第151話 本音
「……落ち着いたか?」
「……はい」
深層心理のイツキさんに抱きつきながら泣いて数十分経ち、落ち着いた私はイツキさんから一旦離れた。
目の前にいるイツキさんは私と同じくらいの年に見える。
13か14歳?
なんでその姿なんだろ?
私のことを知っているから違うのは見た目だけみたい。
ここはイツキさんの深層心理。
なら、彼はきっとイツキさんの本心・本能そのものだ。
「それにしても、泣きながら抱きついてくるなんて、エレナちゃんは俺のことが大好きなんだね〜?」
そうやっていつもみたいにからかってくる。
ほんと、こういうところは深層心理でも何一つ変わってない!
それがあなたの本心ですか!!
「別にー」
「嬉しいよ。本当に……ありがとな」
ぽんぽんと私の頭を触りながらイツキさんは笑う。
「ーっ!?」
ちょっと……それはずるいのではないだろうか?
そんなこと言われたら、否定できなくなる。
卑怯だ。
本当に……
「ていうかさ、なんでエレナがここにいんの?」
「それは……」
夕焼け空の河川敷を二人で歩きながらここまできた経緯を説明した。
「あーなるほど……それは……ご迷惑をおかけしてます」
「本当にもう……心臓もちゃんと動かないのに、無理矢理動かして……それで……誰よりも苦しいはずなのに……先頭に立って、みんなを引っ張って……どうしてこう無茶ばかりするんですか? ウリエルとの戦いに来てくれてすごく嬉しかったですけど……それで死にかけるのでは意味がないじゃないですか……」
本当はこんなこと言いたかったわけじゃない。
ありがとうと言いたかった。
私のために命をかけて戦ってくれて。
私に最高で理想的な未来を見せてくれて。
でも、放たれた言葉は感謝の言葉じゃなくて、私の我儘だった。
「どうして……そこまでして戦うんですか?」
最後に出た言葉は質問だった。
わからない。
どうしてそこまでできるの?
どうしてここまでしてくれるの?
「……簡単な話だよ。心臓を無理やり動かして戦うほど、俺はエレナ・フォン・キャメロットが好きなんだ。自分の命より今の俺にはみんなが大切で、だからこそ意地張って、見栄張ってひたすら前に進んで……自分を鼓舞しながら戦ってんだ」
そう言ってイツキさんは困ったように笑った。
それが彼の本音だった。
「……好きって……なんなんですか……そんな理由で……」
あなたにとって私は何ですか?
私はあなたの特別なんですか?
リリスさんや他のみんなにも同じこと言うんですか?
吐き出しそうになった言葉をなんとか飲み込んだ。
「イツキさんは強い人ですから、どんどん前に進んでいつか私を……私たちを置いていってしまうんじゃないかって不安なんです」
代わりに、自分の本音がこぼれ落ちた。
夕日の光のせいでイツキの姿が眩しくてちゃんと見れない。
そう、次の瞬間にはいなくなってしまうそうな、そんな不安定な人。
「はは……強い人か……そんなわけない……違うんだよ……ただ、止まるのが怖いんだ。何もかも失いたくないから、一人になりたくないから、誰かにそばにいて欲しいから……祈るように前へ進んでいるだけ」
そう言った声は今まで聞いたことのないくらい弱々しかった。
それは孤独というものを痛いほど味わったことがあるような、そんな感じがした。
「……みんなにはさ、かっこいい生き様を見せたいから、もう、一人は飽きたし、一人になりたくない。だから俺は全力で仲間を大切にするんだよ……それにこんな俺を心の底から信頼してくれているユウヤやソウスケやキョウヘイだけは裏切りたくない」
それは言葉というより、本音の羅列だった。
3人が抱いているあの絶対的な信頼はイツキさんの力の源であり、とても大きな重圧なのかもしれない。
「俺はユウヤやソウスケ、キョウヘイ達と同じ志で共に生きている。そんな仲間を大切に思う気持ちを忘れてしまうようなそんな馬鹿野郎にだけはなりたくない」
「結局、俺の行動原理はちっぽけで幼稚なんだよ……」
ああ、そうか。
この人は強いから、どれだけ傷ついても迷うことなく前に進めるんだと思っていた。
違うんだ。
自身が傷ついても止まれないんだ。
沢山迷いながら、それでも前に進んでいるんだ。
失いたくないから、独りが怖いから、不安だから、
「……私に、何かできることはありますか?」
気がついたらイツキさんの手を握り締めていた。
少しでもいいから、力になりたい。
頼もしくて、みんなを引っ張ってちゃうくらい強いけど、本当はフラフラで今にも倒れてしまうそうなあなたの力になりたい。
「……それじゃ、一つだけ……我儘言ってもいいか?」
その言葉にこくりと頷く。
そしてイツキさんは私に対して我儘を1つだけ言った。
「……それは、とっても我儘ですね」
「……だろ?」
「でも……わかりました。その我儘聞いてあげます。ただし、私以外にはそれ言っちゃダメですよ?」
「こんな恥ずかしい事そうそう頼めるか。ここでしか言えないから、本心の俺が言ったんだよ」
確かにそうかもしれないと思わず笑った。
「……どうやらお別れの時間だな。そろそろ俺が目を覚ます。じゃな、俺はこの先も無茶し続けると思うから、俺のことよろしく頼むわ」
深層心理のイツキさんはそう言いながら笑った。
ああ、本当にしょうがない人だ。
そう思いながら、彼を見つめていると視界が再び真っ白になっていった。