第91話 切り札
息子のギール及び転換者たちがネルトに侵攻する3日前キッシー王は考えていた。
もし、ギールらが敗北した場合、レギス・チェラムが攻め寄せてくるだろう……と。
キッシー王は王のみぞしる接客室で一人で考えていた。
対策案は……ある。しかし、間に合うのかが問題だ。
「よぉーキッシー王ーご機嫌麗しゅう?」
接客室にフードを被った男が入ってきた。
「ああ、まぁまぁ……だ」
キッシー王はそう言いながら対面の椅子に座るように促す。
フードを外し男の顔が現れた。
逆立った銀髪に、鋭い目つきと鋭い犬歯は獰猛さを表している。
男は目の前にあるケーキと紅茶にテンションを上げながらソファーに座った。
「どうだー? レギス。チェラムに紛れさせているスパイからの情報提供はー」
「期待通り……と言いたいところだが……期待以上の情報を持ってくる時もある。認めてやるよ。奴は優秀だ」
「だろ? あいつの情報によると双葉イツキが覚醒してないとはいえ、あの竜王を圧倒してたらしいからなー正直、賢王のおっさんがやられたってのは信じてなかったが……あの騎士王でさえも双葉イツキの強さを認めてたしな。これはもうガチなやつだ」
「ああ、だが……決定的な弱点もある……」
「ほー? 聞かせてくれよキッシー王」
「それはやつの圧倒的な甘さだよ。話を聞いてるとやつは仲間だの絆だの繋がりだの下らないものを大切にしてやがる」
「それが甘ぇんだ。そういうやつは目の前で誰かが危機に陥ると自らを犠牲にしてでも救う傾向にある。わかるんだよ。俺様もそういう人間をたくさん見てきたからな」
「あーそれ、俺もあるわー」
「だろ?俺様に言わせたら友情? 決意? 信頼? 絆? そんなもんは全部ゴミだ!! 人間に必要なのは欲望だ!! まわりくどい理由はいらねぇんだよ!!」
「けひっ!! けひひひ!! ああ!! そりゃそうだ!!」
男は腹を抱えて笑った。
「……あ、そうだ。ほらよーこれが魔王幹部の血だ」
「ああ、これがあれば強化人間を作り出す魔薬が完成する」
「化け物になるんじゃねーの?」
「だろうな。だから俺様以外の奴らで試すんだよ」
「きひひ♪ ひでー王様だなぁ〜でも……俺は好きだぜ?」
「……そりゃどうもだ。そろそろ時間か。おいそっちも頼んだぞ」
「ああ、双王の名にかけて♪」
そして現在
キッシー王は完成させた投与魔薬を井戸に入れ、気づかさせず日をかけて市民全員にボードウィン王国の市民を化け物にした。
この時のために、この戦いに備えるために。
(さぁさぁ!! あまちょろいお前はどうするよ!!)
約6万人の化け物が覆い被さるようにイツキを襲った。
「天道!!」
剣が刺されたままの化け物を含め約6万人の化け物たちを空高く吹き飛ばした。
そしてその瞬間、実態化したバエルは約6万人の化け物を空中に自身の力で留まらせる。
約6万人の化け物たちは空中に浮いたまま何もできなくなった。
第一序列の悪魔バエルには3つの力がある。
一つ目は万物を創り出す創造の力。
二つ目は万物を破壊する破壊の力。
そして双葉イツキと契約したことで目覚めた3つ目の力万物を維持する力。
発現されたばかりの力のため、維持できるものは限られている。
双葉イツキとバエルはこの3つの能力を共有して使える。
ただし、同じ能力は同時に発動はできない。
バエルが維持の力を使っているとイツキは維持の力を使うことができないし、イツキが破壊の力を使っているときはバエルは破壊の力使うことが出来ない。
今回は魔力の60%バエルに譲渡し、6万人の化け物たちに維持の力を使っている。
キッシーたちに無理やり怪物にされた人たちは今はどんな攻撃、魔法、呪いが襲い掛かろうともそれらによる影響を一切受けない。
ある意味無敵な状態だ。
しかし、あまりの魔力消費により、残り2つの力を使う魔力が残っていなかった。
(マスター!! やばいくらい魔力量を消費し続けてるから早く決着つけてね)
(了解!!)
