第73話 任されたもの
「はぁぁぁぁぁ!!」
ヒロムは咆哮し、ナオトの懐に斬り込む。
が
ガシュッ!! というすり潰す様な鈍い音が痛みと共に顔面に走った。
視界が暗転する。
「がっ!?」
割れた丸メガネが地面に落ち、ブシャと鼻から大量の血が出る。
ツーンとした痛みが鼻先から脳へ伝達されてくる。
ワンテンポ遅れて自分の顔面が殴られたことをヒロムは自覚した。
(み、見えなかった……さっきよりとんでもなく早いっ!?)
のけぞったヒロムに対して休む暇を与えないと言わんばかりにナオトは踏み込み、拳を振るった。
「ほら、ほら、ほら!!」
ボクシングのジャブのように素早い拳がヒロムを襲う。
最短かつ最速、一ミリの隙のない拳撃に一方的だった。
威力を抑え、じっくりとなぶって弱らせ楽しんでいるように見えた。
「ッツ!! ああ!!」
ヒロムはナオトの拳に怯まず、懸命に短剣を振るう。
しかし体格によるリーチの差とナオトの寄せ付けない怒涛の攻撃によりどれだけ喰らい付いても死に物狂いで剣を振ってもナオトには届かない。
「ははっ!! 素振りの練習かァ!?」
そんなヒロムの姿を見てナオトは嘲笑った。
「いいねぇ!! これこれ! これが見たかったんだよ!!」
「よそ見すんじゃねぇ!!」
ラクスの拳がシュウイチに向かって放たれる。
それを受け、衝撃でシュウイチは後ろに吹っ飛んだ。
「おっと、やるねぇ……こんな状況下でも生きた拳が打てるのか……」
驚いた表情で受け身をとる。
「なぁ、おい。ラクスさんよぉーあんたの大事な仲間があんなにボコボコにされてるぜ〜? かわいそうになぁ〜痛そうだなぁ〜? このままじゃ死ぬかもな〜?」
シュイチはフラフラなラクスに警告した。
ラクスはかろうじて意識は保ててはいるが、いつ昏睡してしまってもおかしくない状態だ。それを理解した上でシュウイチは煽るように言ったのだ。
「……俺の仲間を舐めるなよ。少しの時間しか一緒にいねぇけどあいつは強い奴だ。だから俺はヒロムに任せた」
だからとラクスは体に力を入れてシュウイチを見た。
「俺のやることはお前が変な横槍を入れないように俺がお前を足止めするだけだ」
そう、毅然とした態度で言ったラクスをシュウイチはつまらなさそうに舌打ちした。
「無駄、無駄ァ!」
ナオトは絶対に当たらないという顔をして大振りのパンチを放とうとした。
「っ!! そこ!」
その僅かな隙をヒロムは待っていた。
ヒロムはダン! と一歩前に踏み込み、無駄のない動きで短剣を振るった。
(バカが! それじゃあ届かねんだよ!)
その瞬間、ヒロムの短剣が炎を纏い剣のように伸びた炎刃がナオトの体を切り刻んだ。
「がっ!?」
ナオトは一旦距離を取り、自身のダメージを確認した。
右胸から斜めにつけられた切り傷は火傷を伴っていた。
ヒロムが使用したのは魔法剣とは自身が装備している武器に魔力を込めル魔法だ。
おのおの属性ごとにあり、追加効果は各属性ごと異なる。炎剣の場合は火傷による追加ダメージである。
「っち、火傷のせいで傷口がひどくなってるな……」
(届かない剣を一心不乱に振り続け、油断していたところを……というところか。実際、俺が大振りのパンチを放とうとした瞬間、目が変わった。まるで待っていたかのようだった)
ナオトは先ほどまでのヒロムの行動を考察した。ふぅーと息を吐き心を落ち着かせる。
「……テメェみたいな雑魚に使う気はなかったんだけどよ。気がわかったぜ。全力で蹂躙してやるよぉ!!」
はぁぁぁぁ!! とナオトは自身の力を解放し、野獣の如き勢いでヒロムに向かって強烈な蹴りを放った。
「がっ!?」
(は、本当に人の足なのか? まるで鋼鉄の棒で叩かれたみたいだっ)
メキメキと骨が破壊される音と共にヒロムは吹き飛ばされた。
「俺の固有スキル金剛闘氣は反応速度、5感、そして何より耐久力が爆発的に強化される力だ」
ラクスの電光石火と同じカテゴリーである強化系の能力。シンプル故に強力な力である。
ラクスの電光石火は短期決戦向けに対してナオトの金剛闘氣は長期戦向けと言える。
ナオトは自身の能力を説明しながらヒロムの頭を掴んだ。
ヒロムの体はまるでクレーンゲームの掴まれた人形のようにぶらりと力なく浮かぶ。
