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マルヴィナ戦記2 氷雪の歌姫  作者: 黒龍院如水
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プロローグ


 宮殿の一室。


豪華な調度品に囲まれた、しかしそれほど広くない部屋。

「それでは、開始します」

高い天井に吊り下げられた豪華なシャンデリアは、しかし明かりが灯されておらず、部屋はカーテンと間接的な照明によって明るさを落とされていた。

「ずいぶん暖かくなってきました」

「そうだな」

部屋の中はとても暖かく、柑橘系のいい香りに満ちていた。

「もう少し静かにしましょうか?」

「いや、問題ない」

部屋に静かに流れるのは郷愁派の古典楽曲。部屋の端に設置された天井にも届く大きな自動演奏機からのものだ。各部に扉が付いており、その開き具合によって今は音量が極小まで抑えられている。

「殿下はいつまでご滞在なされるのでしょう」

「さあな。議会が許すまでは帰れないだろう……」

マッサージテーブルに横たわるのは、高貴な、しかしまだ若い女性。衣類は着けておらず、その背には白銀のさらっとした肌触りの布が掛けられていた。

その高貴な女性の腕や足を揉み解しているのは、中年の女性。体にフィットした暖色系の着衣に、柔らかくウェーブした長い髪。

「お父様にご紹介いただいて、わたくしも本当に幸運でございました」

「父にも礼を言わないとな」

暗くてわかりづらいが、壁にも郷愁派を思わせる絵画。しっかりした作りの棚にも、その部屋の住人のものだろう、懐かしい匂いの雑貨が並ぶ。

「肩の力を抜いて、ゆっくりおくつろぎください……」

マッサージを終え、今度は各部にお灸が据えられ、そして細い針が刺されていく。テーブルに寝そべる女性は、いつしか眠りに落ちていた。

「あらまあ、殿下がお眠りになるなんて、めずらしいこと。ホホホ……」

中年の女性がにやりと笑った。

「う……」

眠りに落ちていた若い女性、しかし、すぐ目を覚ましたのだが、

「な、なんだ、体が……」

金縛りに遭ったかのような、だが、少し違う。

「ホホホホホ、このタイミングを待っていましたよ」

「お、おまえは何者……」

中年の女性が何かをとりだした。

「この毒針で、あなたは死んだように眠る。そしてやがて、本当に死ぬ」

ウフフ、と笑って中年の女性がかまえた。

「許さんぞ……」

中年の女性はあわててそれを突き刺した。

「魔法を唱えようとしましたね、危なかったわ」

「わ、わらわは必ず戻ってくるぞ、必ず……がくっ」

若い女性はうつ伏せになった頭を必死に持ち上げようとしていたが、それもできずに動かなくなった。

「ふう。恨むなら依頼者を恨みなさい」

中年の女性は、部屋の所々が凍りついていることに気づいた。さっきまで暖かかったのが、ものすごく肌寒い。急に怖くなって、とるものとりあえず、その部屋から逃げ出した。

 コルドゥラ山脈のふもと。


ヒルトラウト湖のそばにある黒い館。そこにマルーシャ姫は住んでいた。

マルーシャは深夜、夢にうなされていた。


 彼女は、暗い場所に立っていた。

時間帯はおそらく夜、しかも霧が出ているからだろうか、視界がとても悪い。しかし、かすかに聞こえる波音で、海が近くにあることがわかった。

「え、なんで?」

マルーシャはそこで自分がひどく薄着であることに気づいた。しかも、足元を見ると岩がちな地面になぜか裸足だ。縮こまりながら風を避けられそうな岩の窪みを見つけ、そこにしゃがみ込んだとき、

