第129話 双葉イツキVS騎士王ジークハルト
その言葉を初めて発したのはハーレクィンの死後、彼の意志と剣と魂を受け継いだジークハルトが自身より数段格上の魔法騎士に戦いを挑み、敗北寸前の時だった。
その後ジークハルトは覆らないほどの状況をひっくり返し魔法騎士に勝利した。
以降、ジークハルトは本気を出す際必ず言う。
剣聖を決める戦いの時にも言った。
そして今、友から授かった錆びた剣を持ちながら双葉イツキに言う。
それは騎士王ジークハルトが双葉イツキに重ねていたハーレクィンの面影を消し去り双葉イツキそのものと向き合っていたことを表した。
「友よ。力を貸してくれ」
騎士王は友から受け継いだ剣を地面に突き刺し手を離した瞬間
(……? 突き刺した剣が火花となって散った?)
騎士王が突き刺した剣は火花となって消え去ってしまった。
イツキとバエルは警戒するが特に騎士王自身変わった容姿はない。
彼が今、持っているのは最初から使っていた錆びた長剣のみ。
イツキは一瞬、神器を発動させたのかと思った。
そして必殺の一撃を使い、勝負を決めにきたのかと。
つまりは切り札の発動。
双葉イツキの考えは半分正解で半分間違いだった。
騎士王は生まれつき魔力を持っていない。
ゆえに神器の使用は不可能。
しかし、間違いなく騎士王の切り札ではあった。
イツキはバエルと共に一気に騎士王との距離を詰めた。
今度はイツキが騎士王に猛攻を仕掛ける。
騎士王はイツキの斬撃を受け止めた。
イツキと騎士王が剣戟を繰り返す中、バエルは騎士王の隙を見て右側に強烈な蹴りを入れる。
「ぐっ!?」
騎士王はバエルの蹴りをくらい、宙を舞いながら大きく横に吹き飛ばされる。
空中で体勢を立て直す前に双葉イツキが先回りし、剣を振るっていた。
(この状態ではその長剣で防ぐことはできない!)
この一撃は入るという確信と共に双葉イツキは剣を振るった。
しかし、振るった剣は弾かれてしまった。
(ー左腕で弾いた?)
いくら騎士王でも鎧を着ているとはいえ盾を装備していないで攻撃を弾くことはできないはずだ。
そう思ったイツキの目に写ったのは左腕に円状の小盾をつけた騎士王だった。
(!? いつの間に? さっきまで盾なんてつけてなかったのに!?)
騎士王は困惑するイツキをよそに持っている長剣を迫っているバエルに向かって投擲しつつ体を回転させた。
何も無くなった右手に火花が生み出され、それは錆びた巨大な大剣になった。
それは鉄塊共いえる漆黒の大剣。
「うおおおお!」
回転力を利用し、騎士王はイツキに大剣を叩きつける。
「っぐ……お」
あまりの一撃の重さにイツキは空中から大地へ叩きつけられた。
叩きつけられた衝撃の強さは大地を抉るほどの強烈だった。
騎士王は左手に漆黒の槍を生み出し、双葉イツキが墜落した地点へと投擲する。
凄まじい速度で一直線に敵の体を貫かんとする騎士王の槍はバエルの拳によって弾かれた。
「……悪い」
「んー」
(……騎士王の力は武器を生み出すとか、そこら辺だと思うけど)
(だろうな)
イツキとバエルの考察は正しい。
騎士王ジークハルトの切り札である剣のはハーレクィンの魂が宿っている。
ハーレクィンは自身の剣に全ての生命力を込め、ジークハルトに託した。
ハーレクィンの生命力が剣に込めたことにより、一つの特殊な能力がその剣に宿った。
それは騎士王が必要と判断した時に必要と判断した武器が現れるというものだ。
それは騎士王の魔力を使う必要ななく、ハーレクィンの生命力で発動するというもの。
ジークハルトはそう考察していた。
ここまで、この力にどれだけ助けられてきたか。
ゆえに剣聖に成った時自らをジークハルト・ハーレクィンと名乗ったのだ。
二人で最強に成った証。
ただ、この能力は持ち手の判断力によって左右されるために扱いがピーキーでどの武器を振るうのか最善かという的確かつ一瞬で判断できなければならない。
そして何より作り出される武器には特殊な能力はない。
能力自体には神器に遠く及ばないものだが、騎士王が使うことによってハーレクィンの剣は神器と同等の力を持つ最後の切り札となり得る。
(状況は……五分五分……もしくは)
(私たちがやや不利……だね)
