第174話 俺の隣には
「……この身体は元魔王・ベリアル様そのものだ」
「元……魔王?」
イツキは霊王ザラフの言葉が理解できなかった。
「ふむ、これでは説明不足か……ちょうど勇者リリスが誕生した日。今の魔王様が突如、覇王と共に現れベリアル様を倒されたのだ。そしてそのベリアル様の死体を私は覇王から渡された」
「……つまり、その身体はお前の切り札ってことか?」
イツキの言葉に霊王ザラフは頷いた。
「ああ、そうだ。切り札というべき、魔王ベリアル様の身体を使った今、貴様たちは完全に詰んだのだ」
霊王ザラフの言葉はとても重みがあった。
あまりの魔力に空気が軋んでいる。魔力だけではない。その貫禄が、その空気感が、その圧迫感が、王達を束ねてきた至高の王だとイツキ達を理解させた。
イツキとユウヤの状態はボロボロだ。海流の嵐はいまだ解けず、孤立状態。
まさに、絶対絶命。いや、霊王ザラフがいうように詰んでいる最悪の状況でユウヤは言った。
「問題ない。ここでお前を倒せば、全てが解決するからな」
そう、いつもと変わらない表情で祈りの大剣を握る。
「……ふ、あはは」
この圧倒的不利な状況で、あまりにも変わらないユウヤを見てイツキは頼もしさを感じると共に、自然と笑みをこぼした。
「……なんだよユウヤ、随分自信ありそうじゃん。何かいい作戦でもあるのか?」
イツキはユウヤにその理由を問いかけながら終焉の聖剣を構え、霊王ザラフを見る。
「いや、別に作戦があるわけではないが、俺たちは勝てる」
「なんでそう言い切れる?」
「俺の隣にはお前が居る。それ以上の理由がどこにある?」
その、ユウヤの言葉があまりにも真っ直ぐで、火傷しそうなくらい熱くて。
イツキの身体中の細胞がブクブクと沸騰する。
「ああ、そうだな。俺の隣にはお前がいる。それ以上の理由はいらない」
イツキはユウヤに向かって拳を突き出す。それに呼応するようにユウヤも拳を突き出した。
コツンと突き合った拳は心の火花を生み出し、二人の心に炎が灯る。
肺が痛い。
全身が痛い。
本当に苦しい。
それでも警戒して、注意して、見極めて五感解放して戦う。
そんな戦いが辛くないわけがない、苦しくないわけがない。
しかし、二人は生き生きとしていた表情で前を向いていた。
そして、二人は同時に、大地を蹴った。
二つの剣閃が霊王に放たれる。
全身を限界まで反らして振りかざした斬撃は突如出現した巨大な刃によって塞がれる。
(どこから出てきた!?)
動揺する二人。霊王を守る2つの刃は白い閃光を放つ。その瞬間。
魔力が爆発するように炸裂した。
身体を震わせる衝撃と烈風によって吹き飛ばされた刃の破片が四方に跳ね飛び、ごっと重い音を立ててイツキとユウヤに突き刺さる。
「ぐっ!?」
「がっ!?」
二人は歯を食いしばるように耐える。なんとか、致命傷には至らず、その破壊をやり過ごす。
二人は考察する。
霊王ザラフが憑依している元魔王・ベリアルの力を。
おそらく、万物を創造する能力。
(バエルと同じじゃねーか!! 厄介だな!)
「はぁ!!」
ユウヤは炎を纏った一撃を霊王に放つ。
旋風にしか見えない、ユウヤの大剣を受けても霊王はものともしない。
「!?」
その時ユウヤは感じ取った。まるで鋼鉄を遥かに超えた何かを斬ったような感触。
そして霊王によって創り出される。無数のミサイルは一斉にユウヤの元へと放たれようとしていた。
ユウヤは咄嗟に剣で受け止める。
しかし、それでは耐えることは出来ない。
「天道!!」
威力を最小限に抑えた天道を使うことによってユウヤを後方に吹き飛ばす。
「炎波!!」
猶予が生まれたユウヤは放たれたミサイルを炎を纏った一閃で焼き尽くした。
ユウヤを救うために放った一手。それによって生まれる隙を霊王波見逃さなかった。
「潰れろ」
イツキの頭上に現れる。巨大な鉄拳。
「やば……間に合わない」
霊王が創り出した巨人族を模した拳が叩きつけられる。
寸前で、大気を焦がしながら放たれたユウヤの炎槍が巨人族の拳を粉砕する。
イツキは自身の固有スキルである逃げるを使い、座標に設定したユウヤの元へテレポートする。
「……ユウヤ、あいつの力どう思う」
「……万物を創造する力。のようなもの。それか武器・もしくは神器を複製する力……もしくは」
「想像を現実にする力」
イツキの言葉にユウヤはこくりと頷いた。
これまで、作り出してきた刃やミサイルなどについては創造する力で説明できる。
しかし、霊王ザラフの異常なまでの硬さ。その事実は説明しきれないところがあった。
ユウヤの一撃を喰らった時、霊王ザラフは魔力の纏化はしていなかった。否、魔力すら発していないかったのだ。
「……まぁ、仮に想像を現実にする能力だとしよう。だったら、あいつの想像を超えた一撃を喰らわせればいいだけだろ?」
「……ああ、そうだな」
「ユウヤ、俺もお前もガス欠寸前だ」
ユウヤは神器である不死の原石を使っていない。それは、不死の原石に回せる魔力が残っていないからだ。
「……だから、勝負を仕掛けに行く。絶対にあいつの隙を作る。だからお前はあいつに一撃を与えることだけを考えろ。おそらく二度目はない」
「チャンスは一度きりということか」
「ああ、俺の全部。お前に預ける」
ユウヤはただ、イツキの言葉に頷いた。
「さて、この状況、大胆に返してやろうぜ」
二人は雌雄を決するため、再び大地を蹴った。