「なにあれ?」

波音が聞こえる方角に、霧に隠れて何か巨大な柱のようなもの、しかもゆっくり移動している。

「何かの脚?」

視界がほとんどない中で、複数の巨大な柱が横に動いていることに気づいたとき、波音に混じって多くのひとのなにか騒がしい声も聞こえてきた。

「戦争しているの?」

たしかに、時々遠くで閃光のようなものが見える。その巨大な何かも、そっちへ向かっているようだ。

しばらく見ていると、低い破裂音のようなものが徐々に頻度を増し、閃光の数も増え出した。その方角がとても気になったが、今の薄着に裸足では見に行きたくても行けない。

そのうちその巨大なものも霧の中に消えて見えなくなった。


 再び気づいたとき、マルーシャは砦のようなところにいた。

明け方なのか夕方なのか、それとも曇っているからか、あたりは薄暗い。

「おい、ぼーっとするな、出るぞ!」

言われるがままに、そこにあった重い盾と槍を持って立ち上がった。麻痺しているのか、左足の膝から下の感覚が少しおかしいが、無視してついていく。

そのとき、周囲が絶望的な状況であることがわかってきた。たくさんの怪我をしている者、動かない者。

「出撃ー! 出撃ー!」

左耳もおかしい。ほとんど聞こえていないようだ。

自分の腕や太もものあたりからもかなり出血していたが、不思議と痛みを感じない。砦の大きな門から平野に出た。

「当たるぞ!」

周囲の状況がよくわからなかったが、すでに砦の門はぶち破られていて、白兵戦で敵を追い返しているようだった。そして戦況は明らかによくなかった。味方の数もかなりいるが、迫ってくる黒山のような敵兵。

マルーシャは味方の後ろからその長い槍を繰り出すが、明らかに敵の勢いが強い。

その時、

「何かしら?」

はるか右の方向、人が浮いていた。

いや、たしかに平野に人が浮いて立っている。遠目に、長い黒髪に青い服。

あまりに違和感のある光景に、戦場で思わずその場に突っ立ってしまうマルーシャ。

その人物が手を広げた瞬間、金色の光が放射状に広がった。いや、そのように見えた。眩しさに一瞬目を閉じて、そして開いたときに、体が軽くなった。

「行けるぞ! 押し返せ!」

それは自分だけではないようだ。体の感覚がすべてもどり、左耳も聞こえる。力がみなぎっている。そこから、味方が一気に勢いを盛り返し、砦から出てくる数も増えたように感じた。


