ないだろう。
だが何故よりにもよってこんな時に。
「......そう拗ねるな」
モードはそんな事を言いながら頭を撫でてきた。
誰が拗ねるか。
こっちの中身をいくつだと思ってるんだ。
俺は乱雑にその手を跳ね除けた。
すると代わりに拳が飛んできた。
理不尽だ。
「......ちなみに聞くが」
そしてこの父親は相変わらずマイペースだ。
こんな状態で質問するか普通。
「スライムは、 きちんと倒しているんだろうな? 」
その質問にドキッとする。
先生が俺のやってる事を知っているなら、 モードも知っていておかしくない。
それ自体は別に驚かない。
問題はそこじゃないのだ。
「......倒してるよ。 あの傷のスライムはまだだけどね。 残りは一匹残らず。 特にレナが」
嘘だ。
そう、 俺はモードに嘘をついている。
そしてレナにもだ。
レナには、 逃がしたスライムの事はモードに報告していると言っている。
しかし本当の所は、 報告などしていない。
すればマーキングしたスライムを殺されてしまうからだ。
いつかこうして問われる日が来るとは分かっていた。
だから平静を装って答える準備はあった。
大丈夫、 バレてない筈だ。
「......そうか」
少し間があったがモードは納得してくれた。
俺の演技力も捨てたもんじゃない。
これでマーキングしたスライムが狩られる事はないだろう。
いつもの彼の見回りの時に見つかってなかったらの話だが。
それはそれで仕方ない。
しかし、 今彼らを全滅される訳にはいかない。
まだ観察をしたい。
なに、 いざとなればあれぐらいなら直ぐに倒せる。
モードの手を煩わせる必要もない。
そうだ。
これは結果的に親の負担を減らしているんだ。
俺はそう自分に言い聞かせた。
心の中の引っかかりを誤魔化すように。
こうしてモードは山を降り、 街を抜けて依頼のあった街へと向かった。
次に会えるのは成人した後だ。
......おっと。 内容も知らないのに俺は成人する気でいるのか。
レナの事は言えないな。
そんな事を思いながら、
俺は罪悪感を誤魔化すように昼寝をした。
そして目を覚ますと、 夜になっていた。
◇◆◇
目を開ける。
視界には満天の星空が広がっていた。
前世では山の中にいてもこんな多くの星を見る事は出来ないだろう。
寝起きで意識が覚醒しきってないせいか、
この世界で見慣れた筈の星空に、
俺は魅入っていた。
身体を起こす。
星や月明かりで周囲の山々が見える。
木が生えている所は紅葉していた。
改めて思う。
今は秋だ。
このアータム王国は秋が一番活気づく。
それは秋が最も多く農作物が取れるからだ。
他の国はどうだか知らない。
しかしこの国ではそうだ。
活気づくのは、 何も人や農作物だけではない。
この国に生きる動物たちの多くはこの時期に繁殖期を迎える。
植物もそうだ。
だからこそ、 この国は秋が一番盛んなのだ。
......繁殖期?
ふと頭の中で引っかかる。
動物がこの時期繁殖期なら、 魔物はどうなのだろうか。
スライムは、 どうなのだろうか。
思えば最近、 やたら普通のスライムを見かけていた気がする。
それは繁殖期だからか?
