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マルヴィナ戦記2 氷雪の歌姫  作者: 黒龍院如水
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崩壊と再建

 幕があがった。


そこに、豪華な椅子に座るヤースケライネン教国教皇のランプレヒト、そして隣に立つ腐敗大臣ムフ・ブハーリン。


二人は、明らかに驚いていた。

「な、なんと、話が違うではないか大臣」

「こ、これは何かの間違いです……」

ヒスイ、ゴシュとヨエルがそのステージに歩いて近づく。

「こんなはずでは……。今まではこのやり方でどんな有能な人間も暗殺してこれたのですよ……」

ステージ前に歩いてきた三人を見て、やや及び腰になるブハーリン。


「ではしかたない。奥の手を」

教皇がブハーリンに命じた。その命に応じて、ブハーリンがそでに隠れていた親衛隊の数人に何か命じる。

「君たち、これを見給え」

ブハーリンが舞台上から高らかに言った。

何が出てくるのかとそっと身構えるヒスイたち。

ステージ上では、教皇とブハーリンがいる背後にさらに幕があり、ブザー音とともにそれがあがっていく。


「な!?」

そこには、天井に届くほどの、異様な彫刻。まるで、地獄絵図のような、苦しみもがく人々、そして悪鬼たち。まるで悪魔の所業だ。

だが、

「お、おい!?」

その吐き気を催すような彫刻に目を奪われて、その手前にいる人物たちにやっと気づいた。

「マリー!? ギルバート!?」

なんと、マリーとギルバート、そしてアリスターの三人が、巨大な十字架に掛けられている。その横には、槍を持った親衛隊がひとりずつ、いつでも急所を突きさそうと構えている。


