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マルヴィナ戦記2 氷雪の歌姫  作者: 黒龍院如水
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突破

 たいして息を吸えていないまま、水の中へ。


「ごぽっ!」

水は思っていたより冷たく、視界は思っていたより悪くない。必死にヒスイの足を追いかけて、水をかく。

ヨナタンのことが一瞬頭をよぎったが、彼の位置を確かめる余裕などまったくなかった。


「体が……、重い!」

服を着ているからだろうか、うまく前に進まない。ヒスイから少しづつ距離が離されている気がする。

「水を掻く時に、力を抜いて」

頭の中に、そんな声が響いたような気がした。

その言葉に従い、脱力する。力みが減ると、少し進みがよくなった。

「まだなの!?」

周囲はどんどん暗くなる。ヒスイの灯りの呪文がここでは効力を発していないのだろうか。

視界がなくなるにつれ、再び不安が襲ってきた。体が固くなる。


「息が、続かない……」

ほとんど視界がなくなったとき、

誰かに首元をぐいとつかまれた。そのまま、ぐいぐい引っ張られる。

「力を抜いて、運命に身を任せるのよ」

再び不思議な声が聞こえた気がした。

力を抜いて、引っ張られるに任せる。水の抵抗を、極力殺す。そうすると、なぜか息も少し楽になった。

「こうかしら?」

引っ張られるタイミングに合わせて、足で水を蹴る。体をしならせる。

「でも……」

さすがにまた息がつらくなってきた。頭の中が徐々に真っ白に輝きだす……。


 気づいたときには、水面でバシャバシャともがいていた。

「立って!」

立ち上がると、膝ほどの水位だった。

数メートル横で、ヨナタンが立ち上がりながらゴホゴホとせき込んでいる。

「走れる!?」

声がうまく出せず、ただ走りながら何度もうなずく。

しばらく走っていると、少し気分が冷静になってきた。ヒスイが前を走っていて、ヨナタンもすぐうしろを走っている。


「少しスピードを落とそう」

ヒスイも少し息が切れている。

「装備を失くしていないかしら?」

ヒスイに言われて、歩きながら自分の体をチェックする。何も失くしていない、問題なさそうだ。服がずぶ濡れなのが気になったが、

「大丈夫だ。歩いていれば、そのうち体温で乾くよ」

とヒスイ。


「あの蜘蛛は?」

少し歩くとヒスイに尋ねる余裕もできてきた。

「粘菌は水を潜ってやってくるだろうけど、時間は稼げるかもね」

少しづつ息も整ってきた。

そして、追いつかれることもなく、ついに出口らしき場所に到達。

「着いた!?」

入った時と同じように、洞窟の入り口に全面板が張ってあり、隙間からかすかに灯りが漏れていた。

「じゃあ、端を通れるようにするから、少し向こうを向いていてくれるかしら?」

ヒスイはあまり力を出すところを見られたくないようだ。


マルーシャとヨナタンが背を向けると、ふーと息を吐く音。

「ふんっ!」

という気合いとともに、ミシミシ、ミシミシと木がきしむ音。そして、バキッ、バキッと木が裂ける音。

「よし、いいよ!」

振り返ると、ヒスイもかがんで通れるほどの穴が開いていた。

「やっと出れる……」

外はもう夕暮れどきのようだ。


と、三人で外に出ると、

「なんだ? おまえらは?」

いきなり派手な格好の男。続き服のようなものに、文字がたくさん書かれている。

周囲を見渡すと、見える範囲だけで五十人はいる。酒盛りのように騒がしい。どこかに馬も繋がれているようで、時折いななき声が聞こえる。

「暴走天使でよろしく! 暴走天使でよろしく!」

「唯我独尊でよろしく! 唯我独尊でよろしく!」

何かよくわからない言葉を繰り返し叫んでいる。


「おまえら、喧嘩売ってんのか!?」

ひとりがマルーシャに詰め寄ってきた。

「こいつら……、騎馬ゾクだな……」

と言いながら、ヒスイがずいとマルーシャの前に出た。

「ひいっ!」

マルーシャに詰め寄ろうとした男が、ヒスイの視線でうしろへ吹っ飛んだ。

「おい、なんだこいつら!」

三人が周囲を取り囲まれるが、ヒスイの体の大きさに少しひるんでいるようだ。

「ゾクチョウ!」

「ゾクチョウ!」

一人の、髪を逆立てたひときわ派手な男があらわれ、ヒスイの前に立った。やはり、だいぶ体格差がある。


「わりい、用事ができた……」

ゾクチョウと呼ばれた男が、人込みを掻きわけていなくなった。

「バーンチョウ!」

「バーンチョウ!」

今度はもう少し体格の良い男が出てきたが、

「わりい、今日は腹いてえわ……」

ヒスイの前に立って睨まれると、急に具合が悪くなったようだ。

「ウーラーバン!」

「ウーラーバン!」

三人目がヒスイの前に立ち、周囲の期待を背負って泣きそうな顔になっていたとき、


「アニキが来たぞ!」

「おお! アニキだ!」

ひとの数は百人ほどになっていて、その人混みがさっと開いて、その向こうに黒塗りの馬車が停まった。客車の窓ガラスも真っ黒に塗られたドアが開き、太った男と痩せたのっぽの男が降りてきた。