しかし、ヒロムの目はまだ死んではいなかった。
「流石、終わるにはまだ早いぜ? ヒーロ!!」
ナオトの叫び声と共にゴン! という衝撃がヒロムの脳を揺らす。さらに大きく踏み込み、大きく引いて溜めのあるパンチを放った。
思わず後ろに倒れ込んだ。
「……あああああああああ!!」
ヒロムは叫びながら地面に転がった状態で低い姿勢から一気に跳ねるようにナオトに向かって突っ込んだ。
「バカが!!」
ナオトは金剛闘氣を右手に集中させ、ヒロムの顔面に向けて放つ。
轟音が炸裂した。
ナオトの赤く染まり湯気を放つ拳がヒロムの顔面を確実に捉えた音だった。
頭部に撃ち抜いた確かな手応え、直撃した会心の一撃にナオトは笑みを浮かべた。
終わったなとナオトは確信した。
ラクスとの戦いはできなかったが最後はこんな気持ちの良い一撃で終わったのだ。よしとしよう。
そう満足した瞬間ナオトの表情は凍った。
ヒロムの前進が止まらない。
顔面に拳を叩き込まれてもなお一歩、一歩とナオトの懐に踏み込む。
「なっ」
「ぜ……んぶ、だ……し……きる」
驚愕するナオトの眼前でヒロムはゼロ距離で放つ。
炎の上級魔法の
「バーン……ストライク!!」
叩き込まれたヒロムの魔力は火の粉となり轟音をたててナオトの腹部で爆砕する。
超至近距離の大爆発、ヒロム自身のただじゃ済まない捨て身の一撃。
爆風が巻き起こる中立っていたのは右手が黒焦げになり、煙を立たせている今にも倒れそうなヒロムと膝をついたナオトだった。
「はは……今のはちょっと痛かったなぁ。だがそれじゃあ俺は倒せねぇよ」
腹部が黒焦げにうなっていたがナオトは平然と立っていた。
「終わりだな? ヒーロー」
捨て身の一撃でさえ倒せなかった。これはヒロムが絶望するには十分すぎる事実だった。
だが
「……ダメージを与えることができたのなら……これを繰り返したらいいだけ……です。何回でも何回でも何回でも……」
ボロボロでヨレヨレになりながらもヒロムの目は死んでいない。
「お前……頭いかれてんなぁ」
そんなヒロムを見て思わず本音をこぼした。
ヒロムが本気で言っているとわかっているからだ。
ナオトは得体の知れないモノを見たかのような寒気を感じていた。
「僕は……マスターが……ネルトに帰ってくるまで守るって約束したんです……」
あの時交わしたたった一つの約束『レギス・チェラムを守る』双葉イツキとの約束を果たすため、そして仲間を守るためにヒロムの心は折れることはない。
ヒロムの言葉にナオトは納得した。
「ああ、そういうことか! はは!! 悪いけどなぁ!!お前の頼みの綱は俺の仲間が襲ってるんだ! 死にはしていないだろうが、今ごろボロ雑巾のようにのたうち回ってるんじゃねぇか?」
この絶望的な状況でたった一つの望みを砕くようにナオトとは叫んだ。
無駄だ。無意味だ。終わりだ。諦めろ。
ヒロムの心を砕くかのように言葉を続ける修一にヒロムは首を振った。
「マスターは……絶対帰ってきます!!」
それにとヒロムは言葉を続ける。
ヒロムはナオトの言葉なんかより双葉イツキの言葉を信じていた。
「僕はレギス・チェラムだ! 多くの命を背負い、皆さんの代わりにここに立っている!! だから……命に代えても絶対に諦めない!!」
ヒロムは血を吐きながらも叫ぶ。
「僕が仲間を守るんだ!!」
ヒロムの叫びと共にパリン!! とガラスが割れる音と共にシュウイチが張っていた結界が破られた。
「なっ!?」
シュウイチとナオトは信じられないと言った表情で呆然と空を見上げる。
何が起こった?
どうして結界が敗れてしまった?
二人の頭はその思考で一杯になる。
そんな中、ヒロムとラクスは安堵した表情でただ前を見ていた。
そしてヒロムは拳を前に突き出し、言った。
「……僕、みんなを……約束を……守りましたよ」
「ああ、ありがとう。ヒロム」
ヒロムの視線の先にはレギス・チェラムのギルドマスターである双葉イツキがいた。
「面白かった!」
「少し笑ってしまった」
「続きが気になる、読みたい!」
「クソニートのイツキは今後どうなるのっ……!」
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