「ふはははは、どうだ? 自分たちの無力さがやっとわかったか?」

ブハーリンがそろそろ好感度を無視して顔を歪め始めた。

「マリー!?」

ヒスイが再び叫ぶ。三人は意識があるようだ。

「わたしたちは大丈夫よ。こんな奴ら、倒してしまいなさい!」

強気なマリーだが、ギルバートとアリスターは青い顔をしながら突きつけられた槍の穂先を見つめている。

「武器を捨てて、われらに従いなさい」

舞台そでから数人の縄を持った親衛隊が出てくる。ヒスイが、ステッキを下に置いて手を挙げるが、親衛隊たちはすぐには近寄れない。


「はーはっはっは」

今度はホールの後ろから、氷の高笑いが聞こえてきた。

「だ、誰だ!?」

教皇とブハーリンが驚いてそちらを見た。

「わらわが来たからには、茶番は終わりだ」

ゾンビ百官を引き連れたマルーシャ姫がホールに入ってきた。ゾンビ百官はそのままホール入口を固め、マルーシャ姫がそのまま歩いてきて、ステージに上った。

「笑止千万、わらわにたてつこうなど……」

そこでやっと、マルーシャ姫が捕まっている三人に気づいた。


「マ、マリーにギルバート!? なんと卑劣な……」

いったん怯んでいた教皇とブハーリンの顔が、みるみる明るくなる。

そのステージ下後方、椅子の陰に隠れていたリュドミーラのそばでいきなり声がした。

「誰!?」

「わたし、マルヴィナよ」

小声で話す。

「親衛隊に狙いをつけた?」

「もちろんよ」

リュドミーラが答えた。

「イスハークも大丈夫かしら?」

と、ホールの反対側のイスハークを眺めると、遠くから親指を立てて見せた。


「よし、じゃあ、マリーの親衛隊をわたしが苦痛の呪文、あとの二人をあなたとイスハークで狙いましょう、どこかでタイミングを合わせて……」

ステージ上では、問答が続いていた。

「おのれえ、くち惜しや……、末代まで祟ってやるぞ」

マルーシャ姫が親衛隊員に縄を掛けられつつ悔しそうに吐き捨てると、

「ははは、正義は必ず勝つ。正義とは勝者のことなのです!」

ブハーリンが勝利を確信しはじめた。

「諦めてはだめよ! 姫、その教皇を倒してしまいなさい、その者は……」

いったん間を置いたマリー、


「あなたの本当の親ではないのです!」

マリーが叫んで、その場にいた全員が、え? と驚いた。

「ほ、本当なのか!?」

親衛隊員たちやブハーリンすら驚いている。

「マルーシャ姫の本当の親は、このマリーとギルバートよ! あなたはマルーシャ・マフノなのよ!」

マリーが叫び、

「ええい、やってしまえ!」

教皇が、どこから出したのか、いきなり大きな声で叫んだ。一瞬何を言われたかわからなかった親衛隊員たちだが、意味をわかって槍を構えなおしたとたん、


ぱあんぱあんと二発の豆音がして、ギルバートとアリスターの横にいた親衛隊が槍を落とした。そして、マリーのそばの親衛隊も同じように苦しみもがきながら槍を落とす。

「勝負ありね」

ステージ上で、マルヴィナが灰色のマントのフードをあげて姿をあらわし、

「ふん!」

マルーシャ姫がいったん氷結させた縄を腕力で引きちぎる。

「終わりだ……、すべて終わりだ……」

ブハーリンがステージの床に手をついて泣きべそをかきだした。みるみる涙と鼻水の水たまりができる。


そして、ついに教皇が言った。

「わかった、すべてを話そう……」

十字架の三人が降ろされて、ステージ上にみんなが集まってきた。

教皇は、教座に座したまますべてを諦めたかのような表情でかたりはじめた。

「わたしは、その者の言うように、マルーシャ姫の真の父ではない……」

そのとき、マルヴィナの横にいたアリスター。マルヴィナの右手に付けていた指輪に、ステージの照明が強く当たって反射し、その眩しさを手で遮ろうとした刹那。その手がつい髭に当たって、それが落ちた。


それを拾おうとしたアリスターを見たマルヴィナ、

「え!? なに!? お父さん!?」

「あ!? なんだ、マルヴィナだったか」

「こんなところで何してるの!?」

「おまえも元気そうでなによりだな。母さんはどうしてる?」

「わたしも最近ぜんぜん家に帰ってないし……」

「一人暮らしをしているのか? 家賃や食べるものはどうしてるんだ?」

「うん、大丈夫よ、今はシェアハウスみたいなとこに引っ越したから」

と、家族の会話が始まってしまった。


途中で何度か教皇が話しだそうとして、何度か皆が教皇に視線を戻すが、メイヤー親子の会話がなかなか終わらない。

「そろそろ真実を話したいのだが……」

やっとの思いで教皇が遮って、

「あ、すみません、続けてください」

教皇の告解が再開した。


「わたしは子どもができなかった。だから、地方で有望な赤子を見つけては、わが子として採用した」

「さらっていったのよ」

マリーが訂正する。

「わたしが、自分でもおかしくなったと感じたのは、数年前からだ。アショフから来た、ダフネという女性」

そこで、教皇が親衛隊のひとりに、ダフネはどこに行ったと尋ねた。

「どこにもいません!」

「そうか、逃げたか……。とてもいい話がある、と言ってね。全てを手に入れられる、悪魔の技法……」


「そ、それが地下の施設か? あの拷問部屋はなんだ? そして、あの人形たちは何なのだ?」

とギルバートが教皇を問い詰める。

「人形? そうか、あれを見たか。あの人形は、アショフでも実験が繰り返されているという、新しい奴隷を作る試みだ」

「なんだと……」

「そう、わたしは悪逆の限りをつくした。そのほとんどが、そのダフネという女がアショフから持ち込んだものだ」

そこまで言って、教皇はひどく疲れたようにため息をついた。

「わたしはもう疲れた。全ての悪逆を尽くし、快楽を得た。もう何も望まない、殺してくれ……」


そこで、マルーシャ姫に注目が集まった。

姫が口を開いて、

「わらわは誰も殺さぬ。かわりに、これまでの罪を償ってもらおう」


 それから数日のうちに、

ローレシア大陸が大きく様変わりした。マルーシャの計画に従い、首都がアイヒホルンに移され、ヤースケライネン教国から、王がトップとなるアイヒホルン王国へと変更され、マルーシャ姫が初代女王となった。