いやだとしてもなんなのだ。
見かけたスライムはほぼ倒している。
逃がしているのはごく一部だ。
そんなの増えてもたかが知れてるだろう。
いくら彼らが交配だけでなく、
魔力から産まれるのはいえ......。
......。
何故だろうか。
言い知れぬ不安が頭を過ぎる。
冷や汗までかいてきた。
俺は、 何を恐れている。
......。
いや、 そんな事を考えてる暇はない。
もう日は落ちた。
今夜はレナと前夜祭を回る約束だ。
遅れればあの尻尾でぶっ飛ばされかねない。
この世界の住人は直ぐに手が出るからな。
早く行かなければ。
そう思いながら、 俺は麓の街に目を向けた。
明るい。
夜だと言うのに街が光に包まれている。
普段は暗い夜の街も、 この時期ばかりは眠らないのだ。
山の上だと言うのに街のどんちゃん騒ぎの声が聞こえる。
その非日常感に心が踊った。
けど。
何かがおかしかった。
例年よりも街の灯りが大きい。
今年はより多くの松明を灯しているのかと思ったが、 どうやら違う。
風に乗ってこの山の上まで煙の臭いがする。
そんなもの、 巨大なキャンプファイヤーでもない限りしてこない筈だ。
昼間街を通った時そんなものはなかった。
それに。
ここまで声が届くのはおかしい。
毎年確かに聞こえたが、 こんなに多くはなかった。
よく聞けば。
それはどんちゃん騒ぎの声ではなく。
悲鳴だった。
「まさか......! 」
考えるよりも先に身体が動いた。
◇◆◇
山を降りながら思考する。
野盗でも現れたか。
確かにビヨルフ領の村や街が襲われた話も聞く事もある。
しかしこんなに最南端の最果ての街をわざわざ狙うか?
分からない。
何も情報がない。
俺はとにかく街へ向かうしかなかった。
山を降り、
森を抜け、
街道を駆ける。
そして目の前にモォトフの街が見えた。
俺は、 思わずそこで足を止めてしまった。
火の手が上がっている。
街の至る所が燃えている。
悲鳴が聞こえた。
遠目に逃げ惑う住人の姿が見える。
やはり、 何者かに襲われていたのだ。
よりにもよって、 街の人たちが浮かれている時に。
俺はまた駆けた。
脚が千切れんばかりに全力で走った。
知り合いの顔が頭に浮かぶ。
住人。
店の人たち。
ランラーク先生。
レナ。
レナは、 レナは無事なのか。
......いや。 何が相手だろうと彼女はそう簡単にやられる筈がない。
スライム相手にあれだけ鍛錬して来たんだ。
きっと上手く逃げている。
もしくは勇敢に戦っているかもしれない。
いやそんな事はしなくていい、 逃げていて欲しい。
しかし避難するような相手なのか?
そもそも相手は誰なのか?
様々な事が頭を過ぎりつつ、
俺はモォトフの街に足を踏み入れた。
そこで、 俺はまた足を止めてしまった。
スライムだった。
スライムが街を襲っていたのだ。
赤、 青、 緑、 黄、 茶。
全てのスライムが。
数え切れない程の多くのスライムが。
街を襲っていたのだ。
赤スライムは松明に群がり、 そのせいで火が至る所に燃え移っていた。
青スライムは家に押し入り生活用水を飲み。
緑スライムは木で出来た家を破壊し吸収し。
黄スライムは石で出来た家や鍛冶屋を襲っている。
茶スライムは地面に張り付き土を食べていた。
それだけじゃない。
「ま、 魔物がぁ......ぎゃああああっ!! 」
「来ないでぇ!! ああああっ!! 」
「なんでこんなに大量に......うわぁっ!! 」
人を、 襲っていた。
何匹ものスライムが。
色関係なく。
一人の人間に群がっている。
それが、 至る所で起きていた。
多くの人間は抵抗し、 逃げようとしている。
しかしスライムはそれを執拗に追い掛けている。
中には倒れて動かない人もいた。
まさか、 死......。
あまりの光景に気を失いそうになる。
スライムは温厚?
こちらから縄張りに入らなければ襲ってこない?
今真逆の事が目の前で起こっている。
俺が調べた事は間違っていたのか?
そんな筈は、 そんな筈は......!
ふと。
俺の思考を遮るように。
目の前をスライムが通り過ぎた。
そのスライムには、
マーキングがしてあった。
辺りを見回す。
全てではないが。
そのスライム達には。
俺がつけたマーキングがあった。
そこで理解する。
これは、 俺のせいだと。
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