「おやおや、こんなところに野鼠が迷い込んだようですね……」

完全に反り上げた頭、額には、大王城と書かれている。

のっぽのほうは、長髪に黒い口マスクをしており、そこには白字で不真面目と書かれてあった。


太ったほうがヒスイのすぐ前に立った。他の者と比べてもかなり大きな体をしているが、やはり頭ひとつヒスイよりも低い。

「ぼくたちが暴走天使シャルル団と知って……」

「ひぽっご!」

左右、どちらの手で殴られたかもわからないまま、回転して地面に転がる太った男。

「きえーぃ!」

どこから取り出したのか、長い剣でヒスイにいきなり斬りかかるのっぽ。その斬撃を腕で受け止めるヒスイ。キーンと高い音がして、束から先が数メートル先に突き刺さる。

「アイアンスキン。アイアンスキンはいかなる斬撃も受け付けない」

折れた剣を振り下ろした姿勢のまま、顎まで下がったマスクに開いた口、呆然として動けないのっぽ。


 数秒間沈黙が続いたが、


誰かの、

「椅子をお持ちしろ……」

という声に、折り畳みの椅子が三つ並べられた。

「どうもすみませんでした!」

真ん中にヒスイ、左右にヨナタンとマルーシャが座り、その前で手をついて頭を下げる太った男とのっぽの男。たくさんいた周囲の者も、立ったまま膝に手をついて頭を下げている。

厳しい顔つきのヒスイ、しかし、表情を和らげて言った。

「おもてをあげよ。わたしも伝説の漢、ライディーンを開祖とする大往生流を習っていたよ」

太った男のほうが、ぱっと頭をあげた。

「ど、どうりで……、殴られたとき、痛みよりも優しさを感じました!」

と嬉しそうに言った。


「ところで、おぬしたち、名前は?」

「アキカゼです」

のっぽのほうが先に答えた。

「そ、その……」

太ったほうは少し答えづらそうだ。

「ライディーンです……」

ついに消え入りそうな声で答えた。

「なにぃ!?」

一瞬険しい表情になるヒスイだが、すぐに優しい顔に戻り、

「その名に恥じぬ漢になれ」

と言葉をかけたので、またうれしそうに顔をあげる太った男。


「ところで……」

首都ビヨルリンシティまでいくのに、ちょうどよさそうな乗り物がある。

「この馬車で首都まで乗せていってもらえるかな?」

「は、はい!」

中に乗り込むと、六人乗り、向かい合わせに三席づつ並んだ珍しいかたちの客車だった。

「広いね」

三人とも、進行方向を向く側の席に座って、足をのばす。

アキカゼとライディーンも乗ってこようとすると、

「待て、おまえたちは馬でついてこい」

「は、はい!」

ヒスイも足を前の座席に乗せて、余裕の表情になった。


 それから数時間、すっかり夜になった。

「もうそろそろだね……」

ヒスイが羊の革袋から、メモを取り出した。マリーからもらったメモで、その日の宿の場所が書いてあるようだ。

「首都の郊外にあるようだけど……、このまま行くと目立ってしまうね」

ということで、少し手前で黒塗りの馬車を降りて歩くことにした。

「ヒスイねえさん、何かあれば、いつでもなんでも言ってください!」

暴走天使シャルル団百騎あまり、ライディーンたちはもと来た道を帰っていった。

「わたしたちが潜伏するための、隠れ宿をマリーが手配してくれたんだけど……」

しばらく歩いていくと、首都の町はずれに、とても大きくて派手な宿が見えてきた。何層にも連なる瓦の屋根、いくつもの突き出た櫓。


「あれが隠れ宿なの?」

「メモだと確かにここなんだけど……」

三人で近くまで来てみると、確かに入口のところに隠れ宿サスキア御殿と大書されている。

「マリーがここを手配したの?」

「とりあえず入って聞いてみるか……」

しかし、宿の入り口もとても豪華で、これから泊まるであろう、たくさんの人で賑わっており、しかもどの人も綺麗な身なりで都会の大富豪といった感じだ。

「いいのかな?」

いっぽうの自分たちは旅装の、水に浸かったのもあってか衣服も髪もよれよれで、しかも体からなんだかかび臭いニオイが漂っている。


入り口のあたりでやや躊躇していると、

どうやら団体様が到着したようだ。

「チェックインでござるー! チェックインでござるー!」

甲高い声がして、派手な衣装を着た行列がやってきた。

「アショフ国国使にして絶世の歌姫、アグリッピナ・アグリコラ妃殿下であらせられるぞ、道をあけよー!」

旗を持った露払いが掛け声とともにやってきた。

「そこな愚民! ただちに道を開けよ!」

入り口に突っ立っていたマルーシャたちを見咎めて、声を荒げる。

慌てて脇へ寄る三人。


そこへ、

何十人もの男たちに担がれた大きな輿。入り口の手前で、一人の人物がその輿から降りてきた。


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