宗教は自由化され、有能かつ無償で働くゾンビ百官によって政治や経済にどんどん優秀な人間が採用され、王国として再建されていく。

元教皇のランプレヒトは、それまで犯した罪を公表し、それを様々な場所の講演で人々に話した。それが意外に好評で、次第に噂を聞いた人々で大きなホールも埋め尽くすほどになった。


そんなある日、


アイヒホルンからマルーシャ女王がグラネロを訪ねてきた。


グラネロは、元首都のビヨルリンシティから移民が流入し、大幅に人口が急増してローレシア大陸でも有数の都市となる勢いだった。

広間ではなくマルヴィナの自室まで入ってきた女王、

「マルヴィナよ、そなたはこの都市を、ゾンビ帝国とせよ」

「ゾンビ帝国!?」

そういえば、前にもそんなことを言っていた気がする。

「心配するな、財政支援などはアイヒホルン王国が行う。そなたはもう皇帝じゃ」

「で、でも……」

いったん断ってから承諾しよう、と思っていると、


「それで、皇帝の初仕事として、アショフに潜入してもらいたい」

「へ!?」

「他の者にはもう話しておる、さっそくゴンドワナ大陸に……」

しばらくゆっくりできそうという期待は、脆くも崩れ去ったのだった。



エピローグ


 ある夜、グラネロ砦の居室。

マルヴィナは、眠れずにいた。


ビヨルリンシティでの結末のあと、すぐにまた新大陸への渡航準備に忙しくなるのかなと思っていた。だが、グラネロ砦に帰ってくると、日程も意外と余裕があった。


それがかえってまずかったのかもしれない。


不安な気持ちがどんどん、どんどんと大きくなっていく。はたして、ゴンドワナ大陸に渡って自分はやっていけるのか。どんなモンスターが待っていて、自分はそれに対して何ができるのか。味方は確かに強い。だけど……。


そんなことを考えていると、マルヴィナは自分がずいぶん遠いところに来てしまったように感じた。小さな島、カロッサからローレシア大陸に出てきて、そしてまたそこから旅立とうとしている。


そして、ふと思った。

意外と自分は頑張ってきたのではないか。


多少なりとも魔法を使い、全体の勝利に貢献したのではないか。確かに、国王だとかギルド長だとかいうレベルの貢献にはぜんぜん足りないかもしれない。ふだんはやっぱり演技というか、ほとんどはったりでその役を演じている。


でも。

でも、それ以前の自分と比べたら、ぜんぜん頑張ってきたんじゃないか。


そうやってことさら自分のことを鼓舞しないと、大きなプレッシャーに押しつぶされそうになる。真のマルーシャ姫の言うことが信用できないわけではない。マルーシャ姫にはその能力がありそうだ。


だが、皇帝?

帝国?

あまりに次元が遠すぎて、まったく想像できない。


だけど……。

そう、だけど、やっぱり思うのだ。


あの退屈だった学校の日々。そして、そこから見える未来。おそらく、とても退屈な仕事に就いて、一生そのままだっただろう。カロッサが悪い場所というわけではない。だが、カロッサだろうが、ローレシア大陸に出稼ぎで働いていたとしても、おそらく自分は退屈な仕事に日々を追われていただろう。


そして、そのまま一生を終えていただろう。

そういった灰色の日々を送ることに比べたら、多少緊張感があったほうがぜったいにいい。


だって、そもそも学校とか会社ギルドとか、自分には合ってないのだ。

もうこれは体質だ。遺伝だ。絶対そうだ。

マルヴィナは、自分にそう思い込ますことで、なんとなく前向きになれそうだった。


じゃあ、行こう、新たなファンタジーの世界へ。

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