第87話 誇れる自分に
ユウヤはまるで氷海に浸かっていたような青ざめた顔をしている。
血管が浮き出ているのは剣の猛毒が役割を果たしていることを表していた。
「これを……」
ユウヤは自身が付けている神器・不死鳥の原石をカトルの首にかけた。
「これを付けていれば痛みは伴うが、死ぬことはないだろう」
違う。これは自分じゃなく、ユウヤがつけていなくちゃならないものだと強く思った。
自分がこんな大切なモノを身につける資格なんてない。
「……僕のせいでっ!! ユウヤさんが負けてっ!! レギス・チェラムも終わって……」
自分のせいで憧れの人が負けてしまうかもしれない。
そのせいでレギス・チェラムが……ユウヤの居場所がなくなってしまうかもしれない。
そう思うととても胸が苦しくなる。
「心配するな。待ってるって約束……したから……その約束を果たすために俺もレギス・チェラムもこんなところでは終わらせない」
カトルは約束という言葉を聞いて心が跳ね上がった。
『ユウヤさんの背中を守ってみせます』
(ユウヤさんっ……あの時の約束……覚えていてくれたんだ)
涙が出た。
嬉しくて、嬉しくて、それでも自分の不甲斐なさが情けなくて。
カトルは涙が止まらなかった。
「それに、これは自分自身の為でもある」
血を吐きながらもユウヤは立ち上がる。
「……自分のため?」
「自慢じゃないが、俺は良き出会いに恵まれ、人に恵まれている。お前との出会いもその一つだ」
優しく微笑みながらカトルの頭を撫で、大剣を握る。
その瞳は朧げながらもしっかりと前を見据えていた。
「誇れる自分でいたいんだ。そういう出会いに……何より、自分自身に」
この世界で出会った人達と生前からの二人の親友……そして、双葉イツキの姿がユウヤの頭に思い浮かんだ。
「ほう……立ち上がるか。しかし……随分と顔色が悪いな? このままだとろくに戦うことなどできないのでは?」
ギールはまるで当てつけのように言う。
握る大剣に炎が纏う。
魔力を思いを自身の神器・祈りの大剣に込めた。
その思いに応えるかのように、刀身は熱く、激しく、燃えた。
レギス・チェラムを背負い、カトル・カペルという続く者達の未来のために北条ユウヤは魂を燃やす。
「いや……ちょうどいいハンデだ」
そして不敵に笑った。
「……なるほど。ではその考え、今ここで正すとしよう」
ギールが手のひらを前に突き出して広げると虚空から巨大な戦鎚が出現する。
その戦鎚は雷を纏い、その装飾ひとつひとつに白い光を纏っている。
「神器・闘神の戦鎚」
ギールの神器は彼の背とほぼ同じくらいある巨大な武器だった。
纏った雷は金色で神々しさを感じさせる。
炎と雷が互いを消散させるために歩み始めた。
大剣と戦鎚が振り振り放たれたのはほぼ同時だった。
直後、ゴオンと鼓膜が破れてしまいそうなほどの轟音が響き渡り火花が散った。
双方に互いに与えた衝撃が体中を走った。
その衝撃を受け、ユウヤとギールは同じ思考にたどり着く。
この戦い、一撃で決まる。
そして数十秒の拮抗を破ったのはギールだった。
「っ!?」
(当然だ。先ほどまで1万人もの人数を相手にし、毒に体を蝕まれているのだからな)
ギールは持ち上がるだけでも相当な腕力が求められるであろう戦鎚を追撃と言わんばかりに軽々と振りかざす。
北条ユウヤは追撃を回避するため、バックステップをした。
ギールはそれに合わせ前進する。
そして前進と同時に
「エアプレッシャー」
土属性の上級魔法を放った。
ユウヤの周囲に重力場が形成され、容赦なく押し潰しにかかる。
圧倒的な負担にユウヤの動きが完全に止まる。
それがギールの狙いだった。
ギールが欲しているのは必殺を生み出すための時間だった。
ギールは空高く跳び、戦鎚に魔力を込めた。
戦鎚から生み出される金色の雷は夜を忘れさせるほどの輝きを放つ。
その威力は山をも超える巨人族の頭蓋骨を一撃で粉砕するという。
事実ギールはこれまでの戦い全て1撃で片を付けてきた。
そして今回も。
「堕ちろ」
雷鳴じみた轟音と共に闘神の戦鎚が振り下ろされた。
「ぐっ……おおおおおお!!」
大剣に炎を纏わせ、必死に抗うユウヤだが、圧倒的力はそれを許さない。
ジリジリと戦鎚に押し潰される。
「終わりだ」
ギールは最後の力を込めた。
この戦いを終わらせる為に。
戦鎚の雷がより苛烈さを増した。
強烈な衝撃と雷鳴共に大地がひび割れ、崩壊した。
まるで隕石が墜落したような衝撃。
地響きとともにあまりの襲撃に細かい土の破片が雨のように降り注いだ。
「戦いとは常に劇的なものではない。呆気なく終わることもある」