 そこでマルーシャは自分が馬に乗って走っていることに気づいた。

太陽が照り付けている。

「はっ!」

手綱捌きが一瞬鈍って、馬列を乱しかけたので慌ててたてなおす。

そこは赤い大地、灼熱の戦場。

雲のない青天のもと、暗い沼地のように蠢く敵兵の先端は、すでに味方の歩兵と交戦状態にあるようだ。その敵部隊の横っ腹に、騎馬隊が疾風のごとく突っ込もうとしている。

マルーシャの馬は、その騎馬隊の先頭位置に近い。

「抜刀ー!」

隊長らしき声に周囲の騎馬が一斉に剣を抜くが、マルーシャはすでに左手に剣を握っていた。すでに抜いてしまっていたらしい。

「絡みつけ!」

先頭近くを走る、ポールソードを持った体の大きな武将が何かを叫んだ。

数百メートル先の歩兵たちが騎馬の突撃に気づいて騒ぎ始めるのが見えたが、その兵士たちの足元に何かが絡みついているようにも見える。

すると今度は、

先頭を走っていた赤い衣装の人物が、馬を駆けさせながらその手に持つ武器で天を指した。

「なに!?」

強い光が空から降ってきた。それは、夏至の太陽の正午の光を何倍にも強くした感じの、一瞬であるが強烈な光。それが連続してなんどもやってくる。

「太陽からの光!?」

まぶしくてとても空へ目を向けられないが、太陽から何度も強烈な波がやってきているようだ。そして、その光を受けるたびになぜか自分のなかで力が増していく。

同時に、迫っている敵たちが光に押し潰されていた。なぜだか、光を受けるたびに力が抜けて弱っていくように見える敵歩兵。

「光に力があるの!?」

騎馬隊は、文字通り無人の荒野のごとく、その敵陣を切り裂き、走り抜けていった。


 再び場面が切り替わった。

その時、マルーシャは重い鎧を身に付けていた。そこは巨大な城のようだ。その内部で交戦中のようだが、自分たちが攻め込んだのか守っているのかよくわからない。

しかし、

「マテリアル派の兵器が使われているの?」

大きな建物内に突入しようとしているようだが、そこから明らかに魔法ではない飛び道具が使用されている。マルーシャのすぐ近くでも物理的な何かが跳弾した。

「皇帝陛下!」

何人かが叫ぶ声でマルーシャもそちらを見た。

長く金色に輝く髪に堂々とした体躯とマント。戦闘用の化粧だろうか、やや紅潮した肌に真っ赤な口紅が映える。青い目。

「我に続け!」

よく通る声で、重装歩兵を引き連れてそのまま歩いてホールへと入っていった。

「突入ー! 陛下に続けー!」

マルーシャたちの隊も続く。

「大丈夫なの!?」

マルーシャの心配をよそに隊員たちは部屋へ突入し、

「だから!」

大きなホールの中は多くの火線が飛び交って、こちら側からも魔法の火力がときおり撃ち返されていたが、

向こう側には鉄製と思われる火を吹く筒を抱えた巨大なアイアンゴーレムが数体見える。しかし、皇帝陛下と呼ばれた人物を先頭に、重装歩兵隊は構わず進む。

何人かが直撃をくらって吹き飛ぶが、

「シールド!?」

こっちに飛んでくる大小の火力が、あきらかに鎧に当たる前に停止し、地面に落ちている。

「進め! 進め! 制圧せよ!」

吹き飛んだ兵もすぐに起き上がってきて前に進む。

「無敵なの!?」

相手側はなぜか地面が揺れている。こちらは揺れていない。なんだこれは?

敵兵だけ大きな揺れでバランスを崩していく……。


 そこでマルーシャは目を覚ました。

まだ心臓が激しく鼓動している。自分の館のベッドで上半身を起こしていた。

「最近、変な夢をよく見るようになったわ……」

まだ明け方にもなっていないようで、そのまま再び横たわった。


 ここはどこだろうか。

再び夢の中にいた。

「ここはどこ?」

マルーシャは、星々の中にいた。これは、明らかに夢だ。

「やあ、気づいたかい?」

白いローブの人物が立っており、話しかけてきた。長い髪、しかし、男性か女性か声や姿からはわからない。

「ここはシーランナーの中だよ。君が召喚したんだろう、マル……」

確かに、マルーシャはそこに立っており、そのいる場所は星々の中に浮かぶ乗り物なのかもしれないが、もしそうだとしたらそれは巨大過ぎた。

「どこにいくの?」

「地球だよ」

「地球?」

「そう、僕たちの祖先が生まれた遠い惑星……」

「なぜ?」

「君はいつもわかり切ったことを聞く。でも、そうやっていつも基本に立ち返ろうとするところが、僕は嫌いじゃない」

そこでその人物は少し微笑み、

「僕たちの兄弟を助けにいくのさ」

そういうと振り返った。

「僕はこれをあまり使いたくない」

どこから取り出したのか、その人物の前に大きな本が開いて浮いている。

「いいね?」

「うん」

その人物の問いに、口が勝手に答えていた。

その人物がそちらを向いて、詠唱を始める。そして詠唱を終えた。

マルーシャは、そのときはじめて自分の進行方向のはるか先に、星のあかりではないたくさんの光点があるのに気づいた。気のせいか、何か不気味な、淀みを含んだ光点たち。

「見てごらん」

そのたくさんの星ではないあかりの近くに、黒い点が出現し、みるみる大きくなる。そして見ていると、その黒い点に向かってそのたくさんの光点が吸い寄せられていく。

「黒い事象の地平面。これが僕のアルティメット」

その人物の背中が震えていて、マルーシャは急にめまいがして、星々のしたで平衡感覚がおかしくなり、自分もその黒い穴に吸い込まれるような気分になった。

何かにつかまりたい……。

立っていられない……。


 そこでマルーシャは目を覚ました。

それは、ふつうの朝だった。

「僕がそれを落とし、君がそれに死を与え、そして同時に君が再生させる……」

夢の中のその白いローブの人物が、最後にそう言ったような気がした。

一夜のうちに不思議な夢をたくさん見たような気がしたが、しかしそれでもいつもの朝が始まる。


朝のルーティンだ。

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