そんなイツキの姿を見てキッシーは心の中で勝利を確信した。
(先ほどに比べて明らかに魔力量が減っている。おそらく上空にいる精霊? を召喚したせいだろう。用意した駒は全部使い物にならなくなったが……まぁいい。これだけやつの魔力を防げたら文句は言わねぇ)
キッシーはそう思いつつ再び太陽の鎧を発動させた。
今の状態のイツキの魔力量なら魔力を纏っていてもただでは済まない。
勝利を確信し、ここで初めてキッシー自らイツキとの距離を縮めた。
(お前の頭に刷り込まれている。このまま俺様に触れればタダでは済まないってなぁ!!顔面に穴を開けてやんよ♡)
キッシーは拳を握り、魔力を集中させる。
キッシーの拳は太陽のように輝いた。
『キッシー・ナックル・ボードウィンは太陽を纏っている』
キッシーの呪文は双葉イツキに効いていた。
しかし、双葉イツキは拳を握り言った。
「このまま、灼き切れるからって何も出来ずに負けるくらいなら、この腕お前にやるよ!!」
「……は?」
「おおおおお!!」
キッシーの大振りなパンチより、双葉イツキの鋭い拳撃が炸裂する。
キッシーの腹部にイツキの拳が鋭く突き刺さった。
それと同時にジュっという灼けた音と共にイツキの右拳は焦げた。
しかし、悲鳴を上げたのはキッシーの方だった。
「がっ!? がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!????」
痛み
その感覚が今キッシーの身体中を稲妻の様に駆け巡っていた。
それは太陽の鎧を所持しているキッシーにとっては初めての事だった。
彼は常に痛みを負う側ではなく、痛みを与える側だった。
(あああ……あああああ!! くそ!! なんなんだよこれ!! い、いてぇ!? いてぇのかこれは!?
)
痛みという初めての体験にキッシーは動揺した。
これほどまでに動揺したのは初めてだ。
(こいつっ!! 頭いかれてんのか!? 本当に右手を犠牲にしやがった!! でもこれで……)
前を向いた瞬間イツキの左拳がキッシーの顔面を捉える。
(がっ!? はぁ!? なんでっ!! なんでこいつ!! 右手の痛みはどうしたぁ!!?)
思いがけない一撃がキッシーの心を乱す。そして心を起点に魔力も、思考も乱れたキッシーは太陽の鎧を解いてしまった。
「っ!! ああああああああ!!」
イツキはキッシーがなんらかの理由で太陽の鎧が使えなくなったと思った。
ゆえに焦げてしまった両腕の痛みを堪え、再び振り切った。
(理由とかはどうでもいい!! 奴が再び神器を使う前にっ!! ケリをつける!!)
腕を動かすだけでも汗をかくほどの激痛が身体中を駆け巡る。
しかし、双葉イツキは覚悟を決めた。
(体の痛みは今は忘れろ!! 一発でも多くこいつに一撃を!! ここで決めなきゃ終わりだと思え!!)
連撃必殺がキッシー王を襲う。
イツキの一発一発がキッシーの体の芯に重く響わたる。
イツキの体は鉄のようにガチガチで鉛のように重く、胸がきつい。心臓がぶんどれそうになる。
拳もだ。常に激痛が走り、涙が出そうなくらい苦しい。
それでも双葉イツキは止まらない。
(…………ぁあ? 視界がグニャグニャだ?)
キッシーは殴られながらそう思っていた。
イツキの姿が目に入りふつふつと怒りが湧いてくる。
(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!何で俺様がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ!!)
キッシーにとって今の状況は生まれて初めての屈辱だった。
鼻の骨は折れ、鼻血が止らず、前歯も何本か折れてしまった。
痛い、痛い、痛い、痛い!!
余りの痛さに目からは涙が出ていた。
それは生まれて初めて流した涙。
いつもは自分が見下していたのに、自分が絶対者だったのに、今の自分は地を這う虫けらじゃないか。そう思った。
「調子に乗ってんじゃー!!」
キッシーは反撃を言わんばかりにイツキの目を潰そうとした。
怒りのあまり太陽の鎧を使わずに。
イツキはキッシーに指を簡単に捉え、折った。
ボキっと枝が折れたような音が静かに鳴った。
「ああああああああああ!! 俺様の!! 俺様の指がぁぁぁぁぁぁ!!」
体験したことのない痛みがキッシーを襲い、再び彼はひれ伏す。
(あ?何であいつが俺様の事をいたぶってるんだ? ああ?太陽の鎧を発動すればこんなことにならねぇはずだろ?)
そう思ったキッシーは太陽の鎧を発動させようとするができない。
(……あれ? ??? 魔力って……どうやって? 神器ってどうやって発動させてたっけ?)
キッシーは痛みと殴られているという事実に動揺し、魔力の出し方すら忘れていた。
(に、逃げなくては……こ、ころ……」
「っぶふぅ!!」
鼻が折れて中に血を溜めていたのをイツキの目に向けて発射した。
「っ!?」
「ううううううう!!」
一瞬の隙をついてキッシーは四つん這いになり、圧倒的暴力から恐怖を感じ泣き叫びながらイツキから逃げた。
「っ!! っはー!! はー!!」
イツキは連撃の消費で追えず呼吸を整えていた。
この時キッシーは初めてこれまでいたぶってきた人間の気持ちを知った。
痛み、恐怖、苦しみ。
これまでの思い出が走馬灯のように蘇る。
その中、キッシーはふと思い出した。
まだ自分には切り札があるじゃないかと。
よろよろになりながら逃げつつ必死にポケットの中を弄った。
小さな箱を取り出し、中に入っている何か黒い液体が入っている瓶がセットされている注射機を取り出した。
そして立ち上がって肩を激しく上下させているイツキを見て言った。
「ぶっ殺してやんよ♡」
注射器を首に刺し、中の赤くどす黒い液体を体の中に注入した。
「面白かった!」
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「続きが気になる、読みたい!」
「クソニートのイツキは今後どうなるのっ……!」
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