そんな中、崩れゆく地面の中心でギールは倒れている北条ユウヤを見て少し悲しそうに言った。
今後の戦いに大いに貢献してもらうため、殺しはしていない。
早速捕虜として捉えようかと思った瞬間、コツンとギールの頭に何かが当たった。
「がはっ……! ごほっ……ゆ、ユウヤさんから……離れろ……」
戦鎚のたたきつけから発生した衝撃波で吹き飛ばされたカトルが少し離れたところで苦しそうに咳を吐きながら石を投げていた。
(……無傷……なるほど。北条ユウヤの神器か)
「この男は俺に敗れた。何をしても無意味、時間の無駄だ」
「……違う!! まだ負けてない!! ユウヤさんは言ったんだ!! ここじゃ終わらせないって!! だから!! まだ終わってない!!」
「……その口黙らせるとするかー」
苛立ちながらカトルの元へ向かおうとした瞬間、殺気を感じた。
「!?」
振り向くとそこには北条ユウヤが大剣を持ちながら立っていた。
血だらけで今にも倒れそうな姿。
大斧で何回も斬られ、倒れそうになっている大樹のようにふらふらでいつ気を失ってもおかしくはない。
「……終わりだと思っていた。終わらせるつもりだった」
ギールは驚きを隠せない様子で言った。
「愚問だな。レギス・チェラムの北条ユウヤがこの程度で……終わると思っているのか?」
「戯言を……しょうがない。今度こそ終わらせる」
大剣と戦鎚が振り振り放たれたのはほぼ同時だった。
再び、雷炎が交わった。
「おおおおおおおおお!!」
「はああああああああ!!」
互いに渾身の一撃を撃ち込み、互いに弾かれ、再び撃ち込む。
一撃の連続攻撃。
剛撃と剛撃がしのぎを削りあう。
次の一撃まで数秒もかかっていない。
獰猛な火花と鈍く重い金属音がこの世界を塗りつぶす。
(っ!? 馬鹿なっ!? 段々と威力が増している?)
ユウヤの剣撃は繰り出される事に強く、速くなっていた。
(ありえない……!! もうその体は限界なはずなのに!? なぜこんな強力な攻撃を繰り出せるんだ!?)
その事実にギールは驚愕し、恐怖すら抱いていた。
北条ユウヤはすでに限界を迎えていた。
酸素が足りない。いくら吸っても足りない。
酸欠でユウヤの視野は狭くなり、周りはおろかギールの表情すらまともに見えていない。
もはや目の前の振るわれている戦鎚しか見えない。
腕ももげそうだ。分解しそうだ。それでも北条ユウヤは大剣を振るい続ける。
北条ユウヤは限界を超えていた。
一振りする度に限界を超えて、超えて、超え続ける。
(諦めるな!! 折れるな!! 自分に負けるな!! 食らいつけ!! 最後まで!! 友のために!! これまでの出会いのために!! 自分自身のために!!)
(ふざけるな!! ふざけるなふざけるなふざけるなぁ!!)
「うおおおおおおおおおお!!」
「あああああああああああ!!」
二つの咆哮が互いを塗りつぶすかのようにぶつかり合う。
ギールは強く思った「もういい加減にしてくれ」と。
ユウヤは強く思った「力を捻り出せ! もっと!」と
ギールのように自分のために戦う人間はすぐに限界がくる。
自分のために自分の命を削ることなんてできないからだ。
だが、守りたいものがあれば人は限界を超えられる。
命を燃やすことができる。
その差が勝敗を分けた。
カン!!と金属同士がぶつかり合う音と共に撃ち合いの勝敗が決した。
激しい剛撃の撃ち合いに勝利したのは北条ユウヤだった。
「な……にっ」
「おおおおおおおおお!!」
戦鎚を弾かれ、ガラ空きになったギールの体に大気ごと切り裂く音と共に横なぎの一閃が届いた。
大気が灼け、ユウヤの大剣が緋色に輝いた。
血も汗も最後の一滴まで絞り切ったユウヤの一撃がギールに届く。
「がっは……」
ギールはユウヤの一閃を喰らい倒れた。
その直後、ユウヤも力尽きてひざをつく。
「ユウヤさん!!」
カトルが泣きながらギールから解毒薬を奪い、ユウヤのそばに駆け寄った。
ユウヤはカトルに解毒薬を飲ませて貰った。
「……ふぅ」
毒による痛みが柔らいでいった。
そこでユウヤの身体は限界に達し、倒れこんだ。
意識はあるが、体に力が入らない。
声が聞こえる。
レギス・チェラムの……みんなの声だ。
(結界の破壊と……後のことは任せるとするか……イツキ、頼んだぞ)
ユウヤは夜空を見上げながら手を伸ばし、笑った。
「面白かった!」
「少し笑ってしまった」
「続きが気になる、読みたい!」
「クソニートのイツキは今後どうなるのっ……!」
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