第127話 騎士王
最強の剣士を目指していた男がいた。
その男は魔法の名家の生まれながら魔力を一切持っていなかった。
故に生まれてすぐ両親から捨てられた。
その男は生まれてから何も与えられていなかった。
赤子だった男は奴隷商人に拾われ育てられ物心つくころから、闘技場の雑用をしていた。
年月が経ち、名前がない赤子は10歳ほどの少年になる。
剣闘士の戦いを見て、心が震えた。
自身の強さの証明の為、命をかけて戦うその姿はとてもカッコよく見えた。
今は名もない奴隷だが、いつかは最強の剣士になる。そう自分自身の魂に誓った。
幸運なことに少年には同じ志しを持ったライバルがいた。
同じ奴隷同士、同じ夢を持った二人は唯一無二の存在。
時間を見つけては二人で剣の修行をしていた。
そして、時が経ち、二人は剣闘士になり名を手に入れた。
一人はジークハルト。
一人はハーレクィン。
見せ物にされているという自覚はあったが、憧れていた剣闘士になれた事の前では些細なことだった。
二人は勝って、負けてを繰り返して数年後は闘技場のトップに立つ。
そして、更なる高みを目指すため、ついには外の世界に旅立った。
しかし、外の世界は厳しかった。
彼らより強い剣士も山ほどいたが、何より魔法を使う剣士に全く歯が立たなかった。
まるで大きな壁にぶつかったようなそんな絶望感が二人を襲った。
しかし、その程度で諦められる夢ではなかった。
ハーレクィンは独学で魔法を覚えたが、ジークハルトは魔力がない。
二人の実力差が開き始めたのはその頃からだった。
最初は魔法を使い始めたハーレクィンに歯が立たなかったが、ジークハルトはそれでも考え、考え、考え抜いて自身の特性を活かして強くなった。
外の世界の剣豪達と戦い、時には互いの腕を研磨し合う。
一日、一日が光り輝いていた。
しかし、そんな二人の時間は長く続かなかった。
ハーレクィンは病に犯されており長くない命だったのだ。
彼がそれを知ったのはハーレクィンの病状が手遅れになってからだった。
「お前は……一番大切なものを与えれれている……それはその丈夫な体だ……大丈夫お前なら絶対に最強の剣士になれる」
ハーレクィンの声は明るく、希望に満ちていた。
命の期限に直面し、死が目の前に迫っているのにも関わらず、その表情は死に怯えるものの顔ではなかった。
「俺は死ななさいさ……俺がこれまで培ってきた技は全てお前の中で生き続け、お前の成長に繋がっている……だから、お前が強くあろうとする限り、俺はお前と共にある……俺の全部を持って……高みに登れ」
最後にハーレクィンは自身の愛剣をジークハルトに託し、その生涯に幕を閉じた。
ハーレクィンの意志と剣と魂を受け継いだジークハルトは戦い続けた。
その数年がジークハルトを強くした。
世界中の猛者たちと何千何万と勝ち負けを積み重ねた末に未だなお語り継がれている最強の剣士の称号である剣聖へと上り詰めた。
剣聖となった際彼はこう名乗った。
「我が名は剣聖ジークハルト・ハーレクィン」
それは二人でここまで上り詰めたと言うメッセージだ。
そのメッセージは誰にも伝わるとこはなかったが、ジークハルトとハーレクィンの名は今もなお語り継がれている。
この世界で最強の剣士として。
そして現在、初代剣聖ジークハルト・ハーレクィンは覇王プライド・ノアによってアンデットとして復活騎士王ジークハルトとして武を極めている。
騎士王は一人丘の上である人物を待っていた。
その人物とはグランドマスターの一人である双葉イツキだ。
双葉イツキとは以前剣を交えたことがあった。
騎士王ジークハルトは本気こそは出してはいなかったが、何振りか決めるつもりの一撃を放っていた。
しかし、彼は騎士王の予想を超えてその攻撃を凌いだ。
いや、凌いだだけではない。
反撃さえしてきた。
双葉イツキとの剣戟の中で生前ハーレクィンと仕合いを思い出していたのだ。
騎士王ジークハルトは友人の面影を双葉イツキに重ねていた。
だからこそ、彼は望んだのだ。
互いの最高の状態での戦いを。
騎士王ジークハルトは魂こそ昂ってはいるが、落ち着いている。
体も心も完璧……まさに最高の状態だった。
手が震えている。
それはその震えは緊張からではなく、武者振いだった。
(……ふ、この私が武者振るいとは……いつぶりか)
「……よー待たせたな」
騎士王ジークハルトの前に現れたのは傷だらけ双葉イツキだった。
あまりにも頼りない歩み、右目と左目は僅かに瞳孔の開き方が違う。
明らかに普通の歩き方ではなった。
不安定が際立つ挙動、呼吸も安定していない。
ここまで来るのに何かがあったのだろう。
その姿は誰からどう見ても最高の状態とはかけ離れていた。
騎士王は双葉イツキの目を見る。
その目は燃えていた。
絶対に勝つという強い意志と燃え滾る闘志がこちらにも伝わってくる。
「双葉イツキ。互いに最高の状態で刃を交えることを……誇りに思う」
騎士王は理解していた。
双葉イツキにとって最も体の状態ではなく、大切なのは魂の状態なのだと。