第86話 憧れ
あの日のことは今でも覚えてる。
1年前ヨーゲン村に大群の魔物が押し寄せてきて、村が壊滅しかけた。
その時、僕、カトル・カペルと妹はキバイノシシという魔物に襲われた。
あの時僕は何もできなくて……ただ震えながら妹を抱きしめ、盾になってあげられることしかできなかった。
すごいスピードで僕たちに向かって突進してくるキバイノシシ、僕たちを見て悲痛な叫びを放つお母さん。
ユウヤさんはそれらを一瞬で吹き飛ばした。
突風のように駆けつけ、身体以上の大きさの剣を大きく振り払うその姿は僕にとってはヒーローに見えた。
ユウヤさん達が村を出て行く時、ちっぽけな勇気を振り絞ってユウヤさんに話しかけた。
『強くなってレギス・チェラムに入って……それで……ユウヤさんの背中を守ってみせます!! だから……」
上手く言葉が出てこなかった。
あれほど一生懸命考えたセリフも全て飛んで頭が真っ白になった。
『僕……ユウヤさんのようになりたいんです』
最後にでた言葉がこれだった。
そんな僕にユウヤさんは膝をつき、僕の目を見ていてくれた。
「分かった。レギス・チェラムで待っている。約束だ」
そう言いながらユウヤさんは指切りしてくれた。
その目はお世辞なんかじゃない、心からそう思ってくれていると伝わるほど熱い瞳をしていた。
僕はその日以降ユウヤさんに憧れて、ユウヤさんみたいに強くなろうと努力した。
一日たりとも努力は欠かしていなかった。
周りから馬鹿にされようとも辛いと思ったことは一度もなかった。
でもそれは報われなかった。
キバイノシシが畑を襲ってきて、お母さんと妹にコイツは自分が倒す。危ないから逃げてって言ったくせに戦ってみると緊張して、上手く体が動かなくて……全然歯が立たなくて……
ユウヤさんみたいにできると思っていた。
だけどそれは大きな勘違いで。
痛くて、痛くて、泣きながら体を押さえたり、噛み付いたり、必死で足止めしか出来なかった。
結局、倒したのはお母さんが呼びに行った村の大人たちだ。
悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて……泣いた。
僕なんかがユウヤさんみたいになれるわけないんだと思い知らされた。
だから、一度は諦めた。
そうしたら、ユウヤさん達が村にやってきた。
こんな姿絶対に見せたくなかったけど、ユウヤさんの姿が見たくって、この気持ちを聞いてほしくって、話しかける勇気もないくせに広場に行った。
だけど、結局隅っこで見ているだけで何も出来なかった。
だけど、赤い服を来たお兄ちゃんが言ってくれたんだ。
『なるほど、お前が強い奴だって事はよくわかった』
『本当に強い奴って言うのは例え、相手が自分より強くても勇気を振り絞って大切なモノの為に命を懸けられる奴だ』
だから、胸を張ってぼろぼろの姿でユウヤさんに会いに行った。
全部話した。
キバイノシシに負けたこと、全然敵わなくて悔しかったこと……全部。
ユウヤさんはただ黙って、跪いて聞いてくれた。
「俺も……負けてばかりだった」
意外だった。
ユウヤさんは強くって一度も負けたことなんかないって思っていたから。
負けているユウヤさんのイメージが全く湧かなかった。
「何度も何度も自身の無力さに打ちひしがれて、もうダメだと本気でそう思っていた時期もあった。だけどそのたび立ち上がった」
ポンと頭を乗せて微笑みかけてくれた。
「カトル、泣いたっていんだ。負けたっていいんだ。そうやって人は強くなる」
「……つ、次はっ絶対に勝ってみせるよ!! キバイノシシにっ!! 負けた自分自身に!!」
そう泣きながら言ったら
「そうか。お前なら出来る」
と強く頷いてくれた。
村のみんなにこの世界ヒーローって誰? と聞くと勇者だと口を揃えて言う。
でも僕は違う。
僕にとってもヒーローはレギス・チェラムギルドマスター北条ユウヤだ。
あの時、そう決まったんだ。
そしてそれは今も変わらない。
だから僕はここに立っている。
もう覚悟は出来てる。
掲げた理想と心中してもいいと思っているほど。
そう……覚悟は出来ている。
そして今、大きな結界が張られている中、結界の核の前で僕とユウヤさんは対峙していた。
いきなり村を襲われて立ち向かおうとしたけど、駄目で……抵抗した時にこの刻印を刻まれ、無理やりここまで連れてこられた。
この剣には猛毒が塗られていて掠っただけでも超特級危険生物が身動きができなくなるほどらしい。
この剣でユウヤさんを斬れと言われた。
ただし即死させるようなことはするなと。
剣を持って対峙して初めて分かる。
ユウヤさんの強さが。
死の圧を感じる。
身体の震えが止まらない。
でも少し嬉しかった。
ああ、この人はこんな僕でも本気になってくれるんだなって。
……ごめんなさい。強いって言ってもらったけど、僕は弱いから……だから!!
「あああああ!!」
恐怖を払うために大きな声で叫ぶ。
そして僕は走り出した。
刻印が発動するまであと数秒。
ユウヤさんは走る僕に対して動かず、その場で構えた。
猛毒の剣の範囲内まで踏み込む。
ごめん、ユウヤさん。……やっぱりこの方法しか思いつかなかったや……
「……僕の代わりにお父さんとお母さんと妹……村のみんなを守って」
ピタッと剣を振るのをやめた。
ユウヤさんを傷つけるくらいなら僕は死を選ぶ。
僕に命令した白髪の人はユウヤさんと同じくらいに強い。
この猛毒を喰らってしまえば、この戦いは圧倒的に不利になる。ユウヤさんは勝てない……
僕が生き残っても村のみんなを守れない。
村を救えるのは……ユウヤさん達レギス・チェラムの人達だけだ。
勝手なお願いだってわかってる。でも……きっとユウヤさんなら僕の願いを果たしてくれる。
だから僕はー
「カトル、それは俺ではなく、自分自身で叶えることだ」
「……え?」
ユウヤさんは僕の手を掴み、猛毒の剣を自身の腹部を貫くように突き刺した。
え……なん……剣がっ!! ユウヤさんに刺さっ!?
ユウヤさんは僕の腕を掴んだまま自身を貫いた猛毒の剣を抜いた。
引き抜かれた剣からはユウヤさんの血がべっとりとついていた。
それにより塞いでいた蓋が抜きぬきとられたように服の腹部が血で滲んだ。
苦しそうに、吐き出すようにユウヤさんは血を吐き膝をつく。
いつもなら煌く炎と共に治癒されている身体がそのままなのは北条ユウヤが神器を使っていない証拠だった。
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