第144話 幻想・マボロシ
「あっ……がっ……!?」
鮮血が散っていく。
周りの仲間達は全員同時に致命傷を負い、力なく倒れていった。
意識はあるのか?
それを確信出来ないまま私自身も倒れていく。
何か大切なものがプツンと切れたような、そんな嫌な感触と共に。
なに?
何が起こったの?
魔法による攻撃?
いや、ウリエルの魔力は感じなかった。
彼はあそこから全く動いてないはずなのに。
どうして、こんな、地面に倒れて息が、出来なくなっているの?
「全員何があったのか理解していないようだな。その疑問に答えてやろう」
また、心の中を読むようにウリエルは言った。
「お前たちは致命傷を負う。そういう未来にしたのだ」
ウリエルの言ったことが理解できなかった。
言葉の意味はわかるだけど、理解ができない。
「私の能力はこれから起きる全ての未来を見通し、私の望む未来に選択する力だ」
未来……を選択?
「未来とは無限に広がっている。それは同時に無限の可能性を意味する。私を倒す……そういう未来も確かにあった。だがそれは私がいる限り叶わない」
「私が選択する未来はエレナ・フォン・キャメロットが死を迎える未来なのだから」
敵が歩み寄ってくる。
周りに倒れているみんなを一目見るとこなく、ただ、真っ直ぐに私の元へと。
「説明したのは心を折るため、立ち上がれないようにするため。絶望させるため。もう、十分だろう。十分抗った」
まるで私を諭すように言った。
思考が止まり、何も考えなれない。
ただ、感じるのは漠然な死。
世界が歪む。
あんなに熱かった体が冷めていく。
指先……末端から感覚が消えていく……
「こふっ」
一度だけ血を吐き出した。
たった一度だけなのに、心臓を吐き出したかのような感覚がする。
何もかも吐き出してしまったような。
「心配はするな。私が抹殺したいのは貴様だけだからな。貴様を殺した後全員を治癒させる。貴様以外誰も死なせん」
終わる。
あと一秒で痛みに耐え切れず焼き切れ、心が折れる。
耐えても確実に迫り来る死が私を終わらせるだろう。
もう、目の前がよく見えない。
まわりの全てがなくなったような孤独感。
ああ、もういっそのことこのまま眠ってしまえばどんなにらくなのだろう。
だから、もうほんの少し。
沈むように、眠りにつこう。
そうして瞼を閉じた。
……………………
あれ?
おかしいな……どうしてこのまま落ちないのだろう?
理性はとうに諦めているのに、心が生きることを諦めていないような。
必死に抵抗している。
私の心は回避できない死に対して必死に抗っている。
……なんで?
『思いつかないか?』
ーあ。
『そうだな……まずは大前提としてエレナも含め、全員がこの戦いを生き残る!! それでみんなでパーティをしよう!! ここなら会場になりそうな部屋いっぱいあるだろ?』
未来の話をした。
『俺、一度でもいいから王族料理ってやつを食ってみたいんだよ! あと……ダンスとかもやった事ないけどチユあたりにリードしてもらいながら踊るんだ!! そんな姿を見てみんな俺のことを笑うんだ。動き硬すぎってさ』
理想の話をした。
『リンカは人見知りそうだしバルコニーあたりに逃げてしまいそうだから、構ってやらないとな』
それはあなたもでしょ?
どうせ疲れたって言って逃げ込むに決まってるんですから。
『そうそう! 酒を用意したらユウさんやコウヤや王様の大人組はワインとか飲んでそうだよな』
あなたには絶対飲ませません。
だって絶対大変なことになりそうですもん。
『それで、それで、みんなでドンチャン騒いで疲れ切ってさ……いつの間にか寝ちゃってさ。気が付いたら朝だって大慌てで』
そんな最高で理想の未来を思い描いた。
それは絵空事のようで。
マボロシのようで。
ただの幻想だ。
『私たちは命をかけて戦っているんです!! そんな幻想はマボロシは捨ててください!! そんな未来なんか存在しないんです!!』
これは自分が言った言葉だ。
今となってはその通りだと思う。
ウリエルによって全員が致命傷を負い、最早立ち上がる事すらできない。
でも
それでも!!
私達が思い描いた未来がただの絵空事やマボロシや幻想のまま終わっていいわけないんだ!!
だから!!
立ち上がれ!!
剣をとれ!!
「ああああああああああ!!」
身体に火のようなものが灯った。
すると、身体、ガクガクに震えてるけど、立てた。
剣も力が全然入んないけど、握れた。
大丈夫。飛びそうになる意識は痛みで覚ましてくれる!!
「愚か者が」
無数の光の槍が展開される。
が、それは全て大した威力はない。
まさに死に損ないに止めを刺すためだけの槍。
だけど、今の私を殺すにはこれで十分すぎる。
「死ね」
放たれる無数の光の槍。
「っ!! プロテクション!!」
それはあまりにも頼りない聖壁だった。
光の槍が衝突するたび、ひび割れ、砕かれていく。
もう一枚。
もう一枚と砕かれるたびに聖壁を造り上げていく。
ああ、本来なら、神級魔法の影響で魔法すら使えないのに、それを覆して聖壁を生み出している。
それでもただの悪あがき。
それも、もう終わりが見えている。
だから想像しよう。
これからのやりたいことを。
そうすれば、力が自然と溢れてくるはずだ。
そうだ……みんなで海に行ってみたいな……私みたことないし。
イツキさんは泳げなさそうだし、リンさんあたりに一緒に教えもらうんだ。
ああ、リーシャさんやヒロムさんやイツキさんともっともっと冒険したい!
イツキさんは私がいないとそこら辺に魔物の食べられちゃいそうだし、守ってあげないと。
お父様と……一緒にティータイムのしたいなぁ……あ、ついでにイツキさん達グランドマスターのみんなも呼びたいな。
イツキさんと訓練所を回った時みたいにリリスさん達とも……もっと、もっとたくさん話したい……
……あれ? なんか、全部イツキさんが一緒にいるな……
まぁいいや。
だから、だから負けない。
絶対に負けてたまるか。
神様に
運命に
理不尽な未来に
そして何より自分自身に!!
「……何度でも言おう……そんな未来は存在しない」
ウリエルは痺れを切らしたのか光の剣を生み出しながら私のもとへ向かってきた。
聖壁を容易く切り裂き、その刀身が私の首へと振るわれる。
弾け! 受け止めろ!!
聖剣が重たい、持ち上がらない。体がガクガクと震えている。
だめだ、間に合わなー
キン!!
強烈な衝突音と共にウリエルの一撃を弾いたのは満身創痍のリリスさんだった。
「はぁぁぁ!!」
ガタガタの体で、聖剣を握っているても震え、これ以上動けば本当に死んでしまうかもしれないのにそれでも彼女は聖剣を振るった。
「天炎光槍」
彼女を守るようにユウヤさんの炎槍が背後から放たれる。
ウリエルは一体大きく後退しながら炎槍を弾き飛ばした。
リリスさんをはじめとした全員が満身創痍ながらも立ち上がった。
私を含めた全員が魔力も尽きかけ、致命傷を負い、立つことすら困難な状態だ。
それでも全員が立ち上がり、武器を握っている。
この光景は私達の戦いはまだ終わってなんかいないことを物語っていた。