原初の悪魔バエルは20%の力で戦っている。
本来の力を100%引き出して戦えばいくら騎士王であろうとも勝つことはできる。
しかし、それをしてしまうとこの世界がバエルの力に耐えることが出来ない。
つまり、大精霊がたった50%の力でもこの世界に天変地異を引き起こしてしまうのと同じようにバエルが本気を出すとこの世界は一瞬で破壊される。
原初の悪魔たちは大精霊以上の力を持っている。
バエルはこの世界に影響が出ないギリギリのラインである20%の力で戦っていた。
(それでも騎士王と互角か、もしくはあちらが……)
イツキは次の一手で勝負を終わらせる時に決めた。
バエルも同じ考えだったのか互いに顔を見合わせ頷きあう。
イツキとバエルが考えていた対騎士王ジークハルトの秘策。
双葉イツキとバエルはこの3つの能力を共有して使える。
ただし、同じ能力は同時に発動はできない。
しかし、異なる能力であれば同時発動は可能だった。
破壊の力は非常に強力だが、放つのに時間がかかる。
決まれば、騎士王に勝つことができるが、発動できればの話だ。
騎士王相手に溜めの時間を作るなど自殺行為。
一瞬で首を切られてしまって終わりだ。
しかし、どちらかが維持の力を使い、騎士王の動きを止めることができれば話は別である。
維持の力で騎士王の動きを止め、破壊の力で騎士王にとどめを刺す。
それがイツキとバエルが考えた必勝法だった。
バエルはイツキが放つ破壊の力の射線から外れるように動きながら騎士王を捉える。
騎士王ジークハルトには生まれつき魔力がなかった。
しかし、極めて鋭敏な五感とさらに魔力感知能力がある。
そして、勝ち負けを繰り返すことによって発言させた動作予知能力も持っている。
騎士王の動作予知能力はイツキやエレナのそれとはレベルが違う。
イツキとエレナたちが使う動作予知は相手が狙ってくる場所を感覚で感じ取るというもの。
騎士王の動作予知は相手の攻撃を予測、予知するだけではなく
どうすれば避けられるか?
どうすれば防げるか?
どうすれば攻撃を当てられるか?
その答えを瞬時に導き出すことができる。
人は魔力を使って力を使う前に僅かな溜めが生じる。
それは悪魔も同じことだった。
騎士王ジークハルト鋭い五感により、バエルが何か力を使うと予知していた。
その瞬間、騎士王は答えを導き出し鎖を作り出した。
そして、バエルすら無意識のうちに生まれている小さな溜めと隙を突くために鎖を放ちバエルの手を捉え、すぐさま鎖を振るい、バエルは騎士王に引き寄せられた。
「っ!?」
騎士王ジークハルトの思わぬ妨害が入り、バエルの維持の力を発動させることができなかった。
それにより、ほんの少しの時間、体と思考が硬直する。
それはマスターである双葉イツキも同じだった。
「はっ!!」
騎士王はバエルの腹部に向けて躱しようがない状態の彼女に掌底を叩きつける。
「ぐっ……!!」
バエルは騎士王の掌底を防御したがそれは間違いだったと瞬時に理解した。
それは破壊するための掌底ではない。
それは吹き飛ばすための掌底だった。
バエルは稲妻めいた速度で吹き飛ばされた。
何メートル吹き飛ばされたのか。
それを考える時間など双葉イツキとバエルにはなかった。
イツキは火花じみた速度で迫る騎士王を迎えるために剣を構えようとする。
(このままじゃマスターがやばい!!)
バエルもイツキとの距離を0にする為、出力をさらにもう一段階上げる。
バエルにはもはや世界がどうとかはどうでもよかった。
が
それでも間に合わなかった。
騎士王は間違いなく本気だった。
これまでのイツキとの打ち合いも間違いなく全力だった。
双葉イツキはそんな騎士王ジークハルトと渡り合っていた。
しかし、騎士王ジークハルトは双葉イツキとの本気も全力の……死闘の中で強くなっていた。
ここにきて、騎士王ジークハルトは自身の限界を打ち破り、生涯最速、最強の一太刀を振るった。
「……え?」
双葉イツキは動作予知をしたにも関わらず、反応できずに騎士王ジークハルトにあっけなく右腕を斬られた。
そして、ジークハルトの剣が双葉イツキの心臓を貫いた。
それは完全な致命傷、覆らない決定打だった。




